老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴

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ベレニ

第32話:魔王様

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「正義にはいろんな形があるのよ」

「あなたが……大勢の国を救ってきたのは知ってる。 妹さんの事も……。 教えてほしい。 あなたはグラノドで死んだんじゃないの?」


「……黙れ! 妹の話をするな!」

 セーヴェルは初めて感情的に声を荒げた。フェアは過去のセーヴェルと会った事はないが、レムリが現れるまでは素晴らしい魔法使いだった事を知っている。

「セッちゃん、こえええ……。――――なっ」

 ユークはセーヴェルをチラリと見た後に、物凄い速度で動くと不意打ちでアイレの首を素手で掴もうとしたが、アイレはそれに反応して躱した。ユークの手から禍々しい程の魔力が溢れ出ている。

「おっ。やるじゃん!」

「お前……なんだその手は」

 ユークの手が魔力に覆われていて視覚化できるの鋭利な形をして漲っている。素手とはいえ掴まれてしまえばきっと簡単に切断されてしまうような威力を感じる。

「見えるんだ?」

 ユークは振り返って、嬉しそうな表情を見せた。アイレと違って戦闘そのものを楽しんでいた。

「いいねッ! いいッ!!」

 ユークは笑いながら、手に魔力を漲らせてアイレに物凄い速度で攻撃を仕掛けた。アイレは慣れない剣で捌き切るのがやっとだった。
一方でセーヴェルとフェアはお互い静かに睨みあっていた。

 30年以上前、レムリが現れるまでは最強の一人と呼ばれていた北のセーヴェルとハーフエルフのフェア。その二人の体から溢れ出る魔力は尋常ではなかった。
魔法使い同士の戦いは剣士と違って単純ではない。まるでジャンケンの様な性質を持つ様々な魔法は後だしのほうが有利な場合すらもある。

 セーヴェルとフェアはそれを誰よりも理解していた。意外にも最初に動いたのはフェアだった。まずは詠唱も短い低級魔法で相手の出方を見ようとした。


「風《ヴォン・》の刃《ラム》!」

 セーヴェルは詠唱もせずに風の刃を難なく躱すと、掌をフェアに翳した。

「――砕《エク》け散《ラゼ》れ」

 フェアはそれを魔法障壁で防ごうと素晴らしい反応速度で詠唱したが、セーヴェルは魔法をフェアではなく、地面に放っていた。
 時間差で地面が爆発すると、砂埃と共に瓦礫の破片も俟い、セーヴェルの姿がフェアの視界から消えた。

「――見えないっ」

 セーヴェルはフェアの横から現れると、鋭い蹴りを繰り出してフェアの脇腹に命中させた。フェアは苦痛と小さな悲鳴で顔を歪めながら
数メートル吹き飛ぶと壁に打ち付けられて地面に倒れた。「――んっぁっあああ!」 

「はぁ……。あなた魔力は大したものだけど、戦闘経験がほとんどないでしょ? エルフだと思って心配して損した」

「フェア!!!」

 アイレはユークの攻撃に対して防戦一方だった。フェアが吹き飛んだ事を心配したが、とても助けにいけるような状況ではなかった。

「よそ見する余裕あるッ? ねぇッ!」

 ユークは高く跳躍すると、アイレの頭を一撃で粉砕するかの如く叩きつけようと上から攻撃した。アイレはギリギリでそれを躱したが
地面は大きく凹み、砕け散った。 真面に食らえばアイレの魔力の防御力ではとても耐えられない威力。

――ちきしょう。ダンジョンをクリアした時の”あの武器”があれば。

 その時、フェアが地面から起き上がった。セーヴェルから攻撃をされる瞬間に脇腹に魔力を集中させた事でなんとか動けたが、圧倒的な戦闘経験の差を瞬時に思い知った。

「……まだ……やれるわよ」

「あっ、そう」

 セーヴェルは先ほどの言葉通り、何の躊躇もなく魔力を込めた。今度はフェアの体を狙っていた。その時、アイレがユークの攻撃を避けた隙に素早く移動して
セーヴェルに対して横から剣を切り付けた。

「――チッ。 ユーク! あんたの相手でしょ!」
 
 セーヴェルはそれを躱したが、ユークの方を向いて軽口を叩いた。

「だってェー、そいつずっと逃げるんだもん」


「……フェア。力を合わせるしかない」
「わかった。 ……援護する」

 アイレとフェアは小さな声で囁いた。一人一人ではとても勝てないが、二人で協力すればなんとかなるかもしれない。

「こそこそ作戦会議はやめな――砕《エク》」

 セーヴェルが詠唱を始めた瞬間にアイレは足に魔力を通わせて距離を詰めた。セーヴェルはアイレの攻撃を避ける為に、詠唱を止めて後方に下がったが
その隙にフェアが魔法を詠唱して、セーヴェルに対して氷魔法を放った。セーヴェルはそれを魔法障壁で防いだが、先ほどとは違う表情を浮かべている。

「ユーク!」「はいはいっ」

 セーヴェルに怒鳴られてユークも再び動いた。フェアに対して攻撃を加えようとしたが、アイレが守るように剣を構えて止めると、再びフェアが後ろからユークを挟み込むように魔法を詠唱して
ユークにダメージを与えた。魔法防御力が高すぎるのか、ダメージはそれほど負っていないが、服が破け、少しだけ傷ができている。

「いってェ……。ずるいぞッ!」

 アイレが前に立つと、フェアがその隙を守った。フェアが攻撃されるとアイレが守り、なんとか攻撃を防いでいた。


――くそ。――まだか


 アイレは何かを待っていた。

「あー! もうめんどっちィ!」

「ちゃんと私に合わせなさいよ」

 ユークとセーヴェルは明らかに苛立ちを見せていた。アイレとフェアのほうが連携で優っていた。
その時、アイレが待っていた”何か”が門からやってきた。

「遅くなってすまない」

 この城にいたお抱え魔法使いや手練れの兵隊が大勢やってきた。先頭にはラッセの姿があり、フロードを通して急いで呼び寄せたのだ。

「――大勢で叩くのは好きじゃねえが、お前達は裁かれるべきだ」

 アイレは初めから時間を稼ごうとしていた。慣れない武器ではセーヴェルとユークには勝てないと初めから理解していたからだ。

「あらあら、ご苦労だねぇ」
「多すぎィー!」

 セーヴェルとユークは大勢の兵士を前にしても音ついていた。兵士は声を荒げて今にも攻撃を仕掛けようと怒りに満ちていた。しかしここで想定外の事が起きた。
アイレが良く知ってるあの音が聞こえはじめた。

 ヴルダヴァ事件と同じ金属音の様な奇妙な轟音がベレニ城を襲った。 それを知っているアイレとフェアは明らかに表情を曇らせた。兵士達は初めて聞く音に動揺した。

 セーヴェルはアイレとフェアのその隙を見逃さなかった。体術にも優れているセーヴェルは魔法の詠唱はせずに、胸から小さな短剣を取り出すと距離を詰めて
フェアではなく、アイレを狙った。ここで始末しておかないと今後の強敵になりえると感じ取ったのだ。

 ヴルダヴァのアクアの顔が過った事でアイレは動揺して反応に遅れた。フェアはいち早くセーヴェルに気づいたが、体を動かす事も物理防御魔法を詠唱する時間もなかった。

ただ一言、大声で名前を叫んだ。

「アイレ!!!!!!!!!!!!」

 だが、その言葉がアイレを救った。セーヴェルの短剣はアイレの喉元で止まった。

「……なぜ止めた」

 アイレはセーヴェルが攻撃を止めた事に驚いた。
 セーヴェルは明らかに動揺していた。

「お前がアイレなのか?」

「……そうだ」

「……ユーク。時間切れだ。帰るよ」

 セーヴェルは短剣をしまうとユークに声をかけた。金属音の様な奇妙な轟音はここで止まった。

「ちぇっ。 つまんねーの」



「逃がさんぞ!」

 ラッセはユークとセーヴェルに声を荒げたが、セーヴェルは壁に魔法を放つと、その壁の穴から急いでユークと共に城から脱出した。
アイレとフェアも二人を追いかけたが、壁の外に空中な黒い窓が開いている事に気が付いた。

「あれは……」

 アイレは思い出して声が漏れた。ルチルがアズライトを守る時に転移してきた窓と似ていた。

 ユークとセーヴェルがその窓に入ると何事もなかったかのよう渦巻くと跡形もなく消え去った。

「なんだあれは……」

 ラッセは今まで見た事がない魔法に驚いていた。この世界であまり例の見ない魔法だった。

「あれは……きっと転移魔法だ。 見た事がある」

 アイレがラッセに言った。フェアも転移魔法は見た事はなかったが、ごくまれに使える人がいると、話には聞いた事があった。

「そんなものが……しかし、君達が無事でよかった」

 ラッセは驚きながらも、アイレとフェアにお礼を言った。

「あいつらは何者だ……」

「……一つ思い出した事がある」

「なんだ?」

「あのセーヴェルと一緒にいた少年。……ある国で首切りのユーク呼ばれてた殺人鬼よ。でも……30年以上前の話だわ……」

「じゃあ……あいつも同じって事か……」

 アイレとフェアの前に次々と現れる謎の敵。その誰もが30年以上前に死亡していたはずだった。そしてアイレの頭の中に一つの想いが浮かんできた。
長い沈黙の後、アイレはフェアに声をかけた。

「……なぁフェア。もしかしたら……生きてる。いや、同じように蘇ってるって可能性……あると思うか?」

 セーヴェルを見た時にフェアも頭に過った。30年以上前に死んで、アイレとフェアの共通の大切な存在の二人

――伝説の勇者と魔法使い。

「……わからない……」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 転移魔法でユークとセーヴェルは大きな橋の上に移動した。二人の目線の先には湾上に浮かぶ小島の上に建てられた城が立っていた。二人は
橋の上を歩きながら、城へ向かった。

 城外には人間の死体が散らばっていて、数週間は立っている様だった。

 二人は城の奥にある王座の間に入ると、壁に描かれた女神の絵を眺めている男に声をかけた。

「ページ・ルイウスはベレニにいませんでした」

「無駄足だったー! ダンジョンもクリアされてた!」

 セーヴェルは膝を付いて丁寧に、ユークはいつもと変わらない口調で腕を後ろに回しながら男に報告した。男は振り向いて二人に顔を向けた。
銀色の甲冑を着込んでいて、青く綺麗な剣を帯刀している。

「ページは他に任せるとするよ。それにダンジョンはまだ他にも残ってるから、ユークにはそっちに行ってもらおうかな」

 男は優しく二人に声をかけた。表情からも冷静で落ち着いているように見える。

「オレも武器ほしー!」

「大事な話が……魔王様が仰っていた方と対峙しました」

「……ああ、そこにいたんだ。殺してないよね」

「はい。 ですが……私達の仲間になるとは到底思えませんでした。 それにエルフも一緒でした。おそらく……ハーフエルフかと」

「……フェアか。 大丈夫。いずれ僕達の仲間になるよ。ご苦労だったね。少し休むといい。
これからもっと忙しくなるはずだ」

 男はユークとセーヴェルを労った。二人は部屋を後にして王座の間から出ていった。再び壁に描かれた女神の絵を眺めると悲しげな表情を浮かべた。

「……アイレ、来たか」


 セーヴェルに魔王と呼ばれた男はアイレもフェアもインザームも知っている人物。30年以上前に人間の手によって殺害された伝説の勇者


 ヴェルネルだった。
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