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商店模範

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ベローチはフランダース傭兵団の拠点である酒場に着くと、一目散にステージ横の席に駆け寄り、パトラッシュの姿を探す。
その様子を見ていた団員が、ベローチに近寄り声をかける。

「誰か探してんのか?」

そう声をかけてきたのは、副団長のネロであった。
ベローチは、コクコクと頷き、団長パトラッシュの行き先を確認する。

「タイミングが悪いな。
 兄貴なら出かけちまったぜ。
 伝言なら聞いといてやるが…。
 その様子だと、急用なんだろ?
 例えば、命を狙われてる…とか。」

そうネロが言い終わると、ベローチは背後から何かが近づいてくる気配を感じ取った。
ベローチは背後からの攻撃をサッと躱すと、懐の短剣を引き抜き、短剣の刃を襲ってきた刺客の首筋に軽くあてる。


「まさか、この刺客は フランダース傭兵団の団員なのか。」

「まさか。
 俺らなら、お前さんを3回は殺してるね。」



ネロの言葉を聞きながら、ベローチは刺客に尋問するため、そのまま刺客の膝を折り、その場にねじ伏せる。
刺客は暫く逃げようと抵抗していたが、フランダース傭兵団がベローチの味方であると感じ取ったのか、隠し持った毒針で自害した。
刺客の自害を確認したベローチは、立ち上がりネロに声をかける。

「お騒がせしてしまい申し訳ない。
 今回、パトラッシュ団長に会いに来たのは、賊の討伐依頼を受けてもらおうと思いやってきた。」

ネロは堂々と話すベローチの話を聞きながら、自害した刺客のマスクを剥ぎ、顔を確認している。
顔を確認し終わったネロは、見上げるようにベローチに視線を送り、団長パトラッシュの行き先を伝える。


「そうか、仕事の依頼か。
 なら、エルメロイの酒場に向かうといい。」

「ありがとう。」

ベローチが礼をいい、その場を立ち去ろうとしたとき、ネロがベローチを呼び止める。


「護衛をつけてやるよ。」

「いや、結構。」

「気にすんなサービスだよ。」


ベローチは、交渉に不利になる貸しを作るのを嫌がったのか、ネロの申し出を素直に聞き入れきれていないようだ。
そんなベローチに、ネロは付け加えるように話し始める。

「外にも何人か刺客がいるみてーだからな。
 客から報酬をもらう前に死なれたら困るしな。
 なんたって、大きな仕事なんだろ。ウィンター商店店主ベローチさんよ。」

ネロの言葉にベローチは軽く頷き、ネロの申し出を受けることにした。
ネロは店の入り口付近に座っていた、マントを羽織っている赤髪の少女を呼び寄せる。
赤髪の少女はベローチにお辞儀をし、自己紹介を始めた。


「はじめまして。
 わたしは、アレン。
 アレン・ロンリアスです。」


自己紹介を終えた幼さ残る少女が護衛と聞き、ベローチはバカにするように微笑みかけ、ネロに丁寧に断りをいれる。
すると、ネロはアレンに指示をだした。

「おいおい、アレンは最強のアマゾネスだぜ。
 アレン、ベローチの旦那に強さを見せつけてやれ!」

アレンと名乗った少女は ネロの言葉を聞き終わるや否や、羽織っていたマントをベローチに投げつけ、視界を奪う。
ベローチがマントを払うと同時に、筋骨隆々のビキニアーマーを装備した少女が、ベローチを押し倒し、身動きできないように自由を奪う。


「まいったね。」

「だろ。」

ネロがアレンに合図を送ると、アレンはベローチを解放し、その筋骨隆々の筋肉を縮小させていく。

「スキルなのか?」

「ああ、アレンはスキル持ちだからな。
 どうだい、雇用費を安くしとくぞ。」


「・・・サービスだったんじゃないのか。」

「サービス分は断っただろ。」


豪快に笑うネロを見上げながら、立ち上がろうとするベローチにアレンが手を貸す。

「華奢な方ですね。
 私が守らなければ、命を落とすでしょうね。」

ベローチは苦笑いしながら、ネロの商談に快諾した。


アレンという護衛をつけて、フランダース傭兵団の拠点を後にしたベローチは、団長パトラッシュの居るエルメロイの酒場へと向かった。
拠点を出た直後、数名の刺客に襲われたのだが、アレンが即座対応し、わずか数秒の間に撃退した為、とくに大きな騒ぎになることはなかった。

「ね。
 私を雇ってよかったでしょ。」

「そうだな。
 君を雇って正解だったよ。」



無事にエルメロイの酒場にたどり着いたベローチは、改めて、フランダース傭兵団と契約することとなった。
エルメロイの酒場を出て、アジトへと帰る帰り道、ベローチは一人考え事をしていた。

(移動販売店が確立すれば、ハロルドを引き離すことができるはずだ。
 だが、まだまだ安心は出来ねーな。)

難しい顔をしているベローチに、アレンが声をかける。

「何か悪いことを考えているようですね。
 そんな顔をしていては、お客さんが怖がりますよ。」


アレンの言葉に、ベローチは反論する。

「俺が店に立つことはないからな。
 笑顔を見せることはあっても、商談の場だけでいい。
 商人にとって一番大事なことは、いかに上手く立ち回るかだからな。」

「そうなんですね。
 商人とは寂しい職業なんですね。
 商談の場、誰も心から笑えていない。」


「・・・。」


「ベローチさん、素敵な笑顔をもっているのに、
 笑顔のベローチさんが可哀想ですね。」

「何が言いたいか分からないが、心に留めておくとしよう。」



こうして、二人はベローチのアジトへと帰還していく。
ベローチは何か思い当たることがあったのだろうか、アレンの言葉が何度も頭の中で繰り返される。


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