旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾

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15 【バーナードside】 九カ月 

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戦争が終結し、やっとこの国も落ち着きを取り戻した。私は陞爵し、領地も活気を取り戻しつつある。特に繊維業が活発で衣料関係の分野は、勢いよく増進している。

そろそろ私も、領主として腰を落ち着け、しっかり領地経営をしていくつもりだ。

ソフィアにアーロンを養子にすることを話した。勿論彼女の許可を得てから正式に縁組する。まずは妻である彼女に、好意的に受け止めてもらわなければ始まらない。

そしてアーロンのことを伝えてから三日が経った。
少し考える時間がほしいと彼女が言ったから待っていた。

ソフィアがやっと決意してくれたかと思い、急ぎ執務室のソファーに座るように促した。きっと彼女は賛成してくれるだろう。

しかし彼女から出た言葉は思いもよらないものだった。



「バーナード様、私と離婚してください」

ソフィアはテーブルの上に自分の名前を書いた記入済みの離婚届を置いた。
初めはそれが何なのか理解できなかった。
……離婚?

「何を言ってるんだ!そんなことを話し合うつもりはない。何か勘違いしてるんじゃないか?」

私は離婚届を手に取って確認し、そして動揺した。背中を冷たい汗が流れる。
まさかそんな話になるなんて思ってもみなかった。

「いいえ旦那様、けして勘違いなどではありません。考えた末に出した結論です。私と離婚してください」

ソフィアは決してゆるがない姿勢できっぱり言い切った。
彼女の声に決意が感じられる。
いや……まさか、そんなはずはない。

普段は冷静で動揺したところなど見せないが、今は怒りに似た震えが肩を小刻みに揺らす。

「アーロンを養子にしたいと言ったからか?君が反対ならば養子をとるなんて言わない。それに、もしそういうことになっても、今すぐにという話ではない!」

三日前、私はソフィアにアーロンを自分たち夫婦の養子に迎えたいと言った。
それは決して、彼女を不幸にすることではないと考えた末の提案だった。

彼女はちゃんと理解しているのだろうか?

そして離婚という話が出るほど、ソフィアはアーロンのことが嫌だったのだろうかと驚いた。

「バーナード様はとてもお優しい方です。困っている人を見捨てることなんてできないでしょう。貴方はマリリンさんとアーロンをこの邸から追い出さないでしょう」

そうだ。俺は親友の恋人とその血を分けた子を無下になどしない。

「それならなぜ離婚などと……ソフィア、俺は君と別れるつもりはない」

私の言葉にソフィアは深いため息をついた。

邸に戻って来てもう九カ月経つ。マリリンはこの屋敷に馴染んでいるし、アーロンも一歳を迎えた。養子にするにはもの心つく前が一番だ。
ちゃんと説明しなくてはなるまい。

「私個人の意見で、貴方の考えを変えることは難しいと思います。ですから私の方から身を引きます。私のことを少しでも考えて下さるのなら離婚してください」

ソフィアの冷静な声が、二人だけの執務室の中に響いた。

身を引くだと?意味が分からない。

「君は今冷静な状態ではない。まず落ち着いて話をしよう。ちゃんと理由を聞けば、離婚だなんて無意味なことは考えないはずだ」

「では、まずサインをお願いします。それから話があるなら聞きましょう」

「それは無理だ。話が先だ。私は離婚になど応じない」

頑として譲らないソフィアの態度に困ったものだと表情が険しくなる。彼女はこんなにも人の話を聞かない妻だったのか?

「貴方は、なぜアーロン君を養子にと考えられたのでしょうか?」

「やはり、原因はそれか……」

養子をとることに不満があるのだな。そういうことか……
私は順序だてて話し出した。こういう場合は冷静になった方が勝ちだ。

「君にも少し辛い話になるかもしれない。そこは理解して欲しい」

彼女は、はい、と頷いた。

「君と私は結婚して三年になる。子はまだできない。これから我が侯爵家に跡取りは必ず必要になる。けれど、子を早く授かれと言われても、簡単にできるとは限らないだろう。下手なプレッシャーに押しつぶされては君が辛いだろうと考えた」

「子は簡単にできないからですか?」

「外部の者からとやかく言われたくないだろう。早く跡取りを産むようになど、プレッシャーになるだけだ。君にそういう負担をかけたくはなかった。子を授からなかった時のためにアーロンを養子にと言ったのだ」

「そうですか、分かりました」

良かった理解してくれた。

「それでは、仮に、アーロン君を私たちの息子にしたとしましょう。そうなればマリリンさんはどうされるおつもりですか?」

「まぁ、それは……血の繋がった実の母親だ。傍で乳母として仕えてもらおうと思っている。幼い子の世話は大変だ。手がかかる上に、自分の時間など持てない。君は自分の好きなことをすればいいし、私の子を身ごもるため、焦る必要もなくなる」

「私が身ごもるために焦っていると?」

「ああ。私たちは結婚して三年になるからな」

彼女は私の言いたいことを理解したように頷いた。

「旦那様は結婚して三カ月後には戦争へ行かれました。その後二年は帰って来ていませんでした。そして、今はこちらに戻られてやっと一年ほどでございます。正しくは九カ月です。私に子ができぬと、何故お思いなのでしょう」

「それは……」

確かに、まだ一年は経っていない。それに忙しく夫婦で過ごす時間もあまりなかった。

「それはマリリンさんが言ったからでしょう?」

マリリンが言った?確かにそうだ。
マリリンは、あまり子を身ごもるようにソフィアを急かしてはならないと言った。

女性でも子ができぬ体質の者はいると。

「それは、万が一ということだ。万が一、子ができぬなら、アーロンを養子に考えてもいいと思ったまでだ」

「そうですか。できない時のスペアみたいなものですね。なるほど旦那様はアーロン君を身代わり、代役にするとおっしゃるのですね」

「代役など……そもそも、子供の件は別として、君は私の妻だ。私と別れて一人になって、これからどうやって生活していくつもりだ。実家の伯爵家はもう君の叔父が爵位を継がれているだろう。帰る場所などないではないか」


「私のことは、自分で何とかできますのでご心配には及びません。旦那様は、新しく妻を娶れば良いではないですか。マリリンさんを妻にすれば、アーロン君は息子になるでしょう」

「いい加減にしてくれ。何度も言っているだろう、マリリンはスコットの」

「スコット様の恋人でしたね。はい、そうでした。マリリンさんがもし相応しくないのなら、他の方をお探しください。この領地と爵位がありますから、マリリンさんがこの邸にいらっしゃっても文句を言わず、夫婦として連れ添って下さる方をお探しください」

話が通じない。ソフィアはこんなに我を通す女だったのか。

まったく人の言うことを理解しようとしていない。


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