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その後のアイリス

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「お嬢様、もう、毎日ですよ」

マリーが大きな花束を抱えて私のアパルトマンの仕事部屋にやって来た。

ムンババ大使から毎日のように花束が届く。
彼も仕事が忙しく、会う機会はあまりないが、ご機嫌伺いのカードには、いつも私を気遣う言葉が添えてある。

突然思いもよらない告白をしてきた時は、なんて大胆な人なんだろうと思った。
けれど丁寧に言葉を添えたプレゼントはお花だけでなく、人気の菓子の事もあれば可愛い小物だったりもする。
皆さんでどうぞと書かれたカードに彼からの使用人たちに対しての思いやりが感じられた。

プレゼントもそんなに沢山しないで下さいとお願いしたら、自分が勝手にしているだけだからと言われた。

笑顔を見せてそう言われると、断れなくなってしまい今に至る。

ムンババ様は大人の男性で世慣れている。
とても魅力的な方で、女性だけでなく男性からも人気が高い。



「ほんとにね。もう飾る花瓶がないわ」

「アパルトマン全体が花だらけです。玄関もロビーも、賃貸している方のお部屋も」

マリーは次はどこに飾ろうかと花束を抱えながら悩んでいる。
大通りに面していて庭がないけど、お花はいつでも鑑賞できるわね。
ふふっと笑った。

寝る間もないほど忙しかった日々は少し落ち着いた。ここにも使用人を雇えるようになったし、ロビーには警備員もいる。
誰にも文句を言われず、全て自分の好きなようにできるのってすごく楽しい。

今回の公爵家の不祥事は、大きくなり過ぎた貴族のお家騒動で片が付いた。
公爵家は下劣な屋敷の者たちに騙され、良いように利用され莫大な損害を被った。
管理体制の杜撰さが招いた結果で、ある意味自業自得であると嘲笑された。
そしてこれを教訓に王都の貴族たちが、自分の屋敷の体制を見直し、使用人教育を徹底したように思う。

公爵家は降爵され王都の屋敷は売却された。今後、前公爵たちは領地に帰り慎ましく暮らしてゆくのだろう。

王家にとっては筆頭と言っても過言ではない公爵家だったが、後釜にお父様が収まったことで大きな騒動には発展しなかった。
これから王宮での発言権が増すことにお父様はご機嫌だった。

そもそも、私が王太子妃になっていれば、お父様が王宮での権力を手に入れる事ができた。
形は変わったが、結果的に望みは叶ったんだと思う。

だからだろうか、私がお父様の家に戻らず、ここで暮らしていくと言っても文句を言われなかった。

ただ危険な場所だとまずいと思ったのか、このエリアの治安維持に努めているようで、近所の怪しい業者や建物などは知らない間に潰れていった。
自費で警備員を雇い、日に何度も巡回警備をしているのもお父様のような気がする。

スノウが私へ支払った慰謝料は、王都の公爵家の屋敷を売った費用を充てたようだった。
お父様はそれをそのまま私へと渡した。

慰謝料、持参金、支度金。私が買った鉄道株の配当金、駅前の土地の借地料、このアパルトマンの権利と家賃収入。

私は大金持ちになった。

でも、アパルトマンの権利と家賃収入は、名義を変えて、今度結婚するマリーとジョンへ祝い金として渡そうと思っている。


彼女たちが幸せになることは私にとって何よりも喜ばしい事だ。

二人の子供が生まれたら、きっとすごく優秀だろう。
私がその子の家庭教師として教育してもいい。
まだ来ぬ未来だけど、想像すると楽しい。


王太子殿下は私に城で働くことを進めた。けれどそれは丁重にお断りする。

彼はやはりこの国の王子で、国の事を一番に考えている。自分を犠牲にしてでも国民の為に尽くすのが殿下だし、王太子としての責務だろう。

だけど、それに私は巻き込まれるつもりはない。

彼は私の能力を買ってくれている。それは分かるけれど、惑わされて自分を見失うのはもううんざりだった。



あれから古参の外交官たちは職を追われ、もう出仕はできなくなった。

三分の一の職員は残った。
皆若手で、スノウの行った試験に優秀な成績を残した者たちだった。

大規模な人事異動もあり、語学が堪能な者たちが外交室に回され、左遷されていた外交官たちが戻ってきた。

定期的に能力を確認するための面接や試験を実施するようで、その勉強分上乗せして給金に反映させていくという。

外交大臣もそのうち誰かが任命されるだろう。

偏屈な外交官たちがいなくなり、風通しの良い職場環境になった。
後は後進の者たちに任せるしかないだろう。

アパルトマンの窓から春の暖かくなった風が入ってくる。
王都の通りの喧騒は程よい活気の音を私の耳に届けた。









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