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父上が城から帰ってくるのを待つ間に、インベルに湯浴みをさせて着替えさせる。
随分とお腹を空かせていたので、まだ食事の時間ではないが、料理人に無理を言って一人分の食事を用意してもらった。
「旦那様、ご報告がございます」
父上が帰ってくると、セバスチャンはインベルが帰ってきたことと赤い実について報告した。
「インベルの話が本当なら、この実は万病に効くということか?」
父上は慎重に、しかし、期待が滲む眼差しで赤い実を見つめた。
「それでは、食べてみます」
セバスチャンはインベルの言葉を証明するためにナイフで指先を切り、それから 赤い実を一粒口に含んだ。
口に入れた実を噛むセバスチャンの表情は非常に真剣なものだった。
万が一、毒だった場合にはすぐに吐き出せるように――これはインベルを疑っているわけではなく、薬材が一定の条件下においては薬になるが、そうでなければ毒になる可能性を考えてのことだ――慎重に味や香りを確認し、手足の痺れなどの症状があるかないかなども確認しているのだろう。
味にも香りにもおかしなところがなく、噛んでいる間に痺れなども感じないことを確認したセバスチャンは口の中のものを飲み込んだ。
すると、不思議なことにセバスチャンの指先の傷は一瞬にして治った。
父上はいたく感動して、すぐに医者を呼んだ。万が一、母上に悪影響があった際の備えとしてだ。
母上の主治医は興味深そうな表情で赤い実を見て、それから持ってきた分厚い医学書を開いた。
医学書の後半の部分の項目を確認して、医者は父上に医学書を見せた。
「この赤い実は上級ポーションを作るために必要な幻の実ではないでしょうか?」
上級ポーションはさまざまな材料を使って作るが、その材料はどれも手に入りにくいものばかりなのだという。
「彼がこの屋敷に初めて来た日に診察させてもらいましたが、傷跡の大きさの割には治り方が綺麗だったので不思議だったのです」
医者が語るには、インベルの体には大きな裂傷があったと思われる傷跡があるのに、皮膚の盛り上がりもなく綺麗に塞がっていたのが不思議だったのだという。
赤い実を食べていなければもっとひどい傷の状態だったのだ。
俺はインベルがそのような傷を負う辛い環境に置かれていたことに心が痛んだ。
すでに過去のことではあるが、そんな大きな傷を負えば当然痛かっただろうし、熱だって出ただろう。そんな状態でも薬を塗ってもらって適切に看病して貰えたのかも怪しい。
かつて、インベルはそんな劣悪な環境におり、辛い日々を過ごしてきたのだ。
これからはインベルを大切に守っていってあげなければいけないと思った。
そのためには、インベルがある程度成長したら、悪役になってしまう俺からは解放してあげなければいけないだろう。
「クレメンティア、調子はどうだ?」
まず、父上と俺が母上の寝室に入り、母上の様子を伺う。
母上は相変わらず青白い顔をしてベッドで横になっていたが、父上の声にその目を開けた。
「まぁ、あなた……それに、ルシファーも、どうしたの二人とも? あなたはお仕事があるのじゃなくて?」
身を起こそうとした母上の体を父上が支えて上半身を起こし、背中にクッションを差し入れる。
「実はクレメンティアに食べてほしいものがあって、持ってきたんだ」
「食べてほしいものですか?」
父上は扉の横に立つセバスチャンへ視線を向ける。
セバスチャンは扉を開けて、医師とインベルを部屋の中に入れる。
「まぁ、先生もお越しになっていたのね。それから、あなたは……」
母上はインベルに視線を向けた。
「母上、彼は……」と俺は母上にインベルを紹介しようとしたが、母上はインベルに優しく微笑みかけた。
「あなたはインベルね。あなたが初めてうちに来た日にその姿を見たけれど、元気そうになってよかったわ」
そうだ。母上は初日にインベルがベッドに横たわる姿を見ているのだ。
「ルシファーからいつも話を聞いていたわ。あなたがいなくなってしまって、ルシファーはとても心配していたのよ。あなたはもうこの屋敷の一員なのだから、勝手にどこかに行ってはダメよ?」
インベルがいなくなってから、俺はそのことを母上に話していたのだが、母上はその話をよく覚えてくれていたようだ。
体調が良くないだろうに、息子の俺の話を聞き漏らすことなくちゃんと聞いてくれていたのだ。
「ご心配おかけしてすみません」
インベルはセバスチャンに言われていた通りに頭を下げた。
「それがね、母上、インベルは山に母上の薬になる実を取りに行ってくれていたんだ」
俺たちはインベルが持ってきてくれた赤い実を母上に見せて、この実にどのような効果があったのかを語って聞かせた。
「セバスチャンが実際に食べてみて安全性は確認している。馴染みのないものを口にするのは怖いかもしれないが……」
父上は緊張しながらも母上にそう言った。
しかし、不安を抱えているのはどう見ても母上よりも父上だった。
母上はそんな父上を安心させるように父上の手を握った。
「あなた、わたくしなら大丈夫よ。ぜひ、その実を試してみたいわ。でも、万が一、わたくしの治療にその実が効果を示さなくても、今この場にいる誰のことも責めないでくださいね」
それは、万が一、この赤い実が自分の命を奪うことになっても、インベルのことも、医師のことも罰してはいけないという意味だとわかる。
母上を失くすようなことがあれば、父上が正気ではいられないことを母上は理解しているのだろう。
「……わかっている」と父上は深く頷いた。
本当はもっと実験をしたり、ポーションが作れるようならポーションを作ってからの方が安全に確証が持てるだろう。
しかし、上級ポーションを作る他の材料はいつ見つかるかはわからない。
そして、赤い実は採取してからすでに数日は経っている。
これ以上迷っている間に鮮度が落ちて効能まで無くしては意味がない。
セバスチャンが毒味をして効能を確かめてくれ、さらに医師の知識により上級ポーションの材料にもなる希少なものだとわかれば、数の少ない実をこれ以上無駄にすることもできない。
父上は覚悟を持ってセバスチャンから赤い実を受け取り、母上に渡した。
母上はそれをありふれた果実を口にするような気軽さで口に入れた。
そして、ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。
「……」
母上は胸に手を当てた。
「……どうだ? クレメンティア?」
母上は父上に視線を向けて、それから微笑んだ。
「あなた、胸が苦しくないわ。体も不思議なくらいに軽くなったわ」
「本当か!?」
父上は母上の両手を自分の両手で包み込んだ。
「公爵様、奥様の診察を行なってもよろしいですか?」
医師が進み出た。
「ああ! 頼む!」
父上は母上のベッドに腰を下ろし、母上の肩を抱いた。
それで診察をしろという。できないことはないが、正直邪魔だろう。
しかし、父上の喜びが理解できるので、医師もそのまま母上の診察を行なった。
「……素晴らしい。呼吸も落ち着いていますし、脈も正常です。熱もありません」
医師は健康な状態と変わらないと診断したものの、時間が経ってどのような変化があるかわからないため、数日間は様子を見て、無理はせずに慎重に行動すること、そして、自分もしばらくは毎日様子を見にくることを告げた。
慎重な医師は注意点を色々と述べていたものの、父上は母上が治ったことを喜び、医師の話など聞いていないような様子だった。
だが、それでも問題はないだろう。セバスチャンがしっかり聞いているから。
「インベル、ありがとう」
俺がそうインベルに微笑むとインベルは少し期待に輝かせた瞳を俺に向けた。
「俺、ルシファー様のお役に立てましたか?」
「役に立てたどころじゃないよ。インベルは我が家を救ったんだ」
「それじゃ、俺を褒めてくれますか?」
「俺はインベルに感謝する立場で、褒めるとかはなんか違う気がするけど……」
「俺、ルシファー様に褒められたくて頑張ったんだぞ?」
インベルは俺に褒められるために頑張ってあの赤い実を取ってきてくれたのだという。インベルは本当に俺の弟のようだった。
「ありがとう。インベル」
そう俺がインベルの頭を撫でると、インベルは嬉しそうに笑って、俺に抱きついてきた。
それをセバスチャンが見ていたら咎めたかもしれないが、セバスチャンは医師と母上の今後の療養について話し合っていたから、俺もインベルのことをそっと抱きしめ返した。
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