【第二部開始】悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ

文字の大きさ
12 / 63

11


 父上が城から帰ってくるのを待つ間に、インベルに湯浴みをさせて着替えさせる。
 随分とお腹を空かせていたので、まだ食事の時間ではないが、料理人に無理を言って一人分の食事を用意してもらった。
 
「旦那様、ご報告がございます」
 
 父上が帰ってくると、セバスチャンはインベルが帰ってきたことと赤い実について報告した。
 
「インベルの話が本当なら、この実は万病に効くということか?」
 
 父上は慎重に、しかし、期待が滲む眼差しで赤い実を見つめた。

「それでは、食べてみます」

 セバスチャンはインベルの言葉を証明するためにナイフで指先を切り、それから 赤い実を一粒口に含んだ。
 口に入れた実を噛むセバスチャンの表情は非常に真剣なものだった。
 万が一、毒だった場合にはすぐに吐き出せるように――これはインベルを疑っているわけではなく、薬材が一定の条件下においては薬になるが、そうでなければ毒になる可能性を考えてのことだ――慎重に味や香りを確認し、手足の痺れなどの症状があるかないかなども確認しているのだろう。
 味にも香りにもおかしなところがなく、噛んでいる間に痺れなども感じないことを確認したセバスチャンは口の中のものを飲み込んだ。
 
 すると、不思議なことにセバスチャンの指先の傷は一瞬にして治った。
 父上はいたく感動して、すぐに医者を呼んだ。万が一、母上に悪影響があった際の備えとしてだ。

 母上の主治医は興味深そうな表情で赤い実を見て、それから持ってきた分厚い医学書を開いた。
 医学書の後半の部分の項目を確認して、医者は父上に医学書を見せた。

「この赤い実は上級ポーションを作るために必要な幻の実ではないでしょうか?」

 上級ポーションはさまざまな材料を使って作るが、その材料はどれも手に入りにくいものばかりなのだという。

「彼がこの屋敷に初めて来た日に診察させてもらいましたが、傷跡の大きさの割には治り方が綺麗だったので不思議だったのです」

 医者が語るには、インベルの体には大きな裂傷があったと思われる傷跡があるのに、皮膚の盛り上がりもなく綺麗に塞がっていたのが不思議だったのだという。
 赤い実を食べていなければもっとひどい傷の状態だったのだ。
 
 俺はインベルがそのような傷を負う辛い環境に置かれていたことに心が痛んだ。
 すでに過去のことではあるが、そんな大きな傷を負えば当然痛かっただろうし、熱だって出ただろう。そんな状態でも薬を塗ってもらって適切に看病して貰えたのかも怪しい。
 かつて、インベルはそんな劣悪な環境におり、辛い日々を過ごしてきたのだ。
 これからはインベルを大切に守っていってあげなければいけないと思った。
 そのためには、インベルがある程度成長したら、悪役になってしまう俺からは解放してあげなければいけないだろう。
 
 

「クレメンティア、調子はどうだ?」

 まず、父上と俺が母上の寝室に入り、母上の様子を伺う。
 母上は相変わらず青白い顔をしてベッドで横になっていたが、父上の声にその目を開けた。

「まぁ、あなた……それに、ルシファーも、どうしたの二人とも? あなたはお仕事があるのじゃなくて?」

 身を起こそうとした母上の体を父上が支えて上半身を起こし、背中にクッションを差し入れる。

「実はクレメンティアに食べてほしいものがあって、持ってきたんだ」
「食べてほしいものですか?」

 父上は扉の横に立つセバスチャンへ視線を向ける。
 セバスチャンは扉を開けて、医師とインベルを部屋の中に入れる。

「まぁ、先生もお越しになっていたのね。それから、あなたは……」

 母上はインベルに視線を向けた。

「母上、彼は……」と俺は母上にインベルを紹介しようとしたが、母上はインベルに優しく微笑みかけた。

「あなたはインベルね。あなたが初めてうちに来た日にその姿を見たけれど、元気そうになってよかったわ」
 
 そうだ。母上は初日にインベルがベッドに横たわる姿を見ているのだ。
 
「ルシファーからいつも話を聞いていたわ。あなたがいなくなってしまって、ルシファーはとても心配していたのよ。あなたはもうこの屋敷の一員なのだから、勝手にどこかに行ってはダメよ?」

 インベルがいなくなってから、俺はそのことを母上に話していたのだが、母上はその話をよく覚えてくれていたようだ。
 体調が良くないだろうに、息子の俺の話を聞き漏らすことなくちゃんと聞いてくれていたのだ。

「ご心配おかけしてすみません」

 インベルはセバスチャンに言われていた通りに頭を下げた。

「それがね、母上、インベルは山に母上の薬になる実を取りに行ってくれていたんだ」

 俺たちはインベルが持ってきてくれた赤い実を母上に見せて、この実にどのような効果があったのかを語って聞かせた。

「セバスチャンが実際に食べてみて安全性は確認している。馴染みのないものを口にするのは怖いかもしれないが……」

 父上は緊張しながらも母上にそう言った。
 しかし、不安を抱えているのはどう見ても母上よりも父上だった。
 母上はそんな父上を安心させるように父上の手を握った。

「あなた、わたくしなら大丈夫よ。ぜひ、その実を試してみたいわ。でも、万が一、わたくしの治療にその実が効果を示さなくても、今この場にいる誰のことも責めないでくださいね」

 それは、万が一、この赤い実が自分の命を奪うことになっても、インベルのことも、医師のことも罰してはいけないという意味だとわかる。
 母上を失くすようなことがあれば、父上が正気ではいられないことを母上は理解しているのだろう。

「……わかっている」と父上は深く頷いた。

 本当はもっと実験をしたり、ポーションが作れるようならポーションを作ってからの方が安全に確証が持てるだろう。
 しかし、上級ポーションを作る他の材料はいつ見つかるかはわからない。
 そして、赤い実は採取してからすでに数日は経っている。
 これ以上迷っている間に鮮度が落ちて効能まで無くしては意味がない。

 セバスチャンが毒味をして効能を確かめてくれ、さらに医師の知識により上級ポーションの材料にもなる希少なものだとわかれば、数の少ない実をこれ以上無駄にすることもできない。

 父上は覚悟を持ってセバスチャンから赤い実を受け取り、母上に渡した。
 母上はそれをありふれた果実を口にするような気軽さで口に入れた。
 そして、ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。

「……」

 母上は胸に手を当てた。

「……どうだ? クレメンティア?」

 母上は父上に視線を向けて、それから微笑んだ。

「あなた、胸が苦しくないわ。体も不思議なくらいに軽くなったわ」
「本当か!?」

 父上は母上の両手を自分の両手で包み込んだ。

「公爵様、奥様の診察を行なってもよろしいですか?」

 医師が進み出た。

「ああ! 頼む!」

 父上は母上のベッドに腰を下ろし、母上の肩を抱いた。
 それで診察をしろという。できないことはないが、正直邪魔だろう。
 しかし、父上の喜びが理解できるので、医師もそのまま母上の診察を行なった。

「……素晴らしい。呼吸も落ち着いていますし、脈も正常です。熱もありません」

 医師は健康な状態と変わらないと診断したものの、時間が経ってどのような変化があるかわからないため、数日間は様子を見て、無理はせずに慎重に行動すること、そして、自分もしばらくは毎日様子を見にくることを告げた。

 慎重な医師は注意点を色々と述べていたものの、父上は母上が治ったことを喜び、医師の話など聞いていないような様子だった。
 だが、それでも問題はないだろう。セバスチャンがしっかり聞いているから。

「インベル、ありがとう」

 俺がそうインベルに微笑むとインベルは少し期待に輝かせた瞳を俺に向けた。

「俺、ルシファー様のお役に立てましたか?」
「役に立てたどころじゃないよ。インベルは我が家を救ったんだ」
「それじゃ、俺を褒めてくれますか?」
「俺はインベルに感謝する立場で、褒めるとかはなんか違う気がするけど……」
「俺、ルシファー様に褒められたくて頑張ったんだぞ?」

 インベルは俺に褒められるために頑張ってあの赤い実を取ってきてくれたのだという。インベルは本当に俺の弟のようだった。

「ありがとう。インベル」

 そう俺がインベルの頭を撫でると、インベルは嬉しそうに笑って、俺に抱きついてきた。
 それをセバスチャンが見ていたら咎めたかもしれないが、セバスチャンは医師と母上の今後の療養について話し合っていたから、俺もインベルのことをそっと抱きしめ返した。
 
感想 9

あなたにおすすめの小説

​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。 ​死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。

【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/数日おきに予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

過労で倒れかけの騎士団長を「カツ丼」で救ったら、なぜか溺愛され始めました。

水凪しおん
BL
王都の下町で、亡き両親が残した小さな食堂をたった一人で切り盛りする青年、ルカ。 孤独な日々の中で料理だけを生きがいにする彼の店に、ある冷たい雨の夜、全身を濡らし極限まで疲弊した若き騎士団長、レオンハルトが倒れ込むようにやってきた。 固形物さえ受け付けないほど疲労困憊の彼を救うため、ルカが工夫を凝らして生み出したのは、異世界の食材を組み合わせた黄金色の絶品料理「カツ丼」だった。 その圧倒的な美味しさと温もりに心身ともに救われたレオンハルトは、ルカの料理と彼自身に深く魅了され、足繁く店に通うようになる。 カツ丼の噂はまたたく間に王都の騎士たちや人々の間に広がり、食堂は大繁盛。 しかし、その人気を妬む大商会の悪意ある圧力がルカを襲う。 愛する人の居場所を守るため、レオンハルトは権力を振るって不正を暴き、ルカもまた自らの足で立つために「ルカ商会」を設立する決意を固める。 美味しいご飯が傷ついた心を癒やし、やがて二人の絆を「永遠の伴侶」へと変えていく。 胃袋から始まり、下町の小さな食堂から王都の食を支える大商会へと成り上がる、心温まる異世界お料理&溺愛ファンタジー!

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

原作を知らないblゲーに転生したので生きるため必死で媚びを売る

ベポ田
BL
blゲームの、侯爵家に仕える従者に転生してしまった主人公が、最凶のご主人様に虐げられながらも必死に媚を売る話。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。   ※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました! えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。   ※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです! ※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息