5 / 23
5
しおりを挟む
神殿では急遽会議が開かれ、会議室には厳粛な空気が漂っていた。
長いテーブルを囲んで神官たちが着席し、その中央には神官長が威厳をもって座している。
フィリップ殿下は、神殿に対して強い反感を抱いているようで、初めから喧嘩腰だった。
その強引な態度が、場の緊張をさらに高めていた。
「神殿はこれまで多額の寄付を受けてきた。その資金は、今後は民間の医師や薬師に回すべきだ」
神官長は鼻で笑い、すぐに言い返した。
「民衆の善意を、国に納めろと?それこそ神への冒涜ではありませんか」
「聖女が力を失ったことを公表し、薬品開発の発展に力を注ぐべきだ」
殿下は、神殿が私の魔力喪失を隠していることに怒りを感じている。
実際、彼の言うことは正しい。
隠し通せるはずがないのは事実だ。
その発言に対し、神官の一人が反論した。
「それはまだ分かりません。ステファニー様が聖女としての力と記憶を取り戻す可能性もあります」
(その可能性は本当にあるのか?)そう問いただしたい気持ちを押し殺し、私は黙って座っていた。
「では、聖女の治療で得た収益はどうなっている?税を納める義務はないとしても、今後は薬剤の研究に使うべきではないのか」
「寄付金は民衆の善意によるもので、奉仕活動や困窮する人々の救済に使われています」
別の神官も続けた。
「癒しや祈りを通じて、人々の健康と幸福を支えることが私たちの使命です」
フィリップ殿下は神官たちを鋭く睨みつけた。
「神殿はこれまで、外部からの監視を拒み、国の指摘を神への冒涜として無視してきた。健康を支えていると言うが、それは主に貴族や富裕層の者たちだけではないのか?」
神官長は冷静に、堂々と答えた。
「我々は民の心を守り、神殿の使命を果たすために最善を尽くしています。すべてを救うことはできないことは、殿下もご承知のはず。たとえ理解されないことがあっても、目的はただ一つ――民の健康と平和のためです」
神官長の言葉には重みがあり、一見すると理にかなった主張のように響いた。
その場にいたのは、神官や修道女たちだった。
皆、納得したように力強く頷いていた。
神殿は長年にわたり、民衆や王国に深く根を張り、大きな支持を集めている。
この場で殿下が多数派を覆すのは難しいだろう。
それでも、フィリップ殿下は一人でこの問題に立ち向かっていた。
会議室には緊張が張り詰め、不穏な空気が漂っていた。
会議の静けさを破るように、私は口を開いた。
「あの……寄付金が奉仕活動に使われたというのなら、その証拠を示せばよいのでは?」
私の一言で空気が変わった。
神官たちは互いに視線を交わし、神官長の顔には一瞬、苛立ちが走る。
「それは……当然使われています。詳細については……今ここではお見せできませんが」
事務担当の神官が答えるが、言葉は頼りなく、説得力に欠けていた。
思わぬ援軍が現れたことに、殿下は驚いたようだったが、すぐに神官たちへの追及を強めた。
「証拠がなければ、誰にも信じてもらえない。寄付金の用途について、具体的な説明を求める」
神官たちはそわそわし始める。
私は悪気のない口調で、さらに揺さぶった。
「誰がいくら寄付したか、とか……帳簿につけてありますよね?」
殿下が追い打ちをかける。
「これまで詳細な収支報告は国に一切提出されていない。神殿は収益や寄付金を好きに扱い、不透明な運用を続けている。表向きは奉仕や治療のためと言いながら、裏では特定の聖職者の私利私欲が絡んでいる」
「殿下、それこそ証拠があるのでしょうか?」
神官長は悪びれる様子もなく、冷静に返した。
口元にはかすかな笑みさえ浮かんでいる。
私はゆっくりと立ち上がり、静かに話し始めた。
「神殿の収支についてですが、ここ数年の詳細を覚えています。たとえば、昨年の寄付金総額は約十八億八千萬ゴールド。そのうち奉仕活動に使われたのは、わずか一億でしたよね。奉仕者の俸給を差し引いても、残りの資金はどこへ?」
会議室がざわめく中、私は続けた。
「さらに、聖女の能力によって得た寄付金の収益は年間およそ十五億。でも、その運用記録は曖昧で、私にかかっている費用も不自然に多いように感じました」
経理担当の神官は額に冷や汗を浮かべた。
神官たちは顔をこわばらせ、神官長の眉間には深い皺が刻まれていく。
「ステファニー!て、適当なことを申すな!記憶がないのだから、知るはずはないだろう」
神官長が声を荒げる。
私は、わざと困ったように首を傾げた。
「そうなんです。寄付金のことなんて何も分からないので、資料や決済報告書など、神殿にあるものはこの一か月ですべて暗記しました」
「暗記……?そんなことできるはずはない」
神官たちは明らかに動揺していた。
「寄付金って、全部奉仕活動に使われているって言いましたよね?すごいですね。具体的には、どんな活動ですか?ちなみに、聖女の支度金として毎月多額の費用が記載されていましたが、私の服装は修道服で、私物も質素なものばかりでした。聖女の支度金って、何に使われていたんですか?」
神殿が私に多額の費用をかけていたとは、とても思えなかった。
「聖女様は、質素倹約こそ美徳だと……」
神官がためらいながら、か細い声で答えた。
「そういえば、私への俸給は一分にも満たなかったんです。それなのに、支度金はその数倍もありました。……何に使われたのでしょう?」
神官たちは戸惑い、互いに視線を交わす。
その様子を見逃さず、私はさらに問いかけた。
「たとえば、昨年の寄付金の使い道など。教えていただけますか?はっきりすれば、殿下も納得されると思います」
経理担当の神官は冷静を装っていたが、額にはうっすら汗が浮かんでいた。
言葉を選びながら、慎重に答える。
「もちろん、寄付金はすべて民衆のために使われています。記録については……今ここではお見せできませんが、適切に管理されています」
私は首をかしげながら、さらに続けた。
「そうなんですね。でも、具体的な数字や活動内容が分かれば、もっと信じてもらえると思うんです。ちゃんと報告すればいいだけですよね。神に仕える者が不正なんて、ありえませんし」
無邪気な言葉が、神官たちをじわじわと追い詰めていく。
私の意図を察したのか、殿下は神官長に向かって言った。
「神殿の活動には、明確な監査が必要だ。聖女自身が不明瞭な点を指摘している以上、神殿はその意見に従い、透明性を確保する責任を果たすべきではないか」
私は頷き、静かに話を続けた。
「報告書に記録されていたことですが、神殿の資産の使い方について、具体例を挙げますね。たとえば、四年前の五月。ある神官が寄付金を使って個人的に鉱山を購入した記録があります。自宅の屋敷は豪華な造りで、一般の民が住めるようなものではありませんでした」
「そ、それは……」
「また、その年の冬には、別の神官が資金を使って盛大な宴を開き、富裕層や権力者を招いていたことも記されていました。お酒もふんだんに振る舞われたようです。他の神官も、宴は頻繁に開いていますね」
顔から血の気が引き、額には冷や汗が浮かぶ。視線は落ち着きなく彷徨い始めた。
「お、おい!」
「ステファニー様、それ以上の報告はお控えください!」
「ここでの議論は慎重に進めるべきです。あやふやな情報は控えていただきたい!」
別の神官も慌てて口を開く。
「そうです。我々は皆、神殿の未来を考えて行動しています。誤解を招くような発言は、控えていただきたい」
神官たちは焦りと後ろめたさが、隠しきれずに滲み出ていた。
フィリップ殿下はその様子を見逃さず、にやりと笑って言った。
「誤解を招くのは、ステファニーの言葉ではなく、透明性のない運用だろう。神殿の奉仕とは、見返りを求めず、他者や社会のために尽くす行為だ。決して私欲のために使うものではない」
「聖女の魔力で病が癒えた者が、その礼として寄付をすることに何の問題がありましょう。寄付で神殿の建て替えも予定されています」
「え?神殿は毎年補修工事をしていますよね。費用もそれほどではありませんし、建て替えなくても十分立派な建物です」
「それでも、他の場所にも神殿はある。ここだけではない」
「確かに、昨年は広大な土地に神官長の邸宅が建てられましたよね。王宮にも劣らないほどの豪邸だとか。あれは神殿ですか?それとも個人的な別荘でしょうか?」
「ステファニー!黙れ。あれは信徒たちも集えるように考えて建てたものだ」
「ならば、病を患った者たちの療養施設にするのは良い案かもしれません。貧しく住まいのない者たちに提供するとか、孤児たちに開放してもいい。なるほど、さすが神官長ですわ」
「ステファニー!」
神官長の怒鳴り声が響き渡った。
それと比べて私が冷静でいるせいか、会議室にいた人々は動揺を隠せなかった。
神官たちは次第に言葉を失い、震え始める。
まるで追い詰められた獣のようだった。
「では、多すぎる寄付や余剰金は、今後病に苦しむ民のために役立てよう。現状を打破できるのは、化学的な方法しかないだろう」
殿下は真剣な表情で結論付けた。
「それは、国がすべきことであり、神殿が関与することではない!」
神官長の顔が怒りに染まる。
「なぜでしょう? 寄付は苦しむ民のために使われるべきです。薬や薬剤の開発に役立ててこそ、国民のためになるはずです。だって、私はもう魔力を持っていないのですから」
このとき、私は完全に殿下の味方だった。
魔力を失った今の私は、もはや神殿の聖女としての役割を果たせない。
だから、神殿の余剰金を薬の研究に回すのは理にかなっている。
それに――(申し訳ないけれど、私はもうこれ以上、神殿とかかわりたくないのよね)
「聖女の奉仕が、純粋な善意ではなく、神殿の権威を維持する手段として利用されることがあってはならない。神殿の寄付金の使い方を、精査すべきだ」
フィリップ殿下の言葉には、王族ならではの威厳がこもっていた。
誰ひとり反論できず、会議室には重苦しい沈黙が広がる。
殿下は力強く言葉を続けた。
「神殿が民衆の善意を裏切るような行為を続けるならば、この王国の未来は暗いものとなる。私は王族として、この不透明な状況を見過ごすわけにはいかない」
神官たちは居心地が悪そうに視線を逸らした。
フィリップ殿下は毅然と立ち上がり、力強い声で宣言する。
「神殿の経理に対して、直ちに徹底的な監査を行う。隠蔽や不正があれば、必ず明らかにする。そして、民衆の善意が正しく使われるよう、透明性を確保する手配を進める」
神官たちは血の気が引いたように顔を青ざめさせ、動揺を隠せずに互いを見合った。
殿下の決意が揺るぎないものであることを、誰もが悟っていた。
もはや、反論する者は一人もいない。
この瞬間、殿下の言葉と行動が――神殿改革の第一歩となった。
長いテーブルを囲んで神官たちが着席し、その中央には神官長が威厳をもって座している。
フィリップ殿下は、神殿に対して強い反感を抱いているようで、初めから喧嘩腰だった。
その強引な態度が、場の緊張をさらに高めていた。
「神殿はこれまで多額の寄付を受けてきた。その資金は、今後は民間の医師や薬師に回すべきだ」
神官長は鼻で笑い、すぐに言い返した。
「民衆の善意を、国に納めろと?それこそ神への冒涜ではありませんか」
「聖女が力を失ったことを公表し、薬品開発の発展に力を注ぐべきだ」
殿下は、神殿が私の魔力喪失を隠していることに怒りを感じている。
実際、彼の言うことは正しい。
隠し通せるはずがないのは事実だ。
その発言に対し、神官の一人が反論した。
「それはまだ分かりません。ステファニー様が聖女としての力と記憶を取り戻す可能性もあります」
(その可能性は本当にあるのか?)そう問いただしたい気持ちを押し殺し、私は黙って座っていた。
「では、聖女の治療で得た収益はどうなっている?税を納める義務はないとしても、今後は薬剤の研究に使うべきではないのか」
「寄付金は民衆の善意によるもので、奉仕活動や困窮する人々の救済に使われています」
別の神官も続けた。
「癒しや祈りを通じて、人々の健康と幸福を支えることが私たちの使命です」
フィリップ殿下は神官たちを鋭く睨みつけた。
「神殿はこれまで、外部からの監視を拒み、国の指摘を神への冒涜として無視してきた。健康を支えていると言うが、それは主に貴族や富裕層の者たちだけではないのか?」
神官長は冷静に、堂々と答えた。
「我々は民の心を守り、神殿の使命を果たすために最善を尽くしています。すべてを救うことはできないことは、殿下もご承知のはず。たとえ理解されないことがあっても、目的はただ一つ――民の健康と平和のためです」
神官長の言葉には重みがあり、一見すると理にかなった主張のように響いた。
その場にいたのは、神官や修道女たちだった。
皆、納得したように力強く頷いていた。
神殿は長年にわたり、民衆や王国に深く根を張り、大きな支持を集めている。
この場で殿下が多数派を覆すのは難しいだろう。
それでも、フィリップ殿下は一人でこの問題に立ち向かっていた。
会議室には緊張が張り詰め、不穏な空気が漂っていた。
会議の静けさを破るように、私は口を開いた。
「あの……寄付金が奉仕活動に使われたというのなら、その証拠を示せばよいのでは?」
私の一言で空気が変わった。
神官たちは互いに視線を交わし、神官長の顔には一瞬、苛立ちが走る。
「それは……当然使われています。詳細については……今ここではお見せできませんが」
事務担当の神官が答えるが、言葉は頼りなく、説得力に欠けていた。
思わぬ援軍が現れたことに、殿下は驚いたようだったが、すぐに神官たちへの追及を強めた。
「証拠がなければ、誰にも信じてもらえない。寄付金の用途について、具体的な説明を求める」
神官たちはそわそわし始める。
私は悪気のない口調で、さらに揺さぶった。
「誰がいくら寄付したか、とか……帳簿につけてありますよね?」
殿下が追い打ちをかける。
「これまで詳細な収支報告は国に一切提出されていない。神殿は収益や寄付金を好きに扱い、不透明な運用を続けている。表向きは奉仕や治療のためと言いながら、裏では特定の聖職者の私利私欲が絡んでいる」
「殿下、それこそ証拠があるのでしょうか?」
神官長は悪びれる様子もなく、冷静に返した。
口元にはかすかな笑みさえ浮かんでいる。
私はゆっくりと立ち上がり、静かに話し始めた。
「神殿の収支についてですが、ここ数年の詳細を覚えています。たとえば、昨年の寄付金総額は約十八億八千萬ゴールド。そのうち奉仕活動に使われたのは、わずか一億でしたよね。奉仕者の俸給を差し引いても、残りの資金はどこへ?」
会議室がざわめく中、私は続けた。
「さらに、聖女の能力によって得た寄付金の収益は年間およそ十五億。でも、その運用記録は曖昧で、私にかかっている費用も不自然に多いように感じました」
経理担当の神官は額に冷や汗を浮かべた。
神官たちは顔をこわばらせ、神官長の眉間には深い皺が刻まれていく。
「ステファニー!て、適当なことを申すな!記憶がないのだから、知るはずはないだろう」
神官長が声を荒げる。
私は、わざと困ったように首を傾げた。
「そうなんです。寄付金のことなんて何も分からないので、資料や決済報告書など、神殿にあるものはこの一か月ですべて暗記しました」
「暗記……?そんなことできるはずはない」
神官たちは明らかに動揺していた。
「寄付金って、全部奉仕活動に使われているって言いましたよね?すごいですね。具体的には、どんな活動ですか?ちなみに、聖女の支度金として毎月多額の費用が記載されていましたが、私の服装は修道服で、私物も質素なものばかりでした。聖女の支度金って、何に使われていたんですか?」
神殿が私に多額の費用をかけていたとは、とても思えなかった。
「聖女様は、質素倹約こそ美徳だと……」
神官がためらいながら、か細い声で答えた。
「そういえば、私への俸給は一分にも満たなかったんです。それなのに、支度金はその数倍もありました。……何に使われたのでしょう?」
神官たちは戸惑い、互いに視線を交わす。
その様子を見逃さず、私はさらに問いかけた。
「たとえば、昨年の寄付金の使い道など。教えていただけますか?はっきりすれば、殿下も納得されると思います」
経理担当の神官は冷静を装っていたが、額にはうっすら汗が浮かんでいた。
言葉を選びながら、慎重に答える。
「もちろん、寄付金はすべて民衆のために使われています。記録については……今ここではお見せできませんが、適切に管理されています」
私は首をかしげながら、さらに続けた。
「そうなんですね。でも、具体的な数字や活動内容が分かれば、もっと信じてもらえると思うんです。ちゃんと報告すればいいだけですよね。神に仕える者が不正なんて、ありえませんし」
無邪気な言葉が、神官たちをじわじわと追い詰めていく。
私の意図を察したのか、殿下は神官長に向かって言った。
「神殿の活動には、明確な監査が必要だ。聖女自身が不明瞭な点を指摘している以上、神殿はその意見に従い、透明性を確保する責任を果たすべきではないか」
私は頷き、静かに話を続けた。
「報告書に記録されていたことですが、神殿の資産の使い方について、具体例を挙げますね。たとえば、四年前の五月。ある神官が寄付金を使って個人的に鉱山を購入した記録があります。自宅の屋敷は豪華な造りで、一般の民が住めるようなものではありませんでした」
「そ、それは……」
「また、その年の冬には、別の神官が資金を使って盛大な宴を開き、富裕層や権力者を招いていたことも記されていました。お酒もふんだんに振る舞われたようです。他の神官も、宴は頻繁に開いていますね」
顔から血の気が引き、額には冷や汗が浮かぶ。視線は落ち着きなく彷徨い始めた。
「お、おい!」
「ステファニー様、それ以上の報告はお控えください!」
「ここでの議論は慎重に進めるべきです。あやふやな情報は控えていただきたい!」
別の神官も慌てて口を開く。
「そうです。我々は皆、神殿の未来を考えて行動しています。誤解を招くような発言は、控えていただきたい」
神官たちは焦りと後ろめたさが、隠しきれずに滲み出ていた。
フィリップ殿下はその様子を見逃さず、にやりと笑って言った。
「誤解を招くのは、ステファニーの言葉ではなく、透明性のない運用だろう。神殿の奉仕とは、見返りを求めず、他者や社会のために尽くす行為だ。決して私欲のために使うものではない」
「聖女の魔力で病が癒えた者が、その礼として寄付をすることに何の問題がありましょう。寄付で神殿の建て替えも予定されています」
「え?神殿は毎年補修工事をしていますよね。費用もそれほどではありませんし、建て替えなくても十分立派な建物です」
「それでも、他の場所にも神殿はある。ここだけではない」
「確かに、昨年は広大な土地に神官長の邸宅が建てられましたよね。王宮にも劣らないほどの豪邸だとか。あれは神殿ですか?それとも個人的な別荘でしょうか?」
「ステファニー!黙れ。あれは信徒たちも集えるように考えて建てたものだ」
「ならば、病を患った者たちの療養施設にするのは良い案かもしれません。貧しく住まいのない者たちに提供するとか、孤児たちに開放してもいい。なるほど、さすが神官長ですわ」
「ステファニー!」
神官長の怒鳴り声が響き渡った。
それと比べて私が冷静でいるせいか、会議室にいた人々は動揺を隠せなかった。
神官たちは次第に言葉を失い、震え始める。
まるで追い詰められた獣のようだった。
「では、多すぎる寄付や余剰金は、今後病に苦しむ民のために役立てよう。現状を打破できるのは、化学的な方法しかないだろう」
殿下は真剣な表情で結論付けた。
「それは、国がすべきことであり、神殿が関与することではない!」
神官長の顔が怒りに染まる。
「なぜでしょう? 寄付は苦しむ民のために使われるべきです。薬や薬剤の開発に役立ててこそ、国民のためになるはずです。だって、私はもう魔力を持っていないのですから」
このとき、私は完全に殿下の味方だった。
魔力を失った今の私は、もはや神殿の聖女としての役割を果たせない。
だから、神殿の余剰金を薬の研究に回すのは理にかなっている。
それに――(申し訳ないけれど、私はもうこれ以上、神殿とかかわりたくないのよね)
「聖女の奉仕が、純粋な善意ではなく、神殿の権威を維持する手段として利用されることがあってはならない。神殿の寄付金の使い方を、精査すべきだ」
フィリップ殿下の言葉には、王族ならではの威厳がこもっていた。
誰ひとり反論できず、会議室には重苦しい沈黙が広がる。
殿下は力強く言葉を続けた。
「神殿が民衆の善意を裏切るような行為を続けるならば、この王国の未来は暗いものとなる。私は王族として、この不透明な状況を見過ごすわけにはいかない」
神官たちは居心地が悪そうに視線を逸らした。
フィリップ殿下は毅然と立ち上がり、力強い声で宣言する。
「神殿の経理に対して、直ちに徹底的な監査を行う。隠蔽や不正があれば、必ず明らかにする。そして、民衆の善意が正しく使われるよう、透明性を確保する手配を進める」
神官たちは血の気が引いたように顔を青ざめさせ、動揺を隠せずに互いを見合った。
殿下の決意が揺るぎないものであることを、誰もが悟っていた。
もはや、反論する者は一人もいない。
この瞬間、殿下の言葉と行動が――神殿改革の第一歩となった。
721
あなたにおすすめの小説
妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版
まほりろ
恋愛
国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。
食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。
しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。
アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。
その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。
ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。
※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日
※長編版と差し替えました。2025年7月2日
※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
【完結】嫌われ公女が継母になった結果
三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。
わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
追放された養女令嬢は、聖騎士団長の腕の中で真実の愛を知る。~元婚約者が自滅する横で、私は最高に幸せになります~
有賀冬馬
恋愛
「お前のような無能な女、私の格が下がるのだよ」
最愛の婚約者だったはずの王子に罵られ、雨の夜に放り出されたエルナ。
すべてを失った彼女が救われたのは、国の英雄である聖騎士団長・レオナードの手によってだった。
虚飾の社交界では見えなかった、本当の価値。
泥にまみれて子供たちを笑顔にするエルナの姿に、レオナードは心を奪われていく。
「君の隣に、私以外の居場所は作らせない」
そんな二人の裏側で、エルナを捨てた王子は破滅へのカウントダウンを始めていた。
両親に溺愛されて育った妹の顛末
葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。
オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。
「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」
「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」
「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」
妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる