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帝国編
49 ノアールの怖い話
しおりを挟む夕食を呼びに来たノアールの隣にシュライグが立っていた。
シュライグは最近、ノアールから仕事や所作などを学んでいる。
帝国の傘下に入るからには、帝国共通の作法を学ぶ必要があるとは考えていたのだが、シュライグがこちらに到着してから率先して学んでくれているのだ。
ちなみに、騎士の作法については騎士団の財政管理をしているマルクが帝国騎士団の者に教えてもらっているそうだ。
「シュライグ、帝国の作法とエトワール王国の作法は違いますか?」
食堂へ向かう途中にそのように尋ねるとシュライグは私の歩く速度に合わせて歩き、声を抑えて教えてくれた。
「作法が違う部分もありますが、それよりも注目するべきは作法が多い点でしょうか。エトワール王国では特に決められた作法がなかった部分でも、帝国では作法が存在します」
「それは覚えるのが大変ですね」
「しかし、覚えてしまえば新人でもある程度の礼節のある動きができます」
なるほどと私は頷く。
エトワール王国ではこれまで何年も貴族や王族に仕えていた者たちがなんとなくやってきた優雅に見える動きが、帝国の決められた作法を覚えることで新人でもそれらしく見えるようになるのだろう。
「ノアール、シュライグの教育までしていただいてありがとうございます」
「シュライグはとても物覚えがいいので教えがいがあります」
現在はノアールの息子のネグロが執事長だが、その前はノアールが執事長だったという。
帝国の城の執事を束ねていたノアールが褒めるのだから、シュライグは確かに優秀なのだろう。
私もシュライグのことを優秀だと思っていたが、その評価は執事としてというよりは、カルロを守ろうとしてくれた人物像に対しての評価だった。
「あの……」と、シュライグが何やら意を決したように、ノアールに声をかけた。
「不躾ではありますが、ノアールさんには礼法以外にも教えていただきたいことがあるのです」
「なんでしょうか?」とノアールは穏やかに微笑んだが、「なんでも聞いてください」というような安請け合いをしないところはさすがだ。
「こちらの城の使用人はどのような基準で採用しているのでしょうか? 面接などで必ず聞くことや気をつけて見ている点などがありましたらご指導いただきたいのですが……さすがに、ダメでしょうか?」
シュライグの言葉に、私は以前にノアールが話していたことを思い出した。
「確か、使用人たちを雇う時には出身や思想、思惑など十分に注意していると言っていましたね」
私の言葉にノアールは微笑んだ。
「リヒト様は記憶力がいいですね」
そして、続いてノアールは「残念ですが」と言った。
「やはり、他国の者にそのようなことを指導することはできませんよね……」
先ほどの話とは違い、今度は皇帝に確認する前に断られてしまった。
ダメ元で頼んだシュライグよりも私の方が落胆してしまった。
しかし、ノアールは「そうではありません」と笑った。
「使用人の面接時には出身や思想、思惑など十分に注意するとお話しした通り、いくつもの国を束ねる帝国ではそのようにしていますが、それがエトワール王国で通用するかというと違うと思ったのです」
「どういうことでしょうか?」
「基本的な考え方やものの捉え方、根本の思想は出身地によってある程度作用されます。例えば、南の地方から来た者は比較的楽観的で、自分のために生きている者が多いです。そうした者にはあまり情報を扱うような仕事は任せられません。悪気なく情報漏洩する可能性があるからです。逆に北の地方から来た者は生真面目で頑固な者が多いです。自身の感情を隠すことも多く、親しくなるまで時間がかかる者もおります。もちろん、個人の個性もありますが、育った土地による特性もありますから出身地を気にします。しかし、それは多数の国を抱える帝国の皇帝が住まう城だからこその問題なのです」
私は「なるほど」と頷いた。
「エトワール王国はまだ帝国傘下にはないですから、城で働きたいという者はエトワール王国内の者です。おそらく、帝国傘下に入ったところでそれは変わらないでしょう。わざわざ小国に居住を移してその国の城で働こうとする者はいないでしょうから」
同じ国内であれば、思想や感覚のずれはそれほど大きくはないはずだ。
「そうなると、注意すべきは思惑でしょうか?」
シュライグの言葉にノアールは頷いた。
「この思惑を見抜くのはその手のプロであればあるほど難しいものです。城の備品を盗んで売る程度のこそ泥なら見抜きやすいので面接で落とすことはよくありますが、情報を盗み取るプロや暗殺者など嘘がうまい者は一度会っただけではわからないこともありますし、面接で全て排除する努力をした結果、安心してその後の警戒を怠るのもよくありません」
「ですので」とノアールは穏やかな眼差しで話を続ける。
「排除の方も徹底します」
その言葉はノアールの穏やかな眼差しとはチグハグな非常に違和感を感じさせるものだった。
「我々使用人はお互いを監視し、排除された者の情報は常に共有し、怪しい動きのある者は即刻上司に伝え、その話が本当である確認が取れ次第即刻排除します」
その後、ノアールは食堂に着くまでの間、排除の具体例を話し続けてくれた。
給仕女のエプロンのポケットにハンカチ以外の重そうなものが入っていた時にはメイド長が指摘し、その給仕女が持病の薬だと言うのでそれなら飲んでみれと飲ませてみれば即死した。
頼んでもない部屋の掃除に向かった掃除夫を監視していたところ、重要な書類を盗もうとしたが、防衛の魔法陣が発動して書類に触れた指が2本吹っ飛んだ。
切断された指を2本治療するのも面倒だろうから、一本で済むように腕を切り落として城から追い出した。
大した権力を持たない貴族に雇われた者であればこれらの実例を休憩時間に聞かされた時点で自ら辞めるという。
命をかけるだけの報酬も後ろ盾もないからだ。
しかし、王族や大貴族に雇われた者たちはそれなりの実力もあり、成功報酬も満足のいくものであったりするからかなり頑張るそうだ。
まぁ、かなり頑張ったとしても今現在オーロ皇帝が元気であり、帝国も安泰なので、頑張った結果排除されているということなのだろう。
そんな話をノアールに聞いているうちに食堂に着いた。
我々は口を閉ざして、背筋を正して、ノアールに教育されたシュライグが開けた扉の中に入る。
「遅かったなリヒト」
多忙なオーロ皇帝は後から食堂に来ることの方が多いが、今日は先に食堂に来ていたようだ。
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