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始まりはいつも

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4月2日 東藤雅文
 春である。
 いわゆるところの「出会いの季節」であり、又「別れの季節」でもある例のアレだ。だがしかし残念ながら、出会いだの別れだのと、齢15の俺には人生経験が浅過ぎてとても実感なんて出来やしない。「花の女子高生」みたいなカッコいい文句も、男子には無い。只の一般人Aだ。人並みに勉強して、人並みに運動して、人並みに自分を慰めて、それから人並みに妄想なんかもしている。してしまっている。
 ついこの前まで中学生だった者の妄想なんてありきたりなものだ。授業中にテロリストが教室に侵攻してきて、それをカッコよく撃退しちゃう妄想とか、突如事故死して異世界転生して勇者とか讃えられちゃう妄想とか、あとは、まあ、凄い美少女なんかとしりあってめくるめくボーイ・ミーツ・ガールを繰り広げたりなんかしちゃうとか。つまるところ、俺が何かしらの物語の主人公になる、みたいな感じの、うん、やっぱり中学生と大差ないな。いや本当に数週間前まで中学生だったんだから当然といえば当然だし、妥当といえばそのとうり、返す言葉もないんだけど。と、こんな風によしなしごと思いながら、私立徳住南高等学校入学説明会を聞き流し、一週間後から通うようになるその建物の出口に向かう。廊下はやけに綺麗で、微かに残っているワックスの匂いが鼻の先っちょを刺激し、まぶたがすこし痙攣する。俺が入学する頃にはきっともっと人間の匂い、生活臭だとか制汗臭の匂いが強くなってくるのだろうが、たかが一週間でそんな大して変わるものでもないだろう。
 説明会を受けた大講堂のある西校舎と呼ばれていたそれを出て、新設あるいは作り直されたと思しき渡り廊下を歩くと、グラウンドの様子がうかがえ、活気溢れる体育会系男児たちを目に捉えた。そういえば部活はなにに入ろうか、中学の時はバドミントン部に入っていた。別に運動が好きなわけでも、得意なわけでもない。成績は4か3だけしか取ったことがないうえに、部活でも公式戦で戦った覚えはない。只単に、文化部よりも運動部のほうが内申的な心象評価がいいと小耳に挟み、運動部でもとりたてて厳しくなさそうなのがバドミントン部だっただけだ。帰宅部でも正直構わないのだが、父はともかく母から小言を言われそうだから何かしらの部活に所属しておこうかと思っている。未来の部活動について少しばかり思いを馳せていたらいつの間にか昇降口に辿り着いていた。来る時に靴を入れた下駄箱がどれかわからず、数分の間探し回ったところで一番下の段に適当に入れたことを思い出した。
「靴、救出成功。」
慣れない動作で靴を抜き取り、スリッパと履きかえる。周囲の同級生になる予定の奴らは大体みんな新しそうなローファーで、履き潰され赤土と埃で小汚くなってしまっている自分のスニーカーがひどく目立って見えた。
 少々陰鬱で憂鬱な気分になりながらも、それらを誤魔化すように顔を上げ家路へと急ごうとすると、俺と同じように赤土をところどころに付けたスニーカーが目に入った。上げた視線がまた下にゆく。その靴を履いていたのは見知らぬ女子だった。割と近所の中学の制服を着ていたため、きっと彼女も俺や周囲のまばらな人影同様この高校に入学する生徒のひとりなのだろうとすぐに察する。校門に背を預け、俯いているところから人を待っているように見える。日に焼けたように若干の茶色を帯びている髪の毛は肩の上ギリギリのところで綺麗に切りそろえられており、全体的に艶やかに映る。朝焼けなんかと一緒に居ればさぞ写真映えすることだろう。しかしながらそれとは対照的にその肌の色はまさに白、純白と呼べるそれであり外気の付け入るスキを一切合切許さない雰囲気をまとっていて、髪の色とのギャップから可愛らしいとか美しいなんて言葉より、可憐って言葉のほうがはるかに似合う。俺が履くと小汚く見えるスニーカーも、彼女の場合は健康的で高度なファッションアイテムが如しだ。
 つい数秒見入ってしまい申し訳なさと恥ずかしさに駆られて、もう一度歩を進め直す。大丈夫だ、見てたのはきっとバレてない。スマホゲームのスタミナ回復を待ちながら帰路に着いた。
4月2日 北瀬河凜
 数ヶ月前に推薦入試で私立徳住南高等学校を受験した。方角とか入っている名前なので、頭に「私立」と記さなければ初めて聞く人にとっては公立だととれてしまう。私の母親もそのタイプで、中二の時初めてそこを受験したいと言ってから学校の詳しい資料を渡すまで、公立だと思っていたようで軽く衝撃を受けていた。試験自体は難なく合格した。日頃から割と勉強するので、前日に焦ったりなんかせずぐっすり眠れたことが何より功を奏したと思う。今日4月2日は入学説明会ということで徳住南高校の大というほど大きくもない大講堂で様々な説明を受けた。何も大した説明でもなく、というか具体的な説明ではなく、大体は事前に集めた資料を読めば事足りるようなものだ。
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