山皇記

百々亀

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氷の能力

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 法螺貝の音と共に気合いの号令をあげ、明智軍が進軍を始めた。
「ふん、様子見で少人数を動かしただけか。」
桜雅が不満そうにそうつぶやいた。
「何人だろうと関係あるまい、この天気だ。」
桃葵がそうつぶやき、カケルは空を仰いだ。
見渡す限り黒い雲に覆われていて、先程ぽつりぽつり降っていた雨も強くなり、全身が徐々に濡れ始めた。
ふと気付くと、足元の草が白く変色している。
いや、白く凍りついていた。
まさかと思い、咲夜を見ると、咲夜のいる所を中心に地面が凍り、それが徐々に広がっていた。
次第に跨がる馬の足から、咲夜の足、体、顔にまで氷が達した。
「お前ら、最初は前に出るなよ?お頭に巻き込まれるよ。」
カケルの隣に馬を進めた梅岩がそう忠告したと思ったとき、咲夜が単騎で突然飛び出した。
視線はただ目の前の進軍してくる明智軍にだけ向いている。咲夜の移動する速さは、通常の馬ではおよそ出せないであろう速さだった。
カケルがまじまじとその姿を見ていると
「お頭は氷を自由自在に操れる、馬の足元を凍らせて滑らせながら走るから、あんな速さで移動できるのさ。」
と梅岩が説明してくれた。
「無茶だ、一人であの集団に突っ込むなんて!」
カケルの後ろでハルヒデがそう叫んだ。
カケルが見ると、確かに氷華山の連中は誰一人として進軍しようとするものは居なかった。
カケルがそう思っていると、すでに咲夜は先に進行してきた明智軍の中に突っ込んで行く所だった。
今まさに、明智軍全線の槍先が咲夜に突き刺さろうかという時、急にバタバタと明智軍の兵が倒れ始めた。
一体何が起こったのか、カケルには全く分からなかった。
氷華山の面々が、わーっ!と歓声をあげて進軍を始めた。
咲夜は倒れた明智軍の兵の中を一直線に明智の陣営に向かって走り続けている。
カケルは遅れるわけには行くまいと、
「ハルヒデ、皆を率いて氷華山の連中の後に続け!俺は何が起きたのか、先に行って調べてくる。」
と指示を出し、一人馬を走らせた。



~明智光秀~

光秀が陣営の中一人で作戦を練っていると秀満が陣幕を掻き分け入ってきた。
「報告、先鋒に立たせた槍兵、騎馬、足軽の計300は敵方の一騎に全滅させられました。」
「全滅か・・・。」
光秀が報告の途中でつぶやいた。
「して、その一騎とは?」
光秀が質問をする。
「恐ろしい速さでこちらの軍と接触し、一瞬にして300の兵を全滅させたところを見ると、恐らくはあれが氷華山の首領かと。遠くからですが、長い白銀の髪に襦袢姿の女人で有ることも確認しております。」
「ふむ、一度に300の兵を失くすとは、思ったよりも痛手ではあったが、まさか首領一人単騎で来るとは。予定より順調ではあるな・・・あれの方はどうなっている?」
「抜かりなく、既に配置してあります。」
光秀はうむとうなずく。
夏でも氷に覆われた氷華山、光秀はその異様な光景から、氷華山には恐らく災厄の種の所有者が居るであろうことは睨んでいた。光秀はかつて、災厄の種の力を目の当たりにしており、その相手をどう倒すかこの何年も前から考えていた。
 災厄の種についての伝承を調べ上げ、諸外国の名高い陰陽師や修験者、果ては忍者にまで話しを聞きそして災厄の種についての伝説をついに突き止めていた。
そして災厄の種にこの世で唯一対抗できる手段、希望と呼ばれる物の存在を知る。
その希望とは、かつてこの地に降り立った女神のみが持つ力である。
 本来災厄の種に人間が太刀打ちできるものではないが、この日本には女神が己の希望の力を込めたあらゆる道具が眠っているという。
そして光秀は、希望の力の込められた道具を既に幾つか所有しているのだった。
「こんな所であれを使う事になるとは思わなかったが、本番の前にどれほどの力が有るのか試す良い機会になった。」
光秀はそうつぶやくと耳を澄ませた。
戦場からの兵士たちの喧騒を聞きながら、希望の力がどれほどのものであるか、期待に胸を高鳴らせていた。


~カケル~

    
 最早咲夜の姿を確認することはできなかった。
カケルから見えるのは桜雅と梅岩の隊400が明智の軍勢と混戦になっていて、その先にも未だ明智軍が隊列を残して陣取っている所までだった。
咲夜は一人あの隊列の中に飛び込んで行ってしまったのだろう。
 雨は先程より勢いを増し、人々の頭上で白くけぶっていた。
カケルは馬の上から、足元に転がる明智軍の屍を眺めた。
よく見ると体中の至る所に細長い針のような物が突き刺さっている。
    びしゃっとしぶきをあげながら馬を降りると、しゃがみ込み屍を観察した。
その針のような物は間違いなく氷だった。咲夜は降り出した雨を凍らせ、一度に三百の兵を葬り去ったのだ。
恐ろしい威力の能力だ。と思うと同時に、咲夜は既にどれほど寿命を削られているのかが気になった。
災厄の種の能力は自身の寿命と引き換えに発動されるという事を、咲夜も知らない訳は無いだろう。
氷華山を休みなく維持するだけでも莫大な力であるのに、合戦となってこれほどの力を惜しみなく使ってしまうとなると、咲夜にはもうそれほどの時間は残されて居ないのではないかと思われた。

カケルがそんなことを思案していると、後ろからハルヒデ達が追いついて足を止めた。
「やはり災厄の種の力か?」
ハルヒデがおびただしい数の屍を前に質問した。
「間違いないな、全て氷の雨が突き刺さって倒されている。」
「今までカケルの奴は見たことあったが、ここまで恐ろしいものだとは思わなかったな・・・。」
カケルは今まで自分の能力をここまで使って戦ったことは無かった。出し惜しみをしていた訳では無く、そこまでの力を、使うような状況になったことが無いのだ。
山賊として、今まで状況の良い場所で奇襲を仕掛けてきただけで、今回のような正面切っての合戦は初めての事だった。
カケルは再び戦場に目を向ける。
氷華山と明智軍が争う所にこちらの30人の仲間が合流しようかとしているところだった。
その先で未だ動かぬ明智軍がまだ2000近く布陣を敷いて突撃の合図を待っている。
咲夜が恐らく単騎で飛び込んだであろうはずだが、後方の敵方は恐ろしく冷静に見えた。
「まずいかも知れないな。俺たちも急ぎ戦地に合流しよう。」
カケルはそう言うと馬に飛び乗った。
災厄の種の恐ろしい力を見せつけられた割に、動揺した様子の無い敵方に何か違和感を感じていた。
おう。と返事をしたハルヒデと共にカケルは、馬を走らせた。


 その頃忘却の村では、ハヤテが屋敷の中から雨の降りしきる空を眺めていた。
これはいけないと、女中達が大急ぎで雨戸を閉め始めた。
慌てる女中達を横目に廊下を進むと、座敷でイサクが茶器を傾けてはう~んと、難しい顔をしていた。
イサクがハヤテに気付くと顔を上げ手招きした。
「ハヤテ殿、これは良い所に現れた。済まぬがこの茶を味見して行かぬか?」
「イサクさんは茶の心得も有るのですか?」
ハヤテは座敷に入ると、答えながらイサクの正面に正座した。
「うむ、少し前に出掛けた織りに、高名な茶の先生と知り合ってな。少し茶の点て方を教わったのじゃが、先生の点てるようには中々いかないでな。」
ハヤテは差し出された茶器を受け取り
「頂戴します。」
と言いながら中身を見た。
濃い緑色の少しとろみを感じるような液体を、少量口に含む。僅かに眉間に皺を寄せる。
(苦い)
とハヤテが思った時
「苦いじゃろー。」
とニコニコしながらイサクが、ハヤテより先に感想を言った。
続けて
「苦い上に粉っぽくてな、先生の点てる茶は苦味と甘さの丁度いい塩梅でな。もっとまろやかで飲みやすいんじゃが、ワシはまだまだ修行が必要なようじゃ。」
そう言いながら照れ隠しに後頭部をポリポリと掻いた。
「イサクさんでも初めはできないものなのですね?」
ハヤテがそう思うのも、今までイサクという人間は、器用になんでも覚えてしまう、天才的な人間に見えていたからだ。
一番得意な弓はもちろん、刀、槍、薙刀も人に教えるほどの腕前を持ち、兵法においてもハヤテは、イサクから学んだことが多かった。
相手の逃げ道を作ってから攻めよというのも、イサクから教わり、実際に今まで織田軍を襲う時にそれを意識して戦闘をしていた。
武だけではなく、農業や楽器、ちょっとした薬の調合までこなすイサクに、ハヤテは尊敬の念を抱いていた。
「ワシが器用に見えるのは、今までそれだけの事を習ってきたからじゃ。運良く優秀な先生との出会いが多かった位で、元はワシなんぞはただの凡人じゃよ。」
ハヤテはイサクの言葉を黙って聞いていた。
良い先生に出会えば何もかも習得出来る訳では無い、それぞれを習得する器がイサクにはあったのだろう。やはりイサクは凡人などではなく、天才なのだ。
押し黙るハヤテにイサクは声をかける。
「浮かない顔じゃな?置いていかれた事を嘆いておるのか?もしや自分が役に立たない凡人だと責めておるな?」
ハヤテはイサクの言葉にハッとして顔を上げた。
心の内を見透かされたようだった。
「やはりか・・・ハヤテ、財産を貯め込むのは良い人材を牢に押し込むようなものだ。と言ったワシの知り合いが居てな。カケルは財産を持たぬ、奪ってきた物も全てここの村人に分け与え、自分では目もくれぬ。この村や屋敷も、住む人や仲間が良い生活が出来るように作っただけのこと。つまり奴の考える財産はここの村人や、ワシらのような仲間なのじゃ。」
ハヤテは成る程と納得した。カケルは確かに前々から物欲が無さ過ぎる。奪ってきた物の中には金品等もたくさんあるが、それを全て人に分け与えてしまう。しかしハヤテはカケルのそうゆう所に惹かれていた。金品や物では動かない。カケルが動くのは自分の信念を貫き通すため。仲間を守り、父や村人を殺した織田軍への復讐を成し遂げるためのみなのだ。
「カケルはお前を牢屋に押し込めておるか?おらぬなら、カケルは遠く離れていても、お前がここで活躍してくれることを願っているはずじゃ。」
イサクに言われた事をすんなり飲み込む事は出来なかったが、確かに皆がいないこの場でこそ、俺にしてもらいたいことがあるのかも知れない。そう考えると、ハヤテは段々と活力が湧き上がってきた。
落ち込み、無為な時間を過ごしていた自分が情けなくなった。
「イサクさん、ありがとう!俺は俺でするべきことを考えてみる気になったよ!」
「ワシの戯言じゃが、元気になったのなら良かったのう。」
イサクはニッコリと笑みを浮かべた。そしてハヤテの手にある茶器を取り上げる。
「さて、それなら、よければもう一杯、ワシの茶の相手をしてはくれんかね?」
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