見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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93.できないんだ

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 エイドドアドの港に着くと、アツリュウ達は馬をひたすら駆って、エイヘッド領主城へ直行した。
 城門を抜けるとオルゴンが待っていた。アツリュウは話しかけてくるのを制して「スオウはどこだ」と短く聞いた。

「スオウ隊長は執務室だ。おいその前に領主館へ行け」
 オルゴンを置いて、アツリュウが足早に執務室に向かっていくと、後ろから肩をつかまれた。

「おい、アツリュウ。まず姫様に会いに行け」
 オルゴンの手を振り払い、彼の顔を見ずに執務室へ突き進んだ、後ろからサンバシの「代行」と心配そうに呼びかける声が聞こえた。

 アツリュウが執務室に入ると、スオウが分隊長達と集まっていた。
「戻った。すぐに作戦を立てる。スオウ襲撃による被害状況と、新しい情報をくれ」

 追いついたオルゴンが、アツリュウを引っ張り、強引に顔を向き合わされた。
「アツリュウ、その前に姫様に会うんだ。領主館の奥方用の部屋にカーリン嬢といるから、今すぐ行ってやれ」

「行かない」
 オルゴンが目を見開いて、おまえ……と口にしたまま動かなくなった。彼を振り払うようにスオウに向き直った。

「おい」
 オルゴンの怒鳴り声が部屋に響いた。

「お前たち、外せ」
 スオウが低い声で分隊長達に指示すると、彼らが部屋から出て行く。閉まった扉を見ると、サンバシだけが、扉の前に立っていた。彼も驚いた顔で、アツリュウを見てくる。

「代行、私もまず王女殿下にお会いするべきだと……」
 サンバシが言い終わらないうちに「だから会わない。すぐにヨンキント様救出の作戦を立てると言っている。始めるぞ!」と怒鳴りつけた。

 アツリュウの顔を見るだけで、スオウもオルゴンも何も返事をしない。苛立ちに拳を握りしめた。

「ヒシダから襲撃の状況を聞いたのだろう? 姫様は人質に取られ、その後賊の首領の膝にのせられて脅された。どれほど恐ろしかったか。それにひどく自分を責めておられる。まず彼女に会って安心させてやれ」
 オルゴンの落ち着いた声に何も返事を返さなかった。

「アツリュウ、彼女を慰めてやれるのはおまえだけだ。婚約者なんだぞ」

「何度も言わせるな、行かない」
「何も言わなくてもいい、ただ顔を見せて抱きしめてやるんだ」

 オルゴンの目を見た瞬間、熱い塊が込み上げて、それを押し込めなければ泣いてしまうと思った。
「俺だってそうしたい……でも……できないんだよ」

 オルゴンの黒い目が、何を言い出すかと驚きを見せるのが分かった。

 目の前の男を納得させるために、アツリュウは誰にも知られたくないことを告げようとしていた、オルゴンを傷つけると分かっていた。

「なあ……オルゴン俺は変なんだよ」

 声が震える。

「俺はずっと、自分の意思で姫様に触らなかった。俺が姫様に相応しくないと思ったから……でも、本当は触らなかったんじゃない……触れないんだ」
 オルゴンが自分を見ている、その目に訴えるようにアツリュウは続けた。

「そのことをずっと、意識に上げないようにしてた。そんなこと無い、絶対無いって必死に自分に言って、考えないようにしてた」

 そのまま次の言葉を繋げるのが苦しくて、唇を噛んだ。誰も何も言わない、静かな部屋で自分の荒い息遣いだけが聞こえた。

「ここに帰ってくるまで、姫様のこと以外何も考えられなかった。怒りで狂いそうなんだ。今すぐ走っていって、抱きしめてやりたい。あの男に触られたところを、俺の手で全部確かめてぬぐい取りたい。抱きしめて、抱きしめて、もう大丈夫だと言って朝まで抱きしめて安心させてやりたい……だけど、できないんだよ、分かってくれよ……たのむから……分かってくれよ……」

「何を……言ってるんだアツリュウ……できないことなんて……」
 オルゴンの言葉に、目を閉じて拳を握りしめた。

「だから、できないと言っているだろう! もし姫様が俺を見て、抱き付いてきた時、俺が飛び跳ねて拒絶したらどれだけ彼女を傷つけるか、そんな思いを絶対にさせたくない。こんな恐ろしい目にあった後で、好きな男に振り払われたら、そんなひどいことがあるか!」

 気持ちを抑えようとするのに、声はどんどんでかくなっていく。

「触ろうとした瞬間に気づいたら、体が拒絶してるんだ。自分じゃどうにもできないんだ。もう駄目なんだ、俺はもう駄目なんだよ、オルゴン分かるだろ、どうしてこんな体になったのか。俺はもう、おまえの望むような……」
 ああ泣きたくない、歯をくいしばる。情けないほど声が震えた。

「父上や、おまえの望む一人前の男にはなれないんだよ……分かってくれよ……俺はもう駄目なんだよ……ごめんな……オルゴン」

 オルゴンの顔が歪んだ。ああ傷つけたんだと分かった。ごめんなともう一度口にしたが声にならなかった。

 スオウを見た、彼は無表情で立っている。その感情を見せない顔に今は救われる気がした。

「姫様をモーリヒルドに帰す。婚約は解消する。俺はもう姫様には一切関わらない」

 オルゴンが、黙ったまま歩いていき、扉を開けた。一度立ち止まったが、振り返らずに執務室を出て行った。 
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