愛だの恋だの馬鹿馬鹿しい!

蘇鉄

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「本当に一体何が目的なんです」

「んー?まぁ用があるのはお前らんとこの特攻隊長なんだけど」

「ヤタガラスに?」

「そう、そのヤタガラスに。他んちの教育方針に口出しするのは好きじゃないんだけど流石に目に余るなーって事でお説教しに来た」

「何故。無関係なはずでしょう」

そこで戯藍はフードの奥で緩く笑みを浮かべた。金属マスクに覆われて見えないはずなのに柔らかく崩れた気配を敏感に察知した少年に彼は告げる。

「だからこそっていう考えを持とうぜ。全世界の人と友達なんだなーんてとち狂った考えじゃないならの話だがな」

何処か含みを持たせた言い回しを言及するより前に戯藍の端末から無機質な音声が響いた。

『目的地に到着しました』

はっとして周りを見渡せば見慣れた景色に変わっている。どこをどう通ったらたどり着いたのかさっぱりわからなかった。

「蓮華さん!!」

アジトで待機していた組が飛び出してくる。仲間と共に帰ってくるならともかく、見知らぬ人間(しかも金属マスクまでつけて顔を徹底的に隠した不審者)と一緒なら警戒するのは当然だ。一人で行かせた方が良いだろうと手を離せば思ったよりしっかりとした足取りで仲間の元へ向かっていく。

「いい、大丈夫だ。ヤタガラスと明王(みょうおう)を呼んできてくれ」

慌てて待機していた何人かが中へと駆け込んでいった。聴き慣れない単語が出てきた戯藍は小首を傾げて、

「(明王?誰だそれ)」

『回答。〝阿修羅〟の幹部の一人のことですね。〝阿修羅〟は特攻隊長のヤタガラス、参謀役の蓮華、彼を支える明王、腹心の迦楼羅(かるら)、戦闘指揮を担う羅刹(らせつ)からなる幹部とリーダーたる夜叉(やしゃ)によって成り立っているチームです。その内明王は比較的穏やかな性質のようですので交渉相手には向いていると言えるでしょう。英断です』

「迦楼羅に羅刹はお外でどんぱち中、と。今更だけどなんで特攻隊長が出てないんだ?」

『回答。目的が敵情視察であるからと推測。お互いに情報が入ったので疑心暗鬼に陥っているのでしょう。不意を打たれないように戦力を分散した作戦のようです』

そんな会話を続けていると騒がしい声が聞こえてきた。

「なんだよお前!」

「随分元気だなぁ」

釣り上がった目と小柄ながら強そうな雰囲気を出す少年だ。小動物のようなイメージがあるが特攻隊長を務めるだけあって舐めてかかると痛い目にあうだろう。幹部を任されるだけの実力は有るのだ。問題はその性格。

「まぁ俺のことはどうでもいいさ。お前、この間不良の喧嘩に首を突っ込んだだろ」

「なんで知ってるんだ?」

「何でだろうな?問題はそこからだ。迂闊に首を突っ込んだ上にチームに何も報告しなかっただろう。潰した相手に自分が誰かを告げた上で、だ。お陰でこの抗争が勃発するし、どさくさに紛れてそこの参謀殿を拉致した奴らに暴行されてあの怪我。俺が乱入しなかったらもっと酷かったんだぞ。暴力ってのは何も殴る蹴るだけじゃない。人間はもっと残忍になれるんだ」

最初の方は見知らぬ人間にいきなり説教され、怒鳴ろうとした特攻隊長は蓮華と呼ばれている少年の痛々しい姿を見て顔を歪めた。仲間意識はこれ以上なく強いから味方が自分のせいで傷ついたと示されるのは堪えるだろう。それを見越して連れてきたのだ。

「じゃあ、じゃあどうしろってんだよ!チームをやめたらいいのか!?」

「なんでそんな極端なんだ。ゼロか百かの二択なの?報告して、これからは何かあったらチームに相談するとか指示を仰ぐとかすりゃあ解決する。チームとして、幹部として名を売ってるなら自分の影響力を自覚しろ。何が起こっているのかを把握しないで好き勝手に暴れ回ってが許されるのは幼稚園児までだよ」

そこで言葉を切った戯藍は特攻隊長と共に出てきた大柄だが大人しそうな雰囲気を持つ和風美人を見やった。女性的ではない。男性性をきちんと感じさせるが大和撫子のような、全体的に『和』を連想させる男を。

「お前達も甘やかしすぎなんだ。幼子のように無邪気に、無垢に居させたいのならば最後まで面倒をみる覚悟でも決めておくんだな。結局他人、いつかは手放す手なら対応を変えることを勧めておくよ。でないと俺みたいな全くの無関係な奴まで被害が来るんだ。迷惑極まる」

「じゃあその被害を防ぐ為に手前は来たってことか」

低く、甘い声がした。べたりと地面と平行になるほど伏せるとその頭上を鋭い音が通過する。冗談抜きで肝が冷えた。ひゅんって、人間の蹴りで鳴るものなの?

『警告。リーダーである夜叉のようです』

「警告が遅いよシュレディンガー!」

地面についた手首の反動だけで跳び上がった戯藍は距離を取る。瞬時に距離を詰めてきたのは銀に染めた髪に赤い瞳が映えた男だ。筋肉質な身体付きと威圧感満載の気配はカリスマ性を感じる。正しく王者。リーダーとして申し分ない気配だ。

避けた顔面に強い衝撃が走る。のけぞるほどの勢いがあったせいでマスクが壊れた。フードを被っていたのにそれも弾かれる。強制的に戯藍の素顔が露わになった。

「ご高明な説教垂れてくれたんだ、どんな奴なのか顔を出すのが礼儀だろう」

そう笑う男を睨む。きちんと回避したはずだ。シュレディンガーを使っていないにしても関係ない。そもそも〝相手の間合い〟から距離を取ったのだ。飛び道具も持っていない無手の相手から当たることのない距離を。考えられるとしたら。

『警告。〝固有魔法〟の可能性大。遠距離攻撃可能のものかと』

「チッ」

最早返事を返すのも手間だ。飛び込んでくる男の猛攻を回避し、此方も拳を叩き込む。蹴りやら拳やらが飛び交う中で不意打ちで金属バット並の威力を持つ何かが飛んできている状態だった。飛び道具も使用可能な上に喧嘩も普通に強い。片側だけに集中していればあっという間に負けるだろう。向こうからの一方的な攻撃に晒されるが回避不可能な訳ではない。

「(例の遠距離攻撃に入る前に指先を動かす癖があるな。何らかのアクションを挟まないと攻撃出来ないタイプのものか、ただの癖かは知らないけど)」

どちらにしろ隙が作れるなら話は変わる。此方は別に相手を負かす必要などないのだ。わざと大振りになるように攻撃を誘導させてその腹に思いっきり拳を叩き込んだ。鳩尾にいい感じに入った感触がするが僅かによろけただけだ、軽い。即座に頭めがけて回し蹴りを放ったががっちりと受け止められた。数秒、二人の視線が合う。艶やかに笑ってみせた戯藍は受け止めた腕を足場に住宅街の階段の上に着地した。

「シュレディンガー」

『回答。ルート構築が完了しました。いつでも行けます』

「迦楼羅!」

移動しようとした戯藍の足に鋼鉄の何かが絡みつく。がくんと身体がつんのめった。

『警告!迂闊に触れないでください、腕まで巻き込まれる可能性があります』

ぶーぶースマホのバイブレーションを発動させてまで訴えるシミュレーレーターからの警告に反射で掴みそうになった手を慌てて引っ込める。これは本当に洒落にならない。何しやがんだと下を見下ろせば、

「逃がさねぇぞ、俺は手前を気に入ったんだ」

余裕そうな笑みをかき消した真顔の不良のトップがいた。傍らには黒色の縄のようなものを構える少年が立っている。十中八九、迦楼羅とやらだろう。

「これシミュレーションになかったんだけど、シュレディンガー?」

『回答。1万回では足りなかったようです、これからはもう少し回数を重ねることによって修正をかけますと反省。ユーザー様、どうなさいますか。彼らもスマホは持ち歩いているようですので爆発させることは可能ですが』

「超絶物騒だな、怪我するじゃん」

『回答。ユーザー様の安全には変えられません。このまま捕まってしまうとえらい目に合うと当システムは計算を出しました』

ちなみにこんな会話を続けている中でも少しずつ引き寄せられている。引っ張られまいと力を込めている手摺りがミシミシと嫌な音を立てていた。腕力で抵抗するにも限界がある。それをわかっているのか捕まえた時点で勝ちを確信した顔で此方を見上げてくる男に焦りはなかった。

『決断を。ユーザー様の腕力であれば数分です。もしくは痺れを切らして此方に来られれでもしたらにっちもさっちもいかなくなりますよ』

「あーもー!仕方ないなぁ!」
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