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第二十六話 文化祭が破壊されそうな件

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 文化祭が始まって数十分間足らずで、外は既に長蛇の列だった。
 なぜか俺もメイド服を着せられ、受付をしている。

「どうぞこちらへ、萌え萌えにゃん!」

 おっと、気合が入り過ぎたかもしれない。

「ねえ、この人怖くない?」
「怖いね……でも、周りの人は可愛いし、我慢しよっか」

 他校から来た人たちも怯えてしまったが、どうやらギリセーフ。
 危ない危ない、早々に破滅フラグを立ててしまうところだった。

「充っち、ケチャップ足りひーん!」
「えへ……うう足りない、卵も足りない……」
「ざあこ♡ オムライスざあこ♡ です♪」

 意外にも皆真剣に働いていた。
 もはやすっかりメイド喫茶。
 冷凍でチンしただけの、メスガキ、ざあこ♡オムライスが飛ぶように売れる。

「がっははは、笑いが止まらん! いいぞお前たち!」

 なんちゃら凛先生も、大喜びしているようだ。ていうか、口悪いな。


 ケチャップが足りないので補充するため、備品室へやって来た。
 今日この日のためだけに用意された大型冷蔵庫がある。
 扉を開くが、がたがたと戸の閉まりが悪い。
 なんとか入るって、冷蔵庫を開けた。

「ケチャップケチャップと……」

 ふと視線を横に向けると、そこにお尻があった。
 スカートがヒラリ、またヒラリ。下着が見えそうだ。
 ん? いや、これは誰かのメイド服の後ろ姿だ。

「エッチですね、充さん」
「ひよのさんか」

 おしりをフリフリしながら言う。

「何か補充?」
「食器が思っていたより足りないので、回収しに来ました」
「ああね、洗い物が間に合わないもんな」

 席分は用意していたが、想定を超えてパンクしていた。
 ケチャップを取り出そうとしていたら、後ろからひよのさんがぎゅっと抱き着いてくる。

「ひ、ひよのさん!?」

 正面からは冷蔵庫の冷気、背中はひよのさんの体温が感じられる。
 何この幸せの北風と太陽。

「どうしたんですか?」
「ご褒美です」
「へ?」
「色々とお疲れのようですから」

 全てを知っているかのような発言に、一瞬ドキッとする。
 だが何も聞かずに、ありがとうとだけ伝えた。

 それから数分後戻ろうとしたが、備品室の扉が開かない事に気づく。

「あれ? クソ、なんでだ?」

 ひよのさんがしゃがみ込むと、「歪んでますね」と言った。

「どうしよう……急がないとメイド喫茶が……壊すか?」
「いえ、それはダメです。よほどの緊急性がないと、怒られてしまいますよ」

 それもそうか……。文化祭中に扉を破壊しただなんて噂だけ一人歩きしてしまったら、そもそも原作通りになってしまう。
 いっそのこと窓から飛び降りるか?

 いや、でもここは四階だ。
 なら大声で叫――。

「お喋りでもしませんか? どうせまた誰か来るでしょうし。もっとゆっくり話したかったんですよ。充さんと」
「……そうだな」

 ひよのさんが、壁に背中を付けて体育座りをした。
 ぽんぽんと地面を叩いたので、俺もそこに座る。

「――感謝してるんですよ」

 沈黙が少し流れた後、ひよのさんが突然言い放った。
 その横顔は、いつにもなく真面目だ。

「感謝?」
「はい、私を不良から助けてくれたこともですが、こうやって仲良くしてくれることが」
「ひよのさんはこの学校でも有名じゃないか。むしろ俺といることはマイナスだろ?」

 だがひよのさんは、首を横に振る。

「友達全然いないんです。気づきましたか? 私が誰かと話してるの見た事ありますか?」

 そう思えば、ひよのさんは燐火や未海、知宇、そしてたまに悪童くんとお喋りするくらいだ。
 原作でも、天堂司と知り合ってから二人は仲良しだが、親友ポジはいない。

「自分で言うのもなんですが、私は苦労せず勉強が出来てしまいます。それのせいで、結構ズルだと思われることが多くて……。後、親の影響もあって、とっつきにくいと思われがちなんですよね」

 ひよのさんの実家は超がつくほど大金持ちだ。俺も普通ならそうなるのかもしれない。

「だけど、充さんは違います。分け隔てなく接してくれて、皆にも優しくて、本当に尊敬できます」
「そんなことないよ。俺はただ……自分の為に動いてただけだ。全部な。ただの自己中さ」
「いいえ! 違います! 自分の為だとしても、それは皆の為にもなっています。それに、充さんはいつも人の気持ちを考えてくれています。本当に素敵です」

 そしてひよのさんは、今まで見せたことない表情で訴えかけてきた。
 それから、顔を近づけてくる。

 香水の匂い? なんだか、フローラルな香りがする。
 俺の鼻が動いたのことに気づいたのか、ふふふと笑う。

「気づきましたか? この匂い、男性が好きらしいんですよ」

 心臓が、ドクンと跳ねる。
 ひよのさんが、いつもの何倍も可愛く見える。

「充さん、好きです。私はあなたが好きです」

 ひよのさんの唇が、近づいてくる。

「……ひよのさん」
「……充さん」

 ピンポロン、ピンポロン♪

 しかしその瞬間、スマホが鳴り響く。

 無視しようとしたが、何度も何度も。

 ひよのさんに断りを入れて、通話に出ると、声の主は悪童くんだった。

「あにぃ! 大変っす! どこいるんでっか!?」

 ただ事ではない声色で、焦っている。

「どうした?」
「六島灯の連中がやって来て、あにぃを出せってメイド喫茶を破壊してるんですわ!」

 六島灯とは、知宇を虐めていた主犯格の女だ。
 そして連中とは、その取り巻きだろう。

 あいつらは知宇のいじめが発覚して退学になった。その恨みつらみで、文化祭の邪魔をしにきたのか……。

『藤堂ー! どこやー!』
『あほお! お前らやめろや!』

 電話越しから、燐火の声が聞こえる。
 くそ、なんでこんなことに。

「あにぃ! 早く来てくだ――」

 電話は、途中で途切れた。
 ひよのさんも聞こえていたらしく、焦っている。
 しかし、扉が……。

「仕方ない、壊すしかない」
「え、だめですよ充さん!」

 俺は肩を向けた。思い切り体当たりすれば、なんとかなるだろう。
 壊したことで何か問題になるかもしれないが、今は非常事態。
 急ぐしかない。

「いくぜ!」

 するとひよのさんが前に出て、ポケットから何かを取り出した。
 ん? 鍵?

 次の瞬間、いとも簡単に扉が開く。

「行きましょう、充さん」

 あれ? なんで鍵が閉まってたの? 建付けが悪いわけじゃなくて?
 うん? おかしい。おかしいな。

「何も考えないでください。早く、急がないと!」

 しかし今はそんなことを考えている暇はない。
 仲間の為にもいかないと。

「あ、ああ……行くぞ!」
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