短編集:藍色と耽美

氷上ましゅ。

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性に依がる 1

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私という者は、いとも単純な言葉で言い表せてしまう。
「欲求不満」。この四文字で。

私は夢も無ければ希望もそこそこ無い。
けれど私は紛うことなき人間で、この無謀で堅苦しい人間社会で生きて行くしか道が無い。
生きることも死ぬことも放棄する程、私の前にはただ漠然と何も無い日常と未来が張り巡らされているだけだった。
何せ私は人間だが、人間は人間でも、その造りに背くような趣味嗜好だった。
私は“男”で、“男が好き”。
尚且つ、“挿れられるのが好き”。
“女に魅力を感じない”。
自慰をする時は、いつも“男に犯される妄想”をしている。
別に顔も“良くはなく”、
肌には生まれつきの“病的な白さ”が纏わりついている。
白足袋に汗が滲んで果てる度、私はいつも嫌悪感と劣等感に苛まれる。
汚れた羽織に付着いた染みと半透明を見る度、私は急に孤独になる。
男色の店に身を売ろうかと思ったが、到底私はそんな年齢では無い。
そしてもう、この大正の時代、
男色は西洋の影響で少しずつ毛嫌いされるようになって行った。私は何時いつしかこう考えるようになった。







“知られてはいけない、隠さなければならない”。



そう思ったら、何故か大学に足を運ぶのが怖くなった。
無理矢理に足を動かして学校に行った日には、家に帰って必ず吐いた。
もう吐くのが日課のようになった日に、学友からこう言われた。

「何、お前……最近妙だぞ」

口の端をひくつかせて、私はそのまま草履を一歩引いた。

「妙って、何がだい?」

咄嗟の事で口調が狂う。

いや、なんと言うか………怯えている、様に見えるから。」

学友はそう視線を落としたり上げたりして言葉を選んで言ったが、私は心の内にある真実にナイフを刺して抉られたような心地になった。

「は、」

着物の下が汗ばみ始める。

「いや、その……」

心の底が延々と蝉が鳴き続けて居るかのように騒つき始める。道行く人の視線と興味が全て自分に向けられているかのような焦燥感と見世物にされているかのような多大な不快感と不安の衝動に駆られて、私は思わず学友の胸に倒れ込んだ。

「え!?おい、しっかりしろ!」

須臾しゅゆの内に起こった出来事に困惑しつつも、学友は必死に私に声をかけていた。

「すまない、すまない、」

私は学友の肩で目だけをかっぴらいたまま、その言葉を呪いのように小さく発することしか出来なかった。





学友と共に医務室に連れ込まれた私は、彼の手で洗いざらしのシーツの張ったベットに横たえられた。
私はまた

「すまない、」

と彼に言った。
彼にそれが届いたのか知らないが、彼はそのまま息を荒らげたままで居たが、三拍してベットの横にある椅子に腰掛けた。

「確かにな、暑いからな、夏は。」

彼はそんな事を呟くと懐から手拭いを出して、私の顔に出た汗を拭いた。

「すまない、」
「いや、良いんだよ。こっちも悪かった。
お前、昔からだもんな、身体弱いの。」

彼はそう言いながら自分の汗は拭かずそのままにしていた。私は倒れたのが身体のせいにされているのが申し訳なくて、思わず彼から目を逸らした。
少しして私は決心を固めて彼にゆだねた。

「……なあ、」
「何だい?」

彼の声が心地好く傷心に染みた。
私はもう一度、彼に伝える決心をした。

「私のはなしを、聞いてくれはしないか。」

私は彼に顔を向けた。
彼の瞳は、優しさの奥に、何気ない心配と不安の色が滲んでいるような気がした。
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