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しおりを挟むセバスチャンの話の通り、少年はまだ眠っていた。熱が高いのか、その顔はかなり辛そうだった。
よく見れば、額に冷たいタオルのようなものは置いていないし、体に見合わない大きなシャツに着替えさせられたようだった。
医者に診せたと言っていたから安心していたけれど、これでは看病をしているとはとても言えないだろう。
そういえば、前世の中学時代からの友達に帰国子女がいて、アニメで風邪をひいた時に額に乗せているのはなんだ? と聞かれたことがあった。海外ではそんなことはしないのだという。
もしかすると、この世界もそうした日本の文化……俺の前世の常識とのギャップがあるのかもしれない。
「セバスチャン、水を入れた桶と小さめのタオル、それから俺の着替えを持ってきてくれ」
「水を入れた桶とタオル、それに着替えですか?」
困惑した様子のセバスチャンだったが、「早く頼んだよ」と言うと、急いで部屋を出て行った。
セバスチャンが必要なものを揃えて持ってくる前に母上が部屋に入ってきた。
おそらく、セバスチャンが俺が目覚めたことを報告したのだろう。
「ルシファー……もう起きて大丈夫なの?」
俺は呼ばれた名前に驚いた。
ルシファーって、確か堕天使の名前じゃないか? 自分の子供にそんな名前をつけるとかどこの親だよ!? それに、そんな名前をつけられた可哀想な子供は一体誰……俺か!?
そうか、俺はもう中林基輝じゃないんだ。
「ルシファー? どうしたの? 大丈夫?」
それにしても、ルシファーはどうかと思う。
もしや、この世界のルシファーはまだ堕天していないのだろうか?
もし、これが前世のアニメとかゲームのキャラクターの名前だったら完全に悪役だ。
……悪役? ゲーム? ルシファー……
「ルシファー?」
母上がそっと肩に触れてきて、俺は深く沈みそうになった思考の海から浮上した。
「あ、すみません……」
「部屋に戻って休んだほうがいいわ」
母上にそう促されたが、俺は首を横に振った。
「いえ、彼の看病をしなければいけません!」
「それはセバスチャンたちに任せておけば大丈夫よ」
「このような状態では看病とは言えません!」
「一体、あなたは何がしたいの?」
母上が怪訝そうな表情になる。
そこにセバスチャンが戻ってきた。
ちゃんと言われたものを持ってきてくれた。
「汗をかいている彼の体を拭き、清潔な服に着替えさせます」
下着まで俺のもので申し訳ないが、この屋敷に俺以外の子供はおらず、この世界ではすぐに清潔な下着が手に入る環境でもないので我慢してほしい。
俺が掛け布団をめくって少年の服を脱がせようとすると、セバスチャンがすぐに代わってくれた。
「ぼっちゃま、じいがやっておきますから、ぼっちゃまはどうかお部屋に戻ってお休みください。何か食べられそうであれば、消化に良いものをお持ちいたします」
母上が強くそれを望んでいるようだったし、まだ子供の俺が少年の体を支えて拭いたりするのは難しそうだったから、俺は仕方なくセバスチャンの言う通りにすることにした。
しかし、部屋に戻る前に、少年を着替えさせたら、清潔な濡れタオルを額に置き、そのタオルをできるだけ冷たい状態に保つように、繰り返し濡らして絞り、額に当てるようにと指示を出しておいた。
それで少年の熱が早く下がればいいのだけれど……
俺は少年の頭を撫でて願った。
「早く良くなりますように」
母上が先ほどのセバスチャンのように驚いた表情で俺のことを凝視している。
前世の記憶を取り戻して突然性格が変わってしまったのは許してほしい。
内気な六歳から、長男気質の二十歳の性格になってしまったのだ。
全く違うものになってしまったが、再び俺が記憶を失わない限り、前の性格には戻れないだろう。
演技をしてみようかとも一瞬だけ考えたけれど、内気な性格では少年の療養環境の改善などできない。
前世の俺は弟を可愛がっていたし、前世のことを……弟のことを思い出すきっかけになったこの少年のことも大切にしてあげたいと思う。
自室に戻って眠った俺は夢を見た。
夢は記憶の整理だと前世で聞いたことがある。
だから、その夢が前世の記憶の整理なのだとわかった。
俺が小さい頃の家族との記憶。
両親は温かく、優しい人だった。
弟が生まれ、あまりの小ささと弱々しさに、子供ながらに俺は弟を守ってあげようと思った。
弟が泣くとすぐに弟のところに飛んでいく俺の姿を見て、両親は「基輝は頼りになるな」と笑っていた。
弟も俺に懐いてくれて、常に俺の後を追ってくるようになった。
弟が小学校に通うようになり、確か小学二年生の頃だったろうか? 小さな子犬を拾ってきたことがあった。
両親はウチでは飼えないから貰い手を探そうと弟を説得したが、俺は犬を飼いたいという弟の味方になって、弟と一緒に犬を……ハチ助を飼ったらどんな利点があるかをまとめた資料を作って二人で両親にプレゼンした。
絶対に俺と弟で世話をするという誓約書も作って、サインして、自作の消しゴムはんこで押印もした。
プレゼンの時点で犬の名前を決めてしまっていること、そして覚悟の誓約書によって両親は陥落した。
それから俺たちは四人プラス一匹の家族になったんだ。
自分の趣味はあまり覚えていない……というか、弟とハチ助の世話が趣味みたいなものだった。
でも、弟の趣味はよく覚えている。
やんちゃな弟で、野球やサッカーなんかのスポーツをよく楽しんでいた。
それから、ゲームと、少し意外だけど、小説も読んでいた。好きだったゲームを原作にした小説だと弟は話していた。ゲームのストーリーの裏側がわかって面白いのだという。
「ゲームではずっと嫌なやつだと思っていた悪役にも、悪役になっちゃった理由があったことが、小説だとわかるんだ」
そんな風に弟は少し悲しそうな顔をした。物語の登場人物にも心を寄せることができる優しい弟だった。
「その悪役の名前がルシファーって言うんだけど、子供の頃は内気だけど優しい子だったんだよ。でもお母さんが原因不明の重い病気になっちゃって、お父さんはお母さんの治療法を探すことに夢中になってルシファーのことを放っておくようになってさ。病気の母親には会えず、忙しい父親にも会えず、どんどん孤独になっちゃったんだよね」
弟はそんな風に語っていた。
記憶の整理の途中、あれ? と俺の意識は疑問を持った。
ルシファー? その名前、どこかで聞いたことがあるぞ? それもごく最近。
基輝じゃなくて……そう俺の新しい名前はルシファーだ!
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