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33.魔女と奴隷と貴族の子

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「んん……んううう……んっく……」

 薄暗い地下室で、ダリアはリチャードに口移しで水を飲まされていた。リチャードはお互いの口の中に水がなくなっても、しつこくしつこくダリアの口咥内をかき回し、舌を舐り上げる。

「ぷは……はあ……はあ……げほ……」
「おい。さっきお前の弟弟子が来たぞ。お前も気が付いたろうに、ちゃんと結界張ってたようじゃないか」

 リチャードはダリアを拘束台から下ろし、簡素な寝台に横たえながら言った。

「……んッ。り、リチャード様。オーウェンは、奴隷紋の解除方法を知りたいだけで」
「おれ以外の男の名前を呼ぶんじゃねえ」

 ダリアが言い終える前に間髪入れずリチャードの平手が頬を打つ。彼は女の体の扱いに慣れているので、血が出たり痛すぎたりせずにただ大きい音で頭を揺らして心を刈り取るのがうまかった。こうされると、ダリアはいつも何も言えなくなってしまう。

「なあ、おれから離れるなんて言わないよな? おれはお前の体のことならなんでも知ってるぜ。どこをどうされたら喜ぶのかも全部知ってるし、いつ月のものが来てるのかも知ってる。さっきあいつのスキンとやらを使わなかったから、もしかしてお前孕むかもな。でも一回中に出しちまえばもう百回やったって同じだよな。なあ、おれが怖いか? おれが憎いか? でもお前はそんなおれのガキを孕んじまってるかもしれないぞ。おれは恨めても胎ん中のガキは恨めるかな?」

 寝台に横たわったダリアの両足を、リチャードはがばりと開かせる。露わになったそこは腫れあがり、リチャードが吐き出した欲望がどろどろとあふれ出している。

「これは大人になってから知ったんだが……おれのおふくろは逃亡奴隷だったらしい」

 リチャードのおぞましい脅しに青ざめていたダリアは、彼が急に身の上話を始めたので困惑した。行為の最中に口走る言葉の端々から母親への執着と愛憎がだらだらと垂れているリチャードがダリアに母親を重ねているのは彼女にもわかっていた。数年にわたる絡め取られるような関係の中で、彼が生い立ちを聞かせるのは初めてのことだった。震える自身の体を抱きしめ、ダリアはリチャードの紡ぐ言葉を聞いた。

「赤ん坊の世話をするために買われた奴隷だったそうだ。赤ん坊の世話をしながら、そこの屋敷の主人の相手をした。どうやらその主人とは愛し合っていたらしい。そこで働いてた女をハメたときに聞いたんだ。その男のガキが欲しかったようだが、おふくろはガキが産めない女だったんだな。そのうちにそこの奥方に関係がバレて、殺されそうになったんだ。それで、スラムに逃げて来たらしい。世話してた赤ん坊の、おれを連れて」

 リチャードは顔に嵌められた小さな金属の輪を指先でチャリチャリといじりながらぼそぼそと話し続ける。

「その話を知ったときにはもうおれの父親……その屋敷の主人はもうおっ死んじまってて、今は先に産まれてたおれの兄貴が家を継いでる。会いに行ってみたけど、乞食扱いされて門前払いされちまったよ。どうやらこのリチャードって名前もおれの本当の名前じゃなくて、親父の名前をおふくろだと思ってた女が勝手に呼んでたらしいよ。知らねえんだおれは。自分の名前を」

 一体何が言いたいのだろう。呟くばかりで何もしてこないリチャードは気味が悪かった。

「スラムに逃げ込んだ奴隷はもう、どこの奴隷だったのかわからなくなっちまう。そんな女が連れてる子供になんか興味を払う奴もいない。でもその奴隷の体じゅうに奴隷の印が浮き出てたらどうかな。連れてる子供がどっかから攫われてきた子だと思って、謝礼金目当てで送り届けてくれるような奴、一人もいなかったかな。どう思う? ダリア」
「え? ええと……そうね。もしかしたらそういう人もいるかも……」
「い・る・よ・な?」

 リチャードがダリアの乳首にぶら下がった輪っかを引っ張った。

「は、はい……いますッ! いると思いますッ!!」
「そうだな。いるんだよ。お前の奴隷紋は回りまわっておれみたいなガキを救うんだよ。だからお前にはおれの隣でずっと奴隷紋を奴隷に施してて欲しいんだ。俺のやってることがわかったか?」

 慈愛すら感じさせる目で自分を見下ろしているリチャードを見て、ダリアはようやく今の長口上が、オーウェンが奴隷紋の解除方法を知りたがっていると自分が言ったことへの答えだということに気が付いた。解除の方法なんか教えてたまるかという意思がそこには乗っていた。

「わ、わかったわ……。リチャード様は優しいお方。きっとたくさんの人を救うことができると思います……」
「ああ、ありがとう。ダリアは頭のいい女だな。好きだよ」
「私も……私もリチャード様のことを愛してます。あの頃、私の一番欲しい言葉を欲しい時にくれて、本当に嬉しかったの……」

 ダリアはリチャードの唇がストレートに紡ぐ「好きだよ」の響きに、もしかしたら私を騙すつもりで優しくしてくれただけなのかもしれないけど、という言葉を飲み込んだ。

「じゃあおれの子供産んでくれる? おれのママになってくれる?」
「産みます、産んであげる。産んであげるから、一つだけお願いを聞いてください」

 ダリアは覆いかぶさってくるリチャードの背中に手を回して、彼を受け入れる。

「私の弟は、今生まれて初めての恋をしているの。だからその相手を奴隷紋から解き放ってあげたくて私に手紙をくれたんです。だから、その子の奴隷紋だけは解いてあげたい。それだけ叶えてくれたらあとはリチャード様の思うままにしてください。彼に手紙を書かせて。中身はリチャード様が確認していいので、一度だけでいい、この家に呼ばせて……」

 わかった、わかったよとリチャードはダリアの頬に手を添えて、彼女の唇を食んだ。さっきまでしていた酷い抱き方ではなく、優しく丁寧に、巣から落ちた鳥の雛を扱うように彼女の体に指を這わせる。彼は愛しく美しい、これから母になる体を味わいながら思う。

(淫売が。まだあのクソ野郎のことを気にしてやがる。この家に呼び出して、あいつがノコノコやってきたら殺そう。そうしよう)

 数日後、オーウェンの庵に手紙が届いた。差出人はダリアで、あの屋敷に入る許可を出すから、ザジとカーラの奴隷紋の原本を取りに来て欲しいという内容だった。

「……よかった。これで何とかなりそうだよ」
「うさんくさあい。なんかうまく行きすぎって気がします」
「そうだね……あの屋敷にはアタシが一人で入るよ。アンタ、近くで待機しておいていつまでも出てこないようだったら助けを呼んでくれるかい」
「りょーかいです」

 かじり木をボリボリ齧っているザジを尻目に、オーウェンはもう一度手紙を眺める。招かれる日は三日後。この日のみ、オーウェンは結界に入ることが許されるらしい。

(何も難しいことはない……あの屋敷に入って奴隷紋を受け取って出てくるだけ……アタシにはねえさんが見えないから、あの男が渡すことになるんだろうな)

 オーウェンは、あの男がザジの処女を破った奴隷調教師だという事実を急に思い出し、めらっとまた正体のわからない怒りが沸いた。

「オーウェン様、おちんぽでっかくなってますねえ、今なんかえっちなこと考えました? このタイミングで? どういう内容?」
「うるさいな、男にはあんまり意味なく硬くなっちまう時もあるんだよ。アンタにはわからないかもしれないけど!」
「ふーん、どっちでもいいけど。抜きましょっか?」
「……うん、まあ。じゃあ頼もうかな……」

 かじり木をぽいと放り出したザジが足の間に蹲るのを見て、オーウェンは天井を見つめて嘆息した。

「……頼もうかなだって。アタシも慣れちまったもんだね……」
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