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幸せな日々に
しおりを挟むリエスティエ大陸中央に位置するガレット帝国は、皇帝フィーレンスの圧倒的な力でもって隣国からの武力を全て制して来た。王国や他大陸の国々……それらが束になっても皇帝の軍事力に敵うはずもなく。
その結果、今日に至るまで、皇女リデリカはわがまま放題に育って来た。
黄金の瞳に黄金の髪色、美しく整った理想的な姿。
――まぁ、お父様が残した威名のおかげね。
威名に従う者たちがいるってだけで、わたしは何もしなくても済むわけだし。
生まれつきの身分とはいえ、随分と守られて来た感じがするわね。でもまぁ、これからも変わらずに過ごしていけるでしょ。
「我がガレット帝国は、今は亡きフィーレンス皇帝陛下の加護を永久的に賜ったことにより、平穏な日々を過ごすことが出来ております。無論、リデリカ皇女殿下の代となってからも古き慣習を守り抜き至極平穏にござりまする」
またいつもの小言かしら。ゼレット爺の小言もいい加減聞き飽きたのだけれど。
「はいはい、またいつもの話でしょう? 分かっているわよ」
「ですが! それではいつまでたっても新しい慣習とはなりませぬ。よって、リデリカ様にはご結婚いただきたく存じます」
――今なんて?
まさかと思うけど、結婚って言った?
このわたしが……ガレット帝国の皇女であるわたしが――結婚?
自由な日々を送るわたし、リデリカ・フィーレンスは今日も楽しく過ごしている。
ついさっきも侍従長をからかって、機嫌は上々、肌艶も上々になったところ。
「やっぱり返して頂くわ!」
「えっ? で、ですけど、先ほど私にくださったはずでは?」
「気が変わったの。確かにあなたにあげるって言ったわ。だけれど、最初にわたしの手にあってそこそこ似合っていたものだから、やっぱりわたしの指におさまるのが相応しいと思うわ」
「そ、そんな……」
欲しいものは何でも手に入り、いらなければすぐに捨てる。飽きたら侍従たちにあげて、有効に使ってもらって……なんてことはとっくの昔に飽き飽きした行為。
だからこそのからかい。本当に欲しいものならばわたしから一方的にもらって満足するのではなくて、確実に手に入れる努力をしてもらいたいものだわ。
「今日の被害者は侍従長なのね。……一体何がしたいの?」
「そのうち大陸中に悪名を広げるつもりなんじゃない?」
「くれるつもりがないなら大事そうにしまっておけばいいのにね……」
ひそひそと聞こえて来る侍従たちの妬みのオンパレード。
だから一度目の"喜び"で満足する程度だったらやっぱりあげない。欲しいなら食い下がるようじゃないと、変わらない日々は退屈に過ぎて行くだけだもの。
「……またからかわれたのですか。そんなことをしているから悪名が立つのですよ? フィーレンス皇帝の威名が悪名に変わって皇女殿下が悪女呼ばわりされるだなんて、わたくしの育て方が間違ったのでしょうか」
まぁた始まった。何かって言えば悪名悪名……。悪女と呼ばれる方がかえって楽しいというのに。
「別にいいじゃない。大したことでは無いわ。あぁ、悪女といえば、この前出会った……アリーズ何だったかしら?」
「アリーズ・ヴェセリー様でございますよ。近々公爵家の御次男とご婚約されるそうで、そのご報告に参られたではございませんか」
「公爵家……あぁ、そうだったわね。自称悪女のアリーズ程度なら、いいんじゃないかしらね」
「……いい、と申しますと?」
面倒くさいわね。理由なんて必要無いじゃない。
「公爵家の次男程度なら満足するって意味よ」
「……はぁ」
よっぽど惹かれる者でもない限り公爵家に嫁ぐなんてあり得ないわね。
大金を積まれたって、そんなの絶対にお断りだわ!
「……あぁ、どうしてこんな……」
ただ普通に皇宮で楽しく過ごしていただけで、騎士だろうが国王だろうが外の人間に興味なんてなかったはずなのに。
「ふっ、そんなに見つめられると照れるぞ、リデリカ」
今まで誰にもこんな気持ちを抱くことなんて無かった。
あるはずもない――そう思いながらわがままを貫き通して来た。
それが今や――
わたしのすぐ真横に寝転がっている彼、ユゼック・アムレアン公爵に心を完全に奪われているなんて。
「どうした? いつものように体を寄せて来ないのか?」
「き、今日は体の調子が上がって来ないので、遠慮を――あっ」
ぐいっと腕を引っ張られ、自然と彼の顔が近づいて来る。
「そなたが悪女と評されていたのが今でも信じられぬな。これほど綺麗な黄金の瞳は見たことが無いぞ」
「……他の誰にも見せたことが無かっただけで――でも、これからは存分に――」
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