2 / 63
01
幼い頃の俺は随分と両親や使用人たちの手を焼かせたようだった。
自分が自分ではないような、家族が家族ではないような、この世界が全く見知らぬ世界のような、そんな不安を常に抱えていた。
そして、全く覚えていない記憶の中の誰かを常に探しているような奇妙な感覚に苛まれて、周囲の優しさに応える余裕がなかったのだ。
その日、そんな俺を連れて執事は街に買い物に出かけた。
確か、俺の服が少し小さくなったからと言っていたけれど、おそらく、常に部屋の中で鬱々としている子供の気晴らしになればと思って連れ出してくれたのだろう。
しかし、その日はあいにくの雨だった。行きはまだ日差しもあったのだが、帰りには灰色の雲が空を覆い、雨粒が落ちてきてしまった。
徐々に降る雨は増え、路面を濡らし、馬車は道を急いだが、雷まで鳴ってきた。
俺はぼんやりと馬車の窓から外を見ていた。
そして、馬車道の横の林の中に子供が倒れているのを見つけた。
「止めて!!」
そう叫んだのは、ほぼ反射的だった。
馬車の扉に手をかけるのを執事は止めて、御者に馬車を止めさせた。馬車が止まると、俺は執事の手を振り払って、馬車から降りて林の中に入った。
馬車の窓から見た通り、そこには子供が倒れていた。俺は少年を抱きしめて、その場で俺も意識を失ってしまった。
次に目覚めた時、俺は前世の記憶を思い出していた。
そして、それまでどうして家族やこの世界に対して違和感を抱いていたのかがわかった。
前世の記憶を完全に思い出す前からきっと俺の中には記憶のカケラみたいなものがあって、それが違和感になっていたのではないだろうか?
前世では二十一世紀の日本という国に住んでおり、大学生までの記憶があった。
俺には五歳離れた中学生の弟がいて、両親と犬の四人プラス一匹の暮らしだった。
確か、あの日はとても暑い日で、夜には家族で夏祭りに行ったのだ。
色々な屋台を楽しんで、締めの花火を見て帰る時、横断歩道を渡る俺たちに車が突っ込んできた。
とっさに少し前を歩いていた父さんの方に母さんと弟の大輝を突き飛ばしたから、きっと二人のことは父さんが守ってくれたはずだ。
だけど、家族が目の前で轢かれて死んだのだから、かなりのショックを与えてしまっただろう。
俺がもっと素早く逃げられたら良かったんだけど……
運転手が前方不注意だったのか、それとも居眠り運転や飲酒運転だったのか、はたまた何かの疾患で意識を失っていたのかはわからないけれど、どうか、慰謝料を少しでも多く払ってほしい。
まぁ、とにかく、俺には前世の記憶が戻り、違和感の原因がわかってかなりスッキリした。
記憶が戻ったきっかけになったのは、きっと、馬車道で倒れていた少年と、弟の幼少期の姿が重なったからだろう。
ベッドの上で天井を見ながらそこまで考えた俺は慌てて起き上がり、部屋から飛び出した。
あの倒れていた彼はどうしているのだろうか? ちゃんと客間に寝かせてもらっているだろうか? 医者には見せてもらったのだろうか?
前世の両親同様に、この世界の両親も優しい人たちだから、きっと大丈夫だとは思うけれど……
「おぼっちゃま! お目覚めになったのですか!」
廊下を走っていたらじいや……執事長に出会った。
ちなみにこの執事、名前をセバスチャンという。
前世の日本ではザ・執事のような冗談みたいな名前だが、当然、この世界ではそうではない。
「セバスチャン、あの少年はどうした?」
記憶を取り戻す前の俺はセバスチャンのことを「じいや」と呼んでいたけれど、今の俺は見た目はともかくも中身は大人だ。年配の方ではあるが、「じいや」などと呼ぶのは抵抗があった。
俺の様子がいつもと違っていたからか、セバスチャンは少し驚いたような表情を見せたが、特に何も言うことなくそのまま表情を取り繕って、俺の質問に答えてくれた。
「彼なら客室でまだ眠っております」
「こちらです」とセバスチャンは少年が休んでいる部屋まで案内してくれるように、先に立って歩き出した。
「医者には診てもらった?」
「はい。打撲のような傷がたくさんついておりました。それから、熱も出ております。非常に痩せており、胃の中も空っぽのようですから、起きたら胃に優しいものから徐々に食事をしてもらう予定です」
「そうか、ありがとう」
お礼を言うと、またしてもセバスチャンは少し驚いたように俺の顔を注視した。
「どうした?」
「いえ……随分と拾われた少年を気遣っておられるようだと思いまして」
「それは、あんなに小さな子供が倒れていたら心配になるのは当然だろう?」
「小さな子供……そうですね。しかし、彼はぼっちゃまとそれほど変わりない年齢に見えます」
セバスチャンの言葉に俺はしまったと思った。
今の俺は二十歳ではなく六歳で、セバスチャンの言う通り、あの少年とおそらく同じくらいの年頃なのだ。
そんな俺が小さい子供と言うのはおかしいだろう。
それに、先ほどセバスチャンが凝視してきたのも、記憶が戻る前の俺は常に鬱々としていて、こんなにはっきり話す性格ではなかったし、お礼を言う時もボソボソと喋っていたのだ。
急に性格が変わりすぎて驚くのは当たり前だ。
どう誤魔化そうか悩んでいる間に少年が眠っている客室に着いた。
自分が自分ではないような、家族が家族ではないような、この世界が全く見知らぬ世界のような、そんな不安を常に抱えていた。
そして、全く覚えていない記憶の中の誰かを常に探しているような奇妙な感覚に苛まれて、周囲の優しさに応える余裕がなかったのだ。
その日、そんな俺を連れて執事は街に買い物に出かけた。
確か、俺の服が少し小さくなったからと言っていたけれど、おそらく、常に部屋の中で鬱々としている子供の気晴らしになればと思って連れ出してくれたのだろう。
しかし、その日はあいにくの雨だった。行きはまだ日差しもあったのだが、帰りには灰色の雲が空を覆い、雨粒が落ちてきてしまった。
徐々に降る雨は増え、路面を濡らし、馬車は道を急いだが、雷まで鳴ってきた。
俺はぼんやりと馬車の窓から外を見ていた。
そして、馬車道の横の林の中に子供が倒れているのを見つけた。
「止めて!!」
そう叫んだのは、ほぼ反射的だった。
馬車の扉に手をかけるのを執事は止めて、御者に馬車を止めさせた。馬車が止まると、俺は執事の手を振り払って、馬車から降りて林の中に入った。
馬車の窓から見た通り、そこには子供が倒れていた。俺は少年を抱きしめて、その場で俺も意識を失ってしまった。
次に目覚めた時、俺は前世の記憶を思い出していた。
そして、それまでどうして家族やこの世界に対して違和感を抱いていたのかがわかった。
前世の記憶を完全に思い出す前からきっと俺の中には記憶のカケラみたいなものがあって、それが違和感になっていたのではないだろうか?
前世では二十一世紀の日本という国に住んでおり、大学生までの記憶があった。
俺には五歳離れた中学生の弟がいて、両親と犬の四人プラス一匹の暮らしだった。
確か、あの日はとても暑い日で、夜には家族で夏祭りに行ったのだ。
色々な屋台を楽しんで、締めの花火を見て帰る時、横断歩道を渡る俺たちに車が突っ込んできた。
とっさに少し前を歩いていた父さんの方に母さんと弟の大輝を突き飛ばしたから、きっと二人のことは父さんが守ってくれたはずだ。
だけど、家族が目の前で轢かれて死んだのだから、かなりのショックを与えてしまっただろう。
俺がもっと素早く逃げられたら良かったんだけど……
運転手が前方不注意だったのか、それとも居眠り運転や飲酒運転だったのか、はたまた何かの疾患で意識を失っていたのかはわからないけれど、どうか、慰謝料を少しでも多く払ってほしい。
まぁ、とにかく、俺には前世の記憶が戻り、違和感の原因がわかってかなりスッキリした。
記憶が戻ったきっかけになったのは、きっと、馬車道で倒れていた少年と、弟の幼少期の姿が重なったからだろう。
ベッドの上で天井を見ながらそこまで考えた俺は慌てて起き上がり、部屋から飛び出した。
あの倒れていた彼はどうしているのだろうか? ちゃんと客間に寝かせてもらっているだろうか? 医者には見せてもらったのだろうか?
前世の両親同様に、この世界の両親も優しい人たちだから、きっと大丈夫だとは思うけれど……
「おぼっちゃま! お目覚めになったのですか!」
廊下を走っていたらじいや……執事長に出会った。
ちなみにこの執事、名前をセバスチャンという。
前世の日本ではザ・執事のような冗談みたいな名前だが、当然、この世界ではそうではない。
「セバスチャン、あの少年はどうした?」
記憶を取り戻す前の俺はセバスチャンのことを「じいや」と呼んでいたけれど、今の俺は見た目はともかくも中身は大人だ。年配の方ではあるが、「じいや」などと呼ぶのは抵抗があった。
俺の様子がいつもと違っていたからか、セバスチャンは少し驚いたような表情を見せたが、特に何も言うことなくそのまま表情を取り繕って、俺の質問に答えてくれた。
「彼なら客室でまだ眠っております」
「こちらです」とセバスチャンは少年が休んでいる部屋まで案内してくれるように、先に立って歩き出した。
「医者には診てもらった?」
「はい。打撲のような傷がたくさんついておりました。それから、熱も出ております。非常に痩せており、胃の中も空っぽのようですから、起きたら胃に優しいものから徐々に食事をしてもらう予定です」
「そうか、ありがとう」
お礼を言うと、またしてもセバスチャンは少し驚いたように俺の顔を注視した。
「どうした?」
「いえ……随分と拾われた少年を気遣っておられるようだと思いまして」
「それは、あんなに小さな子供が倒れていたら心配になるのは当然だろう?」
「小さな子供……そうですね。しかし、彼はぼっちゃまとそれほど変わりない年齢に見えます」
セバスチャンの言葉に俺はしまったと思った。
今の俺は二十歳ではなく六歳で、セバスチャンの言う通り、あの少年とおそらく同じくらいの年頃なのだ。
そんな俺が小さい子供と言うのはおかしいだろう。
それに、先ほどセバスチャンが凝視してきたのも、記憶が戻る前の俺は常に鬱々としていて、こんなにはっきり話す性格ではなかったし、お礼を言う時もボソボソと喋っていたのだ。
急に性格が変わりすぎて驚くのは当たり前だ。
どう誤魔化そうか悩んでいる間に少年が眠っている客室に着いた。
あなたにおすすめの小説
転生したら最強辺境伯に拾われました
マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。
死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。
【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/数日おきに予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
過労で倒れかけの騎士団長を「カツ丼」で救ったら、なぜか溺愛され始めました。
水凪しおん
BL
王都の下町で、亡き両親が残した小さな食堂をたった一人で切り盛りする青年、ルカ。
孤独な日々の中で料理だけを生きがいにする彼の店に、ある冷たい雨の夜、全身を濡らし極限まで疲弊した若き騎士団長、レオンハルトが倒れ込むようにやってきた。
固形物さえ受け付けないほど疲労困憊の彼を救うため、ルカが工夫を凝らして生み出したのは、異世界の食材を組み合わせた黄金色の絶品料理「カツ丼」だった。
その圧倒的な美味しさと温もりに心身ともに救われたレオンハルトは、ルカの料理と彼自身に深く魅了され、足繁く店に通うようになる。
カツ丼の噂はまたたく間に王都の騎士たちや人々の間に広がり、食堂は大繁盛。
しかし、その人気を妬む大商会の悪意ある圧力がルカを襲う。
愛する人の居場所を守るため、レオンハルトは権力を振るって不正を暴き、ルカもまた自らの足で立つために「ルカ商会」を設立する決意を固める。
美味しいご飯が傷ついた心を癒やし、やがて二人の絆を「永遠の伴侶」へと変えていく。
胃袋から始まり、下町の小さな食堂から王都の食を支える大商会へと成り上がる、心温まる異世界お料理&溺愛ファンタジー!
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた
さ
BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息