恋愛蜜度のはかり方

るうあ

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幸せな日常 ◇◇美鈴視点

みちしるべ 4

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 維月さんはご両親とも兄妹とも仲が良い。それぞれ別の場所で暮らしているけどちゃんとコミュニケーションがとれてて、程良い距離感を保ってるって感じられた。維月さんから話を聞くだけだけど、そんな風に感じられるのは、維月さんの家族を語る口調が優しく、柔らかいからだ。
 ひきかえ、わたしはどうだろう……――
 険悪というわけではない。だけどわたしの退職と転職をきっかけに深まってしまった溝は未だに埋められない。どう接していいのか分からない。
 ただ、維月さんとおつきあいを始めてから一年半、その間に家族に対する意識が自分の中で少しずつ変わっていった……ように思う。両親に対する苦手意識はなかなか薄まらないけれど、「なんとかしなくちゃ」と思い始めるようになっていた。
 とはいっても、「仲良く」とまではいかなくても当たり障りのない会話ができるくらいの関係にならなくちゃと気持ちだけが焦って、具体的にどうしたらいいのかが分からない。足踏みだけしてちっとも前に進めていないもどかしさに苛立ちすら覚えてしまう。そんな自分が歯がゆくて、落ち込んでしまう。
「…………」
 ふうっと、またひとつ大きなため息をつく。気持ちがどんどん沈んで俯き加減になってしまうせいか、つい周りに気をやれなくなり、動きも鈍くなって、何度か人とぶつかっては「すみません」を繰り返した。店内はそんなに広くいうえに、客の出入りも多いからぼうっとして突っ立ってると他の人の邪魔になってしまう。量り売りのチョコはだいたい気になってた物は専用の籠に入れたし、とりあえず隅っこに移動しよう。
 移動した場所には、季節限定パッケージの品が陳列されていた。ハロウィンパッケージの限定品がメインで置かれてる。値段はだいたい千円台。小さい物だと千円しないものもあった。値段も手ごろだし、お土産によさそう。
 今度、友達……ゆりちゃん達と会う約束してるし、買っていってあげようかな。小箱三つ取って買い物かごに入れた。維月さんの分も買っておこう。けれど、両親や姉の分は籠に入れなかった。年内に一度帰省するつもりではいるけど、いつ行くかはまだ決めてないし、どのみちちょっと顔を出すだけに留めるだろうから、わざわざお土産を持って行くまでもない気がした。
 何度目かのため息が堪えようもなく口から零れてしまう。
 なんとかしなくちゃと思うのに、及び腰になってしまう。
 いつまでもこんなんじゃ、ダメなのに……――
 いつか維月さんを両親に紹介する時にこんなぎこちないままの状態では、維月さんに良い印象を持ってもらえなくなってしまうかもしれない。維月さんだって、良い気持ちはしないだろう。
 家族と結婚。このふたつは切り離して考えられないものだ。
 維月さんが家族と仲がいい分、余計に自分が家族に対して抱えてる葛藤が情けなく感じてしまう。
 どうしてわたしはこうなんだろう。どうして上手くできないんだろう。
 こんなわたしが「結婚」なんて。……――
 そこまで考えて、ふと「結婚」を意識しすぎてる自分に気づき、赤面してしまう。
 飛躍しすぎだよね、わたし。
 維月さんからそれらしいことを言われたことはない。維月さんにとって「結婚」て身近なことのはずだけど、不思議なほどそれをわたしに意識させない。……と、そう思ってしまうのはわたしの不安感からだろうか。
 維月さんはいわゆる「働き盛り」の年齢だ。まだ「結婚」なんて考えられないだけかもしれない。
 維月さんの結婚観がどんなものかわたしには分からないし、そもそもわたし自身の「結婚観」だってどんなものか分かっていない。
 でも、わたしは心のどこかで期待してて、だから「家族」に対して真剣に考えるようになってた。
 まだわたしには遠いものだという感はある。今すぐという焦燥感はない……と思う。それでも維月さんとの未来を考えてしまうくらい、わたしは……――
「――……すず、美鈴」
 背後から名を呼ばれ、それと同時に肩を軽く掴まれてわたしは反射的に「ひゃっ」と声をあげてしまった。
「……っ」
 びっくりして振り返ると、そこには維月さんがいた。熱い頬がさらに熱くなり、内心で大汗をかいた。声が、出ない。喉がひどく渇いている。
 わたしがあまりに驚くものだから、維月さんは少し焦ったようだ。
「ごめん、驚かせた?」
「い、いえっ」
「あと、待たせたのも、ごめん。けっこう長話してたみたいだ」
 そんなことは、と言いかけてわたしは首を傾げる。維月さんは一人だ。
「あの、維月さん? お友達の……えぇっと、トガワさんは?」
「十川なら、母親から呼び出されて慌てて飛んでった」
 維月さんはリラックスした笑みを浮かべて言った。
 わたしに向けるのとは少し違う笑い方。友達同士で笑いあってる時の維月さんがなんとなく想像できる。少年っぽさの残る、そんな表情。そういう維月さんを垣間見ることができたのは、新鮮で、嬉しかった。
 トガワさんはお母様とお母様の妹さんとこのアウトレットモールに来たらしい。一緒に行動するのも疲れるからと別行動をとってたそうだけど、そろそろ帰るから待ち合わせ場所に来なさいと電話がかかってきたそうだ。
「母親の足になるのは息子の義務みたいなものか」と、維月さんは可笑しげに言った。かつて自分もそうしたことがあったから、トガワさんが母親の買い物に付き合わされているのも別段不思議がらず、当然のこととして受け止めてる。
 家族だもの、ね……。そんな風に「付き合わされる」休日があるのは不思議でもなんでもない。
「――美鈴」
 囁くような優しい維月さんの声に、わたしはハッとして顔をあげる。
 またぼうっと考え込んで、沈んじゃうところだった。
 維月さんはわたしの顔を覗きこんできて、一瞬何か言いたげに唇を開いたけど、思いなおしたのか、言いかけた言葉は呑み込んだようだった。維月さんはわたしの後方を指さした。レジのある方で、レジ前には買い物かごをさげた人たちが並んでいる。
「向こうの」
 首を巡らせ、わたしは維月さんが指さした方に目を向けた。
「カフェスペースで少し休憩していこうか? 美鈴、期間限定のホットチョコ、飲みたいんじゃない?」
 維月さんの提案はものすごく魅力的だったから、もちろん即答。こくこく頷いて応えた。
 それにしても維月さん、なんでわたしの飲みたいと思ってるものまで分かっちゃうのかな! あっさり見透かされちゃったのが恥ずかしく、頬が熱くなる。本当に維月さんには敵わない。
「美鈴は限定物弱いだろう?」と、からかうように維月さんに言われて、さらに恥ずかしくなってしまう。子どもっぽいって思われちゃってるかな。少しだけ、不安だった。……いつもはそんな風に思わないのに。
 わたしは慌てて気を取り直した。
「あ、じゃぁ、まずこれ、買ってきますね」
 すでにいくつか籠に入れていたことだし、カフェに移動する前に、それらの会計を済ませることにした。

 そのあと、維月さんに促されるようにしてカフェへと移動した。といっても同じ店内なわけだけど。
 わたしは期間限定のホットチョコレートジンジャー、維月さんはホットコーヒー。それぞれドリンクを受け取ってから空いているスペースを探した。
 席は二十席あるかないかの狭いイートインスペースだったけど、幸いすんなりと座ることができた。テーブル席ではなくカウンター席の一番奥の端っこで、話をするのにはちょうどよかった。混雑してるからゆっくりと休憩してはいけなさそうだったけど。
 コーヒーで一息ついてから、維月さんは十川さんのことを話してくれた。
 わたしが聞きたがってるのを察してくれたみたい。きっとそのつもりで、カフェで一息つこうと言ってくれたんだろう。
 わたしが聞きたかった事はいろいろあったけれど、その中の一つ、十川さんの「離婚」の事だ。つっこんで訊いていいような事柄ではないけど、やはりどうしても気にかかっていた。
 維月さんは、どういった経緯があって離婚に至ったかを話してくれた。もちろん事細かには話さない。明るい話題ではないし、維月さんの口調も自然慎重なものになっていた。なるべく重い語り口にならないよう、わたしにも今ここにいない十川さんに対しても気を使うような話し方だった。
 離婚の原因は、相手の女性……つまり元嫁の方にあったとのことだった。元嫁さんの浮気ではないらしく、なんでもカルトな宗教にいれ込んで家事一切を放棄……だけならまだしも(これでも十分ひどいとわたしとしては呆れたけれど)十川さんから渡されていた生活費の大半をその宗教団体に「お布施」してしまったことが大きな原因だという。金銭的なトラブル以外にもいろいろとあったらしい。初めはできるだけ穏便に済まそうとしていた十川さんだったけれど、結局そうはいかず、弁護士を立てて離婚調停を行った。二人の間に子どもはなく、その点だけは幸いだったと維月さんもため息を吐いた。
「元嫁も、はじめからおかしかったわけじゃなくて……、ごく普通の女性だった。結婚前から俺も何度か面識があったけど、まさかあんな風になるとは思わなかった」
「……そうなんですか……」
 なんとなくだけど、維月さんの口調には何か含みがあるように感じられた。十川さんの元嫁さんについて「ごく普通の女性」と語ったけれど、何かしらひっかかるものを維月さんは感じていたのかもしれない。離婚の話が持ち上がってから十川さんは友達と一切の連絡を断ったそうだ。元嫁さんは十川さんの実家や会社にまで押しかけてなんやかんやと騒ぎを起こしたらしい。その弊害が友達にまで及ぶのを怖れたらしいと維月さんは語る。維月さんだけは辛うじて連絡をつけられるようにしていて、それで十川さんは維月さんに「迷惑をかけた」と言っていたんだろう。
 元嫁さんに対して、維月さんはほとんど私見を述べなかった。良い印象を持っていなかったとしても、維月さんはそうしたことを口にする人じゃない。
「とりあえず終わった今だから笑って話せるようだけど、まぁやっぱり、それなりに大変だったみたいだ」
 嘆息まじりに維月さんは苦っぽくそう言った。
 結婚以上に「離婚」はわたしにとって遠いというか、まだ分からない事柄だ。周りに経験者がいないから話に聞くこともない。だから維月さんから聞く十川さんの「離婚話」に、わたしは何と言葉をかけていいのかわからず、相槌を打つくらいがせいぜいだった。
 話してくれた維月さんも、終始複雑な面持ちだった。当然だ。友達の離婚話なんて、話してて楽しいことじゃない。
 コーヒーを飲みほしてから、維月さんは「次はどの店へ行こうか」と話を切り替えた。
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