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第二章 当たり前の二人

好きも嫌いも認めてあげます!

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 今までの院瀬見だと返ってくる言葉は、どれも塩対応からくる辛辣なものばかりだった。だが、俺に対する甘え方や俺への好意を九賀や聖菜から示された時の反応は、間違いなく初期の頃とは別物になった。

 俺に対する呼び方が親密になるにつれて好感度が上がっていったのは、ほぼ間違いないとみている。

 に望みを託しダメもとで告白を実行に移したわけだが、正直なところどういう結末になるのか想像出来ない。

 そんな彼女の疑問には素直に答えるだけだ。

「もちろん本当だ」
「……ふぅん。そうきましたか」
「幻滅したか? 俺がその辺のモブ男子と同レベルになって」

 俺の告白に対してはっきり感情を出してくるタイプじゃないのは予想出来ていたが、これはどっち側なのか。

 間抜けにも返事を待つ俺を放置するかのように、院瀬見は顎に手を置いて首をかしげながら悩むようなポーズを取っている。

 すると、

「んー……ちょっと時間をもらっていいです?」

 ――などとはっきりと物言う院瀬見から、まさかの"じらし"プレイが発動された。俺なりに気持ちを込めた告白の行方をどうするつもりがあるのか。

「……ああ、いいぞ!」
「じゃ、とりあえず先に拳を突き出してください」
「ん? そうだな」

 俺の告白の返事はいったん間を置くようで、ひとまず俺と院瀬見でいわゆるグータッチを交わした。大したことでもないのに何だか照れくさかった。

「翔輝くん」
「あん?」
「学食カフェに行って何か食べよ?」
「それもいいな。そんなに人もいないだろうし、そうするか」

 夏休み中でも霞ノ宮カフェは営業中で、主に教員や部活の連中が利用している。古根の方は今はほとんどひと気が無く、対照的に静かなものだ。

 二学期が始まればすっかり環境が変わると思われるが、野郎の数が多いので劇的に変わるとは思っていない。

「あっ! 院瀬見さん! おひさでーす」

 霞ノ宮カフェに着くと、滅多に会わなくなっていた二見ふたみ、そして聖菜の姿があった。俺たちにすぐ気づいて二見だけが声をかけてきた。

 ――のだが、

「……な、なぁ、何で会って早々に俺の腕に組んでくるんだ?」

 二見は院瀬見に近づき、聖菜は俺の方に迫ってきた。
 
「会えたから。本来まだ会えないはずの場所で聖菜と会えたのは奇跡。だから記念の腕組み」
「…………」

 聖菜の行動に肝心の院瀬見はというと、

「めぐちゃん、お久しぶりです! といっても、昨日電話で話してましたけどね~」
「ですよね~! ウチはみずきと違って、院瀬見さん一筋なので! そこは安心していいですよ~」

 推し女の二見と和気あいあいとした雰囲気になっていた。

 聖菜という空気の読めない女子が俺の腕に絡んできているが、力を抜いて何とか引きはがすことに成功。

「……もういい? 聖菜はいつでも南を待ってる」
「悪いな」

 聖菜が何か言っているが気にしないでおくとして、俺はそのまま二見と院瀬見の間に割って入り、

「よう、二見」
「――誰? ウチの記憶の中には愛しの院瀬見さんしかいないんですけど?」
「……キツイな。いくら俺のことを嫌ってるからってその態度は無いんじゃないのか?」
「普通すぎる普通の奴のくせに! 図々しい奴!! 何でこんな奴……」

 こいつは完全なる院瀬見つららの熱狂的推し女だったな、確か。

「あんたなんて聖菜とくっついていれば良かったのに!! あームカつく!」

 この態度はあまりにも度が過ぎているな。言われた聖菜の方はというと、無表情ながらまんざらでもない顔を見せていてちょっと怖い。

「めぐちゃん。そんなに嫌わないであげて? そこの聖菜に対する態度でも分かるように彼はその辺の男子と違うんだし、その辺で……ね?」

 どうやら二見とはしょっちゅう連絡を取り合う仲のようだ。つまり顔を合わせなかったのは、俺だけというオチらしい。

 九賀とまるで違うのは、二見は美少女選抜候補だったことだ。落選したのに院瀬見の推し女になったわけだから親密度も違うということだろうな。

 まあ九賀がギャルってことも関係してるか。

「……院瀬見さんがそう言うならいいですけど~ウチは認めたくないです!」

 九賀と違い、二見は完全に俺を目の敵にしている。自己紹介の時はそうじゃなかったはずなのに、俺と院瀬見の肩車事件以降から完全に嫌われだした。

 タレント活動を選ばなかった院瀬見なのに、二見だけは推し女のままで通している辺りが何とも分かりやすい。

「それでいいと思うよ? だってめぐちゃんはわたしを応援してくれているんだもん。彼を認めるのは草壁新葉……ううん、一人だけいればいいと思うんだ」

 二見と話を合わせつつ、院瀬見が俺をチラ見してくるのはどういう感情なんだ?

「あれ? なぁ、聖菜せなはどこ行った?」
「は? 知らないし!! ウチは院瀬見さんと話をしてるだけだし、気になるならてめーだけで探しに行けよ!」

 段々とガラが悪くなってるのは気のせいか?

聖菜あの子のことが気になるんですか?」
「そうじゃないが、突然いなくなったら心配するだろ」
「……それもあなたらしいとは思うんですけど、探しに行っちゃう感じです?」
「どうだろうな……」

 いきなりいなくなるタイプだし、不思議系女子だから放置する方が良さそうな気もする。

「わたしをここに放置して聖菜を探しに行くんだったら――」

 ちょっと空気感が変わる感じか?

「――いや、行かない。俺はまだつららから聞いてないからな。聞いてない状態であの女子の方に行くのは違うだろ。俺をその辺のモブ男子と同じにするなよ?」

 これがナンパ好きの下道あたりだったら聖菜を追うだろうな。

「うん――ええ、そう思っています。でも、わたしをどう思ってます?」

 俺がどういう答えをするのかをテストしているつもりだろうが、『告白』は別として、やはりここははっきりとさせておく。

「院瀬見つららのイメージらしくない。どんなに変わり者の女子でも、最強美少女なら簡単に対応するはずだからな。悪いがそういうらしくないタイプ――その辺の普通の美少女は好きじゃない! 俺は公平性を保つ立場だからな」

 たとえ聖菜が院瀬見にとって天敵だとしても。

「――つまり、自分が苦手な相手を避けたり逃げたりする気持ちの弱いわたしは好きじゃないし、どちらかというと嫌い。そういう意味ですか?」
「そういう意味だ。もちろんこの場合の嫌いの意味は……」

 一見すると口論が開始される雰囲気に見えるせいか、

「嫌いで結構ですよ!! 院瀬見さんにあんたみたいな凡人……たかが生徒会長ごときが釣り合うわけないんですから!」

 などと二見の方が興奮して俺にだけ暴言を吐いている始末だ。しかし俺はもちろん、院瀬見の方も怒りでもなければ悲しみでもない空気を漂わせている。

「院瀬見さん! こんな奴のことはどうでもいいし、帰りましょうよ!」
「ありがとう。でもめぐちゃん。電話で話したとおりなの。だから、わたしの決断に任せて?」
「……はぁ~。分かりました。ウチはあの聖菜を探して適当に帰ります。だから、応援してます。これからも!」
「うん。またね、めぐちゃん」

 何やら当人同士にしか分からないやり取りで完結したようで、二見は俺を睨むことなく帰ってしまった。

「……それでは翔輝くん。行きましょうか?」
「えっ? ここで何か食べるんじゃないのか? それとも別のところに?」

 てっきり霞ノ宮カフェで返事をしてくれると思っていたのに。

「いくら何でもここだと嫌ですから。だから、となった部屋に移動するの」

 そう言いながら院瀬見は俺の手を強引に握って、

「文句言わないの! 翔輝くんって変なところで激ニブさんなんだから」
「性分だからな」
「とーにーかーくー! このままわたしについて来るの!! いい?」
「そうします」

 お姉さんぶっているようだが、まるで幼馴染のアレそのものを引き継いだように感じる。

 院瀬見に大人しく手を引かれて黙ってついて行くと、何だか見覚えのある部屋の前に着き、部屋の中へと入っていた。

 確かここは――

「懐かしいでしょ?」
「保健室兼カウンセリングルームか。懐かしいって言われても困るけど……」
「もうっ! 細かいことはいいんです! えいっ!!」
「ぬおわっ!?」

 院瀬見に手を引かれていたその手が勢いよくフッと離れ、そのまま俺は白地のベッドに放り投げられ、呆気にとられながらベッドに倒されていた。

 仰向けに倒されるまではいかず、後ろ手をついて何とか姿勢だけは保っている。そんな俺をからかうようにして院瀬見は四つん這いで俺に近づいてくる。

 しかし、まさかここで?

「あ、えっちなことはしませんので! わたしは前任者みたいなことは安易にしたくないので」

 前任者――この場合の前任者は北門きたかどという意味だな。

「……ここに連れて来られたからって見くびるなよ? 俺にもそんなつもりはないんだからな」
「それなら、うん……許します」

 許すも何も俺は何もしてなかったような?

「翔輝くん」
「何だ?」
「わたしも翔輝くんのこと、好きですよ。でも嫌いなところもあるのでおあいこ……ってことでいいですか?」

 顔を間近に迫らせたかと思えばそんなことか。それにしてもあっさりとした告白の返事をしてきたものだな。
 
「おあいこ……って――っ!?」

 ぷるんとしたこの感触は――

「――……驚いた? わたしも翔輝くんが驚いてくれるかなぁって、サプライズキスをしてあげました! これくらいならわたしだって出来るんですよ?」

 綺麗すぎる彼女の顔が間近に迫ってきた時点でそんな予感はしていた。だが、完全に油断していたし意表を突かれたせいか、キスの味なんて全く分からなかった。しかもされた方の俺だけが動揺しているように思える。

「そ、そうだな。驚いた……案外大胆なことが出来るんだな……」
「いまどきキスくらい"普通"ですからね。でも、翔輝くんだけしかしないんだから、ありがたく思って欲しいです!」
「――ということは、俺とつららの関係は――」
「んー……付き合うとか恋人って意味なら、それは考えなくて良くないですか?」
「へ?」

 俺の聞き違いじゃ無ければ俺のことを『好き』とか言ってたような。いや『嫌い』でもあるとか言ってたか。

「どういう――?」
「翔輝くんもわたしが嫌いなところがあるって言ってたじゃないですか。もちろん、意味は違うと思うんですけど、わたしこう見えて完璧美少女なんですよね」
「そうだな」

 自称なんかじゃなくて本当だから肯定しか出来ないな。

「感情的なものじゃなくても、やっぱり全部含めて好きって思ってもらいたいんですよ~。それがからそういうところは好きじゃないなんて言われたら、わたしはそんなの嫌です!」

 なるほど、俺の告白の後のアレが今の答えになっているわけか。
 
「すると、俺もつららの全部を好きにならないとってことだな? 一部だけ好きなのは嫌だと……そういうことだろ?」
「うんっ! だから今のわたしが翔輝くんを認めているのは、『好き』と『嫌い』をはっきりさせているところなの。だからおあいこ! おあいこのキスなの!」

 完璧な最強美少女はほんのわずかな『嫌い』も見逃せないってわけだな。

 ――ということは、

「完全につららのことを好きになったら……その時は――」
「その時は……期待してもらっていいですよ? でも二学期からつかず離れずな立場、関係性になるじゃないですか~。ですので、?」
「分かった。これからもつららを完全に好きになってやるから、よろしくな!」

 簡単にはいかない――でも、これから始まっていくからいいよな、これで。

「その時がくるのを楽しみにしてるね! 翔輝くん、好きです!」
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