【第二部開始】悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ

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「ルシファー! 私に何も言わずに学園に入学して寮に入ってしまうなんて酷いじゃないか! 公爵領に遊びに行ったら、寮に入っていると聞いて驚いたぞ!」
 
 そう王子に言われたのは、寮の食堂だ。周囲の学生たちは唖然と王子を見つめる。
 休日の朝に学生寮に乗り込んできた王子は学生服を着ている。どうやら、王子もこの学園に入学したようだ。

 うーん。俺が学園でヒロインをいじめて、その結果、俺はヒーローと王子に断罪されることになるのだが……王子までこの学園に入学して、俺と一緒に学園生活を送ってしまうとなると断罪は一体どうなるのだろうか?

 しかし、王子がこの学園にいてくれれば、ヒロインと自然と恋に落ちて、ヒロインが誰かわかるかもしれない!
 
「俺はいつも城で家庭教師と一対一で勉強していたから、ルシファーと一緒に勉強できるのは楽しみだ!」
 
 王子には、ヒロインを探す探知機として活躍してもらおう!
 
「俺も楽しみです」
 
 王子と喧嘩友達のインベルはじとりと王子を見ていた。しかし、不敬な態度を取っても王子から許されているのだから、インベルはとても貴重な存在だ。
 
「ルシファー様、お食事の手が止まっております」
 
 突然の王子襲来のために驚いて止まっていた食事の手を俺は再び動かす。
 
「俺も何か食べようかな」
「なりません」
 
 王子の言葉を側近がすぐに諌めた。王子の側近たちは成人した大人が多いのだが、彼はまだ若い。最近側近入りした者だろうか?
 
「このような下級貴族が利用するような場所で食事をするなど、あっていいことではありません。それに、毒味役の者が一つ一つ毒味をしている間にルシファー様の食事は終わってしまいますよ」
「それなら、ルシファー、一口くれないか? ルシファーが食べているものなら安全だろう」

 俺は毒味役ではないのだが?
 側近の青年を見れば、何も言わない。下級貴族の食事と言いながらも、そんな下級貴族の食事を普通に食べている公爵家の子息が毒味役をやる分には文句ないようだ。

 ここの食堂の食事は公爵家の食事よりは質素だ。しかし、平民たちの食事よりは豪華だし、前世がごくごく平均的な一般家庭だった俺にとっては公爵家の食事よりも、いつもよりもちょっと豪華な食事くらいの感じのここの食事はわりと好きだった。

 別に王子に食事を分けてやるのは構わないのだが、俺を毒味役にしようとしていることは気に入らない。直接的な言葉はなかったけれど、王子のことを諌めないということはそういうことだろう。
 どうしたものかと思っていると、インベルが微笑んだ。
 
「王子、デザートだけ貰ってきてはどうですか? 今なら受け取りカウンターの列もありませんから、すぐに出てくるでしょう。ここでは、王子でも自分で食事を運ぶという貴重な体験ができますよ」
 
 インベルの言葉に王子は興味を示したようだった。
 
「それは面白そうだ!」
「なりません!」
 
 先ほどの側近がすぐに王子を諌める。
 
「お前はそればかりだ! 側近からは外すことにする!」
「そ、そんな、王子……」
「伯爵家の自分を側近にすれば、学園に通っている他の伯爵家の令息令嬢たちとの顔つなぎができると言うからお前を側近にしたのに、お前は他の者たちに避けられてばかりじゃないか!」
「そ、それは……」
 
 以前、インベルが報告してくれた話だが、彼は父親の功績により王の覚えめでたく、王子の側近になれたそうだ。伯爵家にしては異例の出世のようなもので、王子から気に入られればもっと出世できたはずだ。
 しかし、自尊心が高く、他の令息令嬢たちには自分は王子の側近だからと偉ぶっていたため、彼は他の令息令嬢に嫌われていた。彼が王子のそばにいたところで、王子と下級貴族の顔つなぎなどできそうにない。
 彼はすぐに他の成人している側近たちによって王子から引き離された。
 
「ルシファー! 一緒にデザートを取りに行こう!」
 
 実のところ、俺も食事を受け取るカウンターに自分で並んだことはない。
 インベルの悪役令息はそんなことをしないという言葉により、毎回、インベルに甘える形になっている。インベルは俺の執事だから別段おかしなことではないのだが、他の生徒たちが自分のことは自分でやっているのを見ていると微妙な気持ちになっていたのも事実だ。
 
「ルシファー様はまだお食事中です」
 
 食事の席を途中で立つのは行儀が悪いが、王子が一緒に行くと言っているのだから今回は構わないだろう。
 インベルは自分の発言により俺まで自分でデザートを取りに行くことになったことに複雑な思いを抱えているようだったが、俺はインベルの頭を撫でて微笑みかけた。
 
「大丈夫だ。問題ない」
 
 そう俺が席を立つと、他の席からぐふふとおかしな笑い声が聞こえてきた。何度か聞いたことのあるその笑い声に視線を向ければ、ニヤついているラザナスがいた。
 
「いつもはお高く止まっているルシファー様も王子様の前ではかたなしですね」
 
 ラザナスのそのような態度はいつものことだったので俺は気にせずに受け取りカウンターへ向かおうとしたのだが、王子が眉間に深い皺を刻んでラザナスを見ていた。
 
「ルシファー、なんだ? この無礼なのは?」
「同級生です」
 
 ラザナスはただの同級生だ。まだ十歳の子供だ。王子の命を狙うこともないだろうから、相手にする必要はない。しかし、王子はラザナスのことが気になるようだ。
 
「そうか、つまり、私とも同級生になるということか?」
 
 王子の視線に、ラザナスはニッタリと見慣れない媚びた笑みを浮かべた。……いや、一番最初に金貨を持ってきた時にはこんな顔をしていたような気がする。
 
「はい。私はハイヤー伯爵の子息、ラザナス・ハイヤーと申します。王子殿下においては大変麗しく……」
「このような品のない貴族はこの国にいてはならぬ。即刻家を取り潰すように父上に進言する」

 王子の言葉にラザナスは愕然とし、ラザナスの取り巻きは蒼白になった。

「王子、それはやりすぎです。彼はまだ十歳の子供なのですから」
「子供? ルシファーは先ほど、この者が同級生だと言ったではないか?」
「いいですか、王子。世の中には年相当の年齢の者、年の割には大人びて見識の深い者、それから、何歳になってもずっと幼い子供のような者がいるのです。肉体年齢だけで相手を判断してはなりません」
「つまり、あの者の精神は育っていないと?」
 
 いや、ラザナスは十歳の生意気な子供という意味では年齢相応なような気もするが……しかし、クラリスなど他の同級生と比べると幼いかもしれない。
「そうですね」と、俺は他の同級生たちの名誉のために王子の言葉を肯定した。
 
「そのような者と付き合っていると、自分も引きずられて幼くなってしまうものなのです。ですから、いちいち相手にしてはなりません」
「うむ。わかった。取り潰しを進言することはやめて、この場であった事実だけを報告書に記そう」
 
 できれば王に報告すること自体をやめて欲しかったが、王としては王子がどのような体験をしたのかを知りたいのだろうから、そこまで干渉することはできないだろう。


 
 その日からラザナスの取り巻きは彼の元から去り、彼自身も非常に大人しくなった。そして、その数日後には姿を見なくなった。
 態度が大きかったりやんちゃで他の生徒たちに横暴な態度だった生徒たちは自身の身の置き方を改めたり、もしくは、王子や王子の側近の目の触れるところでやらかして、その姿を消していくことになる。

「ウィリアム王子が入学された時には魔王が降臨したと思いましたけれど、結果的に悪魔達が息を潜めるようになって平和になりましたわ」

 クラリスは怖いもの知らずだと思う。

「下級貴族の僕がこんなに間近で王子様を見ることができるなんて!」

 そう感動していたマルローは小動物のようで可愛い。
 マルローは憧れを示すようなキラキラの目を向けてくるから王子も悪い気がしないのか、クラリスに見せるような傲慢な態度は取らないために平和だ。
 
 自分よりも下の階級の令息令嬢を虐げる者たちがどんどんその姿を消していったが、それで生徒数が減ったのかといえば、むしろ、王子が入学したことによって、王子とよしみを結ぼうとする裕福な中級貴族や上級貴族が入学するようになり、生徒は増えた。
 
 さらに、俺が入学したのは公爵である父親に見限られたからではないかという噂は一掃され、王子が入学する前に王子の友人である俺が入学して学園の視察を行なっていたのではないかという噂にすり替わった。
 しかし、俺が王子のために視察を行なっていたのなら、この学園への入学は絶対に勧めないだろうという視点が漏れている時点でその推察が間違っていることに気づいてほしい。
 
 とにかく、俺の株は謎に爆上がりし、ますます悪役令息としての役目が果たし難くなっていた。
 
「もう諦めた方がいいと思います」
 
 とうとうインベルまでそう言い出した。
 
「やはり、そう思うか?」
 
 薄々、俺ももう悪役になるのは無理なんじゃないかと思ってきていた。
 
「ルシファー様が誰かをいじめると、ルシファー様ではなく、被害者が何か悪さをしたのだろうと勘違いされて、学園から追放、下手をするとお家取り潰しになる可能性さえ出てきました」
 
 これも全て、なぜか王子からの信頼が厚いせいだ。こんなことになると知っていたなら、子供の頃に王子と親しくなるのを避けたのに。
 
 いまだにヒロインが誰かもわからず、ヒーローも登場していないこの世界で、悪役令息のはずの俺は完全に役割を見失っていた。
 
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