騎士の浮気は当たり前〜10年間浮気してた相手と別れた翌日妻に捨てられた俺の話〜

おてんば松尾

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28メリンダ最終話

グレンに優しくされて、ゆっくり過ごすつもりだったのに全然違った。
怒りがこみ上げて来て、荒い足取りで埃がたつ舗装されていない道を歩き、娼館に帰ってきた。

こんな町だいっ嫌い。

「治ったから、明日から店に出るけど、あなたたち分かってるでしょうね?今度私の肌に何かあったら鞭で打つわよ!」

食事を摂っている娼婦たちを前に、ムカついて声を荒げた。

「そんなこと知りません!」

「証拠もないのに言わないでよ」

絶対にボディクリームに漆を入れたのはこの子たちよ。
犯人を見付けて仕返ししてやる。
私はみんなを睨みつけた。

「メリンダは我が強くて自分勝手、迷惑よ」

人気のないブスな娼婦たちも、生意気に私に口ごたえしてくる。

「なによその口の利き方?この間あなたにあげたブローチ、取り返してもいいのよ?」

ミラに注意されてから、私の世話をちゃんとした子には、ルーファスにもらったジュエリーをあげていた。
いくらでも宝石はあるって彼が言っていたから、少しくらい減ったってまた手に入る。
けれど、私に口ごたえするなら、あげた物を返すのが当たり前だ。


「あのブローチ、宝石商に持って行ったら、ただのガラス玉だって言われたわ」

「髪留めも偽物だって。まったくお金にならなかったわよ」

「なんですってぇ!嘘ばっかり言わないで!」

私は彼女たちに掴みかかった。

「客に騙されてるのよ!」

「うるさい!」


「メリンダ!やめなさい。商品の身体に傷がついたらどうするの」

ミラが喧嘩の仲裁に入った。


「うるさいわね!傷がなくても売れない子はずっと売れないわよ」

「休んでばっかりいたら、ただの穀潰しよ。あなただって、そのうち追い出されるわ!」

「肌は治ったんだから、ちゃんと仕事するわ!私は帰る場所だってあるし、こんな仕事辞めようと思えばいつだって辞められるの!」

彼女たちは親に売られた子、戻れる家なんてないのよ。
ざまあみろだわ。

「あなたたち、いい加減にしなさい!」

大声で怒鳴られて、仕方なく静かになった。

だけど、若い娼婦たちは悔しそうに奥歯を噛み締めている。

私は借金があるわけでもないし、契約で縛られてもいない。
この子たちとは違うのよ。
追い出されても行く場所はたくさんある。
グレンのところに帰れなくったって、私は男たちから求められているんだから。


「メリンダ!」

ミラが私の顔を凝視している。眉を寄せて怪訝な顔をしている。

「なによ、もう落ち着いたわよ!」

「メリンダ……あなた、鏡を見た?」


「な、何よ……」

目を見開いたミラの表情、なんだか居心地が悪くなり私は一歩二歩すり足で後ろに下がった。




私は急いで自分の部屋へ入った。
部屋のドレッサーに顔を近づけ、ミラが何に驚いていたのか確認する。

「鏡を見ろって何よ、なんともなってないじゃない。背中の発疹が顔じゅうに出たのかと思ってびっくりしたわ」

大げさに驚いていたミラの顔を思い出して、怒りが込み上げてきた。
もう一度鏡で顔を確認する。

唇の上には、小さな赤いしこりができていた。

「何よこんな吹き出物、口紅を塗ればいくらでも隠せるじゃない」


私は娼館へ来てまだ数ヶ月しか経っていない。
娼婦たちが恐れている性病のことを詳しく知らなかった。

唇にできたその小豆ほどの丘疹が、性病の初期症状だったことにまだ気づいていなかった。




*****

私は性病を移されていた。


店では、病気になった娼婦がいる事は隠された。
客に知られるわけにはいかないので、絶対に外部に漏らしてはいけない秘密だ。

娼婦たちの仲間内でも、真実は隠されている。
客に感染させている可能性があることから、一部の者にしか伝えられない。

私の病気は感染するらしい。
病気が治れば出られると言われ、私は地下牢に隔離された。

体調も悪くなく痛みやかゆみなどもない。まったく健康体の自分が、何故、牢屋のような場所に入れられるのか分からなかった。
グレンに連絡をするようにお願いしたが、誰も私の頼みをきいてくれる者はいなかった。
持っていた宝石やお金は、どうなったのかも教えてもらえない。

私は樽に入っている水と、袋に詰められた食料が置かれた地下牢で、人に会わずに過ごしている。
もちろん鉄格子の中で、逃げ出すことは不可能だ。

娼館では病気になった娼婦は秘密裏に葬られるんだと気がついた。

既に牢屋に入れられて一ヶ月が経っていた。

食料も底をつきた。


そして誰にも知られないまま、私は孤独にひっそりと生涯を終えた。




******



グレンがメリンダを訪ねて娼館へやって来たのは、それから1ヶ月が経った頃だった。
長い間メリンダはアパートに帰って来ていなかった。

「メリンダという娼婦はいるか?知り合いの者だ。彼女と話がしたいと思ってやって来た」

派手なドレスを着た中年の娼婦が受付に出てきた。徹底的に着飾り、化粧を施しているが年齢は隠せない。
むせ返る香水の匂い。
グレンは鼻で息をするのを諦めた。


「メリンダ……彼女は男ができたから、一緒に町から出て行ったよ。もう、2ヶ月も前の話だ」

グレンがメリンダを最後に見たのはちょうどその頃だと思った。

「そうなのか……帰ってくる予定はあるのか?」

「ハハッ、帰る訳ないわよ。相手の男は大金持ちだ。一生面倒を見るって言って出て行ったんだ。二度と帰ってこないってメリンダも言ってたわ」

「もう、帰ってこない……」

本当に戻ってこないのだろうか……

「あの子はこの町になんか、なんの未練もないってさ。あっさりしたもんだ」


グレンは頭をグイッと後ろにそらす。目を瞑り天を仰ぐように上を向いた。


「……」

「なんだい?メリンダじゃなくても、もっといい子は沢山いるよ。若くて入ったばかりの新しい子を付けようか?」


「いや、遊びに来たわけじゃない」


「なんだい、旦那さん、いい男だから安くしとくよ」

女はニヤリと笑って体を寄せ付けてくる。
グレンは首を横に振った。


「いいや、悪かったな。ありがとう、世話になった」


グレンはそう言って娼館を後にした。


建物が塀のように立ち並んでいる路地を抜け、この町で大通りと呼ばれる道に出た。
盛り場らしい人々の言い争う声、荷馬車の音、店の客引き、物乞いの声が入り混じって、この町の独特の音を作り上げていた。

埃っぽい空気に道のあちこちに散らばっているゴミや汚物。

メリンダは下品で卑しいこの町に嫌気がさしたのかもしれない。

メリンダは出て行った。

新しい男と幸せになれたのなら良かったと思う。
それが彼女の望んだものなのかどうかは分からないが、少なくとも俺と一緒にいても幸せではなかっただろう。


グレンは自分が迷い込んでいた深い洞窟の中から、やっと抜け出せたような気がした。


長いあいだ溜めていた息をゆっくりと外に吐き出すと、アパートへ向かって一人で歩きだした。






                    おわり
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