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スノウはカフェではなく自分の家に私を連れてきた。
「狭い家だけど、座ってくれ」
スノウはそう言うと二却ある椅子の一つの背を引いた。
戸棚からランプを出して火を灯す。
スノウと今までのことをたくさん話した。
お互いの思いがまったく伝わっていなかった事、そして多くの誤解があった事。
なぜ?あの時?
今更言ってもどうしようもない出来事が思いのほか多くて、すればよかった事、しなければ良かった事を挙げるときりがなかった。
一番の誤解は、彼が、私は結婚した後もまだ、王太子殿下を忘れられずにいると思っていた事。
そして、私は、キャサリンさんがスノウと恋仲であると思っていた事。
それなのに結婚は続けようと考えていた。
政略結婚なので愛情がなくとも続けていくものだと考えていた。
「いくら仕事が上手くいってなくても、妻を蔑ろにして良いはずはなかった。君に話せば良かったよ」
スノウの言葉に私は頷いた。
「男として、夫として、当主として……僕には全部上手くできなかった」
「そうね……完璧な人間なんていないわよ」
スノウは小さな台所へ立ち、慣れた手つきでお茶を入れた。
恥ずかしそうに私の前にそのお茶を出す。
この家は平民が暮らしている一般的な大きさなのだろう。
ドアを開けたらそこはもうリビングで、キッチンもテーブルも全て同じ部屋にあった。
以前は一日で回りきれないほどの大きな邸に住んでいたのに、今は三歩歩けば何にでも手が届く狭い部屋だ。
スノウは興味深そうに部屋を観察している私を見て苦笑いした。
「すまない。狭い部屋だ」
「そうね……一人ならばいいのかもしれないけれど、大人二人が入ると、隣の人と触れ合ってしまいそうね」
「はは、そうだね」
彼は男性で、背も高いのでこの部屋が格別に窮屈に感じる。
「僕は今、こんな生活をしている。綺麗な服を着たいだとか、美味しい物を食べたいとかはないんだ。今のままでも、それほど苦には感じていない」
「そうなのね」
平民の暮らしが性に合っているという事なのね。
「まぁ、たまには思うけど……」
「……そう、思うのね」
なんだか支離滅裂だ。
スノウは緊張しているように見える。
彼はひとつ咳ばらいをした。
「君が言っている事がよく分かっていないんだ。その……僕はもう、何も持っていない。、君は僕を好きだと言ってくれた。今の僕は君を満足させられるだろうか。正直言って自信がない」
「……そうね……そうかもしれない。けれど、私はできるわ」
「ん?」
スノウは不思議そうに眉を上げる。
「私があなたを満足させることはできると思うわ」
突然スノウはクスリと笑った。
「アイリス。君はとても頼もしい。僕はこんな妻がいたんだねとても勿体ない事をしたよ。もう夜だから。今日はここに泊っていって欲しい」
スノウはそう言った。
泊まる!?
ここに!?
あまりにも唐突な言葉に驚いて目を見張る。
「え……と。その、私は今日ホテルを予約しています。もうチェックインも済ませていますし、ホテルまで帰ります。馬車を貸しきっていますから、呼べば迎えに来てくれますので」
「アイリス。もう僕はタイミングを逃したくないんだ……!」
スノウの勢いに驚いて、思わず肩をすくめた。
スノウは凄く焦った様子で言い訳するように言葉を並べる。
「あ、すまない。違うんだ。その、話をするタイミングだ。君と話をする事を先延ばしにするのだけは避けたい」
ああ、そういう意味で言ったのかと納得した。
話をする事が私達にとっては必要だった。
「君の、アイリスの二年間を僕は知りたい」
スノウはそう言うと私に向きなおって、まっすぐ目を見つめた。
スノウの知らない私の二年間。
それは私にとっては結構大変な二年だった。
「外交の仕事を手伝ってほしいと頼まれたわ。殿下からのお願いだった。条件付きで、後任が決まるまで一年出仕しました」
私は話し始めた。
私は貴族籍を抜き、自由にさせてもらうという事を条件に、一年だけという期間限定の約束でそれを受けた。
私と彼らの妥協できる点を決めるのに、かなりの時間を要した。
「契約書にサインして、私は晴れて自由の身になったの」
「自由の身……君は貴族籍を抜いたのか」
「そうよ」
私は正直に答えた。
自分の事業に成功したから、生活には困らないと彼に説明した。
私は、物事をてきぱき効率よく進めることが得意だった。人の適正を見定めて作業を割り振るのも苦ではなかった。
外交大臣の代理という立場だったが、なんとか仕事はこなせたと思う。
女だという事がネックになり上手く事が運ばない時はあったけど、次の適任者を見つける事ができた。
できればまだ続けてもらえないかと職場からは言われたが、契約で一年となっているから、例外は認められないと断った。
そもそも王宮で一生公僕として働くなんてまっぴらごめんだ。
外交大臣の仕事の事はスノウには詳しくは話さなかった。
「ある日、スノウが領地の端の港町で暮らしているという噂を聞いの……」
彼は彼なりに進退を見極め、平民に下り細々と生きているのだと思った。
ただ、また誰かにいいように利用されていないかとか、騙されて無一文になったりしてないかとか。スノウの居場所がわかってから、やけに気になりだした。
「ああ。僕はもう領地の仕事は何もしていない。父は、責任の一端は自分にもあると分かっていたけど、体裁を保つため僕を廃嫡した」
親は我が子に全ての罪を背負わせたのね。
貴族でいる為に仕方のない処置だったんだろう。
スノウは気の毒な人だ。これが公正な裁判なら確実に情状酌量案件だろう。
上に立つ者にしては、彼は純粋すぎた。
真面目な性格ゆえ、悪意に満ちた者達の餌食になってしまった。
「ええ。貴方がすべての責任を負ったのよね。けれど今、領地に住んで教師として暮らしている。義父様は貴方を見限った訳ではないでしょう。仕方がない事だったのね」
「まぁそうだろうな。僕はもう自暴自棄になりかけていたから、なんとか生きていけるだけの場所は与えてくれたのだろうな」
スノウは苦笑した。
それにしてはこの粗末な家。これを見る限りは、彼らがそれほど息子を気にかけているとは思えない。
「貴方は今の状態で幸せなのかしら」
「うん……そうだね。どうだろう。このゆっくりとした日常は僕に合っている気がするし、そうでもないような気もするし……」
よくわからないなと彼は笑った。
「狭い家だけど、座ってくれ」
スノウはそう言うと二却ある椅子の一つの背を引いた。
戸棚からランプを出して火を灯す。
スノウと今までのことをたくさん話した。
お互いの思いがまったく伝わっていなかった事、そして多くの誤解があった事。
なぜ?あの時?
今更言ってもどうしようもない出来事が思いのほか多くて、すればよかった事、しなければ良かった事を挙げるときりがなかった。
一番の誤解は、彼が、私は結婚した後もまだ、王太子殿下を忘れられずにいると思っていた事。
そして、私は、キャサリンさんがスノウと恋仲であると思っていた事。
それなのに結婚は続けようと考えていた。
政略結婚なので愛情がなくとも続けていくものだと考えていた。
「いくら仕事が上手くいってなくても、妻を蔑ろにして良いはずはなかった。君に話せば良かったよ」
スノウの言葉に私は頷いた。
「男として、夫として、当主として……僕には全部上手くできなかった」
「そうね……完璧な人間なんていないわよ」
スノウは小さな台所へ立ち、慣れた手つきでお茶を入れた。
恥ずかしそうに私の前にそのお茶を出す。
この家は平民が暮らしている一般的な大きさなのだろう。
ドアを開けたらそこはもうリビングで、キッチンもテーブルも全て同じ部屋にあった。
以前は一日で回りきれないほどの大きな邸に住んでいたのに、今は三歩歩けば何にでも手が届く狭い部屋だ。
スノウは興味深そうに部屋を観察している私を見て苦笑いした。
「すまない。狭い部屋だ」
「そうね……一人ならばいいのかもしれないけれど、大人二人が入ると、隣の人と触れ合ってしまいそうね」
「はは、そうだね」
彼は男性で、背も高いのでこの部屋が格別に窮屈に感じる。
「僕は今、こんな生活をしている。綺麗な服を着たいだとか、美味しい物を食べたいとかはないんだ。今のままでも、それほど苦には感じていない」
「そうなのね」
平民の暮らしが性に合っているという事なのね。
「まぁ、たまには思うけど……」
「……そう、思うのね」
なんだか支離滅裂だ。
スノウは緊張しているように見える。
彼はひとつ咳ばらいをした。
「君が言っている事がよく分かっていないんだ。その……僕はもう、何も持っていない。、君は僕を好きだと言ってくれた。今の僕は君を満足させられるだろうか。正直言って自信がない」
「……そうね……そうかもしれない。けれど、私はできるわ」
「ん?」
スノウは不思議そうに眉を上げる。
「私があなたを満足させることはできると思うわ」
突然スノウはクスリと笑った。
「アイリス。君はとても頼もしい。僕はこんな妻がいたんだねとても勿体ない事をしたよ。もう夜だから。今日はここに泊っていって欲しい」
スノウはそう言った。
泊まる!?
ここに!?
あまりにも唐突な言葉に驚いて目を見張る。
「え……と。その、私は今日ホテルを予約しています。もうチェックインも済ませていますし、ホテルまで帰ります。馬車を貸しきっていますから、呼べば迎えに来てくれますので」
「アイリス。もう僕はタイミングを逃したくないんだ……!」
スノウの勢いに驚いて、思わず肩をすくめた。
スノウは凄く焦った様子で言い訳するように言葉を並べる。
「あ、すまない。違うんだ。その、話をするタイミングだ。君と話をする事を先延ばしにするのだけは避けたい」
ああ、そういう意味で言ったのかと納得した。
話をする事が私達にとっては必要だった。
「君の、アイリスの二年間を僕は知りたい」
スノウはそう言うと私に向きなおって、まっすぐ目を見つめた。
スノウの知らない私の二年間。
それは私にとっては結構大変な二年だった。
「外交の仕事を手伝ってほしいと頼まれたわ。殿下からのお願いだった。条件付きで、後任が決まるまで一年出仕しました」
私は話し始めた。
私は貴族籍を抜き、自由にさせてもらうという事を条件に、一年だけという期間限定の約束でそれを受けた。
私と彼らの妥協できる点を決めるのに、かなりの時間を要した。
「契約書にサインして、私は晴れて自由の身になったの」
「自由の身……君は貴族籍を抜いたのか」
「そうよ」
私は正直に答えた。
自分の事業に成功したから、生活には困らないと彼に説明した。
私は、物事をてきぱき効率よく進めることが得意だった。人の適正を見定めて作業を割り振るのも苦ではなかった。
外交大臣の代理という立場だったが、なんとか仕事はこなせたと思う。
女だという事がネックになり上手く事が運ばない時はあったけど、次の適任者を見つける事ができた。
できればまだ続けてもらえないかと職場からは言われたが、契約で一年となっているから、例外は認められないと断った。
そもそも王宮で一生公僕として働くなんてまっぴらごめんだ。
外交大臣の仕事の事はスノウには詳しくは話さなかった。
「ある日、スノウが領地の端の港町で暮らしているという噂を聞いの……」
彼は彼なりに進退を見極め、平民に下り細々と生きているのだと思った。
ただ、また誰かにいいように利用されていないかとか、騙されて無一文になったりしてないかとか。スノウの居場所がわかってから、やけに気になりだした。
「ああ。僕はもう領地の仕事は何もしていない。父は、責任の一端は自分にもあると分かっていたけど、体裁を保つため僕を廃嫡した」
親は我が子に全ての罪を背負わせたのね。
貴族でいる為に仕方のない処置だったんだろう。
スノウは気の毒な人だ。これが公正な裁判なら確実に情状酌量案件だろう。
上に立つ者にしては、彼は純粋すぎた。
真面目な性格ゆえ、悪意に満ちた者達の餌食になってしまった。
「ええ。貴方がすべての責任を負ったのよね。けれど今、領地に住んで教師として暮らしている。義父様は貴方を見限った訳ではないでしょう。仕方がない事だったのね」
「まぁそうだろうな。僕はもう自暴自棄になりかけていたから、なんとか生きていけるだけの場所は与えてくれたのだろうな」
スノウは苦笑した。
それにしてはこの粗末な家。これを見る限りは、彼らがそれほど息子を気にかけているとは思えない。
「貴方は今の状態で幸せなのかしら」
「うん……そうだね。どうだろう。このゆっくりとした日常は僕に合っている気がするし、そうでもないような気もするし……」
よくわからないなと彼は笑った。
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