恋愛蜜度のはかり方

るうあ

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幸せな日常 ◇◇美鈴視点

みおつくし 1 <R>

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 恋が、こんなにも狂おしく身を焦がすものだとは、知らなかった。
 高倉維月さんという男性に出逢うまでは。


 恋人同士になったら、セックスはしなくちゃいけないものだと、なぜかしら思い込んでいた頃があった。
 どうしてそんな思い込みをしていたのか、自分でもよく分からない。耳年増な友人が周りいたせいかもしれないけど、なんとはなしにそう思い込んでいた。するのが当然で、……しなくちゃいけない行為だと。
 友人に、「美鈴は思い込み激しいとこあるよね」なんて笑われたこともあった。
 その頃……今からもう三年以上前のこと。
 当時、合コンで知り合って付き合っていた男性がいた。今ではあまり思いだしたくない彼。……彼は、わたしが初めて付き合った男性で、“初めての人”でもあった。
 流されるまま付き合い始めて、流されるまま、彼に抱かれた。
 つきあってる恋人同士なのだから、それは当然のことなのだと、思ってた。求められれば、断れない。“彼女”なのだから、しなくちゃいけないと思い込んでた。
 初めて連れて行かれたラブホテルで、わけのわからぬうちに彼に押し倒されて、……処女を失った。初めてのそれは、痛みと倦怠感だけをわたしの中に残した。よろこびはなく、だけど「そういうものなんだ」と自分に言い聞かせていた。
 その後も彼とは数回肌を重ねた。けれど、一度もよろこびや充足感を得ることはなかった。義務感めいた心持ちで彼に抱かれ、体の繋がりはあっても、心の繋がりは持てずにいた。まるで人形のように、彼のすることを我慢して受け入れてた。
 結局、付き合いは長く続かず、彼とは別れた。その後色々とあって、逃げるようにして会社を辞めてしまった。
 苦い思い出だけを残した“恋”だった。
 ――ううん。あれはきっと、恋とはいえない。
 付き合わないかと告白されて、断る理由もなかったから、彼の申し出を受け入れた。彼に好意は持っていた。少なくとも付き合い始めた頃は。
 ぼんやりとした感情だった。曖昧な好意でしかなく、結局、恋には至らなかった。
 恋心などなかったと、今、恋をして、初めてそのことに思い至れた。わたしだけじゃない。彼もまた、わたしに恋をしていたわけじゃなかったと思う。わたしが彼を理解しようと努めなかったように、彼もわたしを見てくれていなかった。
 新しい恋が、わたしにいろんなことを気付かせてくれた。
 思いだすには辛い過去だけど、苦い経験があったから、今度こそはと思う。

 今、わたしは恋をしている。
 高倉維月さんという“恋人”が、誰より、何より大切で、失いたくないと心から思ってる。
 とても大切な、かけがえのない恋なのだ……――


 カラン、と氷が揺れて小さな音をたてた。耳に心地のいい音。
 わたしより先にお風呂から出ていた維月さんは、ブランデーグラスを傾けていた。二人掛けの肘付きソファーにゆったりと腰かけて寛いでいる維月さんのその姿態は、なんとも色っぽく艶めかしい。作った風ではなく自然の様態で、つい見惚れてしまう。
 こちらにおいでと、維月さんは微笑みかけてくれる。それが当たり前のように、言葉ではなく、まなざしだけでそれを語りかけてくる。心が通じているようで、嬉しかった。
 ソファーの真ん中に置かれたクッションを端に除けて、維月さんの横に腰かけた。座ると、素足であるのが目立つ。短パンも履いていない生足なのだ。シャツの裾を引っ張って、腿の上で手を重ね合わせた。
 維月さんからもらった着古しのシャツ一枚という格好は、ちょっとあざとかったかもしれない。室温高めだから、このくらいの薄着でちょうどいいといえば、いいのだけど。
 暦の上では秋だけど、今夜は少し蒸し暑い。台風の影響らしく、大気も不安定で、そういえば維月さんのマンションに来た時、通り雨があった。僅かの間の降雨で、今はやんでるけど、また降り出すかも知れない。風の音が強い。
 大気は不安定でも、わたしの心は揺らがない。
 ――今夜は。と、意気込んでることがあった。
「あ、あの、維月さん」
「ん? 飲む?」
「…………」
 差し出されたグラスを、ちょっと迷ったけれど受け取った。
 アルコールの強すぎるブランデーは、どちらかといえば苦手で好んでは飲まないのだけど、今夜は少しだけ飲みたい気分だった。勢いをつけるため、強いお酒の後押しが欲しかった。
 さすがに一気に沢山は飲めなくて、一口、二口、舐めるようにして飲んだ。鼻から抜ける香気はやっぱりきついし、喉が焼ける。飲みすぎて具合が悪くなっては本末転倒だ。少しだけにしておこう。
 グラスは、維月さんには返さず、テーブルに置いた。そして維月さんににじり寄って、体をくっつけた。維月さんの大腿に手を乗せた。
 じっと、維月さんを見つめた。
 こんな時、なんて言えばいいんだろう?
 体を摺り寄せておくながら、言葉が浮かばない。もの欲しげに見つめるしかできなくて、自分自身がもどかしかった。
 けれど、維月さんはわたしの意を得たように、肩を抱き、こめかみに唇を押し当てた。そして唇を僅かに離し、内緒話をするように、囁いた。
「する?」
 短く、単刀直入といっていい、一言。
 何を「する」のかなんて、そんなこと問い返したりはしない。
「…………」
 維月さんに、先を越されてしまった。
 わたしから、誘おうと思ったのに。それを言おうと思ったのに。
 だから、ちょっとだけ口惜しい。
 同じ気持ちになってくれて嬉しいけれど。
 維月さんはさらにわたしを抱き寄せて、紅潮してる頬から伏しがちの瞼に、息を吹きかけるようにして、キスをしてくれた。ブランデーに匂いのする、優しいキス。優しいのに、まるで火のような口づけなのだ。維月さんの触れるところ、すべてが熱い。火を点けられ、蕩けてしまいそうになる。熱りが、全身を浸していく。
 ――わたしも、維月さんに火を点けることができるだろうか。
「あ、の……、維月さん」
 瞳をあげ、維月さんを見つめた。
 さりげなく大腿に添えていた手を移動させた。そろりと、指を這わせる。股の付け根から、股の間へと。そして、それに触れた。
 維月さんの眉が僅かにひそめられた。戸惑ったような目でわたしを見つめ返してきた。
「わたしが、……わたしから、したら、……維月さん、あの……嬉しい、ですか?」
「美鈴……」
「あ、あの、わたしに、して欲しい、ですか?」
 どっ、どっ、と心臓が高鳴る。維月さんに聴こえてしまってるのではないかっていうくらい煩く、体中に響く。
 恥ずかしくって、頭のてっぺんから湯気が立ちそう……っ!
 でも今は、羞恥心よりも強く、維月さんを求めてる。
 目を逸らさず、一途に維月さんを見つめた。答えが欲しい。
 維月さんは笑みを深め、わたしの頬に手をあてがった。維月さんの手のひらは温かいというより、熱いくらい。
「……したい?」
 維月さんは、逆にそう訊き返してきた。艶っぽい瞳がわたしを誘ってる。求めてる。
「わたしが訊いてるんです」
 強気で、言い返した。怯んじゃダメって自分を励まして。
 だって、ここでわたしが頷いてしまったら、わたしの方が「してもらう方」になってしまうもの。
 今夜はわたしからって、心を決めてきたのだから、それを貫徹しなくちゃ!
「維月さん、わたしに……して欲しいですか?」
 何を、なんて訊かないで。
 まなざしでそれを訴えた。さらに、股に置いた手に力を入れて、維月さんの情欲を煽った。
 効き目があったのか、維月さんは陶酔したような息を吐いて、短く答えた。
「……して欲しい」
 答えてから、維月さんはいきなり立ち上がり、かと思うとわたしを横抱きに、抱え上げた。
「い、つき、さ……っ」
 いわゆるお姫様だっこで、ベッドに運ばれた。
「美鈴に、して欲しい」
 ベッドにわたしをおろしてから、維月さんは再び乞う。欲情に燃えたまなざしをわたしに向けて。
「あ、でも、わたし、……その、初めて、で。だから……」
 きっと、上手く出来ないです。そう口の中でごにょごにょと言い訳している間に、維月さんはパジャマのズボンを脱いだ。
「美鈴の好きにしたらいい」
「……」
 好きにしたらと言われても……。
 どうしようかと身を縮こまらせていると、維月さんはわたしの顎を抓み、唇を重ねた。

 わたしの緊張をほぐすためか、それとも興奮をさらに昂らせるためにか、維月さんはたくさんのキスをくれた。唇にも、頬にも額にも、瞼にも。耳にも、うなじにも。そしてその間、維月さんはわたしの手を股間にあてがわせた。布越しではなく、直接。
 維月さんの両脚の間で膝立ちになり、わたしはそれを握り、撫ぜるようにして擦った。それは、わたしの手の中でみるみるうちに太く、硬くなっていく。どくどくと脈打ってるのが皮膚から伝わってくる。湿り気を帯び始め、熱くなってくる。
 先端部分を親指で押しつけるように撫ぜると、粘り気のある液汁が絡まってきた。
 ――濡れてる。
 上目遣いに、維月さんを見やった。
 興奮しているんだろうか。維月さんの息が上がってきていた。蠱惑的な程のまなざしがわたしをとらえ、「もっと」と求めているのが分かった。
 わたしは体勢を変えた。土下座のような姿勢になり、勃ちあがっているそれに顔を近づける。独特の臭気に、ちょっと眉をしかめてしまった。
 見るのは初めてじゃない。こうして手で触るのも。
 何度も見ても、奇怪で……グロテスクな形だって、やっぱり思ってしまう。
 時々、それ自体が生き物のようにビクンと動く。ちょっと怖いけれど、維月さん自身なのだと思えば、愛しい気持ちも湧いてくる。
「…………」
 維月さんはわたしの行動を急かさない。きっと焦れてる。だけど、わたしの心の準備が整うまで待っててくれる。
 焦らしてるわけじゃない。だけど、どう始めたらいいんだろうって、悩んでしまった。
 ――維月さんがわたしにしてくれるように、してみよう。
 そう思い至って、まずは先端に口づけた。そして舌の先で割れ目をなぞった。ぴりっとした苦みが走る。割れ目からじわりと溢れる汁を舐めとった。先を舐めているうちに、肝が据わった。
 維月さんの股間に顔を埋め、ひたすらにそれをねぶった。
 先端を舐めてから、今度は下へ。裏側を丹念に舐めた。舌先だけでなく、舌の全体で掬い取るようにして、舐め上げる。根元から先端のくびれの部分まで、じっくりと舌を這わせた。くびれの部分は舌の先でくすぐるように。唇をすぼませて、軽くキスをしたり、吸ってみたりもした。
 維月さんの呼吸が乱れてるのが、気配で分かった。時々息を詰めたり、苦しげな呻きを漏らしたり、けれど声はひそめている。
 興奮してる?
 そう思うと、嬉しくなった。
 わたしの唾液に塗れたそれも、さっきより大きく硬くなってる気がする。
 こんなに大きくちゃ、全部はとても咥えられそうもない。
 ともかく、先の部分だけでも、口に含んでみよう。
 思いきってそれを咥えこんだ。
「……くっ、……っ」
 維月さんの切羽詰まった声に驚いて、咥えたそれを慌てて口から出し、顔を上げた。
 嫌だったのかな……。
 不安になって、維月さんの目を見ると、維月さんは薄く笑った。息は荒く、頬は上気してる。どきりとするほど艶めいた維月さんの顔だ。きゅぅと胸が締めつけられる。
「……いいよ、美鈴、続けて」
 そう言って、維月さんはわたしの頬に手を当てた。手のひらは、少し汗ばんでいた。
「……うん」
 乞われるままに、わたしは行為を再開させた。
 さっきよりも思いきりよく、深く咥えこんだ。口いっぱいに頬張り、それをしゃぶった。
 口内で、唾液に苦みが混ざる。維月さんの……味。
 歯を立てないよう気をつけながら、維月さんを愛撫した。しゃぶる音の淫猥さに頭の芯が蕩けそうになる。興奮に体中が熱って、蕩けそう。
 口の中で、それはまた膨張した……ように感じた。息が苦しくなる。口の端から、唾液が溢れ出て、顎を伝った。
 ――溢れてる。
 それは口の中だけじゃない。別のところもすでに溢れてて、無意識に、内股を擦り合わせていた。
 維月さんはわたしの髪を撫ぜてくれていた。
 お世辞にも上手いとは言い難いやり方だろう。だけど、頭を撫でてくれるのは、なんだか褒めてもらえてるみたいで、嬉しかった。
 呼吸をするため、一度維月さんのそれを口から離した。だらしくなく唾液がこぼれても、それを拭う余裕もない。息を吸ってから、再び先端に口を当て、舌先を這わせた。
「く……っ」
 呻き、維月さんは上体を逸らせた。それに合わせるように、わたしに握られてるそれもびくんと大きく跳ねた。割れ目から液汁がこぼれ出る。
「ん、……っ」
 顎が疲れるのも忘れて、夢中で維月さんのそれをしゃぶった。どこが敏感なのか、維月さんの反応でそれが分かってきた。そこを攻め、刺激を与え続けた。
 もっともっと、維月さんを攻めたてて、追い詰めたい。
 そんな欲が湧いてきた。
 維月さんを悦ばせたい。もっと強い快楽を、維月さんに与えたい。
 いつも、維月さんがわたしにしてくれるように。
 先端の割れ目からこぼれる液汁を、わざと音をたてて吸い取る。
「……くっ、ぅ、……みす、ず……っ」
 維月さんの切ない声があがった。
 やにわに、維月さんはわたしの肩を片手で押し、顔を離させた。唾液が糸を引く。それがふつりと切れたのと同時に、わたしは顔を上げて維月さんを見やった。
 息が上がってて、「どうして」と問えない。どうしてやめさせたの、と。何かいけなかったのか、と。
「み、すず……、これを、つけて」
 維月さんは肩で息をし、苦しげな声音でそう言って、わたしに小さな包みを差し出した。
「…………」
 差し出されたそれは、避妊具……コンドームだった。
「つけ、て」
「…………」
 強引に、維月さんはそれをわたしに受け取らせた。
「美鈴の中で、いきたい」
「…………」
 本当は、わたしの手と口の中で……って、考えてた。
 だけど、そんな風に切なげに乞われては、拒めない。「お願いだ」と、維月さんの目が懇願してくる。
 維月さんの求めに応じ、受け取った包みの封を切った。
 装着の仕方は、以前維月さんに教わったから、知ってる。まだ不慣れで、素早くはできないけれど。
 爪で引っ掻いて破いてしまわないよう気をつけながら、装着させた。仕上げは維月さん自らが行った。
「美鈴が、挿れて」
「え?」
 わたしの返事を聞かず、維月さんは背中に置いていた枕をよけて、仰向けに体を倒した。わたしに、跨ってくるよう腕を引く。
「で、でもっ、維月さんっ」
「美鈴が、してくれるんだろう?」
「……っ」
「美鈴、早く」
 維月さんに急かされ、戸惑ったけれど、言葉に従った。
 仰向けになってる維月さんの上に馬乗りに跨る。維月さんはわたしの太腿に手を添え、支えてくれた。
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