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12グレン、フレア
フレアが用意してくれた軽食を食べ、温かいお茶を飲んだ。
彼女が作る物は、どんな店よりも旨いし、俺の好みの味だった。
それが今はまるで砂を噛んでいるかのようにしか感じなかった。
「旅行も、高級なホテルに泊まると、丁寧にホテルから絵葉書が送られてきたりするの。また来年の記念日もお待ちしておりますってね。メリンダ様と夫婦として泊まっていたのよね?楽しかった?私の母の葬儀があった日も、遠征で3日ほどあなたと連絡が取れなかった。騎士団には休暇届が出ていたみたいだけど」
「まさか、君の母上が亡くなったなんて知らなくて……すまなかった。そんなつもりではなかった」
「いいのよ。別にそれほど母と仲が良いわけではなかったから。ただ、私の血の繋がった親族が子どもだけになった。もう誰にも頼れないなって思ったの」
俺がいるじゃないか……そう思って欲しかったが、過去は変えられない。
帰宅し知らせを聞いて、急いでフレアのもとに駆け付けた。
けど、全て終わっていたから、もう俺に手伝える事はなかった。
「君がつらい時、傍にいられなかった。本当に申し訳ない」
「彼女が羨ましかったわけじゃないわ。おかげで私は自立しなくちゃって思って、必死に彫金師として頑張って働けたもの」
「すまなかった。本当に悪かった……」
もう謝るしかない。それ以外の言葉は全て言い訳にしかならない。
身を切られるような思いで、彼女の言葉を聞いた。
「私、子供たちを一人で育てていくだけの収入がないから、グレンに別れようと言われるのが怖かった。だから必死で家事や育児を頑張ったの。仕事をして全てをするのは結構大変で、削れる時間は睡眠時間だけだった。当時は3時間しか寝てなかった」
「そんな……、そんなことまでして頑張らなくても良かった。俺に言ってくれれば……彼女と別れたし、育児だって家事だって手伝った。フレアは仕事なんてしなくて良かったんだ」
「グレンも仕事が忙しい時期だったでしょう?夜勤や泊まりも多かったし、遠征もしょっちゅうだった。あなたのお世話はその間しなくて済んだから、いない方がありがたい時もあったのよ」
ふふふ、と、彼女は諦めたように笑った。
俺は首を振って、ただ、すまなかったと謝ることしかできなかった。
「全ての遠征が嘘ではなかった。メリンダとは月に数回、体の関係を持った。彼女も俺をただの遊び相手だと思っていたから、それほど執着されていたわけではない」
「本当にそう思っているのかしら?おかしな話だわ。メリンダ様はしっかりと私に自分の存在を知らせていたわ」
「なんだって?」
俺は驚いて目を見開く。
そんなはずはない。お互い割り切った関係だった。
「これね、彼女がこの家に置いていった物よ。わざと置いていったのは分かっていたわ」
そういうとフレアは、袋からイヤリング、ハンカチ、櫛を出して、俺の前に並べだした。
「まさか……」
「このストッキングは、片方だけ衣類の汚れ物の籠に入っていたの。私に洗濯しろって言ってるみたいにね。何がしたかったのかしら、彼女の物を見つけるたびに私の落ち込む様子を想像して優越感を味わっていたのかもしれないわね」
「そんな……馬鹿な……」
「お風呂場でも愛し合ったのかなって、そんな想像もしたわね」
「違う!そんな事はしていない。家には……家で関係を持ったことはない。多分雨に濡れて着替えをした時にストッキングは浴室に置いたのかもしれない。彼女が自宅に来たことはあったが、ただ寄っただけですぐに出た。そんな、そんな汚い真似をするような……」
「遊びだと思っていたのはあなただけかもしれないわね」
「やめてくれ……」
メリンダはフレアに嫌がらせをしていたのか?
そんな様子はなかった。俺を好きだと言ったが、それは体を繋げたときだけのリップサービスだ。浮気相手としての俺の存在を好きだっただけで、家庭を壊そうとは思ってなかっただろう。
「何年も好きじゃない人となんて続かないでしょう。あなたもそうよ」
「いや、俺は違う。正直に言うと、駄目だと分かっていても刺激的でやめられなかった。スリルがあって楽しかったんだ。若い女が自分に夢中になり、独身の頃の恋愛感情みたいなドキドキしたものを年甲斐もなく感じていたんだと思う」
「そういうものが必要なら、ずっとその気分を味わえる彼女と一緒になればいいわ」
目の前に並べられたメリンダの私物をじっと見つめた。
これがフレアの物でないなら、やはりメリンダの物なのか……
「こんなにも君が辛い思いをして、追い詰められていたなんて思っていなかった。俺は知らなかった。いや、知ろうとしなかったんだ」
なぜ、もっとフレアを気にかけなかったんだろう。妻との時間をとって、ゆっくり話をすれば、彼女が寝ずに働いていると気付いたはずだ。メリンダとの逢瀬を楽しんでいる間に、彼女は必死で子供たちの将来のことを考えていた。
ちゃんとフレアを見ていたら分かったはずだ。
「大丈夫よ。何年も前からもう、あなたのことは見限っていたから」
「そんな……愛し合って結婚した夫婦だろう。子供もいる。これからフレアだけしか見ない……だから……頼む」
「私と離婚したら、あなたたちは一緒になれるわ。まだ、メリンダ様は再婚してないでしょう?もう私と子供たちはグレンがいなくてもやっていけるし、気にしなくていい」
「俺は彼女と一緒になるつもりはない」
それだけは確かだ。
俺に必要なのはメリンダではない。
一緒に居たいのはフレアと子供たちだ。幸せにしたいのは家族だ。
「悪いけど、私はあなたがいなくても平気なの」
俺が完全に妻から切り捨てられた瞬間だった。
*次、フレアのターンです。
彼女が作る物は、どんな店よりも旨いし、俺の好みの味だった。
それが今はまるで砂を噛んでいるかのようにしか感じなかった。
「旅行も、高級なホテルに泊まると、丁寧にホテルから絵葉書が送られてきたりするの。また来年の記念日もお待ちしておりますってね。メリンダ様と夫婦として泊まっていたのよね?楽しかった?私の母の葬儀があった日も、遠征で3日ほどあなたと連絡が取れなかった。騎士団には休暇届が出ていたみたいだけど」
「まさか、君の母上が亡くなったなんて知らなくて……すまなかった。そんなつもりではなかった」
「いいのよ。別にそれほど母と仲が良いわけではなかったから。ただ、私の血の繋がった親族が子どもだけになった。もう誰にも頼れないなって思ったの」
俺がいるじゃないか……そう思って欲しかったが、過去は変えられない。
帰宅し知らせを聞いて、急いでフレアのもとに駆け付けた。
けど、全て終わっていたから、もう俺に手伝える事はなかった。
「君がつらい時、傍にいられなかった。本当に申し訳ない」
「彼女が羨ましかったわけじゃないわ。おかげで私は自立しなくちゃって思って、必死に彫金師として頑張って働けたもの」
「すまなかった。本当に悪かった……」
もう謝るしかない。それ以外の言葉は全て言い訳にしかならない。
身を切られるような思いで、彼女の言葉を聞いた。
「私、子供たちを一人で育てていくだけの収入がないから、グレンに別れようと言われるのが怖かった。だから必死で家事や育児を頑張ったの。仕事をして全てをするのは結構大変で、削れる時間は睡眠時間だけだった。当時は3時間しか寝てなかった」
「そんな……、そんなことまでして頑張らなくても良かった。俺に言ってくれれば……彼女と別れたし、育児だって家事だって手伝った。フレアは仕事なんてしなくて良かったんだ」
「グレンも仕事が忙しい時期だったでしょう?夜勤や泊まりも多かったし、遠征もしょっちゅうだった。あなたのお世話はその間しなくて済んだから、いない方がありがたい時もあったのよ」
ふふふ、と、彼女は諦めたように笑った。
俺は首を振って、ただ、すまなかったと謝ることしかできなかった。
「全ての遠征が嘘ではなかった。メリンダとは月に数回、体の関係を持った。彼女も俺をただの遊び相手だと思っていたから、それほど執着されていたわけではない」
「本当にそう思っているのかしら?おかしな話だわ。メリンダ様はしっかりと私に自分の存在を知らせていたわ」
「なんだって?」
俺は驚いて目を見開く。
そんなはずはない。お互い割り切った関係だった。
「これね、彼女がこの家に置いていった物よ。わざと置いていったのは分かっていたわ」
そういうとフレアは、袋からイヤリング、ハンカチ、櫛を出して、俺の前に並べだした。
「まさか……」
「このストッキングは、片方だけ衣類の汚れ物の籠に入っていたの。私に洗濯しろって言ってるみたいにね。何がしたかったのかしら、彼女の物を見つけるたびに私の落ち込む様子を想像して優越感を味わっていたのかもしれないわね」
「そんな……馬鹿な……」
「お風呂場でも愛し合ったのかなって、そんな想像もしたわね」
「違う!そんな事はしていない。家には……家で関係を持ったことはない。多分雨に濡れて着替えをした時にストッキングは浴室に置いたのかもしれない。彼女が自宅に来たことはあったが、ただ寄っただけですぐに出た。そんな、そんな汚い真似をするような……」
「遊びだと思っていたのはあなただけかもしれないわね」
「やめてくれ……」
メリンダはフレアに嫌がらせをしていたのか?
そんな様子はなかった。俺を好きだと言ったが、それは体を繋げたときだけのリップサービスだ。浮気相手としての俺の存在を好きだっただけで、家庭を壊そうとは思ってなかっただろう。
「何年も好きじゃない人となんて続かないでしょう。あなたもそうよ」
「いや、俺は違う。正直に言うと、駄目だと分かっていても刺激的でやめられなかった。スリルがあって楽しかったんだ。若い女が自分に夢中になり、独身の頃の恋愛感情みたいなドキドキしたものを年甲斐もなく感じていたんだと思う」
「そういうものが必要なら、ずっとその気分を味わえる彼女と一緒になればいいわ」
目の前に並べられたメリンダの私物をじっと見つめた。
これがフレアの物でないなら、やはりメリンダの物なのか……
「こんなにも君が辛い思いをして、追い詰められていたなんて思っていなかった。俺は知らなかった。いや、知ろうとしなかったんだ」
なぜ、もっとフレアを気にかけなかったんだろう。妻との時間をとって、ゆっくり話をすれば、彼女が寝ずに働いていると気付いたはずだ。メリンダとの逢瀬を楽しんでいる間に、彼女は必死で子供たちの将来のことを考えていた。
ちゃんとフレアを見ていたら分かったはずだ。
「大丈夫よ。何年も前からもう、あなたのことは見限っていたから」
「そんな……愛し合って結婚した夫婦だろう。子供もいる。これからフレアだけしか見ない……だから……頼む」
「私と離婚したら、あなたたちは一緒になれるわ。まだ、メリンダ様は再婚してないでしょう?もう私と子供たちはグレンがいなくてもやっていけるし、気にしなくていい」
「俺は彼女と一緒になるつもりはない」
それだけは確かだ。
俺に必要なのはメリンダではない。
一緒に居たいのはフレアと子供たちだ。幸せにしたいのは家族だ。
「悪いけど、私はあなたがいなくても平気なの」
俺が完全に妻から切り捨てられた瞬間だった。
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