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恋愛蜜度のはかり方 蜜度3
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ネクタイをゆるめ、首を伸ばして嘆息する。
そんな何気ない仕草が、妙に艶っぽく、さまになってる、高倉維月さん。
うっとり見惚れて、それから慌てて目を逸らす。
そんなことを繰り返してばかりの毎日は、ほんのちょっぴり、もどかしい。
不器用なわたしは、やっぱり「社内恋愛」向きの性格じゃないんだろうな。
でも、もう抑えきれないことも、自覚してる。
派遣社員として入社し、配属された部署の上司である高倉維月さんと出逢ったのは、二年とちょっと前。
二年の間、単なる派遣社員と上司という間柄だったわたしと高倉主任は、現在、「お付き合い」をしている関係に変わった。
もちろんそれは、会社の皆には秘密にしてる。
別段、社内恋愛禁なんてことはないんだけど、やっぱりあまりおおっぴらしていいものじゃないと思う。……というか、気恥ずかしいっていうわたし個人のわがままな理由が大きい。
「内緒の方向でお願いします!」、と懇願したわたしだけど、必死に頼み込まなくても、高倉主任はきっと黙っていてくれただろう。
「秘密っていうのも、スリリングで楽しいかもね」
おどけたように笑って、わたしの力みを緩めてくれる。
高倉維月さんは、そういう気遣いがさらりとできる人なのだ。
* * *
どうやら今日は残業もないようで、定時に上がれるようだ。
わたしの顔を見て、一瞬何か言いたげな目をした高倉主任だったけど、口に手をやり、眉間を寄せた。
周囲の目を気にしてくれたのだと思う。
「お疲れ様でした」
と言って軽く頭を下げたわたしを見る目は、まだ「上司」の顔。
高倉主任は何人もの派遣社員を束ねている立場にいるから、終業後もよく、派遣社員の女の子達に、話しかけられている。
それはもっぱら仕事上の相談だったり愚痴だったりするのだけど、たまに(とくに金曜日なんかには)、「みんなで飲みにいきませんか?」というお誘いの声も聞こえてくる。
みんなで、という単語がつくだけまだ安心なんだけど、それを聞くたび、胸がちくちく痛む。
……子供っぽい、やきもちなんだって自覚はしてる。だけど、その気持ちを抑えられるほどの余裕を、わたしはまだ持ってなかった。
高倉主任を誘う女性職員の目的は、高倉主任個人というより、高倉主任の財布だったり、あるいは他の男性社員を誘う口実だったりすることが多い。それは、本人も認めていた。
「部下を引き連れて飲みに行く以上、全額奢らなくとも、ある程度の金は落としてこなきゃならないからね。正直、面倒だと思う事もあるけど、これも人間関係をスムーズにさせる一つの方法でもあるから、仕事の一環として、割り切ってるよ」
飲みに行くのも、仕事のうち。
大変だなって、思う。
少し前まで、わたしも「高倉主任」にはよく奢ってもらっていたし。
だから、今になって……わたしと高倉主任の関係が変化したからって、……文句を言っちゃ、いけないよね?
みんなで飲みに行くという時は、大抵わたしにも声がかかる。
でも、最近は断っている。人付き合いが悪いと思われては仕事にも差支えがあるだろうと、時々は誘いにのるけれど、独り暮らしを始めてからは、「財布がピンチなんで」という理由で断れるようになった。
だから今夜も、残念そうなふりをして断った。
……ビアガーデンというのには、少し惹かれたけれど、飲みに行く気分にはなれなかった。
高倉主任は断れなかったみたいだった。
今夜は「維月さん」と一緒にいられないんだと思うと、ちょっとだけ……ううん……とても……寂しかった。
なんてわがままになっちゃったんだろう、わたし。
まいったなぁ、とため息をこぼし、そのため息の深さ分、凹んでしまった。
高倉主任の後姿を振り返りつつ、
「お先に失礼します」
短く挨拶をして、わたしは足早に会社を出た。
* * *
前々から思っていたんだけど、……高倉維月さんって人は、不意打ちかけるのが好きなんじゃないだろうか。しかも、いつも成功しているし。
わたしの心を読んだかの如くの行動に驚かされ、とまどわされる。
「遅いよ、美鈴」
アパート前に、シルバーグレイの車が停まっていた。そして、見覚えがあるどころではない男の人が、車にもたれかかるようにして立っている。
「定時に上がったはずなのに、ずいぶんと遅かったね」
「え、え、えぇっ!? な、なんでっ?」
不機嫌な顔と声のその人は、数時間前に会社で別れたばかりの、高倉主任だった。
腕を組み、じっとわたしを見つめている。夜闇のせいではっきりとは見えないけれど、街灯の下、維月さんの眉間には深々と皺が寄っている。
……なにか……怒ってる……?
「電話、全然繋がらないし。まぁ、無事でよかったけど」
「え、あ……」
大慌てで、鞄をまさぐり、携帯電話を探した。電車に乗る前に電源を切って、そのまま鞄の奥底に沈んでいた携帯電話は、ストラップが何かにひっかかっているらしく、取り出そうにも取り出せない。
「す、すみません、色々寄り道してたものだから、あのっ、心配をさせてしまって……っ。け、けど、……維月さん、なんでここにいるんですか?」
背中に、汗が流れる。
冷や汗なのか、それとも夜風が蒸しついて熱いからなのか。
なんにせよ、心臓は煽られて、急速に心拍数を上げている。
「いちゃいけなかった?」
維月さんは微動だにせず、腕を組んだまま、わたしを見つめている。
維月さんの低い声に追い詰められて、さらに鼓動が速まる。
「そっ、そういうことじゃなくて! だって、みんなとビアガーデンに行ったんだと……」
「…………」
維月さんは軽く息をつくと同時に、組んでいた腕をほどき、短く応えた。
風に乱れた前髪を、うっとうしげにかきあげる。大きな手と、筋張った手首が、さらにわたしの心拍数を上げる。
「少し付き合って、あとは金を置いて、抜け出してきた」
「…………」
「今夜は美鈴と一緒に――……って、……美鈴?」
この時のわたしの行動は、わたし自身驚くほど大胆なものだった。
小走りに駆け寄って、維月さんの胸元に飛び込んだのだ。甘えた仔猫みたいに背中を丸めて、それから背中に腕をまわして、軽くシャツを掴んだ。
「維月さん、わたし、……すごく嬉しいです。嬉しくて、今ちょっと……気が動転してますからっ」
「……美鈴」
維月さんの手が、わたしの頭の上に置かれた。
指先で、くすぐるように後頭部を掻いている。官能的とすらいえる指使いは、まるでわたしの感情を誘い出しているかのようだった。
照れくさい台詞が、口をついて出てくる。
「やきもち焼いて、一人で悶々として。今夜は一緒にいたいって思ってたのだって、ほんとは我慢したくなくて。でも、そんなわたしの心も、維月さんはいつだってお見通しで……。ずるいって思っちゃうくらいに、維月さんは優しすぎなんです」
声が震える。体中が熱くなる。
泣きそうになってること、きっと維月さんは気づいているのだろう。
腰に回っていた維月さんの腕に、力がこもった。
維月さんの甘やかな香りがわたしを包んでくれている。夢見心地って、きっとこういう気分のことを言うんだ。
胸はどきどきしっぱなしだし、足はふわふわ浮いてるみたいだし、落ち着こうなんて無理な話だ。
維月さんの指が、わたしの頬から耳、うなじへと動いた。
反射的に身を縮こまらせたわたしの身体をさらに寄せて、維月さんは耳元でささやく。
「可愛いことを言ってくれるね、美鈴?」
「……――っ!!」
耳に息を吹きかけられて、途端、わたしは我に返った。
「わっ、た……っ! わぁぁっ、あのっ、いっ、いきなり抱きついちゃってすみませんでしたっ!」
身体を離そうと、維月さんの胸元に両手を押し当てた。
夜とはいえ、まだ人の往来もある路上。こんなところで抱き合ってるなんて、はっ、恥ずかしいにも程があるよ!
そりゃぁ、抱きついたのは、……わたしからなんですけどもっ!
「あ、あのっ、もう離れたいんです、けどっ!」
「もう?」
維月さんは意地悪く笑って、けれど名残惜しそうに、腕を放した。
「遠慮することないのに」
「遠慮とかじゃなくてですねっ!」
恥ずかしくて維月さんの顔がまともに見られない。穴があったら速攻もぐりこんでしまいたいっ!
衝動的だったとはいえ、なんてことしちゃったんだろ、わたし!
熱帯夜とは言えない今宵だけど、わたしの感情気温計はうなぎのぼりに上がって、茹であがっている。
「……美鈴」
くっついていた身体は離れたとはいえ、わたしと維月さんの距離は、近いまま。
維月さんは、またわたしの頭に手を置いた。
維月さんはよくこうしてわたしの頭を撫でる。子供を宥めるかのように、優しく。
だけど、こういう時に限って維月さんは、わたしを子供扱いしない。
維月さんは柔らかく笑んでいる。それから、ごく当たり前のように顔を近づけ、そっとキスをする。羽根が触れるみたいな、口づけ。
「……ちょっ、わっ、やっ、維月さん……っ、こんなところでっ!」
一瞬の事とはいえ、人通りもまだある路上で、キスなんてっ!
大仰に慌てたって、当たり前! なのに維月さんは何やら可笑しそうに、あるいは嬉しそうに笑っている。ちゃっかり、手まで握ってる。
維月さんの不意打ちには、まったく敵わない。急所に打ち込まれ、立っているのですら、やっとだ。眩暈がしますけどっ!
「美鈴が思ってたことを実行しただけなんだけど、ね?」
「……ってそれ、維月さんがしたいと思ってたことの間違いなんじゃぁ……」
「うん、そうとも言うね。つまり、俺がしたいと思ってたことと、美鈴がしてほしいって思ってることは、大抵同じなんだよ」
だから『分かる』のだと、維月さんは言った。
わたしの心を読み取っているのではなく、自分がしたいと思うことをしているのだと。
維月さんは小首を傾げ、茹でタコもびっくりなくらいに赤くなっているだろうわたしの顔を、また覗き込んできた。
「キスしたいと思った。してほしいって、美鈴も思ってたよね?」
「あ、う……」
「今も」
艶かしい声と視線は、夏の夜風にあたって、さらに甘みを上げている。
維月さんはまたしても顔を迫らせてくる。
「ぅ、やっ、ここじゃだめですっ!」
だめですってばっ! と、うろたえつつも抵抗を試みてみたのだけど。
わたしの抗議の声は、いともたやすく、維月さんによって塞がれてしまった。
同じこと考えていた、なんて、恥ずかしすぎて頷けない。
……なのに。
「否定しないよね、美鈴?」
維月さんはやっぱり、わたしのことなんて、お見通し。
そんな何気ない仕草が、妙に艶っぽく、さまになってる、高倉維月さん。
うっとり見惚れて、それから慌てて目を逸らす。
そんなことを繰り返してばかりの毎日は、ほんのちょっぴり、もどかしい。
不器用なわたしは、やっぱり「社内恋愛」向きの性格じゃないんだろうな。
でも、もう抑えきれないことも、自覚してる。
派遣社員として入社し、配属された部署の上司である高倉維月さんと出逢ったのは、二年とちょっと前。
二年の間、単なる派遣社員と上司という間柄だったわたしと高倉主任は、現在、「お付き合い」をしている関係に変わった。
もちろんそれは、会社の皆には秘密にしてる。
別段、社内恋愛禁なんてことはないんだけど、やっぱりあまりおおっぴらしていいものじゃないと思う。……というか、気恥ずかしいっていうわたし個人のわがままな理由が大きい。
「内緒の方向でお願いします!」、と懇願したわたしだけど、必死に頼み込まなくても、高倉主任はきっと黙っていてくれただろう。
「秘密っていうのも、スリリングで楽しいかもね」
おどけたように笑って、わたしの力みを緩めてくれる。
高倉維月さんは、そういう気遣いがさらりとできる人なのだ。
* * *
どうやら今日は残業もないようで、定時に上がれるようだ。
わたしの顔を見て、一瞬何か言いたげな目をした高倉主任だったけど、口に手をやり、眉間を寄せた。
周囲の目を気にしてくれたのだと思う。
「お疲れ様でした」
と言って軽く頭を下げたわたしを見る目は、まだ「上司」の顔。
高倉主任は何人もの派遣社員を束ねている立場にいるから、終業後もよく、派遣社員の女の子達に、話しかけられている。
それはもっぱら仕事上の相談だったり愚痴だったりするのだけど、たまに(とくに金曜日なんかには)、「みんなで飲みにいきませんか?」というお誘いの声も聞こえてくる。
みんなで、という単語がつくだけまだ安心なんだけど、それを聞くたび、胸がちくちく痛む。
……子供っぽい、やきもちなんだって自覚はしてる。だけど、その気持ちを抑えられるほどの余裕を、わたしはまだ持ってなかった。
高倉主任を誘う女性職員の目的は、高倉主任個人というより、高倉主任の財布だったり、あるいは他の男性社員を誘う口実だったりすることが多い。それは、本人も認めていた。
「部下を引き連れて飲みに行く以上、全額奢らなくとも、ある程度の金は落としてこなきゃならないからね。正直、面倒だと思う事もあるけど、これも人間関係をスムーズにさせる一つの方法でもあるから、仕事の一環として、割り切ってるよ」
飲みに行くのも、仕事のうち。
大変だなって、思う。
少し前まで、わたしも「高倉主任」にはよく奢ってもらっていたし。
だから、今になって……わたしと高倉主任の関係が変化したからって、……文句を言っちゃ、いけないよね?
みんなで飲みに行くという時は、大抵わたしにも声がかかる。
でも、最近は断っている。人付き合いが悪いと思われては仕事にも差支えがあるだろうと、時々は誘いにのるけれど、独り暮らしを始めてからは、「財布がピンチなんで」という理由で断れるようになった。
だから今夜も、残念そうなふりをして断った。
……ビアガーデンというのには、少し惹かれたけれど、飲みに行く気分にはなれなかった。
高倉主任は断れなかったみたいだった。
今夜は「維月さん」と一緒にいられないんだと思うと、ちょっとだけ……ううん……とても……寂しかった。
なんてわがままになっちゃったんだろう、わたし。
まいったなぁ、とため息をこぼし、そのため息の深さ分、凹んでしまった。
高倉主任の後姿を振り返りつつ、
「お先に失礼します」
短く挨拶をして、わたしは足早に会社を出た。
* * *
前々から思っていたんだけど、……高倉維月さんって人は、不意打ちかけるのが好きなんじゃないだろうか。しかも、いつも成功しているし。
わたしの心を読んだかの如くの行動に驚かされ、とまどわされる。
「遅いよ、美鈴」
アパート前に、シルバーグレイの車が停まっていた。そして、見覚えがあるどころではない男の人が、車にもたれかかるようにして立っている。
「定時に上がったはずなのに、ずいぶんと遅かったね」
「え、え、えぇっ!? な、なんでっ?」
不機嫌な顔と声のその人は、数時間前に会社で別れたばかりの、高倉主任だった。
腕を組み、じっとわたしを見つめている。夜闇のせいではっきりとは見えないけれど、街灯の下、維月さんの眉間には深々と皺が寄っている。
……なにか……怒ってる……?
「電話、全然繋がらないし。まぁ、無事でよかったけど」
「え、あ……」
大慌てで、鞄をまさぐり、携帯電話を探した。電車に乗る前に電源を切って、そのまま鞄の奥底に沈んでいた携帯電話は、ストラップが何かにひっかかっているらしく、取り出そうにも取り出せない。
「す、すみません、色々寄り道してたものだから、あのっ、心配をさせてしまって……っ。け、けど、……維月さん、なんでここにいるんですか?」
背中に、汗が流れる。
冷や汗なのか、それとも夜風が蒸しついて熱いからなのか。
なんにせよ、心臓は煽られて、急速に心拍数を上げている。
「いちゃいけなかった?」
維月さんは微動だにせず、腕を組んだまま、わたしを見つめている。
維月さんの低い声に追い詰められて、さらに鼓動が速まる。
「そっ、そういうことじゃなくて! だって、みんなとビアガーデンに行ったんだと……」
「…………」
維月さんは軽く息をつくと同時に、組んでいた腕をほどき、短く応えた。
風に乱れた前髪を、うっとうしげにかきあげる。大きな手と、筋張った手首が、さらにわたしの心拍数を上げる。
「少し付き合って、あとは金を置いて、抜け出してきた」
「…………」
「今夜は美鈴と一緒に――……って、……美鈴?」
この時のわたしの行動は、わたし自身驚くほど大胆なものだった。
小走りに駆け寄って、維月さんの胸元に飛び込んだのだ。甘えた仔猫みたいに背中を丸めて、それから背中に腕をまわして、軽くシャツを掴んだ。
「維月さん、わたし、……すごく嬉しいです。嬉しくて、今ちょっと……気が動転してますからっ」
「……美鈴」
維月さんの手が、わたしの頭の上に置かれた。
指先で、くすぐるように後頭部を掻いている。官能的とすらいえる指使いは、まるでわたしの感情を誘い出しているかのようだった。
照れくさい台詞が、口をついて出てくる。
「やきもち焼いて、一人で悶々として。今夜は一緒にいたいって思ってたのだって、ほんとは我慢したくなくて。でも、そんなわたしの心も、維月さんはいつだってお見通しで……。ずるいって思っちゃうくらいに、維月さんは優しすぎなんです」
声が震える。体中が熱くなる。
泣きそうになってること、きっと維月さんは気づいているのだろう。
腰に回っていた維月さんの腕に、力がこもった。
維月さんの甘やかな香りがわたしを包んでくれている。夢見心地って、きっとこういう気分のことを言うんだ。
胸はどきどきしっぱなしだし、足はふわふわ浮いてるみたいだし、落ち着こうなんて無理な話だ。
維月さんの指が、わたしの頬から耳、うなじへと動いた。
反射的に身を縮こまらせたわたしの身体をさらに寄せて、維月さんは耳元でささやく。
「可愛いことを言ってくれるね、美鈴?」
「……――っ!!」
耳に息を吹きかけられて、途端、わたしは我に返った。
「わっ、た……っ! わぁぁっ、あのっ、いっ、いきなり抱きついちゃってすみませんでしたっ!」
身体を離そうと、維月さんの胸元に両手を押し当てた。
夜とはいえ、まだ人の往来もある路上。こんなところで抱き合ってるなんて、はっ、恥ずかしいにも程があるよ!
そりゃぁ、抱きついたのは、……わたしからなんですけどもっ!
「あ、あのっ、もう離れたいんです、けどっ!」
「もう?」
維月さんは意地悪く笑って、けれど名残惜しそうに、腕を放した。
「遠慮することないのに」
「遠慮とかじゃなくてですねっ!」
恥ずかしくて維月さんの顔がまともに見られない。穴があったら速攻もぐりこんでしまいたいっ!
衝動的だったとはいえ、なんてことしちゃったんだろ、わたし!
熱帯夜とは言えない今宵だけど、わたしの感情気温計はうなぎのぼりに上がって、茹であがっている。
「……美鈴」
くっついていた身体は離れたとはいえ、わたしと維月さんの距離は、近いまま。
維月さんは、またわたしの頭に手を置いた。
維月さんはよくこうしてわたしの頭を撫でる。子供を宥めるかのように、優しく。
だけど、こういう時に限って維月さんは、わたしを子供扱いしない。
維月さんは柔らかく笑んでいる。それから、ごく当たり前のように顔を近づけ、そっとキスをする。羽根が触れるみたいな、口づけ。
「……ちょっ、わっ、やっ、維月さん……っ、こんなところでっ!」
一瞬の事とはいえ、人通りもまだある路上で、キスなんてっ!
大仰に慌てたって、当たり前! なのに維月さんは何やら可笑しそうに、あるいは嬉しそうに笑っている。ちゃっかり、手まで握ってる。
維月さんの不意打ちには、まったく敵わない。急所に打ち込まれ、立っているのですら、やっとだ。眩暈がしますけどっ!
「美鈴が思ってたことを実行しただけなんだけど、ね?」
「……ってそれ、維月さんがしたいと思ってたことの間違いなんじゃぁ……」
「うん、そうとも言うね。つまり、俺がしたいと思ってたことと、美鈴がしてほしいって思ってることは、大抵同じなんだよ」
だから『分かる』のだと、維月さんは言った。
わたしの心を読み取っているのではなく、自分がしたいと思うことをしているのだと。
維月さんは小首を傾げ、茹でタコもびっくりなくらいに赤くなっているだろうわたしの顔を、また覗き込んできた。
「キスしたいと思った。してほしいって、美鈴も思ってたよね?」
「あ、う……」
「今も」
艶かしい声と視線は、夏の夜風にあたって、さらに甘みを上げている。
維月さんはまたしても顔を迫らせてくる。
「ぅ、やっ、ここじゃだめですっ!」
だめですってばっ! と、うろたえつつも抵抗を試みてみたのだけど。
わたしの抗議の声は、いともたやすく、維月さんによって塞がれてしまった。
同じこと考えていた、なんて、恥ずかしすぎて頷けない。
……なのに。
「否定しないよね、美鈴?」
維月さんはやっぱり、わたしのことなんて、お見通し。
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