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幕間2

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 悪い男につかまってしまったのだとダリアが気付いた時には、もう彼女は絡みとられていた。
 魔女の庵から出ざるを得なくなって、行く当てもないダリアがなけなしの小銭だけを頼りに街をうろついていた時に声をかけて来た男がリチャードだった。

「待って!! おかあさん! あ、ご、ごめんなさい、人違いです……」

 顔中にちりばめられた金属の輪は異様だったが、彼は甘いマスクにふんわりと赤みがかったハニーブロンドが魅力的で、言い間違いに照れる姿はちょっと幼いころのオーウェンを思わせた。

「本当にごめんなさい。よく見たらこんなに若くてきれいな人なのに」

 よく話を聞いてみると、ダリアの赤い髪と背格好が死んだ母親によく似ていて、徹夜明けで疲れがたまっていたので白昼夢でも見てるんじゃないかという気持ちになり、思わず声をかけてしまったのだと言う。
 男に道端で声をかけられるなどはダリアにとってはもううんざりするほど日常茶飯事で、その内容はいつもダリアを一人の女性ではなく『おっぱいちゃん』として扱う下世話なものだったので、彼女のもう一つの、彼女が一番気に入っている赤い髪のことしか言ってこなかったリチャードに、ダリアは好感を持った。

「お母さまと似ているかどうかはわからないけど、リチャードさんはお母さまが大好きだったんですね……」

 知らず頬を染め、毛束を所在なさげにいじくるダリアを見つめるリチャードの瞳は光のない色をしていたが、オーウェン以外の男の顔を真っ直ぐ見たことのないダリアにその違和感に気が付けるほどの勘は働かなかった。

「……もうずいぶん前に天に旅立って行ってしまったんですが、おれのたった一人の家族だったもので……」
「まあ……」

 愛した弟弟子に手ひどく振られたばかりの彼女の冷え切った心はどんな慰めでも構わないほどに震えていて、それを温めるのにこのささやかな出会いは十分すぎるほどの火種だった。

「あの……こんなこと言ったらこれが目的だったみたいで、そう思われるとちょっと嫌だなって思うんですけど……また会えませんか? おれ、ダリアさんと話してるとなんだかホッとするんだ……」

 泣いているわけでもないのに潤んだようなリチャードの瞳は青色に菫色の光がちりばめられたようなとても美しい色をしていて、それを見たダリアは彼のことをもっと知りたいと思った。
 リチャードと逢瀬を重ねる間に、望み通りダリアは彼のことをいろいろ知っていくことになる。彼は奴隷市場で働いているということだった。奴隷売買という商売に思うところがないでもないが、この治安の悪い街において職業の貴賤など口にするのも馬鹿馬鹿しいようなものだった。
 この街の奴隷市場は一つしかない。そこにはエウェンがスライムスキンを卸しているのでダリアも何度か仕事の付き添いで足を運んだことがあった。比較的清潔な環境で商品である奴隷も汚れすぎてはおらず、そこまで怖い所ではないという印象だった。リチャードのような目立った容姿の男がそんなところに居たらすぐにわかると思うのだが、ダリアは彼に見覚えがなかった。それについてはリチャードは「裏方だからね」とだけ答えた。

「いつもそのだぶだぶのローブを着ているよね。ダリアはとても綺麗なんだから、もっと華やかな服を着ればいいのに。おれ、ダリアがそういう恰好してるところ、見たいな」
「……からかわれることも多いからあんまり見せたくないの。オーウェンなんかはそんなのくだらないって言ってたけど、隠してれば何か言われることもないし。それに既製品が身に合わないことが多いから服自体あまり持ってないのよ」
「オーウェンって誰?」
「え? あ、ああ。そうよね。ごめんなさい。オーウェンは魔女の弟弟子よ。少し前まで一緒に暮らしてたんだけど今はもうどうしているのかもわからない」
「そうなんだ。ふうん。ねえ、服、作りに行かない? おれがお金出してあげる」

 リチャードは美しい両のまなじりをスッと細めたが、次に開いた時にはぱあっと明るい笑顔に変わっていた。

「えっ! そんな、悪いわ……」
「いいからいいから、おれをダリアの王子様にさせてよ。呪いが解けてお姫様になったダリアが見てみたい。おれが払うのはその代金」

 エウェンは生前、弟子たちに「形のない物を貸し借りするのはやめるんだね。アタシたち魔女が何かを借りるのは大いなるものだけにしておいた方が無難だよ」、と言っていたものだが、美しいリチャードにまっすぐ見つめられ、その記憶がダリアを引き留める事はなかった。

「ああ、やっぱり。ダリア、君は世界一綺麗だ!!」

 仕立てあげられた白いワンピースは彼女の体の線を殺すことなく魅力的に見せ、赤い髪と緑の瞳によく映えた。

「そんな……褒めすぎよ」

 オーウェンはダリアの特徴的な体型のことを「生まれたままのねえさんの形」と言うだけで貶したりからかったりすることはなかったが褒めることもなかったので、ダリアは褒められることによって沸き上がる高揚感を初めて知った。

「あ、でも。帰りはいつものローブ着てて欲しいかもしれない……」
「あ、うん、そうよね。きっとまた口笛吹かれたりしちゃうかもしれないし……」
「そうじゃなくてさ。その。おれ以外の男に、綺麗なダリアを見せたくなくなっちゃったっていうか……」

 ダリアは胸の奥で、何かが切なくきゅうと鳴く声を聞いた気がした。それは昔に一度、オーウェンに「守ってやるから、ぼくから離れないで」と言われた時聞こえたのと同じ声だった。

「ダリア、おれ、ダリアのことが好きになっちゃった。ダリアはどう? おれのことどう思ってる?」
「えっ……」

 ダリアの答えはいつまでも出なかった。しかしその顔は彼女の髪に負けないくらい真っ赤に染まっていて、聞かなくてもわかるくらいだった。
 その夜リチャードが住んでいる宿の寝台の上で、二人は恋人同士になった。
 リチャードはダリアの赤い髪を少しとって口づけながら、ダリアの頭を腕枕に乗せて睦言を囁く。

「ダリア、最高だった。ダリアもいっぱいはしたない声出して喜んだね」
「やめて……恥ずかしい」
「恥ずかしいダリアも素敵だよ。ねえ、オーウェンとどっちがよかった? オーウェンは君のことをどんなふうに抱いたの?」
「えっ、ち、違うわ。オーウェンとはそんなんじゃないの、子供の時は一緒に行水したりもしたけど、それ以外はほんとに……やだ。どうしたのリチャード。あなたらしくないわ」
「でもお前はここにオーウェンのちんぽ入れたかったんだろ? おい」

 ぞっとするほど冷たい声を出して、リチャードはついさっきまで自分を包み込んでいたダリアの密やかなぬかるみに無遠慮に長い指を突き入れた。

「きゃうッ!!! リチャード!!?」
「知ってるぜ。ずっと見てたからな。お前、あのオーウェンって辛気臭いツラの男のこといつも女の顔で見てたもんな。その恥知らずのデカパイじゃそりゃ疼きもすんだろうな。オーウェンのこと考えて何回手マンこいたんだよ。何が恥ずかしい~だ馬鹿女。恥ずかしいのはお前だよ」

 ぐちゃ♡ ぐちゃ♡ ぐちゅッ♡ ぴちゅっ♡

「いやっ!! あっ♡ アゥッ♡ あひぃッ♡♡♡」

 あの日のオーウェンの罵倒など足元にも及ばないような酷い言葉で罵られているのに、ダリアはリチャードの指が与えてくる快楽になすすべなく悶えた。

「おれがどんなひでえこと言ってもマンコ弄ったら結局熱くなってほぐれるんだから、そんなとこまでおふくろそっくりだ。赤毛の女はド淫乱って法でもあんのかよ。おらッ、ここがいいんだろうがッ!!!!」
「や、やめてリチャードッ♡ 酷いこと言わないでぇっ♡ いやっ、何か来るッ!! またさっきの何か来ちゃうのッ!! 指やめてぇ!!!!!」
「何か来ちゃう~じゃねえ、お届け物じゃねえんだぞ!! イくときは今度から馬鹿マンコイくって言えよ! オラッ!!! イけやメス豚!!」

 ギュウッ!!!!!

「ん゛あ゛あああぁあぁ~ッ!!!!♡♡♡♡!!!!!」
「んああじゃねえんだよ、馬鹿マンコイくって言えっつったろ!! もう一回な」
「いや゛ッ! いやいやッ!!! 動かさないでぇッ♡♡♡♡」

 逃げなきゃ、怖い、どうして? 様々な感情がダリアの体の中を駆け巡ったが、リチャードの与えてくる快感はそれを全部塗りつぶしてしまうくらい暴力的だった。

「あ゛ッ♡♡ それだめっ、ば、ばかまんこ……馬鹿マンコイくうぅッ♡♡♡♡」
「何が馬鹿マンコイくだ馬鹿はお前だよ!! もう一回イけ!!」

 何度も胎内を弄られて果て、声も出なくなったころ、リチャードの陰茎が再び割り入ってくる。指での乱暴な愛撫に腫れあがってどろどろにされた膣内はどこを擦られてもぶん殴るような快感をダリアの身に及ぼし、彼女は白い首をのけぞらせて全身を痙攣させ続けた。

「ダリア、酷いこと言ってごめんね。でもおれダリアが大好きなんだ。だから実はずっとダリアのこと見てたし、知ってたんだよ。ダリアも今日からおれのことだけ見てね」
「……は……い……リチャード……さま……♡」

 その日から今まで、ダリアは一度もリチャードの命令に逆らえていない。
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