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4章 波乱
オーデントへ
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ミエラは静まり返ったテーブルで、まっすぐレグラスを見つめていた。
つい先ほどまで騒がしく響いていた食器の音や、談笑していた者たちの声も、今はすっかり消え去っている。
レグラスの話に耳を傾ける者たちの中には、既にその内容を知っている者もいるのだろう。しかし、それでも彼らは沈黙し、彼の言葉を待っていた。
そして、ミエラの視線は、特に一人の男に向けられた。
ボルボ——かつてミエラと共に旅をした仲間たちの一員、海賊船ローグクランク号の乗組員。
なぜ、彼だけがここにいるのか。エイランやセスナはどうなったのか。
沈黙を破るように、ミエラは口を開いた。
「……レグラス様が、かつての私の仲間にお会いした経緯はわかりました。それで、その後は?」
彼女は、続きを求めるようにレグラスを見つめた。
しかし、レグラスは静かに首を振り、言った。
「すまないが、そこから先の話はまた後にしよう。私の話に時間を取りすぎたな。他の者たちも、それぞれ準備を進めなければならない……君も、ミエラ。」
ミエラは、その言葉に飲み込めない気持ちを抱えながらも、何も言えなかった。
「昨日も話した通り、私は拠点を移す。いま我々がいる場所から、君が望むオーデントの近くへと。」
その言葉を聞いて、ミエラは自分の本来の目的を忘れかけていたことに気づいた。
アイリーンを救うこと
それが今の自分にとって、最も大切なことだったはずだ。
しかし、ノストール、オルフィーナ、そしてこの大陸に張り巡らされた謎——それらの興味が、いつの間にか彼女の心を支配していた。
そして、もう一つ。
どこかで、"竜族は運命によって守られる"という言葉を、まるで救いのように感じていた自分がいた。
ミエラは神を信じることをやめた身だった。それなのに、都合のいい時だけ、その言葉にすがろうとしていたのではないか——。
そんな自分への嫌悪が、胸の内に広がっていく。その様子を訝しげに見ていたボルボが、低く笑いながら口を開いた。
「俺がここにいる理由なら、準備をしながら簡潔に話してやるよ。」
そう言うと、彼は立ち上がり、ミエラに「ついてこい」と言わんばかりに顎をしゃくった。
レグラスに視線を向けると、彼は「任せた」と言わんばかりに静かに頷く。
ミエラは、自分への嫌悪を胸に抱きながらも、続きを求め、ボルボの後を追った。
洞窟の薄暗い空間に、焚き火の微かな明かりが揺れていた。岩壁に反射する橙色の光が、不規則な影を作り出し、静寂の中にかすかな温もりを与えている。
ボルボは手馴れた動作で馬の手綱を巻きながら、ふと苦笑した。
「こんな形で再会するとはな……まさか、またお前と顔を合わせるとは思わなかったぜ。」
ミエラは無言のまま、黙々と自分の馬の準備に取り掛かった。ボルボの言葉にどう返せばいいのか、適切な答えが見つからなかったからだ。
彼の言う通り、二人の関わりは深いものではなかった。だが、この異国の地で同じグランタリス大陸から来た者と再び巡り会えたことに、どこか安堵する自分がいるのも事実だった。
ボルボはそんなミエラの様子を気にも留めず、作業を続けながら言葉を継いだ。
「レグラスの話に出てた『ぶっ倒れてた怪我人』ってのは、俺のことだよ。トロールとかいうデカブツにやられてな……死んでてもおかしくなかったが、レグラスが使う『慈愛の力』のおかげで何とか助かった。とはいえ……そのせいで置いてかれる羽目になっちまったがな。」
ミエラは手を止め、眉をひそめた。
「……置いていかれた?」
ボルボは自嘲するように鼻で笑い、馬のたてがみを軽く撫でる。
「そんな真面目に聞くなよ。間違いじゃねぇが、案じてのことだろうさ。実際、あの時の俺は足手まといだったしな。」
ミエラはその言葉を噛み締めながら、ふと視線を落とした。
「……では、他の皆さんはもう、ここにはいないのですね。」
ミエラの問いに、ボルボは小さく頷き、手綱を締めながら続けた。
「まぁな。お頭——セスナやエイランたちは、聖なる都……つまりベイルガルドに向かったらしい。」
ミエラはその言葉に思わず息を詰まらせた。
「……あなたは、怪我のせいでここに残るしかなかったのですか?」
ボルボは頭をかきながら、苦笑する。
「あぁ……それが一番の理由だが、ベイルガルドに行くには、オステリィアを経由するか、危険な山を越えるしかないって話だったみたいだ。」
その言葉を聞いた瞬間、ミエラは静かにため息をついた。
オステリィア。
かつて自分が目指していたはずの地。しかし今、ミエラはまるで別の場所に流され、思い描いた道筋とは違うところを歩んでいた。
何が正しかったのか——自分は本当に、大切なものを優先できていたのか。
そんな迷いが、胸の奥で燻る。
ボルボはそんなミエラの様子を見て、少し気まずそうに肩をすくめた。
「……まぁ、お前も俺も、最初の一歩を間違えたみたいだな。」
ミエラは顔を上げ、僅かに笑みを浮かべた。
「とりあえず、俺もお頭たちと合流したい気持ちはお前と同じだ。」
ボルボはそう言いながら、馬の手綱を引いた。
「まあ、俺は人質って状況じゃないがな……助けてもらった恩は返すつもりだ。」
ボルボの言葉には、どこか達観した響きがあった。すべてを割り切っているわけではないが、過去を嘆くよりも前に進むことを選んでいるのだろう。
ミエラはその姿勢を羨ましく思いながら、無言のまま彼の背中を見つめた。
洞窟を出ると、冷たい風が吹き抜け、閉ざされた空間の湿った空気を一気に洗い流していった。空は白み始め、夜と朝の境界が溶け合っている。
レグラスのほかに数人の男たちが馬を引き、準備を整えていた。ミエラ達に気がついたレグラスは
「同じ船の仲間同士、短い時間ですまなかったが、我々も急ぐ必要がある。」
彼の目には迷いがなかった。その瞳の奥には、長い旅路を経て磨かれた決断力が宿っている。
レグラスはミエラの姿を一瞥し、確認するように問いかけた。
「馬は問題なさそうだな?」
「はい、大丈夫です。」
ミエラが返事をすると、レグラスは手綱を軽く引き、馬を前へと進める。
「では行こう。目指すはオーデントに近い拠点だ。もしオーデントが順当に戦いを進めているのなら……私たちが到着する頃には、すべてが終わっているはずだが……」
その言葉には、どこか疑念が滲んでいた。レグラスの声は冷静そのものだったが、ミエラはふと、胸の奥にわずかな不安を覚えた。
“本当に、すべてが終わっているのだろうか?”
風に乗って、遠くからかすかな鳥の鳴き声が響く。夜明けの光の下、それぞれの思いを胸に、馬を駆った。
つい先ほどまで騒がしく響いていた食器の音や、談笑していた者たちの声も、今はすっかり消え去っている。
レグラスの話に耳を傾ける者たちの中には、既にその内容を知っている者もいるのだろう。しかし、それでも彼らは沈黙し、彼の言葉を待っていた。
そして、ミエラの視線は、特に一人の男に向けられた。
ボルボ——かつてミエラと共に旅をした仲間たちの一員、海賊船ローグクランク号の乗組員。
なぜ、彼だけがここにいるのか。エイランやセスナはどうなったのか。
沈黙を破るように、ミエラは口を開いた。
「……レグラス様が、かつての私の仲間にお会いした経緯はわかりました。それで、その後は?」
彼女は、続きを求めるようにレグラスを見つめた。
しかし、レグラスは静かに首を振り、言った。
「すまないが、そこから先の話はまた後にしよう。私の話に時間を取りすぎたな。他の者たちも、それぞれ準備を進めなければならない……君も、ミエラ。」
ミエラは、その言葉に飲み込めない気持ちを抱えながらも、何も言えなかった。
「昨日も話した通り、私は拠点を移す。いま我々がいる場所から、君が望むオーデントの近くへと。」
その言葉を聞いて、ミエラは自分の本来の目的を忘れかけていたことに気づいた。
アイリーンを救うこと
それが今の自分にとって、最も大切なことだったはずだ。
しかし、ノストール、オルフィーナ、そしてこの大陸に張り巡らされた謎——それらの興味が、いつの間にか彼女の心を支配していた。
そして、もう一つ。
どこかで、"竜族は運命によって守られる"という言葉を、まるで救いのように感じていた自分がいた。
ミエラは神を信じることをやめた身だった。それなのに、都合のいい時だけ、その言葉にすがろうとしていたのではないか——。
そんな自分への嫌悪が、胸の内に広がっていく。その様子を訝しげに見ていたボルボが、低く笑いながら口を開いた。
「俺がここにいる理由なら、準備をしながら簡潔に話してやるよ。」
そう言うと、彼は立ち上がり、ミエラに「ついてこい」と言わんばかりに顎をしゃくった。
レグラスに視線を向けると、彼は「任せた」と言わんばかりに静かに頷く。
ミエラは、自分への嫌悪を胸に抱きながらも、続きを求め、ボルボの後を追った。
洞窟の薄暗い空間に、焚き火の微かな明かりが揺れていた。岩壁に反射する橙色の光が、不規則な影を作り出し、静寂の中にかすかな温もりを与えている。
ボルボは手馴れた動作で馬の手綱を巻きながら、ふと苦笑した。
「こんな形で再会するとはな……まさか、またお前と顔を合わせるとは思わなかったぜ。」
ミエラは無言のまま、黙々と自分の馬の準備に取り掛かった。ボルボの言葉にどう返せばいいのか、適切な答えが見つからなかったからだ。
彼の言う通り、二人の関わりは深いものではなかった。だが、この異国の地で同じグランタリス大陸から来た者と再び巡り会えたことに、どこか安堵する自分がいるのも事実だった。
ボルボはそんなミエラの様子を気にも留めず、作業を続けながら言葉を継いだ。
「レグラスの話に出てた『ぶっ倒れてた怪我人』ってのは、俺のことだよ。トロールとかいうデカブツにやられてな……死んでてもおかしくなかったが、レグラスが使う『慈愛の力』のおかげで何とか助かった。とはいえ……そのせいで置いてかれる羽目になっちまったがな。」
ミエラは手を止め、眉をひそめた。
「……置いていかれた?」
ボルボは自嘲するように鼻で笑い、馬のたてがみを軽く撫でる。
「そんな真面目に聞くなよ。間違いじゃねぇが、案じてのことだろうさ。実際、あの時の俺は足手まといだったしな。」
ミエラはその言葉を噛み締めながら、ふと視線を落とした。
「……では、他の皆さんはもう、ここにはいないのですね。」
ミエラの問いに、ボルボは小さく頷き、手綱を締めながら続けた。
「まぁな。お頭——セスナやエイランたちは、聖なる都……つまりベイルガルドに向かったらしい。」
ミエラはその言葉に思わず息を詰まらせた。
「……あなたは、怪我のせいでここに残るしかなかったのですか?」
ボルボは頭をかきながら、苦笑する。
「あぁ……それが一番の理由だが、ベイルガルドに行くには、オステリィアを経由するか、危険な山を越えるしかないって話だったみたいだ。」
その言葉を聞いた瞬間、ミエラは静かにため息をついた。
オステリィア。
かつて自分が目指していたはずの地。しかし今、ミエラはまるで別の場所に流され、思い描いた道筋とは違うところを歩んでいた。
何が正しかったのか——自分は本当に、大切なものを優先できていたのか。
そんな迷いが、胸の奥で燻る。
ボルボはそんなミエラの様子を見て、少し気まずそうに肩をすくめた。
「……まぁ、お前も俺も、最初の一歩を間違えたみたいだな。」
ミエラは顔を上げ、僅かに笑みを浮かべた。
「とりあえず、俺もお頭たちと合流したい気持ちはお前と同じだ。」
ボルボはそう言いながら、馬の手綱を引いた。
「まあ、俺は人質って状況じゃないがな……助けてもらった恩は返すつもりだ。」
ボルボの言葉には、どこか達観した響きがあった。すべてを割り切っているわけではないが、過去を嘆くよりも前に進むことを選んでいるのだろう。
ミエラはその姿勢を羨ましく思いながら、無言のまま彼の背中を見つめた。
洞窟を出ると、冷たい風が吹き抜け、閉ざされた空間の湿った空気を一気に洗い流していった。空は白み始め、夜と朝の境界が溶け合っている。
レグラスのほかに数人の男たちが馬を引き、準備を整えていた。ミエラ達に気がついたレグラスは
「同じ船の仲間同士、短い時間ですまなかったが、我々も急ぐ必要がある。」
彼の目には迷いがなかった。その瞳の奥には、長い旅路を経て磨かれた決断力が宿っている。
レグラスはミエラの姿を一瞥し、確認するように問いかけた。
「馬は問題なさそうだな?」
「はい、大丈夫です。」
ミエラが返事をすると、レグラスは手綱を軽く引き、馬を前へと進める。
「では行こう。目指すはオーデントに近い拠点だ。もしオーデントが順当に戦いを進めているのなら……私たちが到着する頃には、すべてが終わっているはずだが……」
その言葉には、どこか疑念が滲んでいた。レグラスの声は冷静そのものだったが、ミエラはふと、胸の奥にわずかな不安を覚えた。
“本当に、すべてが終わっているのだろうか?”
風に乗って、遠くからかすかな鳥の鳴き声が響く。夜明けの光の下、それぞれの思いを胸に、馬を駆った。
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