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3.魔女と奴隷は事情がある

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「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあッ……」

 ザジの口淫にあっけなく射精させられたオーウェンは直後の忘我に襲われ、数分間の間、彼女との出会いからたった今までの数時間を思い返していた。すぐには意識をここに戻すことが出来なかったがだんだんと今置かれてる状況を思い出し、慌てて彼女から身を離した。

「気持ちよくはありませんでしたか?」

 気持ちよくなかったかって? ああ気持ちよかったさ! 溶けそうだった!! オーウェンは不安そうな顔で見上げるザジの愛らしい顔をドキドキとしながら見つめ、反射的に頭に浮かんだ素直な感想を慌てて飲み込む。ローブの下では先ほどまで彼女の口に入れられていた陰茎がしぼんでだらりと露出していた。

「あ、挨拶とやらはこれで済んだだろ!? アタシはちょっと考えることがあるから、声をかけるまでその部屋でおとなしくしておいで!!」

 このままこの部屋に一緒にいてはまずい。オーウェンはひとまず一人になれる自分の部屋へ行こうと踵を返した。

「あの……申し訳ございません。お便所はどこを使ったらいいかだけ教えていただきたいのですが……」
「家の裏の堆肥小屋だよ!! 好きに使いな!!」

 叫ぶように言い放って、オーウェンは自分の部屋の扉を閉める。心臓が早鐘のように鳴っている。今の時間はなんだった? 玩具奴隷? 先ほどザジと交わした会話が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 スライムスキンを卸しているところは奴隷市場の他にも娼館などがあるので、男が性欲を処理するために女を抱いたりすることが一般的にあり、それが商売として成り立つほどに需要があるのはわかっている。ただ、オーウェンは今まで他人にそういう欲望を抱いたことがなかったのだ。ひらひらと綺麗な蝶のような装いで道行く男に媚びる娼婦たちも、オーウェンにとっては『単にそういう人たち』といった認識だった。
 母や姉弟子との生活は暖かく安心できるものであり、それ以外の人間と私的な交流をするよりも母の蔵書を片っ端から読むことの方が好きだったオーウェンは、自慰や交接のやり方も射精の仕組みも全部本で知った。時々やや刺激的な事柄を本で読むなどし、興奮して陰茎が固くなったときは自分で慰めるくらいのことはしていたが、現実の相手に欲情するような感情が自分にもあることを知らず、母の蔵書のラインナップもかなり古いものであったため、口淫などというものがこの世にあるのも知らなかった。
 そんな自分が、一目見ただけの娘を衝動的に欲し、流されるままに性的な関りを持ったというできごとそのものが大きすぎて、彼は朝起きた状態のままめくれ上がった寝台のシーツに潜り込み、胸がどきどきするのが収まるまで息を殺した。
 オーウェンがシーツの中で震えているころ、ザジは彼から与えられた服を纏って教えられた通り堆肥小屋にいた。地面に開けられた穴を覗き込むとそこには落ち葉やおがくずなどが入れられ、木で作った足場が設置してある。オーウェンはここで排泄をし、かき混ぜて堆肥を作り、畑に撒いているのだ。
 ザジはそれを覗き込んだまま大きく口を開けて、白く細い人差し指と中指をやおら自分の喉奥に突き入れた。

「えるるる」

 おかしな音を立てて、先ほど飲み下した白濁が堆肥の中にどろどろと落ちていく。ザジは精液を飲むのがあまり好きではなかった。それでも、喜んで飲むふりをするのはうまかった。

(出した精液を全部飲むと喜ぶ主人は多い。大事にしてもらいたいと思うなら飲めるようになれ)

 奴隷市場に商品として出す前、仕込みの時に調教師に教わったことをザジは積極的に実行していた。
 ザジは、海の向こうからさらわれてきた娘である。それまでは自らの属するケイト族の村で家族と農耕をして暮らし、片思いではあったが好きな男もいた。長女であった彼女は、街に買い物に出た先で突然現れた人さらいから逃げる時に弟妹たちを逃がすため囮になって捕まったのだ。ケイト族の外見は大人なのか子供なのかわからないという特徴があるため、人さらいたちは彼女のことを幼い子供だと思ったようだが、彼女の年齢は25歳である。可愛らしい外見に反して、案外したたかなところもある頼れるお姉ちゃんなのだった。そんな彼女は、船に乗せられ海を渡ったところでもうすでに、自分はもう故郷には帰れないだろうという心づもりを決めていた。

(どうせ帰れないのなら、少しでもよい待遇を受けて生き伸びたい)

 ザジは与えられる食物は少しでも多く貰えるように立ち回り、調教師から仕込まれる手管は貪欲にわがものとし、玩具奴隷として生まれ変わった。どんな主人に買われるのかだけは運でしかないので、女をいじめ殺すのが趣味のろくでなしに買われることのないように星に祈り、しかしもしそんな相手が主人になったとしても自分の体に溺れさせて、殺すのがもったいないと思わせてやろうと考えていた。

(……けど。なんか変なのに買われたもんだな……。これはあたり? はずれ? どっちだろう)

 自分を買い上げたオーウェンという男は、想像していた最悪の主人ではどうやらないようだ。男なのに魔女を名乗る、老婆のような話し方の割には少年のような初々しい反応もする、青白くて陰気な男。一見中年かと思えたが、一物の元気さや肌のきめ、長い前髪から覗く目元を見ると印象より若いような気がする。

(あのなりの男がちょっと女のあそこを見ただけであんな反応するなんてことある? 変な人。まあ、この堆肥小屋で寝ろって言われないだけあたりなのかな……)

 あまり考え事にも向いていないここで寝泊まりするなんてまっぴらだ。だけど奴隷によってはそれを強いられる者もいるだろう。だからといって自分の境遇にありがたがったりはしないが、個室を与えられたことは嬉しい。ザジは堆肥小屋から出て庭を見渡した。野菜の植えられた畑、山羊や鶏。屋根の下にはパンに使う酵母らしきものが育てられていた。

(あの男が全部世話をしてるんだ……。そういえば、かあさんと姉弟子がいるって言ってたけど、この家にはあの男の気配しかしないし、死んだのか出て行ったのか……もしかしてほんとにただ寂しくてあたしを買っただけなのかもしれない)

 玩具奴隷を買っておきながら、迫られて狼狽える男が何を考えているのかまだザジには読み切れなかった。

(油断しちゃだめだよね。あいつ、口では嫌がってる感じだったけど、いざちんぽ咥えられたらあんなに気持ちよさそうにしてたし。玩具奴隷を買うような男はどいつもこいつも絶対ドスケベに決まってるし)

 とにかく、この家に来た自分がやるべきことは、オーウェンに気に入られて少しでも待遇よく暮らすことだ。そのためには相手の都合のいい存在を演じることが一番。いやらしくて、可愛げがあって、罪悪感なく抱ける女。それがオーウェンの好きなタイプかはまだわからないが、玩具奴隷としてはそれはマイナスにはならないだろう。

(まずはあいつのことをもっとよく知って……それでなるべく早くまぐわって……あたしなしではいられない体にしてやろうっと)

 魔女の庵を見上げるその姿は、大きな耳や尻尾が愛らしく、もし誰かがそれを見ていたとしても、そんな野心を持っているようには見えなかっただろう。当然、主人であるオーウェンもそんなことは知る由もない。
 大きな男の魔女、オーウェンと小さな獣人の奴隷娘、ザジ。森の中、曇り空の下で二人の奇妙な共同生活がこうして始まったのだった。
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