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俺は咀嚼していたものをごくりと飲み込んだ。
胃が、「美味しい!」「栄養たっぷりのごはん、最高!!」と叫んでいる気がする。
本当に胃袋のやつは、すっかり向井くんのごはんに懐いていた。
「もっとよこせ!」と言ってくる胃袋を無視して、俺は向井くんに聞いた。
「ナオキって……どうして、向井くんが俺のプレイヤーネームを知っているんだ?」
「実さん、俺の下の名前、忘れちゃったんですか?」
「いや、知ってるけど……まさか、向井くんが、タクトだったってこと?」
向井くんの下の名前は拓人(たくと)だ。
「はい。これからはリアルでも気軽に下の名前で呼んでください」
まじか。秘書課の課長って忙しいから、ゲームなんてしてる暇ないと思ってた。
しかも、彼は非常に真面目な性格で、土日でも俺に仕事のメールをしてくるような子だった。
土日も仕事のことを考えていた向井くんが、今や土日は俺と一緒にほとんどアルカディアで過ごしていたのだから驚きだ。
「それで、ナオキさんが言っていたお礼を今もらってもいいですか?」
「え? ここで?」
ゲーム内じゃないけど?
はっ! もしかして、現金が欲しいとか!?
ゲーム内コインより便利だし、ダンジョン制作後の今ならコインより断然現金の方がある!
「時給換算すると結構いい値段になるかも!」
「そうじゃないですから!」
俺はタクトに手伝ってもらったダンジョンにかなり満足していた。
だから、早めにお礼を払おうと思って、早速、時給計算をしようと思ったのだが、即行で向井くんに否定された。
「え? 違うの?」
「違いますよ! 先輩は、俺がお金に困っているような人間に見えているんですか!?」
「いや、そうは見えてないけど、合理的な考え方はするかなって……」
彼は入社時から非常に優秀だった。
「俺を優秀だと思っているのなんて先輩だけですよ?」
優秀すぎて、人の心を読むのをやめてもらいたい。
「他の人たちからは融通が利かなくて一緒に仕事しにくいって思われてるんですからね?」
「そう? 女性からは人気だったと思うけど?」
「それは見た目だけです」
「相変わらず、自己評価が厳しいね」
「……そうですよ。だから、先輩がそばにいてくれないとダメなんです」
それは、つまり、お願いというのはもしや……
「俺、会社に戻るのは無理だからね!?」
慌ててそう言うと、向井くんに呆れたような視線を向けられた。
「もう、先輩は推測とかするのやめてもらっていいですか? 正解には辿り着かないと思うので」
「あ、違った?」
よかったー。
「一応、聞いておきますけど、他にできないことはありますか?」
「多分、大丈夫だと思う」
「それなら、俺と付き合ってください」
「買い物? どこ行くの? 奢るよ」
「どうして、流れるようにそんな典型的な勘違いができるんですか? もうちょっと迷ってくれませんか?」
典型的な勘違い?
「数年前にも一度、告白したと思うんですが、忘れちゃいましたか?」
「え? 胃袋掴みたい人がいるって……」
それって、好きな人がいるってことだろう?
「先輩のことですよ。俺、そんなに節操ないように見えるんですかね? ちょっとショックです」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「会社に戻ること以外にできないことないって言ってましたよね? 今度こそ、付き合ってくれますよね?」
ぐいぐいくる。すごくぐいぐいくる。
向井くんって、こんなタイプだったっけ?
「いや、それは……」
今の俺が、彼と付き合うのはあまりにも不誠実だろう。
「できないことないって言ったのに、またできないとか言わないでくださいね」
「でも、俺、御子柴のことが好きで……」
「それは、今の感情ですか?」
「え?」
「それ、本当に今の気持ちですか?」
今の気持ち?
向井くんは俺のそばに来ると床に膝をつき、俺が膝の上でいつの間にか握りしめていた拳を優しい手つきで開いた。
「その好きは、大切に握りしめている間に化石化してませんか? 俺は、今まさに、この瞬間にあなたに恋をしているんですよ?」
開かれた手のひらを向井くんの手が優しく撫でてくる。
手のひらから伝わってくる熱と、向井くんの眼差しに囚われて、俺の口はうまく言葉を紡げない。
ただ、心臓だけがやけに強く、早く、動いていることがわかった。
「これは俺へのお礼ですから、先輩には絶対に付き合ってもらいます。でも、覚悟を決める時間は必要だと思うので、今日のところは帰りますね」
そう言って向井くんは帰って行った。
そして、なぜか、翌日の朝にキャリーケースを持ってやってきた。
「え? 何、その荷物?」
「スーツって結構嵩張るんですよ」
いや、そうじゃなくて。
「昨夜、ログインしなかったのは俺のせいですか?」
「う……」
「今日もログインしないつもりですか?」
「いや、えっと、避けたつもりはなくて……」
少しその背を屈めて、向井くんは俺の心を見透かすように、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
イケメンの顔面強くて怖い。
「本当は?」
「合わせる顔がなくて避けました! ごめんなさい!!」
「素直でよろしい」と、向井くんに頭を撫でられた。
それ、いつもは俺の役割。
「でも、恋人に避けられたら悲しいです」
「それ、やっぱり本当だったんだ……」
「付き合って欲しいっていうのが冗談だとしたら、かなり悪質ですね」
「そうだね」
「先輩にとっては、その方がよかったですか? そんな悪質な冗談を言う後輩の方が、気まずくならずに済んだ?」
「……そんな冗談言われたら、立ち直れないよ」
それこそ、今度こそ、本当に廃人になったと思う。
冗談だったらって想像してちょっと落ち込んだ俺に向井くんはなぜか少し機嫌が良さそうだ。
向井くんは俺の手に触れて、昨夜みたいに優しく、労うように、俺の手のひらを撫でる。
なぜだろう、それは、まるで、握りしめていた「好き」を認められたような気がする。
「俺、結構、実さんにも、”ナオキさん”にも好かれている自信あるんです」
「君は努力家だから、人としてはすごく好ましいよ」
「男としては見られない?」
また、手のひらが撫でられる。
ゆっくりと重ねられていく手のひらの温度に、俺の心が、全てを委ねたくなっている。
「今、この瞬間、あなたに恋をしている男として、見て欲しいんですけど?」
「……ずるいな」
ゲームの中じゃわんこのくせに、どうしてそんなに格好良いんだろう?
頬が熱いことに気がついて、いつの間にか恋人繋ぎになっている方ではない手を頬に当てると、向井くんの口角が上がった。
「そろそろ絆されてくれますか?」
そろそろというか、結構前から絆されているような気がする。
胃が、「美味しい!」「栄養たっぷりのごはん、最高!!」と叫んでいる気がする。
本当に胃袋のやつは、すっかり向井くんのごはんに懐いていた。
「もっとよこせ!」と言ってくる胃袋を無視して、俺は向井くんに聞いた。
「ナオキって……どうして、向井くんが俺のプレイヤーネームを知っているんだ?」
「実さん、俺の下の名前、忘れちゃったんですか?」
「いや、知ってるけど……まさか、向井くんが、タクトだったってこと?」
向井くんの下の名前は拓人(たくと)だ。
「はい。これからはリアルでも気軽に下の名前で呼んでください」
まじか。秘書課の課長って忙しいから、ゲームなんてしてる暇ないと思ってた。
しかも、彼は非常に真面目な性格で、土日でも俺に仕事のメールをしてくるような子だった。
土日も仕事のことを考えていた向井くんが、今や土日は俺と一緒にほとんどアルカディアで過ごしていたのだから驚きだ。
「それで、ナオキさんが言っていたお礼を今もらってもいいですか?」
「え? ここで?」
ゲーム内じゃないけど?
はっ! もしかして、現金が欲しいとか!?
ゲーム内コインより便利だし、ダンジョン制作後の今ならコインより断然現金の方がある!
「時給換算すると結構いい値段になるかも!」
「そうじゃないですから!」
俺はタクトに手伝ってもらったダンジョンにかなり満足していた。
だから、早めにお礼を払おうと思って、早速、時給計算をしようと思ったのだが、即行で向井くんに否定された。
「え? 違うの?」
「違いますよ! 先輩は、俺がお金に困っているような人間に見えているんですか!?」
「いや、そうは見えてないけど、合理的な考え方はするかなって……」
彼は入社時から非常に優秀だった。
「俺を優秀だと思っているのなんて先輩だけですよ?」
優秀すぎて、人の心を読むのをやめてもらいたい。
「他の人たちからは融通が利かなくて一緒に仕事しにくいって思われてるんですからね?」
「そう? 女性からは人気だったと思うけど?」
「それは見た目だけです」
「相変わらず、自己評価が厳しいね」
「……そうですよ。だから、先輩がそばにいてくれないとダメなんです」
それは、つまり、お願いというのはもしや……
「俺、会社に戻るのは無理だからね!?」
慌ててそう言うと、向井くんに呆れたような視線を向けられた。
「もう、先輩は推測とかするのやめてもらっていいですか? 正解には辿り着かないと思うので」
「あ、違った?」
よかったー。
「一応、聞いておきますけど、他にできないことはありますか?」
「多分、大丈夫だと思う」
「それなら、俺と付き合ってください」
「買い物? どこ行くの? 奢るよ」
「どうして、流れるようにそんな典型的な勘違いができるんですか? もうちょっと迷ってくれませんか?」
典型的な勘違い?
「数年前にも一度、告白したと思うんですが、忘れちゃいましたか?」
「え? 胃袋掴みたい人がいるって……」
それって、好きな人がいるってことだろう?
「先輩のことですよ。俺、そんなに節操ないように見えるんですかね? ちょっとショックです」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「会社に戻ること以外にできないことないって言ってましたよね? 今度こそ、付き合ってくれますよね?」
ぐいぐいくる。すごくぐいぐいくる。
向井くんって、こんなタイプだったっけ?
「いや、それは……」
今の俺が、彼と付き合うのはあまりにも不誠実だろう。
「できないことないって言ったのに、またできないとか言わないでくださいね」
「でも、俺、御子柴のことが好きで……」
「それは、今の感情ですか?」
「え?」
「それ、本当に今の気持ちですか?」
今の気持ち?
向井くんは俺のそばに来ると床に膝をつき、俺が膝の上でいつの間にか握りしめていた拳を優しい手つきで開いた。
「その好きは、大切に握りしめている間に化石化してませんか? 俺は、今まさに、この瞬間にあなたに恋をしているんですよ?」
開かれた手のひらを向井くんの手が優しく撫でてくる。
手のひらから伝わってくる熱と、向井くんの眼差しに囚われて、俺の口はうまく言葉を紡げない。
ただ、心臓だけがやけに強く、早く、動いていることがわかった。
「これは俺へのお礼ですから、先輩には絶対に付き合ってもらいます。でも、覚悟を決める時間は必要だと思うので、今日のところは帰りますね」
そう言って向井くんは帰って行った。
そして、なぜか、翌日の朝にキャリーケースを持ってやってきた。
「え? 何、その荷物?」
「スーツって結構嵩張るんですよ」
いや、そうじゃなくて。
「昨夜、ログインしなかったのは俺のせいですか?」
「う……」
「今日もログインしないつもりですか?」
「いや、えっと、避けたつもりはなくて……」
少しその背を屈めて、向井くんは俺の心を見透かすように、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
イケメンの顔面強くて怖い。
「本当は?」
「合わせる顔がなくて避けました! ごめんなさい!!」
「素直でよろしい」と、向井くんに頭を撫でられた。
それ、いつもは俺の役割。
「でも、恋人に避けられたら悲しいです」
「それ、やっぱり本当だったんだ……」
「付き合って欲しいっていうのが冗談だとしたら、かなり悪質ですね」
「そうだね」
「先輩にとっては、その方がよかったですか? そんな悪質な冗談を言う後輩の方が、気まずくならずに済んだ?」
「……そんな冗談言われたら、立ち直れないよ」
それこそ、今度こそ、本当に廃人になったと思う。
冗談だったらって想像してちょっと落ち込んだ俺に向井くんはなぜか少し機嫌が良さそうだ。
向井くんは俺の手に触れて、昨夜みたいに優しく、労うように、俺の手のひらを撫でる。
なぜだろう、それは、まるで、握りしめていた「好き」を認められたような気がする。
「俺、結構、実さんにも、”ナオキさん”にも好かれている自信あるんです」
「君は努力家だから、人としてはすごく好ましいよ」
「男としては見られない?」
また、手のひらが撫でられる。
ゆっくりと重ねられていく手のひらの温度に、俺の心が、全てを委ねたくなっている。
「今、この瞬間、あなたに恋をしている男として、見て欲しいんですけど?」
「……ずるいな」
ゲームの中じゃわんこのくせに、どうしてそんなに格好良いんだろう?
頬が熱いことに気がついて、いつの間にか恋人繋ぎになっている方ではない手を頬に当てると、向井くんの口角が上がった。
「そろそろ絆されてくれますか?」
そろそろというか、結構前から絆されているような気がする。
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