老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴

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最後の戦い

第103話:元勇者の偉業

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 アズライトの言葉で全員の顔色が蒼ざめる。ルチルが死人という事実は世界の終わりを意味していた。拙い望みに全身全霊をかけたが、得られのは絶望の二文字。
 アイレたちが勝利するにはルチルを倒すしか手段はない。だがそれは現状不可能に近い。

 勝利への糸口を手繰り寄せようとしていたことがそもそもの間違いだったと悔やんだ。
 
 これはシンドラが用意したゲーム。はじめから主人公たちアイレが勝てるようには作られていなかった。残された道はただ呆然とその場に佇むこと。たとえ全勢力でルチルを倒倒せたとしても、後にはシンドラ《レムリ》が控えている。

 その事実が全員の心を折った。誰もが項垂《うなだ》れた。あの、アイレでさえも。

 全身の力が抜けて、血の気が引いていく。膝をついて頭が真っ白になる。終わり、終焉、最後。
 色々な言葉が頭を駆け抜けてく、どれも結果は同じ。それならいっそシンドラの仲間になるか? 笑える。地球に戻ることも出来るかもしれない。それもいいか。

 その想いは全員の心にも。あのフェローも「ここまでか」と呟き、今まで頑張ったなと自分に言い聞かせた。インザームは無念の二文字を思い浮かべ、フェアは亡くなった家族のこと、シェルはアクアの顔を思い返した。

 アズライトは母ローズのこと想い、父上と最後まで仲良く出来なかったことを悔やんだ。

 全員が死を覚悟した。


 この場にいない一人を除いて――。


 今は魔力をほとんど持たない上に、シンドラに蘇らせられたことが功を奏していた。魔力が同化していて感知されなかった。見つからないように魔物や人影に隠れつつ、それでいて素早く。
 真正面から戦っても自分ではアイレたちの足手まといになるとわかっていた。
 幸運なことにシンドラは油断している。この世界で最強の手下を手に入れていたことで盤石だと勘違いしていた。誰も自分に辿り着くことさえ出来ないと。

 アイレたちも今は同じ感情を抱いている。  しかし、ヴェルネルだけは違う。
 たとえ勝利の糸口が見えなかったとしても前に進むことが出来る。それが勇者と呼ばれた所以《ゆえん》。

 もちろん、今のアイレたちがどうなっているのか、ルチルが死人だったことも知らない。しかしもしその場にいたとしても、ヴェルネルは項垂《うなだ》れてはいない。
 どれだけ心に闇を抱えたとしても、ヴェルネルは勇者でそれは変わらない。

 ヴェルネルは静かに剣を構えると、渾身の力でシンドラに一撃を与えた。

 背後から心臓を一突き。普通に考えれば、今のヴェルネルがシンドラ《レムリ》の体に傷をつけることは出来ない。
 けれども、シンドラ《レムリ》はルチルを遠隔で操作していた。如何にシンドラ《レムリ》であろうとも、あれほどの魔力を持つルチルを死人使《ネクロマンサー》いの能力で扱うのは並大抵のことではない。
 そのためこの最終勝負には、全神経を集中させていた。そのことはヴェルネルに知る由はない。
 この世界に降り立ってからヴェルネルは一度も心が折れたことはない。レムリが殺されたときでさえ、方法は間違っていたが諦めてはいない。シンドラに騙されていたと知ったときも転移された今この瞬間でさえも。
 ヴェルネルの諦めない心、アイレたちの全身全霊の攻撃がこの偶然を必然まで辿り寄せたといっても過言ではない。

 背後から心臓が貫かれたことに驚いて後ろを振り返る。魔力は込められていない剣だといえども、致命傷は免れない。

「……貴様、どこから……」

 ヴェルネルは肩で息をしながら、両腕で剣を突き出している。今までの想いがすべて込められていた。

「レムリにこれ以上苦しみを与えるな」

 その行動により、ルチルに異変が起きる。

 そのことにいち早くアイレが気づいた。

「魔力が弱まっていく……?」

 突如ルチルは完全に魔力を失った状態で空中から落下した。まるで操っていた糸が切れたかのように。
 それは項垂《うなだ》れていた全員の表情を一辺させる。

 瞬時に顔を見合わせて駆け寄る。この出来事がヴェルネルによって引き起こされていることは誰にもわからない。

 先ほどまでとは打って変わって、ルチルはただ眠っているように見える。または突然の死亡。現状で何をするべきか、アズライトは理解している。その心を代弁するようにフェローが口を開く。

「――今しかない。殺そう」

 全員がルチルを囲んで同じことを考えたが口に出すことが出来なかった。
 アイレ、フェア、インザームがアズライトに視線を変える。

「誰もやらないならあたしが殺す」

 フェローがアズライトの剣を奪い取ろうとするが、手を離さない。

「なにしてんだよ! いつ動き出すか――」
「私がやります」

 フェローの言葉を遮った直後にレムリの魔力が微かに揺れはじめた。

「おい……はやくしろ!」

 アズライトはまだ動かない。先ほどのルチルに戻りつつある。

「ルチル……。これで本当のお別れだ。今まで――ありがとう」

 目に涙を浮かばせながら、眠っているルチルの心臓を突いた。すでに死んでいるとは思えないほど、赤い血がごぼごぼと胸から溢れる。表情は安らかなままだが、白い肌と見慣れた服が血で染まっていく。
 全員が思わず視線を背けたが、アズライトだけは最後まで目を離さず、魔力が完全に消え失せるまで手を緩めることもなかった。

 こういった形で勝敗が決するとは誰もが思ってもみなかった。一体ルチルに何が起きたんだと、シンドラに顔を向けたが姿はない。周囲は今だに魔物との戦闘が続いていた――。

『ゲームは終わりだ。興が削がれた』

 頭の中からシンドラ《レムリ》の声がふたたび響く。
 呼応するかのように、大勢の魔物と滅びた国の兵士が地面に倒れ込むと息絶えた。視界を遮ぎっていたものがなくなる。
 上空にはシンドラ《レムリ》がヴェルネルの腕を掴んで浮遊していた。呻《うめ》き声をあげている様子から、まだ生きている。

『こいつはゲームの邪魔をした。元勇者とは思えないほど卑怯で屑だ』

 シンドラ《レムリ》の胸には大きな穴が開いている。ヴェルネルがやったんだと、アイレは察した。
 また、ヴェルネルのことが敵だと考えていた兵士たちは理解不能だった。

『ほんの少し可能性を与えようとした私が愚《おろか》だった』

 直後、ヴェルネルを空中から投げ捨てた。瞬時に駆けたアイレが受け止める。身体に触れた瞬間、もうあと数十分、いや数分でヴェルネルの魔力が完全に消え失せ、この世からいなくなると感じた。

『皆《みんな》、騙《だま》されないであれはレムリの姿を偽ったシンドラよ!』

 フェアがシンドラと同じく全員の頭に声をかける。いつのかまにか古代禁忌魔法を詠唱しており、インザームが心を痛めた。アイレはフェアのとんでもない魔力に気づいたが、命を削っていることは知らない。


『黙れ、ハーフエルフ。今となればもうどうでもいい。私はもうお前らに未練はないが、最後に顔を焼き付けておこう』

 そしてシンドラ《レムリ》はその場にいる8割以上を消し去った。
 



 
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