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11.逃げてもいい
「まあなんて美しい絹地なのかしら」
村の女性たちの目が最上級の絹を前にキラキラと輝く。
私はソリティオ様に馬車を手配してもらって、無事にナッソスさんの村に帰ることができた。ソリティオ様は村で結婚式の準備が進んでいることを知ると、とても喜んで純白の絹地をお祝いに贈ってくださった。
村の未婚の娘さんたちが、その絹地で小さな花を作ってドレスに縫い付けて行く。純白の花が咲き誇る花畑がスカートに広がっていきそれは美しいウエディングドレスになった。
私がソリティオ様に「ゼノスさんからはプロポーズされておらず結婚はできないかもしれない」と告げると、彼はナッソスさんとは違って、気楽に大丈夫とは言わなかった。
ソリティオ様との別れ際に話したことを思い出す。
「そうであれば、お互いに話し合って二人の今後を決めねばなるまいな。ゼノス殿に会えたら、ココ殿の気持ちをしっかり伝えなさい」
「……私の気持ち……ですか?」
私は胸にある不安な気持ちをソリティオ様に打ち明けた。
「もし、ゼノスさんと結婚できたら嬉しいです。でも同時にすごく怖いのです」
「何が怖いのかな?」
「きっと、すぐお別れになってしまうと思って……怖いんです。ゼノスさんが王様に私との結婚を望んでくれたと聞いて、飛び上がる程に嬉しかった。でも結婚してもすぐ嫌われちゃうと思うんです。本当の私がばれて、ゼノスさんはきっとがっかりする。それで……きっと私から去ってしまう……」
「本当のココ殿とは?」
「いつもびくびくして隠れている弱虫」
ソリティオ様は笑って、ああそんなこと知っていると明るく言った。
「ゼノス殿はあなたが怖がりだと誰よりもご存じだ。それに気づいていないココ殿だったとは驚きだ」
「え? え? ゼノスさんが知ってる?」
「ゼノス殿だけではなく、私もナッソス殿もよく知っている。森の中で怖くなって隠れてしまったあなたを何度探したことか。ゼノス殿は不安で固まっているあなたを和ませるのがとても上手だった。旅の途中からココ殿が隠れなくなったのは、彼が「小鹿が震えてる」と目ざとく見つけて、あなたに寄り添っていたからだ。あなたの弱い所も含めて、ゼノス殿に愛されていたでしょう?」
愛されて……いた?
わわわ、ソリティオ様なんて言葉を……
聞いた途端にぼぼぼと顔が熱くなった。
「私は幼い時から神官として生きねばならなかった、だから愛というものから目を背けていた気がする。自分を特別に想ってくれる人などこの世にいないのだと諦めて、愛を見ないようにしてきた。けれど、勇者パーティーに飛び込んだことで、皆に出会えた。友愛を知り、そして……」
優しい目で、ソリティオ様は私を真っすぐに見た。
「目の前で、若い二人が恋に落ちていく様子を見ることができた。愛し合うあなた方は美しく尊かった……それを知ったことのほうが、魔王を倒したことよりも、私にとっては最高の僥倖だ」
「あああ、愛し合う二人? 私がゼノス様と? そんな……こと、愛し合っていません」
「魔物が目の前にいても、ゼノス殿が傷ついていれば、命の危険も顧みず飛び出して行ったのは誰です? 彼を失うことが死ぬより怖かったからでしょう? そしてゼノス殿も何度死ぬ目にあっても戦い続けたのは、あなたのためだ。ココ殿が生きる世界を守りたかったからでしょう? それを愛し合うと言わずして何と呼ぶのだ。あなた方の愛が世界を救ったのだよ」
ふわーっ! どうしよう、大賢者様のお話は私を沸騰させて真っ赤にゆでてしまう。両頬を抑えるのに熱はおさまらない。傷ついたゼノスさんを腕に抱きしめたときの、彼の体の熱を思い出す。そして彼の手が私の頬に触れて「泣かないでココ」と優しく涙をぬぐってくれる、あの優しい瞳が……
ゼノスさんに会いたい。あの藍色の瞳に見つめられたい……
彼は私を迎えにきてくれるだろうか、そして結婚してずっと一緒に……
「でも……私はやっぱり弱虫です。アナタシア様に怒鳴られると何も言い返せず、されるがままです。今だって逃げて隠れているだけ……」
「逃げてなにが悪いのだ」
ソリティオ様は朗々とした良い声で迷いなく言った。
「私達はずっと魔物から逃げていたではないか。隠れて、逃げて、こっそり後ろから魔王に近づいた、だから我々は魔王に勝てた。逃げるという戦略の勝利だった。私達がどうやって勝ったか忘れたのかココ殿」
そうだ私たちはできる限り魔物との戦いを避けた。邪悪な気配を感じ取ることができるソリティオ様が、魔物が近づくのを知らせ、ナッソスさんが逃げ道を探す。それでも逃げ切れない魔物に対してだけ、ゼノスさんが戦う、そして傷つけば私が治す。そうやって、極力戦わずして魔王に近づいた。
「魔王を倒すという目的を果たすためなら、目の前の魔獣からいくらでも逃げていい。同じことだよココ殿、よく考えなさい。あなたの最も大切な目的を果たすためにアナタシアは倒すべき魔王なのかな? それとも逃げてやり過ごせばいいだけの魔獣なのか?」
「私の最も大切な目的とはなんでしょうかソリティオ様」
「それが分らなければなにも始められないよ、自分の胸によくきいてごらん。でも私には、ココ殿がもうとっくにそれを知っていると思うのだけどね」
ソリティオ様は優しく私の頭を撫でて「遠くにいても私はいつでもあなたの友だ忘れないでおくれ」と微笑んでくれた。
村の女性たちの目が最上級の絹を前にキラキラと輝く。
私はソリティオ様に馬車を手配してもらって、無事にナッソスさんの村に帰ることができた。ソリティオ様は村で結婚式の準備が進んでいることを知ると、とても喜んで純白の絹地をお祝いに贈ってくださった。
村の未婚の娘さんたちが、その絹地で小さな花を作ってドレスに縫い付けて行く。純白の花が咲き誇る花畑がスカートに広がっていきそれは美しいウエディングドレスになった。
私がソリティオ様に「ゼノスさんからはプロポーズされておらず結婚はできないかもしれない」と告げると、彼はナッソスさんとは違って、気楽に大丈夫とは言わなかった。
ソリティオ様との別れ際に話したことを思い出す。
「そうであれば、お互いに話し合って二人の今後を決めねばなるまいな。ゼノス殿に会えたら、ココ殿の気持ちをしっかり伝えなさい」
「……私の気持ち……ですか?」
私は胸にある不安な気持ちをソリティオ様に打ち明けた。
「もし、ゼノスさんと結婚できたら嬉しいです。でも同時にすごく怖いのです」
「何が怖いのかな?」
「きっと、すぐお別れになってしまうと思って……怖いんです。ゼノスさんが王様に私との結婚を望んでくれたと聞いて、飛び上がる程に嬉しかった。でも結婚してもすぐ嫌われちゃうと思うんです。本当の私がばれて、ゼノスさんはきっとがっかりする。それで……きっと私から去ってしまう……」
「本当のココ殿とは?」
「いつもびくびくして隠れている弱虫」
ソリティオ様は笑って、ああそんなこと知っていると明るく言った。
「ゼノス殿はあなたが怖がりだと誰よりもご存じだ。それに気づいていないココ殿だったとは驚きだ」
「え? え? ゼノスさんが知ってる?」
「ゼノス殿だけではなく、私もナッソス殿もよく知っている。森の中で怖くなって隠れてしまったあなたを何度探したことか。ゼノス殿は不安で固まっているあなたを和ませるのがとても上手だった。旅の途中からココ殿が隠れなくなったのは、彼が「小鹿が震えてる」と目ざとく見つけて、あなたに寄り添っていたからだ。あなたの弱い所も含めて、ゼノス殿に愛されていたでしょう?」
愛されて……いた?
わわわ、ソリティオ様なんて言葉を……
聞いた途端にぼぼぼと顔が熱くなった。
「私は幼い時から神官として生きねばならなかった、だから愛というものから目を背けていた気がする。自分を特別に想ってくれる人などこの世にいないのだと諦めて、愛を見ないようにしてきた。けれど、勇者パーティーに飛び込んだことで、皆に出会えた。友愛を知り、そして……」
優しい目で、ソリティオ様は私を真っすぐに見た。
「目の前で、若い二人が恋に落ちていく様子を見ることができた。愛し合うあなた方は美しく尊かった……それを知ったことのほうが、魔王を倒したことよりも、私にとっては最高の僥倖だ」
「あああ、愛し合う二人? 私がゼノス様と? そんな……こと、愛し合っていません」
「魔物が目の前にいても、ゼノス殿が傷ついていれば、命の危険も顧みず飛び出して行ったのは誰です? 彼を失うことが死ぬより怖かったからでしょう? そしてゼノス殿も何度死ぬ目にあっても戦い続けたのは、あなたのためだ。ココ殿が生きる世界を守りたかったからでしょう? それを愛し合うと言わずして何と呼ぶのだ。あなた方の愛が世界を救ったのだよ」
ふわーっ! どうしよう、大賢者様のお話は私を沸騰させて真っ赤にゆでてしまう。両頬を抑えるのに熱はおさまらない。傷ついたゼノスさんを腕に抱きしめたときの、彼の体の熱を思い出す。そして彼の手が私の頬に触れて「泣かないでココ」と優しく涙をぬぐってくれる、あの優しい瞳が……
ゼノスさんに会いたい。あの藍色の瞳に見つめられたい……
彼は私を迎えにきてくれるだろうか、そして結婚してずっと一緒に……
「でも……私はやっぱり弱虫です。アナタシア様に怒鳴られると何も言い返せず、されるがままです。今だって逃げて隠れているだけ……」
「逃げてなにが悪いのだ」
ソリティオ様は朗々とした良い声で迷いなく言った。
「私達はずっと魔物から逃げていたではないか。隠れて、逃げて、こっそり後ろから魔王に近づいた、だから我々は魔王に勝てた。逃げるという戦略の勝利だった。私達がどうやって勝ったか忘れたのかココ殿」
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「私の最も大切な目的とはなんでしょうかソリティオ様」
「それが分らなければなにも始められないよ、自分の胸によくきいてごらん。でも私には、ココ殿がもうとっくにそれを知っていると思うのだけどね」
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