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第二十話 家族の絆が強すぎる件

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 目を覚ますと、ベッドに妹がいた。
 藤堂夜宵《ふじどうやよい》、血が繋がっていない義理の妹。

 俺が真面目に? なってから仲良くしてくれているが、それにしてもくっつき過ぎで困っている。
 たまに電子音が聞こえるような気もするので、俺も気を付けていた。

 そんな夜宵は、寝ぼけ眼を擦りながら目を覚ます。

「ふにやああ……みつにぃ、おはよ」
「ああ、おはよう。で、いつの間にここに来たんだ?」

 昨晩、一人でアニメを視聴した後、一人で眠ったはずだ。
 夜宵は小悪魔的な笑みを浮かべる。

「えへへ、寂しくて……夜中に……」
 
 こう見えて夜宵は悲しい過去を持っている。
 実の両親は事故で亡くなり、その友人だった母が夜宵を引き取った。

 そして唯一の兄貴は不良で、みかんの皮だけじゃ飽き足らずリンゴの皮を剥かされていたらしい。
 聞けば、スイカの種を取れと言われたり、蟹を食べる時にも身だけを寄越せと言っていたとか。

 極悪非道最低最悪、それが俺――藤堂充だ。

 とはいえ今はそんなことしていない。
 厳密にはしてもらうこともあるが、それは善意でしてもらっている。

 今も剥き剥き――って、テイ!

「夜宵、やめなさい」
「え? おはようの挨拶じゃないの?」
「この世界にそんな下劣な挨拶はない」

 俺は夜宵の頭を優しく叩いて指導する。
 どうにもこうにも、俺のことを好きすぎる。
 そもそも俺は最低最悪だったんじゃないのか? と不安になるが、更生してくれたことが嬉しいのか。

「じゃあ、ほっぺにちゅーだけ」
「どこの兄弟が朝の挨拶にちゅーするんだよ」
「藤堂家」
「はあ……ちょっとだけだぞ」

 ソフトにほっぺにちゅっ。ふむ、やわらかい。

「下行くぞ。もう父さんと母さんは起きてるはずだ」
「はあーい!」

 今日は日曜日、家族水いらずでお出かけするのだ。
 最近は両親の仕事が忙しく、俺も高校が忙しかった。

 夜宵はまだ中学生だが、部活でいつも朝が早い。
 今日は全員が休み、というめずらしい日であった。

 というか、俺的には初のお出かけとなる。

 階段を下りて、いつものように挨拶をする。
 毎回、この行事が緊張してしまう。

「おはよう、母さん父さ――」
「充ちゃーーーーん」
「充うううううううううう」

 いい加減慣れてくれよ。不良息子が挨拶するだけでそんなに喜ぶ両親がどこにいるんだ。
 もしや楽しんでる? と思ったが、二人の目には涙が浮かんでいる。

 はあ、マジで藤堂充、何してたんだよ。

「落ち着いてくれよな……」
「うう……みかん置いてるわ」
「ありがとう、剥いてくれて」
「充、リンゴもあるぞ」
「ありがとう、剥いてくれて」

 ちなみにこれは毎日やっている。面倒だが、恒例行事みたいなものだ。

 ぽいぽいとフルーツを口に放り込み、食卓に座る。
 お腹いっぱいになっているのは秘密だ。

 テーブルはよくある四人掛けで、母さんは色とりどりの料理を並べてくれている。
 ひよのさんと争ってもいい勝負をしそうだ。

「卵焼きもーらいっ♪」

 いつもより少しだけ、夜宵が空元気な気がした。
 おそらく辛さを隠そうとしているのだろう。

「俺のウインナーも食べていいぞ」
「やったあ!」

 今日ばかりは優しくしてあげたい。いや、いつもしているが……。

 父さんはいつもは言わないような楽しい雑談をたくさん話してくれた。
 海外の転勤の時、とある家族が絆の為にタトゥーを入れていて恰好よかったとか、料理がおいしかったとか、観光が楽しかったとか。

 食事を終えると、早々に支度を済ませて車に乗り込む。
 運転は父さん、助手席に母さん、後部座席に俺と夜宵。
 シートベルトを引きぐらい確認する。
 そして、夜宵のことも。

「大丈夫か?」
「……うん。大丈夫」

 昔の事故を思い出させないようにだ。

 そして俺たちは出発した。

 ◇

「ちょっと、汚れてるな。母さん、水汲んでこようか」
「ええ、そうね」

 訪れていたのは、夜宵の両親のお墓だった。
 少し遠の辺鄙な所なので、車を出さないとなかなか来れない。
 
 両親は気を使って二人きりにしてくれたらしい。
 墓の前にしゃがみ込み、夜宵はまるで頬を撫でるように墓石に触れはじめた。

 その華奢な体は、いつもより寂しげに見える。

 小学生の低学年だとしても、記憶は鮮明に覚えているだろう。
 引き取った先でも俺のせいで辛い思いをした。これからは幸せに生きてほしい。そう願っている。

「お母さん、お父さん、私は元気でやってるよ」

 そっと夜宵の背中を支える。その時、ふと思う。
 前世の俺の記憶だ。

 実は段々と薄れてきているのだ。
 それと反対に、藤堂充の過去の記憶が鮮明になっている。

 察するに、俺は身も心も藤堂になろうとしているのだろう。
 いずれはすっかり消え去って、何もかも一体化するのかもしれない。

 不思議と恐怖はない。前世に比べると楽しい仲間たち、家族がいるからだ。

 両親は長い間戻ってこなかった。夜宵は少し涙しながら、墓石を撫で続け、やがて立ち上がる。
 同時に戻って来た両親と共に、汚れを全て落とした。

「さあて、帰ろうか」
「そうね。行きましょう」

 夜宵の肩を軽く叩き、俺たちは車に舞い戻った。
 だが父さんはすぐに出発せず、静かにこう言った。

「夜宵、もう少しだけここにいるか?」
「……ううん、大丈夫。ありがとう」
「無理するなよ」

 俺が声を掛け、母さんは、そっと静かに行きましょうか、と言った。

 最後に夜宵は「私、この家族になれてかったよ」と呟く。

 そして俺も、誰にも聞こえない声で、「ああ、俺もこの家族の一員に慣れて嬉しいよ」と返した。

 家族が一家離散する破滅ルートは、おそらく二度と来ないだろう。
 今俺たちは最高に絆が深まっている。これから二度と離れることはない。
 それを確信した一日となった。

「よおし、パパ決めた! 絆をより深めるため、皆でタトゥーいれるかー!」
「いいわねえ、あなた。四人の名前を入れ合いましょうか」
「そうしよー! 私、みつにぃ名前とイラストを背中に彫るよ!」

「え? 冗談だよね? 何で皆真面目な顔してるの? え? 父さん、あのデスメタルなお店なに? え? 父さん? 母さん? 夜宵?」


 後日、俺たち家族の背中には一週間限定で消える家族の絆タトゥーが刻み込まれていた。
 ちなみにめっちゃ痛かった。
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