見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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24.命と引き換えに望む物

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 闘技場の固い土の上を、アツリュウはひたすら走りまわっていた。
 
 槍の切っ先が、わき腹を突いてくる、ビッと布が裂ける音がした。
 おおー! という興奮した歓声が全方向から響いてくる。まるで地鳴りのようだ。
 
 辛くも、一撃を交わし、右肩から回転すると、地を蹴って低く跳んだ。
 一瞬前に、アツリュウがいた位置に、槍の切っ先がめり込んだ。

 槍の間合いは恐ろしいほど長い。
 走って、逃げて、ひたすら走って、
 相手の間合いに入らぬ距離を保とうとする。
「殺れ、殺れ」
 観客の雄たけび。
 それは、明らかに、逃げてばかりのアツリュウを早く狩れという怒号だ。
 
 見たいのだ、ここにいる見物人たちは、自分がつぶされるところを。
 つぶしの巨人。

 狂った殺人鬼と呼ばれている男は、狂ってなどいない。
 この男が自由に選べる武器台から、槍を選んだ瞬間。
 自分を殺すための最も効果的な武器を、この男は冷静に選択したのだ悟った。

 男は上半身を帝国式の鉄の鎧で固め、急所の全てを防護しいる。ご丁寧にかぶとまでかぶって。
 足には鎧をつけていない。
 攻撃と、防御、そして機動性。
 
 こいつは自分をあなどってはいない、全力で殺しにくる。
 丸太のような筋肉の塊。これと打ち合って敵う相手ではない。

 覚悟を決めて、己は機動性のみで戦う道を選ぶ。皮の防護服と靴を脱ぎ棄て、裸足になり、ナイフを1本握った。
 
 闘技場は、円形に高い石壁で囲まれており、出口を鉄格子でふさがれている。
 恩赦の戦のルールはたった1つ。

 生きて入るのは2人、出るのは1人。

 すり鉢の中に入ったかのように、ぐるりと見物席に見下ろされるように取り囲まれている。
 勝者になるか、死体になるか、それまでここからは出られない。

 潰しの巨人と呼ばれる、罪人。
 潰しという異名がついているのは、その名の通り挑戦者の頭を潰すからだ。
 今まで対戦した9人は、もれなく巨人に、大木槌きづちで頭を潰された。

 こんな悪夢を形にしたような男が、どうして恩赦の対象に選ばれるかといえば、選ぶのが民衆だからだ。年に一度の投票で、下位に大差をつけて毎年選ばれる。

 平和に飽きた人々には、見たいのだ、最高の見世物を。
 この男が、つぶすのを。

 刃が、左上から斜めに降ってくる。
 アツリュウは飛び跳ねて、槍の持ち手に乗った。
 槍を落とせるかと思ったが、それは切っ先を地に付けたまま、石のように敵の手から離れない。

 細い棒の上にしゃがんだ姿勢で立つ、刹那。
 かぶとの隙間から、巨人の血走った眼球が獲物を見ている。

 雄たけびと一緒に、アツリュウを乗せたまま槍が振り上げられた。
 思い切り飛んで、巨人の両肩に手をついて、逆立ちになる。
 背側に落ちながら、兜を抱え込んだ。
 
 首を折る!
 頭を抱えて、全体重を掛けて倒す、しかし、敵の頭が地面を打つ前に、抱えた兜がすっぽ抜けた。

 兜とともに背中から落ちた。
 跳び起き、振りかえると、巨人は倒れたままだ。

 一撃を! とナイフを振り上げた瞬間。
 頭を両手で捕まれ、ものすごい力で、巨人の額に打ち付けられた。

 意識が飛んだ。

 腹に強烈な熱が走った。腹を蹴られて、吹っ飛ばされたのだ。
 アツリュウは地面に叩きつけられた衝撃で意識が戻った。

 生きているのか、それとも死んだのか?
 何故できたか分からないが。気づくと立ち上がっていた。

 右半分が真っ暗だ。
 ぼとぼと何かが頭から流れて落ちる。
 足元にみるみる血だまりができた。
 右上の額が裂けたようだ。

 兜を取られたてさらされた巨人の、髪がまばらに生えた頭から蒸気が登っている。
 巨人の荒い息づかいが場に満ちる。巨人はにやりとして首をゆっくり左右に傾けて、ゴキッ、ゴキッと音を鳴らした。

 意識が遠のいていくのを、腹部の強烈な痛みのおかげて、なんとか耐えている。
 もはや立っていることしかできない。
 ああ、死んだら、姫様を悲しませてしまうのに。

                  ◇◇◇   ◇◇◇


 「そなたが、褒美ほうびに望むことはなんだ? 」
 ひれ伏す先の、頭の上から、グイド王はアツリュウに問うてきた。

 恩赦の戦が始まる前に、王との謁見えっけんが許される。
 観衆の前で、王が対戦者の望む褒美を宣言し、勝者の望みを実行することを王の名において約束する。

 『シュロム王女との婚姻を望む』
 セウヤから、事前にそう伝えらているはずだ。改めて問われるとは思っておらず、すぐに返答することができなかった。

 競技場の正面最も高い、豪華にしつらえた、王家専用の観覧席には、赤色の絨毯じゅうたんが広げられ、玉座には現王グイドが座っている。

 隣の特別席に、リエリーの父である、シュロム王ハリーヤ。
 その隣は、消え入りそうな姿で、侍女に支えられてようやく座っている、リエリー王女の姿があった。
 もう一席設えられた席は空だった。セウヤはこの場には来なかった。

 観客で埋め尽くされた、競技場の、異様な興奮の中で、グイド王は穏やかな表情で座している。そこだけが凪いだ海のようだった。23歳と、自分よりたった5歳上の若い王。しかし、こうして間近にすると、その威厳に圧倒される。

「面を上げよ、そして申せ、そなたの願いを」
 自分の願いは、姫様をおそばでずっと見ていられること……

「私の願いは」
 長い沈黙を、グイド王は待ってくれた。

「シュロム王女の婚姻は、王女様が望んだ方とできるように」
 王はおや? という顔をした。

「そなたは、自身がリエリー殿と結婚したいのではないのか? 」
「いえ、ちがいます」
 これが、望むものなのだ。迷いはない。
「王女様のご意思で選ぶ方と結婚できるように、そう取り計らっていただきたい」

 グイド王は、どうしたものかなと言って頬杖をつくと、面白いもの見るように自分を眺めてきた。

 「ハリーヤ殿はどう思う?」と隣に彼が問うと、ずっと苦いものを噛んだように不機嫌な顔をしていたシュロム王ハリーヤが「いいではないか、それでいいではないか」と喜んで答えた。

 ハリーヤ王にしてみたら、アツリュウの申し出は最上だ、自分の娘を意のままにできると信じて疑っていないのだから。リエリーが選ぶ、すなわち彼自身が選ぶと同じことなのだ。

 そうなってしまうかもしれない、でもそれでも希望はある。
 震える姫様を見た。

 これが、あなたを見ることができる最後かもしれない。
 どうか、幸せになって。
 あなたが幸せになる為に命を懸けたい。

 姫は大きな椅子の隅にうずくまって、顔を侍女の腕に押し付けている。
 その瞳をみることは叶わない。

 姫は可哀想なほどに、がくがくと体を震わせて、到底ここにいられるような状態には見えなかった。
 侍女にしがみつく手も、少しだけ見える頬も真っ青だ。
 それでも、彼女はここに来てくれた。
 
 「そなたはそれで、本当にいいのか?」とグイド王に念を押されたが、不敬と理解しながらも、王の顔も見ずに姫を見詰め続けた。

「命を懸けてまで姫のことを想うのなら、そなたが姫を欲しいと言ったらどうか。私を含め、ここにいるほとんどの者たちは、お前が勝てるとは思っておらん。どうせ叶わぬのだ。手が届かぬ宝でも、欲しいとせめて言ってみたらどうだ。観衆もこれでは物足りないであろう? 若い剣士が王女を懸けて戦う、その姿にこそ盛り上がるというものだ。」

 心は揺るがない、何も答えず黙っていた。
「リエリー殿はどうなのだ?」

 グイド王に問われても、彼女は震えたまま顔を上げることもできなかった。
「それほどに、この者が死ぬのが怖い? ならばこうしようかリエリー殿」

 グイド王は立ち上がり、リエリー王女の前まで進むと大きな声で告げた。

「あなたが今ここで、私のものになるのなると承諾するならば、この戦いを止めさせる」
 姫が顔を上げて、驚愕の眼差しでグイド王を見上げる。

「あなたが王妃になると約束するなら、この男を助けてあげますよ、リエリー殿」
 
 震える体で、彼女は何かを言おうとする。
 必死に声をだそうと、王を見上げる。

 姫の口が動く。
「止めて…… くれる?」

 声にならない彼女の問いに、彼は大きく頷いた。
 王は微笑んだ。
 それは、彼女が手に落ちたと彼が確信した勝者の笑み。

「そんなことは許さん」
 ハリーヤの喚き声が響き渡った。
「グイド、そんな勝手は許さんぞ」

「わたしはリエリー殿に聞いていますよ、ここにいる民衆たちが証人だ、皆の前で彼女が約束してくれるなら、ハリーヤ殿、あなたにだってそれは覆せませんよ。さあ、頷くだけでいい。リエリー殿、私の妃になってくれますね?」
  
「だめだ!」
 出せる限りの大声で怒鳴った。
 こっちはこれから死ぬんだ。
 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
 
 皆の視線が一気にアツリュウに集中した。
「あなたは卑怯だ」

 王に向かって卑怯という言葉を投げつけた。
 そんなことは、許されることではなかったが、どうでもよかった。

「私をあすこに行かせてください、今すぐに」
 王をにらみつけたまま、真っすぐに闘技場を指さした。

 アツリュウの怒鳴り声に、獰猛《どうもう》な虎のごとく、殺気を纏《まと》った王が己に振り返る。 
「私に卑怯と言ったか? 」
 グイド王はアツリュウの睨みを真っ向から受け、恐ろしい怒気で睨み返した。

「最後の問いだ、リエリー殿が欲しいか? 」
 いなと首を横に振った。
 王は目を閉じ、そして、息を吐いた。
「よかろう、そなたの望みのままに」

 グイド王は、罪人が勝てば無罪放免を、アツリュウが勝てばリエリー王女が望む相手との結婚を』
 王の名のもとにおいて約束すると宣言した。

     
                  ◇◇◇   ◇◇◇


 血がアツリュウの腕を伝って滴り落ち、ナイフを握る手がドロドロになって、さらに刃先を血が流れ落ちた。
 
 ゆらゆらと湯気を立ち昇らせて、巨人が槍の狙いを真っすぐに己の心臓に向けている。

 後手では死ぬ。
 先に仕掛けろ。
 賭けだ、突いてくるか、切ってくるか、どちらだ? 
 相手を見ろ、動きを見切るんだ。

 アツリュウは地を蹴った、全速力で巨人に迫る。
 できるのは1度だけ。

 槍の刃が顔面に来る!
 突いてくる切っ先に、ナイフの刃を十字に合わせる。
 左手を刃先に添えて、勢いのまま、ナイフで槍を押し上げながら、体を反らして下に滑り込む。
 巨人の右腕の下に、滑り込んで、腕を持ち上げる。
 流れるように、開いた脇、鎧の隙間にナイフを突き立てた。

 ざくりと
 ナイフが刺さる。
 手ごたえがひどく浅い。

 ぐあっと叫んで巨人が後ろにのけ反り、槍を放り投げた。
 左から飛んできた拳を、避けたが、浅く喰らって後ろに吹き飛ばされた。
 すぐに起きて間合いを取る。
 
 巨人の脇にナイフが刺さっている。
 それは刺さっているというより、鎧に引っかかっているようだ。
 巨人が血走った目で、興奮した雄牛のように荒く息を吐いて、涎《よだれ》を垂らした。
 奴がナイフを左手で引き抜くと、たいして出血はしなかった。

 信じられない。
 巨人は鎖帷子《くさりかたびら》を着込んでいる。
 ナイフは鎖に阻まれた。
 動脈を切れる最後の一手は失敗した。
 こいつは、絶対に生き延びるつもりなのだ。
 
 いままで、自分だって命のやり取りをしていると、そういう戦いをしてきたと己惚《うぬぼ》れていた。
 真剣を使った競技大会で、死者がでることもあった。
 そういう中で、自分は剣技を磨いてきた。

 だが、違うのだ。
 本当の戦は。
 命を懸けるとは。

 生きるためにできることを全てするのだ。
 こいつの方が、生きることへの執着しゅうちゃくにおいて上手なのだ。
 剣の技の差ではない。命をどこかで捨てている自分は初めから負けていたのだ。
 

 もう武器が無い。
 ナイフを握った巨人がナイフを右手に持ち替えた。
 にやっと笑って、柄に付いたアツリュウの血をべろりと舐めた。

 巨人と自分の丁度真ん中に、奴の槍が落ちている。
 アツリュウはそれに向かって走った。

 落ちている槍に手が届いた。
 滑り込んで、槍の柄を握ると、体はひれ伏す形になった。
 迫ってくる巨人の足音。
 無情にも、槍の刃は己の方を向き、敵を向いた持ち手の先には、小指程の飾り刃がついているだけだ。
 持ち替えるのは間に合わない。
 
 刹那、絵本の扉絵がアツリュウの脳裏をかすめた。
 幼子が熊を殺すお話。
 低く、低くかまえた槍を幼子が構えている挿絵。

 アツリュウは地面を見たまま、低くひれ伏し槍の柄を握りしめる。

 母が読んでくれた絵本。
 小さな男の子が、熊を倒したよ。

 ギリギリまで待つんだよ。
 まだだ。
 まだだよ。
 クマが走り出したら、いち、にの、
 
 今!
 槍の先を思い切り持ち上げた。

 ブスリと小指ほどの飾り刃が、巨人の顎《あご》の窪《くぼ》みに刺さる。
 アツリュウに向かって、ナイフを振り下ろす、前かがみになった奴の体重が、勢いよく飾り刃にのしかかる。
 刃は巨人の喉《のど》を貫通かんつうした。

 アツリュウが握り締める槍の柄に、ドロドロ血が流れてくる。
 見上げると、巨人が斜めに槍の柄に引っかかるよう倒れ掛かり、首から血を噴き上げている。

 重さに耐えきれず、腕を下すと奴の体が音をたてて落ちた。
 アツリュウの世界が暗くなる。
 一瞬、鼻先に地面が見えた。
 頭がぶつかる衝撃のあと、何も分からなくなった。
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