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32 インベル視点
凶暴な姿の魔物、悍ましい姿の魔物、俊敏なもの、愚鈍だが巨大なもの、さまざまな魔物を切り裂いていく。
ルシファー様を片手で抱きしめて、剣を握る腕を振るう。ルシファー様は俺の動きの邪魔にならないようにと思ってのことか、俺の腕の中で大人しくしていた。
奴隷だった子供の頃に逃げ出した時に山の中で魔物に出会ったことが数度ある。
今戦っている魔物たちよりも数も多くなく、それほど強くもなかったと思う。それでも、普通の子供ならば食い殺されていただろう。
しかし、俺は逃げ出す時に持ち出したナイフ一本でその魔物たちと戦い、勝って、ルシファー様と出会った場所まで辿り着いた。
俺は屋敷の医師に何度か診察されているが、鞭や棒で叩かれた以外の魔物に付けられた傷を医師は不思議そうに見ていた。
そして、医師はある時、俺に聞いた。
「君は一体、何に襲われたんだ?」
俺が魔物の説明をすると、医師は信じられないものを見るような顔をした。
「君はその小さな体で、その魔物と戦ったというのか?」
俺は医師に頷いた。
その日の夜、師匠は俺を騎士の訓練場に連れていき、しばし木剣を打ち合った。
師匠は子供の俺が師匠の剣についてこれたことに少し驚いているようだったが、納得もしていた。
「ルシファー様に聞かせたら驚くでしょう」
「ルシファー様には知られたくない!」
師匠の言葉に俺は反射的にそう言った。
「どうしてですか? あなたが騎士に向いていると見抜いたのはルシファー様です。きっと褒めてくれますよ」
「ルシファー様には、魔物を倒せる子供だなんて思われたくない……」
英雄になるべくして生まれた子供だなんて思われて、自分のそばよりも英雄になった方がいいだろうなんて言い出してほしくない。
俺はまた捨てられることを恐れていた。
師匠はそれから数日、俺の様子を見ていたけれど、ルシファー様には言わずにおいてくれた。
きっと、師匠は俺がルシファー様の護衛にもなりそうだからちょうどいいと思ったのじゃないだろうか?
俺は師匠なら俺の強さを知っても、ルシファー様のそばに置いてくれるような気がしたから素直に戦ったし、素直に話したのだ。
俺の力を知っていたから、師匠の訓練は最初から容赦がなかったが、そのおかげで、ルシファー様は俺にとても優しくしてくれた。
打撲ができたらすぐに塗り薬を塗ってくれたし、執事の仕事中も労ってくれた。
俺が英雄になるべくして生まれてきた子供だと知らないからこそ、普通の子供のように気遣い、接してくれた。
ルシファー様のそばはとても居心地が良かった。
何十、何百という魔物を斬り倒していき、俺は既視感を覚えていった。
俺は前にもこうやって魔物を斬り続けていたことがあった。
その時も、誰かを守りながら戦っていたけれど、俺の心は常に孤独だった。
今覚えば、これまで繰り返されてきた人生の中で俺が守っていたのはクラリスだった。
クラリスは倒れていた俺を拾ってくれ、クラリスの父親は俺の体の傷から俺が子供ながらに魔物と戦って生き延びてきたことを知り、他国で噂の英雄の子供ではないかと思ったようだった。
そして、クラリスの父親は俺に衣食住を与えてくれ、俺を英雄として盛り立てた。
俺は英雄から奴隷になり、そしてまた英雄になってしまったのだ。
俺はその時、自分の人生を選ぶことはできないと諦めたのだ。
俺はクラリスには拾ってくれた恩を返すために従っていた。
一時期、献身的に従う俺に彼女は特別な感情を抱いていたこともあったようだが、俺がその感情には気づかないふりをしていると、彼女はすぐに他の男……英雄が守る少女に興味を持った王子に目移りした。
俺は単に衣食住の礼をしていただけだから、それで良かった。
俺は何度も何度も同じ人生を繰り返している。
俺が死ぬたびに、何度でも、最初からやり直しの人生が訪れるのだ。
俺を育てた村の村長は英雄とは神様に愛されて神様の力を授けられた者だと語っていたけれど、何度も繰り返される他者を救うための人生は呪いのようだった。
繰り返される人生の中で、俺に衣食住を与えてくれたクラリス以外に印象に残っている人物がいる。
それは俺と同じ孤独を抱えて生きていた少年だった。
何度生まれ変わっても、彼は孤独で、孤独ゆえに周囲の者にいいように扱われていた。
それは、まるで俺のようだった。俺は彼に自分を重ねていた。
その少年がルシファーだ。
そんな彼が今生では俺を拾ってくれ、俺に自分の道を選ばせてくれた。
これまでの人生のルシファーと今生のルシファー様は明らかに違っていた。
ルシファー様は前世の記憶があり、本来の自分の役割が悪役令息だと言っていたけれど、確かに、これまでのルシファーは優しい人物ではなかった。
しかし、それはルシファー自身の性格が悪質だったというよりは、寂しさを埋めるために一緒にいる者の言うことを聞きすぎてしまい、自分の意思を持っていなかったために悪い方向へと向かっていたように思う。
そして、今のルシファー様が一生懸命探していたヒロインとヒーローというのは、どうやらクラリスと俺だったようだ。
俺が自分と対抗する相手だと知らずに拾ってしまい、育てたために、ルシファー様が思っていた未来とは全く違うものになってしまったのだ。
しかし、たとえ、俺がヒーローでクラリスがヒロインだと気づいたとしても、悪役とは何かを正確に理解できていないルシファー様には俺たちをいじめるなどということは決してできなかっただろう。
これまでの英雄としての人生とはまるで違った道を歩いていたが、俺はとても満足していた。
俺はルシファー様のために生きることを自分で決めたし、ルシファー様もそれを受け入れてくれたのだ。それで十分だった。
それで十分だと、思っていた……けれど、俺はここにきて、欲が出た。
俺が魔物の大発生を食い止めた後、クラリスと王子が結ばれて、それから一年後くらいに俺は死ぬ。
死ぬ理由は色々だったが、繰り返しの人生がやり直しになるのだ。
つまり、俺はルシファー様と離れなければいけなくなる。
これまでは自分が死んだ後の世界のことなど考えたことがなかった。
世界ごと俺と一緒にやり直しになるのか、それとも、俺が死んだ世界は俺がいなくなるだけでそのまま続いているのか……それは、ルシファー様には俺がいない未来があって、俺以外の誰かがルシファー様の隣に立つことになるのだろう。そんなのは嫌だ。
それに、次の人生では、またルシファー様と一緒に過ごすことができるのかがわからない。
今生のルシファー様は明らかにこれまでのルシファー様とは違うのだ。
つまり、またこれまでのルシファー様と同じであれば、俺のことを拾ってはくれないかもしれない。
俺が記憶を思い出すのはいつだってこのタイミングだ。魔物の大発生が起こり、英雄の役割をこなす時だ。
ここに来るまで記憶を思い出すことはないから、俺からルシファー様の屋敷を訪ねることは無理だ。
俺は今のルシファー様との関係を壊したくはない。
「インベル? 大丈夫か?」
ルシファー様が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
そうだ。この人生が終わってしまったら、インベルという名前も手放さなければいけないのだ。
俺はルシファー様を抱える腕に力を込めて、魔物を斬り倒した。
「ルシファー様、私の秘密を聞いてくれますか?」
そう聞けば、ルシファー様は唐突な俺の言葉に驚いたようだったが、それでも俺の頬についた魔物の返り血を指で拭って微笑んでくださった。
「ああ。もちろんだ」
ルシファー様を片手で抱きしめて、剣を握る腕を振るう。ルシファー様は俺の動きの邪魔にならないようにと思ってのことか、俺の腕の中で大人しくしていた。
奴隷だった子供の頃に逃げ出した時に山の中で魔物に出会ったことが数度ある。
今戦っている魔物たちよりも数も多くなく、それほど強くもなかったと思う。それでも、普通の子供ならば食い殺されていただろう。
しかし、俺は逃げ出す時に持ち出したナイフ一本でその魔物たちと戦い、勝って、ルシファー様と出会った場所まで辿り着いた。
俺は屋敷の医師に何度か診察されているが、鞭や棒で叩かれた以外の魔物に付けられた傷を医師は不思議そうに見ていた。
そして、医師はある時、俺に聞いた。
「君は一体、何に襲われたんだ?」
俺が魔物の説明をすると、医師は信じられないものを見るような顔をした。
「君はその小さな体で、その魔物と戦ったというのか?」
俺は医師に頷いた。
その日の夜、師匠は俺を騎士の訓練場に連れていき、しばし木剣を打ち合った。
師匠は子供の俺が師匠の剣についてこれたことに少し驚いているようだったが、納得もしていた。
「ルシファー様に聞かせたら驚くでしょう」
「ルシファー様には知られたくない!」
師匠の言葉に俺は反射的にそう言った。
「どうしてですか? あなたが騎士に向いていると見抜いたのはルシファー様です。きっと褒めてくれますよ」
「ルシファー様には、魔物を倒せる子供だなんて思われたくない……」
英雄になるべくして生まれた子供だなんて思われて、自分のそばよりも英雄になった方がいいだろうなんて言い出してほしくない。
俺はまた捨てられることを恐れていた。
師匠はそれから数日、俺の様子を見ていたけれど、ルシファー様には言わずにおいてくれた。
きっと、師匠は俺がルシファー様の護衛にもなりそうだからちょうどいいと思ったのじゃないだろうか?
俺は師匠なら俺の強さを知っても、ルシファー様のそばに置いてくれるような気がしたから素直に戦ったし、素直に話したのだ。
俺の力を知っていたから、師匠の訓練は最初から容赦がなかったが、そのおかげで、ルシファー様は俺にとても優しくしてくれた。
打撲ができたらすぐに塗り薬を塗ってくれたし、執事の仕事中も労ってくれた。
俺が英雄になるべくして生まれてきた子供だと知らないからこそ、普通の子供のように気遣い、接してくれた。
ルシファー様のそばはとても居心地が良かった。
何十、何百という魔物を斬り倒していき、俺は既視感を覚えていった。
俺は前にもこうやって魔物を斬り続けていたことがあった。
その時も、誰かを守りながら戦っていたけれど、俺の心は常に孤独だった。
今覚えば、これまで繰り返されてきた人生の中で俺が守っていたのはクラリスだった。
クラリスは倒れていた俺を拾ってくれ、クラリスの父親は俺の体の傷から俺が子供ながらに魔物と戦って生き延びてきたことを知り、他国で噂の英雄の子供ではないかと思ったようだった。
そして、クラリスの父親は俺に衣食住を与えてくれ、俺を英雄として盛り立てた。
俺は英雄から奴隷になり、そしてまた英雄になってしまったのだ。
俺はその時、自分の人生を選ぶことはできないと諦めたのだ。
俺はクラリスには拾ってくれた恩を返すために従っていた。
一時期、献身的に従う俺に彼女は特別な感情を抱いていたこともあったようだが、俺がその感情には気づかないふりをしていると、彼女はすぐに他の男……英雄が守る少女に興味を持った王子に目移りした。
俺は単に衣食住の礼をしていただけだから、それで良かった。
俺は何度も何度も同じ人生を繰り返している。
俺が死ぬたびに、何度でも、最初からやり直しの人生が訪れるのだ。
俺を育てた村の村長は英雄とは神様に愛されて神様の力を授けられた者だと語っていたけれど、何度も繰り返される他者を救うための人生は呪いのようだった。
繰り返される人生の中で、俺に衣食住を与えてくれたクラリス以外に印象に残っている人物がいる。
それは俺と同じ孤独を抱えて生きていた少年だった。
何度生まれ変わっても、彼は孤独で、孤独ゆえに周囲の者にいいように扱われていた。
それは、まるで俺のようだった。俺は彼に自分を重ねていた。
その少年がルシファーだ。
そんな彼が今生では俺を拾ってくれ、俺に自分の道を選ばせてくれた。
これまでの人生のルシファーと今生のルシファー様は明らかに違っていた。
ルシファー様は前世の記憶があり、本来の自分の役割が悪役令息だと言っていたけれど、確かに、これまでのルシファーは優しい人物ではなかった。
しかし、それはルシファー自身の性格が悪質だったというよりは、寂しさを埋めるために一緒にいる者の言うことを聞きすぎてしまい、自分の意思を持っていなかったために悪い方向へと向かっていたように思う。
そして、今のルシファー様が一生懸命探していたヒロインとヒーローというのは、どうやらクラリスと俺だったようだ。
俺が自分と対抗する相手だと知らずに拾ってしまい、育てたために、ルシファー様が思っていた未来とは全く違うものになってしまったのだ。
しかし、たとえ、俺がヒーローでクラリスがヒロインだと気づいたとしても、悪役とは何かを正確に理解できていないルシファー様には俺たちをいじめるなどということは決してできなかっただろう。
これまでの英雄としての人生とはまるで違った道を歩いていたが、俺はとても満足していた。
俺はルシファー様のために生きることを自分で決めたし、ルシファー様もそれを受け入れてくれたのだ。それで十分だった。
それで十分だと、思っていた……けれど、俺はここにきて、欲が出た。
俺が魔物の大発生を食い止めた後、クラリスと王子が結ばれて、それから一年後くらいに俺は死ぬ。
死ぬ理由は色々だったが、繰り返しの人生がやり直しになるのだ。
つまり、俺はルシファー様と離れなければいけなくなる。
これまでは自分が死んだ後の世界のことなど考えたことがなかった。
世界ごと俺と一緒にやり直しになるのか、それとも、俺が死んだ世界は俺がいなくなるだけでそのまま続いているのか……それは、ルシファー様には俺がいない未来があって、俺以外の誰かがルシファー様の隣に立つことになるのだろう。そんなのは嫌だ。
それに、次の人生では、またルシファー様と一緒に過ごすことができるのかがわからない。
今生のルシファー様は明らかにこれまでのルシファー様とは違うのだ。
つまり、またこれまでのルシファー様と同じであれば、俺のことを拾ってはくれないかもしれない。
俺が記憶を思い出すのはいつだってこのタイミングだ。魔物の大発生が起こり、英雄の役割をこなす時だ。
ここに来るまで記憶を思い出すことはないから、俺からルシファー様の屋敷を訪ねることは無理だ。
俺は今のルシファー様との関係を壊したくはない。
「インベル? 大丈夫か?」
ルシファー様が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
そうだ。この人生が終わってしまったら、インベルという名前も手放さなければいけないのだ。
俺はルシファー様を抱える腕に力を込めて、魔物を斬り倒した。
「ルシファー様、私の秘密を聞いてくれますか?」
そう聞けば、ルシファー様は唐突な俺の言葉に驚いたようだったが、それでも俺の頬についた魔物の返り血を指で拭って微笑んでくださった。
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