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04 2818キール
しおりを挟むメス蜂がこの巣から出た後、次のメス蜂が来るまで二日から三日ほどの休みが与えられる。
メス蜂がいる間はメス蜂が食事や掃除などの世話をしてくれることが多いが、休みの間は蜂の塔の管理局から派遣される元S蜂だった三十代から四十代の男が食事を運んでくる。
もちろん、メス蜂が料理や掃除が下手な場合にはこちらから管理局に食事を依頼することが可能だ。
そうでなければ、飢えて、まともな生殖活動をすることは不可能だろう。
「お前の部屋は相変わらずきったねーな」
食事を運んできた男はゼスという。
蜂の王になってからはほとんどこの男が食事を運んでくるようになった。
服が脱ぎ散らかされ、クッションや本、メス蜂が忘れていったアクセサリーなどが転がっている部屋を見渡して、ゼスは辟易した顔をした。
ゼスは食事をテーブルの上に置くと、文句を言いながらもそれらを片付けはじめる。
「お前、少しは自分で片付けたらどうだ?」
ゼスが部屋の掃除を始めたのを横目で見ながら食事を食べ始めると、ゼスに呆れたように言われた。
「管理局の人間かメス蜂がやってくれるのに俺がやる必要あるか?」
「ここに来る奴らは優秀できれい好きが多いんだが、お前は違うみたいだな」
それは、俺が本来はS蜂に選ばれるはずのないタイプの人間だからだろう。
俺はただ、木蓮に会うために木蓮の真似をして外面をよくしていただけに過ぎない。
「特に、ここの下の部屋は格別にきれいだぞ」
「下って……木蓮の部屋か?」
「ああ」
ガラス張りの廊下から木蓮がいる蜂の巣を見下ろす。
確かに、地上にいる時も、木蓮の部屋が汚れているところなど見たことはなかった。
「木蓮の部屋に、入ったことがあるのか?」
「お前は相変わらず、彼にご執心だな」
「なっ!」
俺が反射的に叫んでゼスを見ると、ゼスは俺を凝視した。
「冗談だ。なにムキになってんだ?」
「あ……あんたがくだらない冗談なんて言うからだろ!」
「年上に向かってあんたとはなんだ? ちゃんとゼス様と呼べ!」
ゼスが屈強な腕を俺の首にかける。
「やめろ! サマとか、誰が呼ぶか!」
俺がゼスの腕から逃れようともがいていると、「お!」と、ゼスが下の部屋へ視線をやった。
俺もその視線を追って見ると、木蓮の巣にも一人の元S蜂が食事を持って入ってきた。
人の気配に気づいたのか、木蓮は部屋から廊下に出てくる。
その木蓮の姿を見た途端、元S蜂だった男は食事を乗せたトレーを床に落とし、木蓮に駆け寄り、華奢な木蓮の体を抱きすくめた。
「っ!」
俺はゼスの腕から抜け出ると、廊下のガラス窓を力任せに叩いた。
しかし、下の部屋の男には俺たちの存在は目に入らないようで、木蓮を抱きしめるのをやめない。
木蓮は抵抗しているが、男はビクともしないようだ。
俺はこの蜂の巣に入ってから一度も出たことのない扉へと向かった。
しかし、それはゼスにTシャツの襟首を掴まれて止められる。
「お前じゃ、あの扉は開かない。わかってるだろう? 俺が行ってくるから、お前はここで大人しくしていろ!」
ゼスに言われるまま、俺は巣のなかで待つことしかできず、ゼスが木蓮の巣に辿り着くまでを緊張しながら見守った。
どんな速さで塔の階段を駆け下りたのか、ほんの数分でゼスは木蓮の巣に辿り着き、男を木蓮から引き離すと拘束した。
木蓮は泣き出すこともなく、動揺した様子もなく、いつもどおりに落ち着いた様子でゼスに引きずられて蜂の巣を出る男を見送っていた。
しかし、木蓮が俺に気付いた次の瞬間、その顔は羞恥心を示して赤く染まった。
そして、木蓮は慌てて部屋に入っていった。
俺ははじめて見た木蓮の表情に、思わず扉に向かって駆け出す。
俺では決して開くことのない扉だとわかってはいたけれど、その扉を開き、木蓮の元へと行きたかった。
冷静に見えた木蓮の横顔は見せかけだったのだ。
本当は木蓮はあんなにも動揺していたのだ。
もしかすると、今、木蓮は一人で震えているのかもしれない。
そう思ったら、たまらなく木蓮を抱きしめたくなった。
IDカードで開く扉にノブはない。
俺は拳を振り上げて固い扉を何度も叩いた。
それはもう扉を開くための行為ではなかった。
木蓮に会いたい衝動をぶつける先が他になかっただけだ。
何度目かになる扉への愚行は次の瞬間、突然止められることになる。
扉が開き、俺の拳はゼスの屈強な体を打ちつけた。
「いってーな。なにしてんだ? おまえは?」
ゼスはビクともせずに、俺をすこし後ろに押しただけで巣に入ってきた。
扉はあっけなく閉まる。
「頼む! 木蓮のところに行かせてくれ!」
「あいつなら大丈夫だ。さっきの男は管理局に引き渡したし、木蓮はいつも通り、冷静だった」
「違う! 木蓮は冷静なフリをしているだけだ!」
「どういうことだ?」
「俺と目が合った瞬間……木蓮は顔を赤くしたんだ。木蓮が表情を変えたのなんて、はじめて見た……」
「おまえにはあんなところを見られたくなかったんだろうな」
そう言って、ゼスは木蓮の巣に同情のような視線を向けた。
「おまえたち、幼馴染なんだろう? おまえが木蓮のことを聞いてくるように、木蓮も、おまえのことをよく聞いてくるよ」
俺は木蓮の巣へと視線を向ける。
「おまえは木蓮を追って、ここに来たのか?」
ゼスの言葉に俺は頷いた。
「蜂の塔にさえ登れれば、木蓮の傍にずっといられると思ったんだ……」
まさか、こんなに離れることになるなんて、思っていなかった。
木蓮が傷ついた時に、今の俺では手も握ってやれない。
子供の頃なら、いつだって隣にいたのに……
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