恋愛蜜度のはかり方

るうあ

文字の大きさ
71 / 74
甘やかな日常 ◆◆維月視点

想い染め 2

しおりを挟む
 新しいグラスを持ってこようかどうしようかと、落ちつかなげにそわそわし、それから美鈴はとりあえず手近な梅酒を俺に勧めた。
「えっと……梅酒、飲みます?」
「うん、もらおうか。新しく用意しなくていいよ。美鈴の、それをくれる?」
「え、でもこれ、蜂蜜いれて、甘くしちゃってますけど……」
「いいよ」
 美鈴はとまどいがちに、自分の飲みかけのグラスを俺に差し出した。受け取ったグラスには、すっかりぬるくなった梅酒が半分ほど入っている。
 美鈴の飲みかけだったそれは、たしかに甘かった。美味いが、やはり俺には少々甘過ぎた。
「もういっぱいもらえる?」
 今度はストレートで。そう言うと、美鈴は「やっぱり甘かったでしょう?」とでも言いたげに微笑を口元に浮かべ、グラスに半分ほど、梅酒を注いでくれた。
 寝起きのせいもあって、自分で思っていたより、喉が渇いていたようだ。ゆっくりと味わうこともせず、ほとんど一気に、飲み干してしまった。
 この喉の渇きは、寝起きのせいだけではないだろう。喉に何かがつかえているような、そんな息苦しさがある。
 あんな夢を見たから、だろうか。美鈴に対して「後ろめたさ」のようなものを感じていると言えなくもない。疚しいことは何一つしていないのだが、と思うこと自体が「疚しい」のかもしれない。
 ばかばかしい。そう思いつつも、その半面、何やら情けなく、滑稽で、口の端に嘲笑が滲んでしまいそうだった。それをごまかすために、もう一杯、所望した。
「それ、もともと蜂蜜入りの梅酒なんです。維月さんには、ちょっと甘いですよね?」
「そうでもないよ。この梅酒、すごく美味い。あんまりアルコールって感じはしないけどね」
 そういえば美鈴は梅酒……果実酒がお好みのようだ。好きが高じて果実酒を自家製するくらいに。
 今も何か漬けているのかと問うと、美鈴は笑顔で頷いた。
 秋ということで、梨とブルーベリーをブランデーで漬けている、とのことだ。
 果実を漬ける酒は、一般的なところでホワイトリカー、乙種焼酎だが、その他ウィスキー、ウォッカで試しているらしい。美鈴は存外凝り性なとこがある。
「昔は果実酒ってそれほど好きでもなかったんだけど、最近になってハマっちゃったかなって感じで。簡単に作れるのも楽しくて。あ、でもなぜかワインはちょっと苦手なんですよね。甘口の白ワインは好きなんですけど」
 果実酒を作るのは楽しいが、ガラス容器を置くところがなくなってきて、それが目下の悩みであるらしい。美鈴の部屋のキッチンは、ワンルームマンションだから当然といえば当然かもしれないが、それほど広くない。果実酒を置く暗所スペースがとれない。
 ならば、俺の部屋のキッチンに置いたらいいと、申し出た。場所は空いている。
 美鈴は「いいんですか?」と遠慮がちに訊き返してきたが、「俺も飲ませてもらうんだから」と言うと、パッと表情を明るくして、俺の申し出を受けてくれた。
 美鈴はいつも控えめだ。我を通そうとせず、抑え込むのが癖になっているようだ。「わたしなんかが」というのが、かつての美鈴の口癖だった。自分を隠そうとするきらいがある。無意識的に人目を気にしてしまう。怯えからくるのかもしれない。
 俺も、美鈴のことを、とやかくはいえないが。
「維月さん、梅酒、まだ飲みます?」
「うん? ああ、ありがとう、もういいよ。美鈴の分、とっちゃったね」
「梅酒、まだあるから、大丈夫ですよ」
 グラスを受け取ると、美鈴はいったんグラスをテーブルに戻し、自分用にと梅酒を注いだ。卓上ケトルを傾けて、梅酒を湯で割る。湯気が立ち、梅酒の甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐってくる。
「そこの……蜂蜜は入れないの?」
 テーブルの上、美鈴の手元にある丸い小瓶に入ったそれを指さした。小瓶のラベルには「Honey」の文字がある。
「え? あ、これ、食用の蜂蜜じゃないんです」
 美鈴は少し慌てた様子で、俺が指さした瓶と卓上ケトルの傍にある別の小瓶、両方を手に取った。
「紛らわしいですよね。色もそっくりそのまま蜂蜜だから。匂いも、ものすごく蜂蜜なんですよ。ええっと、こっちの小瓶の方が食用の蜂蜜で、こっちのは、ボディジェル」
 ボディジェル、つまりスキンケア用品ということか。

 風呂上がりに限らないが、女の子は、肌の手入れになにかと忙しい。
 スキンケア用品だけでかなりの種類がある。化粧水や乳液くらいなら俺も分かるが、保湿のためのクリームやらジェルやら美容液やら、その他にもパックやらオイルやら……必要に応じて使い分けているようだが、何が何やら、男の俺にはさっぱり分からない。まぁ、妹がいる分、いわゆる「コスメ用品」に多少見慣れてはいるが。
 スキンケアだけではない。ヘアケアも女子には大事だ。シャンプーとリンス(美鈴の使用しているものはリンスではなく、コンディショナーというらしい)だけではなく、ドライヤーで乾かす前につけるヘアオイルもある。
 美鈴は、スキンケアやヘアケアに対し、さほど癇症的ではないように思う。しかしやはりそれなりに手間をかけている。女子として、ごく普通のことなのだろう。たとえば、同じ派遣社員の桃井さんと、「コスメ」話で盛り上がっていることもままある。服と同じように、「メイク」にも流行り廃りがあるらしく、ファッション雑誌などをメインにいろいろとリサーチしているらしい。
 美鈴は流行りを追うタイプではないが、多少は流行りものも取り入れているようだ。基本的には「定番」のもの、シンプルなものを好むのだが、一方で、「新しもの」好きだったりもする。ことに、「限定品」の文字には弱いようだ。
「これ、期間限定品で売ってて、お試しで買ってみたら、けっこう良くて。それで他にも蜂蜜のコスメをいろいろ買っちゃったんですよね」
 ボディジェルを皮きりに、化粧水、ハンドクリーム、リップなどを買ったらしい。
 美鈴は、好きになると、とことん好きになる性質のようだ。そんな自分が、美鈴自身、可笑しいらしい。気恥ずかしそうに笑って、ちょっと肩を竦めてみせる。
 美鈴のはにかんだ笑顔は、俺の悪戯心を煽りすぎるほどに煽ってくる。恥ずかしがり屋の美鈴の反応をあれこれと引き出し、愉しみたくなる。
「美鈴、それ、塗ってあげようか」
「え?」
 俺からの唐突な提案に、美鈴は目を瞬かせた。即座に言葉が出ず、硬直したように動きを止めて俺を見る。きょとんとした顔があどけない。美鈴のその反応に、笑みがこぼれる。
「蜂蜜のボディジェル。手足はともかく、背中は自分では塗りにくいだろう?」
「え、えぇっと、それは……そうですけど」
 羞恥と戸惑いが美鈴の頬に、紅の色となってあらわれる。が、そこに難色は見られない。
 強引に話を進め、手を差し出した。
「ほら、美鈴、貸して。……違うよ、食用の蜂蜜じゃなくて、ジェルの方」
「……あ」
 流されるまま、美鈴は俺に小瓶を手渡そうとする。が、それは食用の方で、どうやら美鈴は少なからず動顛しているようだ。俺が再び小さな笑いを漏らすと、美鈴の頬がさらに赤く染まった。
 美鈴の頭の中、「断る」という選択肢はないようだ。露わにはしないが、美鈴の瞳に色めいた期待が読みとれる。俺の得手勝手な推量かもしれないが。
 美鈴から蜂蜜のボディジェルを受け取ってから、美鈴に座る場所をかえてもらった。美鈴にもベッドに座ってもらった方が塗りやすい。
 壁側に枕とクッションをあて、そこに背を預け、俺は両膝をたてる格好で座る。その俺の足と足の間に美鈴が座る、といった体勢になった。美鈴はベッドから足をおろしている。一人寝用のソファベッドは狭く、多少窮屈でもあるが、こうして密着するには都合がいい。
 ボディジェルの瓶の蓋を開けると、ふわりと蜂蜜の香りが鼻腔をくすぐってくる。微かな香りだが、たしかに美鈴の言う通り、香りも蜂蜜そのままだ。
「これで掬ってください」と、美鈴からヘラ(スパチュラ、というらしい)を渡された。
 掬ったジェルは、色も匂いも蜂蜜だが、粘着性はない。
「ほんとうに蜂蜜っぽいな」と笑うと、美鈴は肩越しに振り返り、「ですよね」と微笑み返してくる。
「美鈴、パジャマ脱いでくれないかな? そのままだと塗りにくい」
「えっ、あ……そ、そうです、ね。えっと、……」
 美鈴はパジャマのうしろを捲り上げようともたついている。が、脱いでしまおう、とは思いきれないようだ。
 大胆になりきれない美鈴だが、それをもどかしく感じたりはしない。
 焦らされるのも、悪くはない。
 どちらかといえば、焦らして愉しむ方が好きではあるのだが。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...