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第三章
屈辱1
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その日も、朝から空はどこまでも白かった。
春とはいえ、風はまだ冷たく、城の石畳を歩く音が乾いて響く。
浅野内匠頭は、いつになく言葉少なに登城した。
控えの間では、既に吉良上野介が待っていた。
いつものことだった。時間を守らぬ者は、礼を語る資格がない――そう言いたげな顔で、彼は立っていた。
「おお、浅野殿。今朝も播州風の装束にてお越しか。まこと風流にて」
笑顔だった。だがその笑みは、冷たい硝子を思わせた。
それに続く言葉が、内匠頭の胸をえぐった。
「江戸に来て、もう何年か。未だに襟合わせも心得ずとは……。
いやいや、田舎の御大名には分かるまい。まこと、お気の毒じゃのう」
周囲にいた小姓たちが、押し殺すように顔を背ける。
見ぬふりをする者もいれば、うつむいたまま動かぬ者もいる。
誰ひとり、吉良を止めようとはしない。
浅野はただ、黙って立っていた。
だが、内心にはもはや言葉という形を失った感情が、灰のように降り積もっていた。
――赤穂へ戻りたい。
――否、それでは逃げることになる。
――だが、このまま辱められ続けて何が残る?
その夜、江戸藩邸。
彼は筆をとった。
妻・阿久里への手紙だった。
> 「いまだ、江戸は寒し。
吉良殿との間、思うに任せず。
しかれども、赤穂の名を辱めぬよう、日々努めて候。
汝は心安く、春の庭を見ていてくれよ」
文字は丁寧だった。だがその裏に込められたものを、阿久里は後日、泣きながら読み返すことになる。
春とはいえ、風はまだ冷たく、城の石畳を歩く音が乾いて響く。
浅野内匠頭は、いつになく言葉少なに登城した。
控えの間では、既に吉良上野介が待っていた。
いつものことだった。時間を守らぬ者は、礼を語る資格がない――そう言いたげな顔で、彼は立っていた。
「おお、浅野殿。今朝も播州風の装束にてお越しか。まこと風流にて」
笑顔だった。だがその笑みは、冷たい硝子を思わせた。
それに続く言葉が、内匠頭の胸をえぐった。
「江戸に来て、もう何年か。未だに襟合わせも心得ずとは……。
いやいや、田舎の御大名には分かるまい。まこと、お気の毒じゃのう」
周囲にいた小姓たちが、押し殺すように顔を背ける。
見ぬふりをする者もいれば、うつむいたまま動かぬ者もいる。
誰ひとり、吉良を止めようとはしない。
浅野はただ、黙って立っていた。
だが、内心にはもはや言葉という形を失った感情が、灰のように降り積もっていた。
――赤穂へ戻りたい。
――否、それでは逃げることになる。
――だが、このまま辱められ続けて何が残る?
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彼は筆をとった。
妻・阿久里への手紙だった。
> 「いまだ、江戸は寒し。
吉良殿との間、思うに任せず。
しかれども、赤穂の名を辱めぬよう、日々努めて候。
汝は心安く、春の庭を見ていてくれよ」
文字は丁寧だった。だがその裏に込められたものを、阿久里は後日、泣きながら読み返すことになる。
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