【本編完結】蜂の王 〜 触れられなくてもそばにいたい 〜

はぴねこ

文字の大きさ
4 / 32

04 2818キール

しおりを挟む

 メス蜂がこの巣から出た後、次のメス蜂が来るまで二日から三日ほどの休みが与えられる。

 メス蜂がいる間はメス蜂が食事や掃除などの世話をしてくれることが多いが、休みの間は蜂の塔の管理局から派遣される元S蜂だった三十代から四十代の男が食事を運んでくる。 

 もちろん、メス蜂が料理や掃除が下手な場合にはこちらから管理局に食事を依頼することが可能だ。
 そうでなければ、飢えて、まともな生殖活動をすることは不可能だろう。

「お前の部屋は相変わらずきったねーな」 

 食事を運んできた男はゼスという。 
 蜂の王になってからはほとんどこの男が食事を運んでくるようになった。

 服が脱ぎ散らかされ、クッションや本、メス蜂が忘れていったアクセサリーなどが転がっている部屋を見渡して、ゼスは辟易した顔をした。 

 ゼスは食事をテーブルの上に置くと、文句を言いながらもそれらを片付けはじめる。 

「お前、少しは自分で片付けたらどうだ?」

 ゼスが部屋の掃除を始めたのを横目で見ながら食事を食べ始めると、ゼスに呆れたように言われた。

「管理局の人間かメス蜂がやってくれるのに俺がやる必要あるか?」
「ここに来る奴らは優秀できれい好きが多いんだが、お前は違うみたいだな」

 それは、俺が本来はS蜂に選ばれるはずのないタイプの人間だからだろう。
 俺はただ、木蓮に会うために木蓮の真似をして外面をよくしていただけに過ぎない。

「特に、ここの下の部屋は格別にきれいだぞ」 
「下って……木蓮の部屋か?」 
「ああ」 

 ガラス張りの廊下から木蓮がいる蜂の巣を見下ろす。 
 確かに、地上にいる時も、木蓮の部屋が汚れているところなど見たことはなかった。 

「木蓮の部屋に、入ったことがあるのか?」 
「お前は相変わらず、彼にご執心だな」 
「なっ!」 

 俺が反射的に叫んでゼスを見ると、ゼスは俺を凝視した。 

「冗談だ。なにムキになってんだ?」 
「あ……あんたがくだらない冗談なんて言うからだろ!」 
「年上に向かってあんたとはなんだ? ちゃんとゼス様と呼べ!」 

 ゼスが屈強な腕を俺の首にかける。 

「やめろ! サマとか、誰が呼ぶか!」 

 俺がゼスの腕から逃れようともがいていると、「お!」と、ゼスが下の部屋へ視線をやった。
 俺もその視線を追って見ると、木蓮の巣にも一人の元S蜂が食事を持って入ってきた。
 人の気配に気づいたのか、木蓮は部屋から廊下に出てくる。 

 その木蓮の姿を見た途端、元S蜂だった男は食事を乗せたトレーを床に落とし、木蓮に駆け寄り、華奢な木蓮の体を抱きすくめた。 

「っ!」 

 俺はゼスの腕から抜け出ると、廊下のガラス窓を力任せに叩いた。
 しかし、下の部屋の男には俺たちの存在は目に入らないようで、木蓮を抱きしめるのをやめない。
 木蓮は抵抗しているが、男はビクともしないようだ。

 俺はこの蜂の巣に入ってから一度も出たことのない扉へと向かった。
 しかし、それはゼスにTシャツの襟首を掴まれて止められる。 

「お前じゃ、あの扉は開かない。わかってるだろう? 俺が行ってくるから、お前はここで大人しくしていろ!」 

 ゼスに言われるまま、俺は巣のなかで待つことしかできず、ゼスが木蓮の巣に辿り着くまでを緊張しながら見守った。 

 どんな速さで塔の階段を駆け下りたのか、ほんの数分でゼスは木蓮の巣に辿り着き、男を木蓮から引き離すと拘束した。 

 木蓮は泣き出すこともなく、動揺した様子もなく、いつもどおりに落ち着いた様子でゼスに引きずられて蜂の巣を出る男を見送っていた。 

 しかし、木蓮が俺に気付いた次の瞬間、その顔は羞恥心を示して赤く染まった。
 そして、木蓮は慌てて部屋に入っていった。 

 俺ははじめて見た木蓮の表情に、思わず扉に向かって駆け出す。
 俺では決して開くことのない扉だとわかってはいたけれど、その扉を開き、木蓮の元へと行きたかった。
 冷静に見えた木蓮の横顔は見せかけだったのだ。
 本当は木蓮はあんなにも動揺していたのだ。

 もしかすると、今、木蓮は一人で震えているのかもしれない。
 そう思ったら、たまらなく木蓮を抱きしめたくなった。

 IDカードで開く扉にノブはない。
 俺は拳を振り上げて固い扉を何度も叩いた。
 それはもう扉を開くための行為ではなかった。
 木蓮に会いたい衝動をぶつける先が他になかっただけだ。

 何度目かになる扉への愚行は次の瞬間、突然止められることになる。
 扉が開き、俺の拳はゼスの屈強な体を打ちつけた。 

「いってーな。なにしてんだ? おまえは?」 

 ゼスはビクともせずに、俺をすこし後ろに押しただけで巣に入ってきた。
 扉はあっけなく閉まる。 

「頼む! 木蓮のところに行かせてくれ!」 
「あいつなら大丈夫だ。さっきの男は管理局に引き渡したし、木蓮はいつも通り、冷静だった」 
「違う! 木蓮は冷静なフリをしているだけだ!」
「どういうことだ?」 
「俺と目が合った瞬間……木蓮は顔を赤くしたんだ。木蓮が表情を変えたのなんて、はじめて見た……」 
「おまえにはあんなところを見られたくなかったんだろうな」 

 そう言って、ゼスは木蓮の巣に同情のような視線を向けた。 

「おまえたち、幼馴染なんだろう? おまえが木蓮のことを聞いてくるように、木蓮も、おまえのことをよく聞いてくるよ」 

 俺は木蓮の巣へと視線を向ける。 

「おまえは木蓮を追って、ここに来たのか?」 

 ゼスの言葉に俺は頷いた。 

「蜂の塔にさえ登れれば、木蓮の傍にずっといられると思ったんだ……」 

 まさか、こんなに離れることになるなんて、思っていなかった。
 
 木蓮が傷ついた時に、今の俺では手も握ってやれない。
 子供の頃なら、いつだって隣にいたのに……



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏
BL
「探せ!この靴を作った者を!」 *** 日々、大量注文に追われるガラス職人、リヨ。 疲労の末倒れた彼が目を開くと、そこには見知らぬ世界が広がっていた。 彼が転移した世界は《ガラス》がキーアイテムになる『シンデレラ』の世界! リヨは魔女から童話通りの結末に導くため、ガラスの靴を作ってくれと依頼される。 しかし、王子様はなぜかシンデレラではなく、リヨの作ったガラスの靴に夢中になってしまった?! さらにシンデレラも魔女も何やらリヨに特別な感情を抱いていているようで……? 執着系王子様+訳ありシンデレラ+謎だらけの魔女?×夢に真っ直ぐな職人 ガラス職人リヨによって、童話の歯車が狂い出すーー ※素人調べ、知識のためガラス細工描写は現実とは異なる場合があります。あたたかく見守って頂けると嬉しいです🙇‍♀️ ※受けと女性キャラのカップリングはありません。シンデレラも魔女もワケありです ※執着王子様攻めがメインですが、総受け、愛され要素多分に含みます 朝or夜(時間未定)1話更新予定です。 1話が長くなってしまった場合、分割して2話更新する場合もあります。 ♡、お気に入り、しおり、エールありがとうございます!とても励みになっております! 感想も頂けると泣いて喜びます! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。 月・木更新 第13回BL大賞エントリーしています。

処理中です...