うちのお母さんは最低だ

ツバサ

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「青と黒のコントラストが好きかぁ。……嬉しいな」
 ココロちゃんが持っている写真と同じ写真を私も持っている。ココロちゃんが好きだと言っていた衣装を見て、しみじみと呟いた。
 この衣装は北野さんと一緒に作った初めての作品でもある。私にとって、思い出の品だ。
 ココロちゃんが言った通り、ここらへんから私の衣装のクオリティは高くなった。それは間違いなく北野さんがアドバイザーになってくれたからなんだけど、ココロちゃんはそのことを知らない。ネットの顔も知らない人と交流があると知られるのが気恥ずかしくて、言い出せていないままだった。
 ココロちゃん以外に、私と北野さんのことを知っている人はいない。それ以前に、私にコスプレ趣味があると知っているのは、ココロちゃんだけだ。
 私は基本的に、コスプレ趣味のことは人に明かさないようにしている。ヤミーとしての自分が見つかることを恐れているからだ。ヤミーは私の理想の存在だ。真逆である現実の自分と重ねて、幻滅されたくない。だから、一番仲のいい友達の遥ちゃんにすら教えていなかった。それは当然、ココロちゃんに比べて遥ちゃんの地位が低いとか、そういう問題じゃない。だけど、決して超えられない壁があった。遥ちゃんとココロちゃんには。
 「たっだいまー!」
 次に次にと写真をスクロールしていたら、結構な時間が経っていたらしい。帰ってきたココロちゃんの元気な挨拶で、私はハッと顔をあげる。
 「おかえり。ココロちゃん」
 私はスマホの画面を消すと、ココロちゃんに穏やかな笑みを受けた。
 「ただいま。お金、もらってきたよ!」
 ココロちゃんはニコニコと笑って、私のそばにやってくる。それから、両手で茶色い封筒を差し出してきた。
 「ほい、これお金ね。多分数え間違いはないと思うけど、一応確認しておいてほしいな」
 「ありがとう。でも、大丈夫だった? 私、ウイッグとか買っちゃってたけど」
 お礼を言って茶封筒を受け取ると、言われた通りに中身を改めながら、私は尋ねた。
 ココロちゃんが行ってから思い出したのだけど、私の買いものにはウィッグとかアクセ用の小道具とか、活動にあまり関係なさそうな小物まで入ってる。その辺はいつも、衣装が完成した後に自分で揃えてたから、部費で落とすのは初めてだ。だから、すんなり部費を使わせてもらえないんじゃないかと思っていたけど、杞憂だったらしい。
 「全然大丈夫だったよー。まぁ、珍しいの買ったねとは言われたけど、結構あっさり許可貰えたー」
 「そっか。それならよかった」
 あっけらかんとしたココロちゃんの言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。
 申請がすんなり通ったのもそうだけど、活動のことまでバレなくてよかった。加工しているとはいえ、SNSには素顔も晒してるから、問題になったら面倒だ。まあ、家庭科部の顧問の先生は放任主義で生徒の活動に口出すような人じゃないから、言葉通り珍しいなとしか思っていないだろうけど。
 「じゃあ、面倒な部費精算とかも済んだし、そろそろ部活始めよっか」
 ココロちゃんは自分の分の封筒の中身を財布にしまうと、手をパンと叩いて開始の音頭を取る。とても部長らしい仕草だった。
 「うん」
 私は頷くと、ココロちゃんの隣の台に、買ってきた生地を広げていく。
 今回作る衣装の基本的なベースは黒だ。だから、今回は黒色の生地をたくさん買ってきた。黒といっても、主に明度の関係で様々な種類がある。その中でも私が買ってきたのは、最も濃いものだ。今回は三段フリルに生青と黄色と白の生地を使う予定だから、その辺りのコントラストを際立たせる狙いだ。フリルは最後につけるから、そこに使う生地はまだ出さないけど。裁縫に必要な生地を並べたら、今度は必要な道具を出す。道具は全部自前のものがあるので、持参してきた。レジ袋とは別に持ってきた自分のカバンから、裁ちバサミや針の入ったケースなどを出していく。最後に事前に用意しておいた型紙を出せば準備完了だ。
「ねね、次はどんな衣装作るの?」
 深呼吸して気合を入れたところで、自分の作業に戻ったはずのココロちゃんが、いきなり頭の上から手元を覗き込んでくる。あすなろ抱きで、つむじの上に乗せられる顎の感触がくすぐったい。
 「えーっと、こんな感じかな?」
 私はスマホを出すと、写真に保存してある衣装の完成図のイラストを見せた。
 「ほえー。綺麗だねー。っていうか、絵上手いね。雫ちゃん、こんなに絵上手だったっけ?」
 私はそんなに製図とかイラストが得意じゃない。
 一年の頃から付き合いのあるココロちゃんはそれを知っている。だから驚いてるんだろう。そりゃ私だって色々な衣装を作ってきたんだし、少しは上達している。と言いたいところだけど、残念ながらその絵は北野さんが描いてくれたものだ。
 「ありがとう。でも、これは知り合いの人が描いてくれたから、私が描いたわけじゃないよ」
 私は首を振ると、なるべく情報を伏せて答える。
 本当は北野さんの存在は匂わせたくなかった。でも、北野さんの手柄を全部自分のものだと言ってしまうのも、忍びなかった。
 「へー、いいな! 相棒って感じ?」
 ココロちゃんは、ググッと身を乗り出すと、私の顔の上から訊ねてきた。
 …………顔が近い。ちょうど鼻の上にかかる吐息は人のものとは思えないほどいい匂いがした。
 「うん。そんな感じ」
 私は笑って照れくささを誤魔化した。
 「そっかそっか。その相棒さんって、どんな人なの?」
 「えっとね、静かで落ち着いた人だよ」
 私は北野さんのことを思い浮かべた。本当はもっと詳しく知ってるけど、あまり詮索されたくないから抽象的な言葉で留めておく。
 でも、それが逆にココロちゃんの好奇心を刺激してしまったらしい。
 ココロちゃんは「へぇ」と、ニヤついた声を出すと、私の頭から離れて、隣の席に座った。
 「その人、かっこいいの?」
 性別までは明かしてないのに、なぜか確信した様子で尋ねられる。頬杖をついて、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
 「うん。かっこいいよ」
 私は生地を広げながら答えた。
 「ほーほー、即答だねえ。もしかして、ついに雫ちゃんにも春が訪れるのかにゃー?」
 ココロちゃんはおちょくるように言いながら伸ばした小指を私の顔の前に持ってくる。
 「訪れません」
 私はきっぱりと否定すると、ココロちゃんの指を虫を弾くように追い払った。
 確かに北野さんのことはかっこいいと思うけど、それはあくまで仕事ぶりや通話で感じた雰囲気のことだ。それに、そもそも私は北野さんのお顔を知らない。それ以上を語るには、あまりに情報が足りなさすぎる。
 「それより、ココロちゃん。裁断するから、ちょっと離れて」
 もう話は終わり。という意味を込めて、口調に少し棘を混ぜて離れてもらうように促す。
 「はいはーい。離れまーす」
 ココロちゃんはこう見えて察しがいいので、あっさりと離れてくれる。こういうところがあるから、ココロちゃんは憎めない。
  
 それからしばらく、ハサミを手に布と格闘して。
 「ふう、出来た」
 無事に裁断が終わって、私は満足感のある息を吐いた。
 「へえ、雫ちゃん。しばらく見ない間に随分手際がよくなったね?」
 ふと聞こえてきた声に顔を向ければ、私の手付きを横で見ていたココロちゃんが嬉しそうに微笑んでいた。我が子の成長を喜ぶ母親のような笑顔だった。
 「そう? これでも結構緊張してるんだよ?」
 私はそう答えると、はさみを持っていない方の手で、額にかいた汗を拭った。
 実を言うと、私は服作りを趣味にしている割に手先が不器用だ。もう裁縫初心者の域はとっくに脱しているのに、未だに気を抜けば失敗してしまうので、油断は出来ない。
 「そうなんだ。全然そうは見えなかったけどなー」
 「そうかな。もしかしたら、机が大きくてやりやすかったから、そう見えたのかも」
 「あー。なるほど、そういうことかー」
 私の事情を察したココロちゃんが頷きながら苦笑する。
 家族に趣味をひた隠しにしている私は、自室以外の作業環境がない。自室の勉強机ではスペースが足りないうえに参考書などが散乱しているせいで使えない。
 そのため、私は家で裁断をするときは生地を床に置いてやっている。床なら広さは十分だけど、膝をついて低い位置でやらなければならないので、非常にやりにくい。スムーズに出来ているように見えたのは、ちょうどいい高さの作業環境があったからかもしれない。ただ、その作業環境が真に猛威を奮うのは、この後なのだ。
 「ココロちゃん。ミシン、借りるね」
 「うん。準備室にあるから、好きに使っちゃってー」
 私はココロちゃんに許可を得ると、準備室に入った。準備室には授業や家庭科部で使う備品が準備されている。左奥のダンボールの積まれた辺りが家庭科室のエリアだ。
 そこにはトルソーや無造作に積まれたダンボールがある。ちなみにその中にやたらファンシーなピンクと赤が入り混じった箱があって、そこにはオレンジの太ペンで『ココロちゃんの♪』と書かれている。これは一年生の頃にいつの間にか置かれたココロちゃんの私物だけど、未だに中身を見たことがない。一度何が入ってるのか気になってココロちゃんに聞いてみたことがあるけど、その時は「ひみつ~♪」と誤魔化されてしまった。それ以来、何度か中身について訊ねてるけど、答えが変わることはない。卒業までには、教えてくれるだろうか。
 「ココロちゃん、準備室にあるココロちゃんの箱って、何が書いてあるの?」
 ミシンを持って戻ったら、それをセットしながら、久しぶりに聞いてみる。
 「あー、あれ? ひみつー」
 でも、やっぱり答えは変わらない。
 私が戻ったときには、ココロちゃんも自分の作業に戻っていた。ミシンを操作しながら、淡々とはぐらかされてしまう。
 「……そっか」
 そして私も、いつもと同じように相槌を打つ。部活に関することなら、教えてくれてもいいのに、どうしてココロちゃんは頑なに隠すんだろう。その割に箱には鍵も何もついてないし、開けようと思えば開けられるタイプに見える。ひょっとして、私が勝手に開けるのを待っているんだろうか。ふと、そんなことを思うけど、それを聞いてもまたはぐらかされてしまう気がするので、何も言わない。
 ちょうど、ミシンの準備も終わったので、私も自分の作業に集中することにした。
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