93 / 130
93.できないんだ
しおりを挟む
エイドドアドの港に着くと、アツリュウ達は馬をひたすら駆って、エイヘッド領主城へ直行した。
城門を抜けるとオルゴンが待っていた。アツリュウは話しかけてくるのを制して「スオウはどこだ」と短く聞いた。
「スオウ隊長は執務室だ。おいその前に領主館へ行け」
オルゴンを置いて、アツリュウが足早に執務室に向かっていくと、後ろから肩をつかまれた。
「おい、アツリュウ。まず姫様に会いに行け」
オルゴンの手を振り払い、彼の顔を見ずに執務室へ突き進んだ、後ろからサンバシの「代行」と心配そうに呼びかける声が聞こえた。
アツリュウが執務室に入ると、スオウが分隊長達と集まっていた。
「戻った。すぐに作戦を立てる。スオウ襲撃による被害状況と、新しい情報をくれ」
追いついたオルゴンが、アツリュウを引っ張り、強引に顔を向き合わされた。
「アツリュウ、その前に姫様に会うんだ。領主館の奥方用の部屋にカーリン嬢といるから、今すぐ行ってやれ」
「行かない」
オルゴンが目を見開いて、おまえ……と口にしたまま動かなくなった。彼を振り払うようにスオウに向き直った。
「おい」
オルゴンの怒鳴り声が部屋に響いた。
「お前たち、外せ」
スオウが低い声で分隊長達に指示すると、彼らが部屋から出て行く。閉まった扉を見ると、サンバシだけが、扉の前に立っていた。彼も驚いた顔で、アツリュウを見てくる。
「代行、私もまず王女殿下にお会いするべきだと……」
サンバシが言い終わらないうちに「だから会わない。すぐにヨンキント様救出の作戦を立てると言っている。始めるぞ!」と怒鳴りつけた。
アツリュウの顔を見るだけで、スオウもオルゴンも何も返事をしない。苛立ちに拳を握りしめた。
「ヒシダから襲撃の状況を聞いたのだろう? 姫様は人質に取られ、その後賊の首領の膝にのせられて脅された。どれほど恐ろしかったか。それにひどく自分を責めておられる。まず彼女に会って安心させてやれ」
オルゴンの落ち着いた声に何も返事を返さなかった。
「アツリュウ、彼女を慰めてやれるのはおまえだけだ。婚約者なんだぞ」
「何度も言わせるな、行かない」
「何も言わなくてもいい、ただ顔を見せて抱きしめてやるんだ」
オルゴンの目を見た瞬間、熱い塊が込み上げて、それを押し込めなければ泣いてしまうと思った。
「俺だってそうしたい……でも……できないんだよ」
オルゴンの黒い目が、何を言い出すかと驚きを見せるのが分かった。
目の前の男を納得させるために、アツリュウは誰にも知られたくないことを告げようとしていた、オルゴンを傷つけると分かっていた。
「なあ……オルゴン俺は変なんだよ」
声が震える。
「俺はずっと、自分の意思で姫様に触らなかった。俺が姫様に相応しくないと思ったから……でも、本当は触らなかったんじゃない……触れないんだ」
オルゴンが自分を見ている、その目に訴えるようにアツリュウは続けた。
「そのことをずっと、意識に上げないようにしてた。そんなこと無い、絶対無いって必死に自分に言って、考えないようにしてた」
そのまま次の言葉を繋げるのが苦しくて、唇を噛んだ。誰も何も言わない、静かな部屋で自分の荒い息遣いだけが聞こえた。
「ここに帰ってくるまで、姫様のこと以外何も考えられなかった。怒りで狂いそうなんだ。今すぐ走っていって、抱きしめてやりたい。あの男に触られたところを、俺の手で全部確かめてぬぐい取りたい。抱きしめて、抱きしめて、もう大丈夫だと言って朝まで抱きしめて安心させてやりたい……だけど、できないんだよ、分かってくれよ……たのむから……分かってくれよ……」
「何を……言ってるんだアツリュウ……できないことなんて……」
オルゴンの言葉に、目を閉じて拳を握りしめた。
「だから、できないと言っているだろう! もし姫様が俺を見て、抱き付いてきた時、俺が飛び跳ねて拒絶したらどれだけ彼女を傷つけるか、そんな思いを絶対にさせたくない。こんな恐ろしい目にあった後で、好きな男に振り払われたら、そんなひどいことがあるか!」
気持ちを抑えようとするのに、声はどんどんでかくなっていく。
「触ろうとした瞬間に気づいたら、体が拒絶してるんだ。自分じゃどうにもできないんだ。もう駄目なんだ、俺はもう駄目なんだよ、オルゴン分かるだろ、どうしてこんな体になったのか。俺はもう、おまえの望むような……」
ああ泣きたくない、歯をくいしばる。情けないほど声が震えた。
「父上や、おまえの望む一人前の男にはなれないんだよ……分かってくれよ……俺はもう駄目なんだよ……ごめんな……オルゴン」
オルゴンの顔が歪んだ。ああ傷つけたんだと分かった。ごめんなともう一度口にしたが声にならなかった。
スオウを見た、彼は無表情で立っている。その感情を見せない顔に今は救われる気がした。
「姫様をモーリヒルドに帰す。婚約は解消する。俺はもう姫様には一切関わらない」
オルゴンが、黙ったまま歩いていき、扉を開けた。一度立ち止まったが、振り返らずに執務室を出て行った。
城門を抜けるとオルゴンが待っていた。アツリュウは話しかけてくるのを制して「スオウはどこだ」と短く聞いた。
「スオウ隊長は執務室だ。おいその前に領主館へ行け」
オルゴンを置いて、アツリュウが足早に執務室に向かっていくと、後ろから肩をつかまれた。
「おい、アツリュウ。まず姫様に会いに行け」
オルゴンの手を振り払い、彼の顔を見ずに執務室へ突き進んだ、後ろからサンバシの「代行」と心配そうに呼びかける声が聞こえた。
アツリュウが執務室に入ると、スオウが分隊長達と集まっていた。
「戻った。すぐに作戦を立てる。スオウ襲撃による被害状況と、新しい情報をくれ」
追いついたオルゴンが、アツリュウを引っ張り、強引に顔を向き合わされた。
「アツリュウ、その前に姫様に会うんだ。領主館の奥方用の部屋にカーリン嬢といるから、今すぐ行ってやれ」
「行かない」
オルゴンが目を見開いて、おまえ……と口にしたまま動かなくなった。彼を振り払うようにスオウに向き直った。
「おい」
オルゴンの怒鳴り声が部屋に響いた。
「お前たち、外せ」
スオウが低い声で分隊長達に指示すると、彼らが部屋から出て行く。閉まった扉を見ると、サンバシだけが、扉の前に立っていた。彼も驚いた顔で、アツリュウを見てくる。
「代行、私もまず王女殿下にお会いするべきだと……」
サンバシが言い終わらないうちに「だから会わない。すぐにヨンキント様救出の作戦を立てると言っている。始めるぞ!」と怒鳴りつけた。
アツリュウの顔を見るだけで、スオウもオルゴンも何も返事をしない。苛立ちに拳を握りしめた。
「ヒシダから襲撃の状況を聞いたのだろう? 姫様は人質に取られ、その後賊の首領の膝にのせられて脅された。どれほど恐ろしかったか。それにひどく自分を責めておられる。まず彼女に会って安心させてやれ」
オルゴンの落ち着いた声に何も返事を返さなかった。
「アツリュウ、彼女を慰めてやれるのはおまえだけだ。婚約者なんだぞ」
「何度も言わせるな、行かない」
「何も言わなくてもいい、ただ顔を見せて抱きしめてやるんだ」
オルゴンの目を見た瞬間、熱い塊が込み上げて、それを押し込めなければ泣いてしまうと思った。
「俺だってそうしたい……でも……できないんだよ」
オルゴンの黒い目が、何を言い出すかと驚きを見せるのが分かった。
目の前の男を納得させるために、アツリュウは誰にも知られたくないことを告げようとしていた、オルゴンを傷つけると分かっていた。
「なあ……オルゴン俺は変なんだよ」
声が震える。
「俺はずっと、自分の意思で姫様に触らなかった。俺が姫様に相応しくないと思ったから……でも、本当は触らなかったんじゃない……触れないんだ」
オルゴンが自分を見ている、その目に訴えるようにアツリュウは続けた。
「そのことをずっと、意識に上げないようにしてた。そんなこと無い、絶対無いって必死に自分に言って、考えないようにしてた」
そのまま次の言葉を繋げるのが苦しくて、唇を噛んだ。誰も何も言わない、静かな部屋で自分の荒い息遣いだけが聞こえた。
「ここに帰ってくるまで、姫様のこと以外何も考えられなかった。怒りで狂いそうなんだ。今すぐ走っていって、抱きしめてやりたい。あの男に触られたところを、俺の手で全部確かめてぬぐい取りたい。抱きしめて、抱きしめて、もう大丈夫だと言って朝まで抱きしめて安心させてやりたい……だけど、できないんだよ、分かってくれよ……たのむから……分かってくれよ……」
「何を……言ってるんだアツリュウ……できないことなんて……」
オルゴンの言葉に、目を閉じて拳を握りしめた。
「だから、できないと言っているだろう! もし姫様が俺を見て、抱き付いてきた時、俺が飛び跳ねて拒絶したらどれだけ彼女を傷つけるか、そんな思いを絶対にさせたくない。こんな恐ろしい目にあった後で、好きな男に振り払われたら、そんなひどいことがあるか!」
気持ちを抑えようとするのに、声はどんどんでかくなっていく。
「触ろうとした瞬間に気づいたら、体が拒絶してるんだ。自分じゃどうにもできないんだ。もう駄目なんだ、俺はもう駄目なんだよ、オルゴン分かるだろ、どうしてこんな体になったのか。俺はもう、おまえの望むような……」
ああ泣きたくない、歯をくいしばる。情けないほど声が震えた。
「父上や、おまえの望む一人前の男にはなれないんだよ……分かってくれよ……俺はもう駄目なんだよ……ごめんな……オルゴン」
オルゴンの顔が歪んだ。ああ傷つけたんだと分かった。ごめんなともう一度口にしたが声にならなかった。
スオウを見た、彼は無表情で立っている。その感情を見せない顔に今は救われる気がした。
「姫様をモーリヒルドに帰す。婚約は解消する。俺はもう姫様には一切関わらない」
オルゴンが、黙ったまま歩いていき、扉を開けた。一度立ち止まったが、振り返らずに執務室を出て行った。
10
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
お転婆令嬢は、大好きな騎士様に本性を隠し通す
湊一桜
恋愛
侯爵令嬢クロエは、二度も婚約破棄をされた。彼女の男勝りで豪快な性格のせいである。
それに懲りたクロエは、普段は令嬢らしく振る舞い、夜には”白薔薇”という偽名のもと大暴れして、憂さ晴らしをしていた。
そんな彼女のもとに、兄が一人の騎士を連れてきた。
彼の名はルーク、別名”孤高の黒薔薇”。その冷たい振る舞いからそう呼ばれている。
だが実は、彼は女性が苦手であり、女性に話しかけられるとフリーズするため勘違いされていたのだ。
兄は、クロエとルークのこじらせっぷりに辟易し、二人に”恋愛の特訓”を持ちかける。
特訓を重ねるうちに、二人の距離は少しずつ近付いていく。だがクロエは、ルークに”好きな人”がいることを知ってしまった……
恋愛なんてこりごりなのに、恋をしてしまったお転婆令嬢と、実は優しくて一途な騎士が、思い悩んで幸せになっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる