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「いったいどういうことだ!王命だと?」
お父様の声は怒りで震え、鋭く執務室に響き渡った。
国王からの正式な勅令を受けたのだ。
もちろんそれは、私とファーレン先生の婚約に関することだった。
「メイベル様は、そのファーレン殿下と婚約するということですか?ファーレン殿下は、確か戦いで負傷し第一線からは退かれ、今は王族としての公務を行っていないときいています」
社交界では、殿下は身体に重度の障害を負って、王族としての責務を免除されていると伝えられていた。
「行事にもほとんど顔を出さず、もはや存在の薄い方だったように思います」
侯爵家の執事や、従者たちが口々に話し出す。
「どこかの領地でゆっくり過ごされているのかと……」
「外国にいらっしゃると思っていました」
実際には先生は審議官として、特定の問題や政策について詳細な調査を行い、国王に助言を提供している。
国の戦略的な方向性を決定する上で重要な役割を果たしていた。
お父様は拳で机を叩きつけて、苛立ちを露わにした。
「メイベルを!ここに呼べ」
私は執務室の前の廊下で話をきいていた。ドア越しでもお父様の声は丸聞こえだった。
ゆっくりドアをノックしてから、お父様の前に姿を現した。
「メイベル……いったいどういう事なんだ。お前が何かしたのだろう」
「私は何もしていません。ただ、ファーレン殿下は教師として身分を隠して教鞭を執っていました。学院入学時から、私は図書室で先生の手伝いをしていました。ですので、数年前からの知り合いではあります」
「……メイベル様は、ファーレン殿下と、その……仲が良かったということですか?」
「そうですね、仲が悪かったわけではありません。あくまでも、教師と生徒という関係でした」
「いったいどういう事なんだ!婚約者がいる立場で、何故二人で作業などしていた!お前は、そんな浅はかな行動を取るような娘ではないだろう」
浅はか?
本の整理を浅はかだと言うのだろうか、雑用を押し付けられていたようなものなのだけど。
「図書室ですし、学院内です。鍵を掛けていたわけではありませんし、他の生徒が頻繁に出入りする場所です。私には婚約者もいましたので、男性とは節度を持って距離を取り接していました」
「室内に二人だけになれば、男女なのだから変な噂が立つだろう。貴族令嬢として品位に欠けた行動だ」
「けれど、ファーレン先生は教師ですから、二人で図書室で書庫の整理をする事に何ら問題はありませんでしょう。デートしていた訳でもないです、手を繋いだり、体を寄せあったりなどしておりません。サーシャでもあるまいし」
「……っ!」
「まったく、恋愛感情的なものはありません。今でもそうです。これは、王家と侯爵家の政略結婚でしょう。この結婚で、侯爵家は大きな力を得ますよ。王家という後ろ盾ができるのですから」
侍従たちが、私の言葉に頷き始めた。
「確かにそうですね」
「もっともです。それに、王命は覆せないでしょう」
「決定事項に従うまでです」
お父様だけが、眉間にしわを寄せ厳しい顔つきだ。
「お前たちよく考えろ、メイベルが執務を手伝わないとなれば、サーシャがまたここへ来るぞ。それでも良いのだな」
「……っ」
「え……」
全員が一瞬固まった。顔色が青ざめてくる者もいる。
侍従たちは、お互いに視線を交わし合って、居心地が悪そうに眉間にしわを寄せる。
「まったく、先のことを考えろ」
お父様は、今までの努力の結晶も、期待も、すべて潰されたかのように、大きく息を吐いて、椅子にどかりと腰を下した。
私は視線をまっすぐお父様に向け、冷静な態度で話し出した。
「お父様、この婚約は王命です。こららから拒否することはできません」
王命に逆らうことは即ち、反逆だ。貴族としては生きていけないし、国外追放、下手すれば投獄、極刑。
「王家との繋がりは侯爵家にとって重要だ。だが、メイベルを王家に……そうなると、ラッシュ侯爵の跡を継がす者がいなくなるではないか」
「侯爵家は長い歴史を持ち、その伝統を守り続けています。侯爵家の血を未来に繋げるためでしたら、サーシャとレインがいます。子が産まれれば何の問題もないでしょう。王命に背くことはできません」
「分かっている。だが……数年後とはいかないのだ。卒業後すぐに結婚だ。しかも、メイベルの住まいを今から宮殿に移すと仰せだ」
数年間、私に侯爵家を手伝わせ、今後の方針を固めたいのだろう。
だけど、私がなんでそんな事に協力しなければならない?
こんな自由も何もない侯爵家からなんて、一刻も早く逃げ出したいわよ。
「私は王族の教育を受けておりません。ですから、そのため、王宮で暮らし、学んでいく必要があります」
「それは、そうだろうが。こちらとしては、娘を手放すわけだ。すぐに寄越せとは、こちらの都合というのを、まったく考えていない王家の勝手な命令だ」
「都合ですか……誰の?」
私の言葉に、お父様はきょとんとした顔をする。
「誰とは?」
「誰の都合ですか?それは、私の都合ではありませんよね?」
「……あ、当たり前だろう。侯爵家としての都合だ、何が悪い。お前個人の都合など関係ない!」
「承知しました。皆様、それぞれ都合というものがありますでしょう。自分にとって、状況や条件が適切でない、不便であることは望みませんよね。それは人間ですから、誰でもそうなのでしょう。ですから、お父様の独善的な考えは、私に都合が悪いです。お父様の侯爵としての態度は、私に不快感を与えます。お父様が当主であることは、今の私には全く関係ありません」
「ど、独善?不快……」
「そうです」
私はまるで氷のような微笑みでお父様を見つめた。
「メ、メイベル……お前は、なんてことを言うのだ!誰のおかげでこの暮らしができていると思っているのだ!」
「誰もそうしてくれなどと、頼んでいません」
その途端、お父様の手が私の頬に振り下ろされた。
バシン!と音がして熱い痛みが頬に走る。
手を上げられたことは一度もなかった。
私は思いもよらない攻撃に、不意を突かれ、避けることができずにその場に倒れ込んだ。
お父様の声は怒りで震え、鋭く執務室に響き渡った。
国王からの正式な勅令を受けたのだ。
もちろんそれは、私とファーレン先生の婚約に関することだった。
「メイベル様は、そのファーレン殿下と婚約するということですか?ファーレン殿下は、確か戦いで負傷し第一線からは退かれ、今は王族としての公務を行っていないときいています」
社交界では、殿下は身体に重度の障害を負って、王族としての責務を免除されていると伝えられていた。
「行事にもほとんど顔を出さず、もはや存在の薄い方だったように思います」
侯爵家の執事や、従者たちが口々に話し出す。
「どこかの領地でゆっくり過ごされているのかと……」
「外国にいらっしゃると思っていました」
実際には先生は審議官として、特定の問題や政策について詳細な調査を行い、国王に助言を提供している。
国の戦略的な方向性を決定する上で重要な役割を果たしていた。
お父様は拳で机を叩きつけて、苛立ちを露わにした。
「メイベルを!ここに呼べ」
私は執務室の前の廊下で話をきいていた。ドア越しでもお父様の声は丸聞こえだった。
ゆっくりドアをノックしてから、お父様の前に姿を現した。
「メイベル……いったいどういう事なんだ。お前が何かしたのだろう」
「私は何もしていません。ただ、ファーレン殿下は教師として身分を隠して教鞭を執っていました。学院入学時から、私は図書室で先生の手伝いをしていました。ですので、数年前からの知り合いではあります」
「……メイベル様は、ファーレン殿下と、その……仲が良かったということですか?」
「そうですね、仲が悪かったわけではありません。あくまでも、教師と生徒という関係でした」
「いったいどういう事なんだ!婚約者がいる立場で、何故二人で作業などしていた!お前は、そんな浅はかな行動を取るような娘ではないだろう」
浅はか?
本の整理を浅はかだと言うのだろうか、雑用を押し付けられていたようなものなのだけど。
「図書室ですし、学院内です。鍵を掛けていたわけではありませんし、他の生徒が頻繁に出入りする場所です。私には婚約者もいましたので、男性とは節度を持って距離を取り接していました」
「室内に二人だけになれば、男女なのだから変な噂が立つだろう。貴族令嬢として品位に欠けた行動だ」
「けれど、ファーレン先生は教師ですから、二人で図書室で書庫の整理をする事に何ら問題はありませんでしょう。デートしていた訳でもないです、手を繋いだり、体を寄せあったりなどしておりません。サーシャでもあるまいし」
「……っ!」
「まったく、恋愛感情的なものはありません。今でもそうです。これは、王家と侯爵家の政略結婚でしょう。この結婚で、侯爵家は大きな力を得ますよ。王家という後ろ盾ができるのですから」
侍従たちが、私の言葉に頷き始めた。
「確かにそうですね」
「もっともです。それに、王命は覆せないでしょう」
「決定事項に従うまでです」
お父様だけが、眉間にしわを寄せ厳しい顔つきだ。
「お前たちよく考えろ、メイベルが執務を手伝わないとなれば、サーシャがまたここへ来るぞ。それでも良いのだな」
「……っ」
「え……」
全員が一瞬固まった。顔色が青ざめてくる者もいる。
侍従たちは、お互いに視線を交わし合って、居心地が悪そうに眉間にしわを寄せる。
「まったく、先のことを考えろ」
お父様は、今までの努力の結晶も、期待も、すべて潰されたかのように、大きく息を吐いて、椅子にどかりと腰を下した。
私は視線をまっすぐお父様に向け、冷静な態度で話し出した。
「お父様、この婚約は王命です。こららから拒否することはできません」
王命に逆らうことは即ち、反逆だ。貴族としては生きていけないし、国外追放、下手すれば投獄、極刑。
「王家との繋がりは侯爵家にとって重要だ。だが、メイベルを王家に……そうなると、ラッシュ侯爵の跡を継がす者がいなくなるではないか」
「侯爵家は長い歴史を持ち、その伝統を守り続けています。侯爵家の血を未来に繋げるためでしたら、サーシャとレインがいます。子が産まれれば何の問題もないでしょう。王命に背くことはできません」
「分かっている。だが……数年後とはいかないのだ。卒業後すぐに結婚だ。しかも、メイベルの住まいを今から宮殿に移すと仰せだ」
数年間、私に侯爵家を手伝わせ、今後の方針を固めたいのだろう。
だけど、私がなんでそんな事に協力しなければならない?
こんな自由も何もない侯爵家からなんて、一刻も早く逃げ出したいわよ。
「私は王族の教育を受けておりません。ですから、そのため、王宮で暮らし、学んでいく必要があります」
「それは、そうだろうが。こちらとしては、娘を手放すわけだ。すぐに寄越せとは、こちらの都合というのを、まったく考えていない王家の勝手な命令だ」
「都合ですか……誰の?」
私の言葉に、お父様はきょとんとした顔をする。
「誰とは?」
「誰の都合ですか?それは、私の都合ではありませんよね?」
「……あ、当たり前だろう。侯爵家としての都合だ、何が悪い。お前個人の都合など関係ない!」
「承知しました。皆様、それぞれ都合というものがありますでしょう。自分にとって、状況や条件が適切でない、不便であることは望みませんよね。それは人間ですから、誰でもそうなのでしょう。ですから、お父様の独善的な考えは、私に都合が悪いです。お父様の侯爵としての態度は、私に不快感を与えます。お父様が当主であることは、今の私には全く関係ありません」
「ど、独善?不快……」
「そうです」
私はまるで氷のような微笑みでお父様を見つめた。
「メ、メイベル……お前は、なんてことを言うのだ!誰のおかげでこの暮らしができていると思っているのだ!」
「誰もそうしてくれなどと、頼んでいません」
その途端、お父様の手が私の頬に振り下ろされた。
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