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27.お母さん
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6歳のアツリュウ少年は、市場の裏路地を裸足で走った。
服の前を持ち上げて袋にし、柿の実を4個包んでいた。これはけして落としてはいけない、この世で最も大切な柿の実だった。
めくれた服の下には、浮き出たあばら骨とくぼんで空っぽの腹が見えていた。幼い少年は痛々しいほどに痩せて、ぼさぼさに絡まった毛のなかに青白い顔と黒ずんだ縁取りの目が隠れ見える。だがその瞳は、喜びに輝いていた。
これでお母さんに、食べさせてあげられる。
空腹で、走る力がでない。でも、アツリュウが盗みをした屋台の男の怒声がまだ後ろに聞こえる。少年は気力を振り絞って、下り坂の階段を駆け下りると、下の路地にウサギのように跳ねて降りた。これでもう、男は追いつけない。
母がいる路地に、歩いて向かいながら、柿を今すぐ食べたい衝動と戦った。最後に食べ物を口に入れたのはいつだろう、ごみの中から残飯を捜して、骨だけの肉と、臭い水を吸ったべちゃべちゃの米の小さな塊を食べた。あれは昨日だったか一昨日だったか。
柿が実る季節だ、夜になると路地は冷えた。母が待つ吹き溜まりの倉庫の軒先に着くと。彼女が泣きながら名を呼び、駆け寄ってアツリュウを抱きしめた。良かった無事でと彼女は繰り返した。
柿の実がポトリと一つ落ちた。それを拾わず、母はどこへ行っていたの? と聞いた。
母の髪は乱れ、服は土色に汚れて、下履きの先は裂けている。アツリュウと同じく、青白い顔でやせ細っていた。彼女がまどろんでいる間に、アツリュウは母の元を離れ、市場の露店から食べ物を持ってきたのだ。
「お母さん、見てこれ! すごいでしょう! 食べよう早く早く」
母に柿の実を誇らしく見せた。お母さんのために、僕が取ってきたんだよ、うれしい?
母の目が驚きに見開いた。
「これはどうしたの? まさか盗んだの?」
アツリュウが頷くと同時に、母は柿の実を彼の手から払いととした。
「盗みなんて、してはだめ」
慌てて、柿を拾うとすると、信じられないことに、母は柿を踏んで次々に潰した。
驚きと、あまりの悲しみに、つぶれた粒をなおも拾って口に入れようとすると。いけません! と母が肩をきつくつかんだ。
「いやだあ、いやだあ」
大声を上げて泣きじゃくると、路地の家の中から、男の野太い声でうるせえなあ、という怒鳴り声が聞こえた。母に抱きしめられると、空腹で疲れ切った体は、そこから抜け出すことができなかった。なおも柿を食べたくて、涙がとめどなく流れた。
「盗みをするような子にあなたをしません。盗んだものをお母さんは絶対にたべない、いいアツリュウ、人の道理に外れたことを、お母さんは許しません」
お母さんはすごく喜んでくれると思ったのに。それなのに、叱られた。
どうしてなの? 泣いて泣いて、そのまま眠ってしまった。
◇◇◇ ◇◇◇
母の背中アツリュウの両手はだらんと垂れて、もう母の首にしがみつく力もない。
母は何度も彼を背負いなおしては、長い間歩き続け、日は沈み、夜になり、それでも歩いて、大きな屋敷の門の前まで来ると、ようやく足を停めた。
門の厚い木戸を母が力一杯叩く、お母さんの手が壊れてしまう。疲れた体で、声を出す力の無いアツリュウがそう思った時、門の木戸が開いた。中から剣を帯びた厳つい男が出てきた。男は母を一目見ただけで、大きな声で、寄り付くなと怒鳴った。
「どうかご当主さまに、お取次ぎを、エミーが訪ねて参ったと、どうかお取次ぎを」
「気が狂ったか女、お前のような浮浪者が何を言う。ご当主様どころか、使用人にさえ取り次げぬ」
アツリュウも母の背中で同じことを思った。こんな月の名の貴族様のお屋敷に入れる訳がないよ、お母さんどうしてしまったの?
「どうか、どうか、お願いします。エミーと名前さえお伝えくだされば、きっとご当主さまは分かります。息子が死にそうなんです。どうかご慈悲です」
息子が死にそうと聞き、男はアツリュウの頭を触ってきた。これはひどい熱だと言って、もう怒鳴りはしなかった。
「息子を助けたい気持ちはわかる、しかし、浮浪者を全て助けることはできぬよ、門は閉める、いくら叩いてももう開くことはないぞ」
去ろうとする男に母が叫んだ。
「ならば、家令のオルゴンさまでもかまいません。どうか」
「オルゴン様の名を知っているのか?」
男が驚いて振り返った。
お母さんは、大きな貴族のお屋敷に入ることに成功した。それはまるで魔法のようっだった。
魔法はそれから、もっとすごくなって続いた。
広い部屋に通されて、キラキラの燭台が並ぶ明るい食台で、いい匂いのするお水をたくさん飲んで、甘いおかゆを食べた。そして、それが飛び切りの最高の魔法! 温かいお湯に入れてもらって、ふかふかのお布団の上に寝かされた。お母さんはおとぎ話にでてくる魔法使いなのかなあ。
アツリュウは母の腕の中、安心に包まれて眠りについた。
服の前を持ち上げて袋にし、柿の実を4個包んでいた。これはけして落としてはいけない、この世で最も大切な柿の実だった。
めくれた服の下には、浮き出たあばら骨とくぼんで空っぽの腹が見えていた。幼い少年は痛々しいほどに痩せて、ぼさぼさに絡まった毛のなかに青白い顔と黒ずんだ縁取りの目が隠れ見える。だがその瞳は、喜びに輝いていた。
これでお母さんに、食べさせてあげられる。
空腹で、走る力がでない。でも、アツリュウが盗みをした屋台の男の怒声がまだ後ろに聞こえる。少年は気力を振り絞って、下り坂の階段を駆け下りると、下の路地にウサギのように跳ねて降りた。これでもう、男は追いつけない。
母がいる路地に、歩いて向かいながら、柿を今すぐ食べたい衝動と戦った。最後に食べ物を口に入れたのはいつだろう、ごみの中から残飯を捜して、骨だけの肉と、臭い水を吸ったべちゃべちゃの米の小さな塊を食べた。あれは昨日だったか一昨日だったか。
柿が実る季節だ、夜になると路地は冷えた。母が待つ吹き溜まりの倉庫の軒先に着くと。彼女が泣きながら名を呼び、駆け寄ってアツリュウを抱きしめた。良かった無事でと彼女は繰り返した。
柿の実がポトリと一つ落ちた。それを拾わず、母はどこへ行っていたの? と聞いた。
母の髪は乱れ、服は土色に汚れて、下履きの先は裂けている。アツリュウと同じく、青白い顔でやせ細っていた。彼女がまどろんでいる間に、アツリュウは母の元を離れ、市場の露店から食べ物を持ってきたのだ。
「お母さん、見てこれ! すごいでしょう! 食べよう早く早く」
母に柿の実を誇らしく見せた。お母さんのために、僕が取ってきたんだよ、うれしい?
母の目が驚きに見開いた。
「これはどうしたの? まさか盗んだの?」
アツリュウが頷くと同時に、母は柿の実を彼の手から払いととした。
「盗みなんて、してはだめ」
慌てて、柿を拾うとすると、信じられないことに、母は柿を踏んで次々に潰した。
驚きと、あまりの悲しみに、つぶれた粒をなおも拾って口に入れようとすると。いけません! と母が肩をきつくつかんだ。
「いやだあ、いやだあ」
大声を上げて泣きじゃくると、路地の家の中から、男の野太い声でうるせえなあ、という怒鳴り声が聞こえた。母に抱きしめられると、空腹で疲れ切った体は、そこから抜け出すことができなかった。なおも柿を食べたくて、涙がとめどなく流れた。
「盗みをするような子にあなたをしません。盗んだものをお母さんは絶対にたべない、いいアツリュウ、人の道理に外れたことを、お母さんは許しません」
お母さんはすごく喜んでくれると思ったのに。それなのに、叱られた。
どうしてなの? 泣いて泣いて、そのまま眠ってしまった。
◇◇◇ ◇◇◇
母の背中アツリュウの両手はだらんと垂れて、もう母の首にしがみつく力もない。
母は何度も彼を背負いなおしては、長い間歩き続け、日は沈み、夜になり、それでも歩いて、大きな屋敷の門の前まで来ると、ようやく足を停めた。
門の厚い木戸を母が力一杯叩く、お母さんの手が壊れてしまう。疲れた体で、声を出す力の無いアツリュウがそう思った時、門の木戸が開いた。中から剣を帯びた厳つい男が出てきた。男は母を一目見ただけで、大きな声で、寄り付くなと怒鳴った。
「どうかご当主さまに、お取次ぎを、エミーが訪ねて参ったと、どうかお取次ぎを」
「気が狂ったか女、お前のような浮浪者が何を言う。ご当主様どころか、使用人にさえ取り次げぬ」
アツリュウも母の背中で同じことを思った。こんな月の名の貴族様のお屋敷に入れる訳がないよ、お母さんどうしてしまったの?
「どうか、どうか、お願いします。エミーと名前さえお伝えくだされば、きっとご当主さまは分かります。息子が死にそうなんです。どうかご慈悲です」
息子が死にそうと聞き、男はアツリュウの頭を触ってきた。これはひどい熱だと言って、もう怒鳴りはしなかった。
「息子を助けたい気持ちはわかる、しかし、浮浪者を全て助けることはできぬよ、門は閉める、いくら叩いてももう開くことはないぞ」
去ろうとする男に母が叫んだ。
「ならば、家令のオルゴンさまでもかまいません。どうか」
「オルゴン様の名を知っているのか?」
男が驚いて振り返った。
お母さんは、大きな貴族のお屋敷に入ることに成功した。それはまるで魔法のようっだった。
魔法はそれから、もっとすごくなって続いた。
広い部屋に通されて、キラキラの燭台が並ぶ明るい食台で、いい匂いのするお水をたくさん飲んで、甘いおかゆを食べた。そして、それが飛び切りの最高の魔法! 温かいお湯に入れてもらって、ふかふかのお布団の上に寝かされた。お母さんはおとぎ話にでてくる魔法使いなのかなあ。
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