27 / 29
27
「なんなの!このクリームを塗ってから、かゆくてたまらないわ」
「で、でも……おっしゃっていたお店の物を買ってきました」
「背中もブツブツになったじゃない。なんなのこれ?」
下っ端の娼婦に買ってこさせたボディクリームが粗悪品だった。
「返品してきなさい!」
私はその子にクリームを投げつけた。
瓶は頭にあたって、彼女の額から血が流れた。
「なにしてるの!血が出てるじゃない」
娼婦たちが集まってくる。
「酷い、支配人に言うわよ」
「そんな事はどうだっていい。私の肌が荒れる方が問題よ」
「気に入られているからって、何でも思い通りにできるはずないわ!」
「言いたければ言いなさいよ、あんたより私の方が価値があるわよ」
ベテランの娼婦が仲裁に入ってきた。
「支配人は、金を稼げる娼婦を大事にする。金が稼げない子はどんどん待遇が悪くなる。そんなのは何処の世界でも一緒。上手く立ち回りなさい」
彼女は若い子たちに諭すように言った。
「ミラさん……そんなのズルいわ」
「贔屓にされているからって酷いわ」
ぐずぐずと泣き出す若い子たち。
まだ十代の子は、泣けば許されると思っているようだ。
「私はここでも一番人気があるし、金持の客も新しく入った私に、どんどん金をつぎ込んでいる。支配人が必要としているのは私なのよ」
私は得意げに、上から目線で彼女たちに教えてあげる。
「みんな、子供じゃないんだから、ここで働いていくなら考えて行動しなさい。助け合わなくちゃならない時だって来るんだから」
ミラというこの女は、娼婦たちの教育担当もやっている古参の娼婦だ。
「メリンダ。あなたも、もう少し考えて発言した方がいいわ。仲間内でもめると商売にならないでしょう」
ミラは娼婦たちの機嫌をとって、上手く店を回さなければならない。いわば娼館側の人間だ。
「メリンダは少し休みを取ればいいわ。肌が治るまでゆっくりしなさい」
ミラは偉そうに私に指図する。
「私がいなければ、客が減るわよ!」
わざと嫌味っぽく言ってやった。
けど、数日たってもかゆみが治まらず、娼婦専門の医者に診てもらった。
漆にかぶれたような状態だと言われ、塗り薬をもらった。
ボディクリームの中に漆の成分が入っていたんじゃないかと思う。
店の娼婦たちの誰かがやったに違いない。
ミラが言うように、娼婦たちとも上手くやって行かなければならないようだ。
仕方がないから、ルーファスから貰ったジュエリーを店の子にいくつかあげた。
ダサいブローチや髪留めなら、たいして惜しくはない。
そして、しばらく休みを取ってゆっくりする事にした。
私には帰る場所があるし、そろそろグレンも寂しがっているだろう。
***
仕事ができない間、久しぶりにグレンのアパートに帰ったが、彼は留守だった。
屋台で一番高い串焼きを買った。
きっと喜んでくれるだろうと思い、部屋の中で待っていた。
「ああ……帰ってたんだ」
開口一番グレンが言った言葉はそれだった。
会いたかったとは言わないのね。
グレンは仕事で家に帰らないことが多い。だから私が帰らなくても文句を言われる筋合いはない。
けれど、怒りもせず、逆に喜んでもいない彼の曇った顔に苛立った。
「休みだから、久しぶりに戻ってきたわ」
私はそれでも、彼の機嫌を取ろうと話しかける。
「娼館も休みがあるんだな……」
グレンは私が娼館で働いていることを知っているのね。
けど、この町で女が働ける場所はそういう所しかないから、悪いことをしている訳じゃないわ。
「私は自分なりにお金を稼ごうとしてるのよ、もっと労う言葉はないの?」
久しぶりに会ったのに、グレンの覇気のない態度に腹が立った。
「そうか……お疲れ様。嫌なら辞めればいい。体を売る仕事だろう。あまり良いとは言えない」
「ほっといてよ。あなただって、嫁がいたのに、私と浮気してたんだから別にいいじゃない」
自分の事を棚に上げて、人の仕事にとやかく言うのはおかしいわ。
グレンは言い返さず相槌を打った。
「……そうだな」
眉間にシワを寄せて、さも自分が被害者のような言い方にムカついた。
「連れてくるだけで、何もしない男が何言ってるのよ」
ずっと私を抱きもしないで、腑抜けもいいところだ。
「すまない。生活できるだけの金は渡しているつもりだ」
「は?あんな、はした金でどうやって暮らせっていうの?無理に決まってるじゃない!」
「だから貧乏な暮らしになるって説明しただろう!」
グレンは声を荒げた。
私に向かってそんな態度を取るなんて許せない。
一緒に来てあげたのよ。しかもお金を稼いでいるし、感謝されて当然の私に対して失礼だ。
「貧乏なんて嫌だわ。私は自分で稼げるし、もっといい暮らしができるのよ」
「すればいいだろ。もっといい暮らしをしたければそうしろよ」
なんて無責任な男なの!
こんなに計画性がない人だとは思ってなかった。
ショックのあまり、一気に頭に血が上った。
「今更何言ってんのよ!ここに連れて来たのはあなたでしょ?出て行くわよ!」
「出て行くんだな。勝手にしろ、もう、殺されても何されても俺一人なんだし構わない」
何を言っているのこの人、殺されるとか意味がわからない。
「わけわかんない。二度と戻ってこないから」
「そうか……わかった」
10年よ?10年一緒にいたのになんなのその冷たい態度。
前は、大人で騎士の制服が似合ってかっこいい男だった。
こんな幼稚な人ではなかった。
今のこの人はただの情けない中年だ。
こんなグレンとは……一緒にいられない。
「で、でも……おっしゃっていたお店の物を買ってきました」
「背中もブツブツになったじゃない。なんなのこれ?」
下っ端の娼婦に買ってこさせたボディクリームが粗悪品だった。
「返品してきなさい!」
私はその子にクリームを投げつけた。
瓶は頭にあたって、彼女の額から血が流れた。
「なにしてるの!血が出てるじゃない」
娼婦たちが集まってくる。
「酷い、支配人に言うわよ」
「そんな事はどうだっていい。私の肌が荒れる方が問題よ」
「気に入られているからって、何でも思い通りにできるはずないわ!」
「言いたければ言いなさいよ、あんたより私の方が価値があるわよ」
ベテランの娼婦が仲裁に入ってきた。
「支配人は、金を稼げる娼婦を大事にする。金が稼げない子はどんどん待遇が悪くなる。そんなのは何処の世界でも一緒。上手く立ち回りなさい」
彼女は若い子たちに諭すように言った。
「ミラさん……そんなのズルいわ」
「贔屓にされているからって酷いわ」
ぐずぐずと泣き出す若い子たち。
まだ十代の子は、泣けば許されると思っているようだ。
「私はここでも一番人気があるし、金持の客も新しく入った私に、どんどん金をつぎ込んでいる。支配人が必要としているのは私なのよ」
私は得意げに、上から目線で彼女たちに教えてあげる。
「みんな、子供じゃないんだから、ここで働いていくなら考えて行動しなさい。助け合わなくちゃならない時だって来るんだから」
ミラというこの女は、娼婦たちの教育担当もやっている古参の娼婦だ。
「メリンダ。あなたも、もう少し考えて発言した方がいいわ。仲間内でもめると商売にならないでしょう」
ミラは娼婦たちの機嫌をとって、上手く店を回さなければならない。いわば娼館側の人間だ。
「メリンダは少し休みを取ればいいわ。肌が治るまでゆっくりしなさい」
ミラは偉そうに私に指図する。
「私がいなければ、客が減るわよ!」
わざと嫌味っぽく言ってやった。
けど、数日たってもかゆみが治まらず、娼婦専門の医者に診てもらった。
漆にかぶれたような状態だと言われ、塗り薬をもらった。
ボディクリームの中に漆の成分が入っていたんじゃないかと思う。
店の娼婦たちの誰かがやったに違いない。
ミラが言うように、娼婦たちとも上手くやって行かなければならないようだ。
仕方がないから、ルーファスから貰ったジュエリーを店の子にいくつかあげた。
ダサいブローチや髪留めなら、たいして惜しくはない。
そして、しばらく休みを取ってゆっくりする事にした。
私には帰る場所があるし、そろそろグレンも寂しがっているだろう。
***
仕事ができない間、久しぶりにグレンのアパートに帰ったが、彼は留守だった。
屋台で一番高い串焼きを買った。
きっと喜んでくれるだろうと思い、部屋の中で待っていた。
「ああ……帰ってたんだ」
開口一番グレンが言った言葉はそれだった。
会いたかったとは言わないのね。
グレンは仕事で家に帰らないことが多い。だから私が帰らなくても文句を言われる筋合いはない。
けれど、怒りもせず、逆に喜んでもいない彼の曇った顔に苛立った。
「休みだから、久しぶりに戻ってきたわ」
私はそれでも、彼の機嫌を取ろうと話しかける。
「娼館も休みがあるんだな……」
グレンは私が娼館で働いていることを知っているのね。
けど、この町で女が働ける場所はそういう所しかないから、悪いことをしている訳じゃないわ。
「私は自分なりにお金を稼ごうとしてるのよ、もっと労う言葉はないの?」
久しぶりに会ったのに、グレンの覇気のない態度に腹が立った。
「そうか……お疲れ様。嫌なら辞めればいい。体を売る仕事だろう。あまり良いとは言えない」
「ほっといてよ。あなただって、嫁がいたのに、私と浮気してたんだから別にいいじゃない」
自分の事を棚に上げて、人の仕事にとやかく言うのはおかしいわ。
グレンは言い返さず相槌を打った。
「……そうだな」
眉間にシワを寄せて、さも自分が被害者のような言い方にムカついた。
「連れてくるだけで、何もしない男が何言ってるのよ」
ずっと私を抱きもしないで、腑抜けもいいところだ。
「すまない。生活できるだけの金は渡しているつもりだ」
「は?あんな、はした金でどうやって暮らせっていうの?無理に決まってるじゃない!」
「だから貧乏な暮らしになるって説明しただろう!」
グレンは声を荒げた。
私に向かってそんな態度を取るなんて許せない。
一緒に来てあげたのよ。しかもお金を稼いでいるし、感謝されて当然の私に対して失礼だ。
「貧乏なんて嫌だわ。私は自分で稼げるし、もっといい暮らしができるのよ」
「すればいいだろ。もっといい暮らしをしたければそうしろよ」
なんて無責任な男なの!
こんなに計画性がない人だとは思ってなかった。
ショックのあまり、一気に頭に血が上った。
「今更何言ってんのよ!ここに連れて来たのはあなたでしょ?出て行くわよ!」
「出て行くんだな。勝手にしろ、もう、殺されても何されても俺一人なんだし構わない」
何を言っているのこの人、殺されるとか意味がわからない。
「わけわかんない。二度と戻ってこないから」
「そうか……わかった」
10年よ?10年一緒にいたのになんなのその冷たい態度。
前は、大人で騎士の制服が似合ってかっこいい男だった。
こんな幼稚な人ではなかった。
今のこの人はただの情けない中年だ。
こんなグレンとは……一緒にいられない。
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
いくつもの、最期の願い
しゃーりん
恋愛
エステルは出産後からずっと体調を崩したままベッドで過ごしていた。
夫アイザックとは政略結婚で、仲は良くも悪くもない。
そんなアイザックが屋敷で働き始めた侍女メイディアの名を口にして微笑んだ時、エステルは閃いた。
メイディアをアイザックの後妻にしよう、と。
死期の迫ったエステルの願いにアイザックたちは応えるのか、なぜエステルが生前からそれを願ったかという理由はエステルの実妹デボラに関係があるというお話です。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。