魔法使いと皇の剣

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5章 運命

牢の中

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 見張りの男に案内され、アーベンたちは幽獄の下層へと降りていった。螺旋状の階段は冷たく湿った空気に包まれ、足音が石壁に反響する。行くほどに松明の灯りは少なくなり、壁に浮かぶ苔の緑が目に染みるようだった。

「ここだ」見張りは重い鉄格子の前で立ち止まった。錆びついた鍵穴に鍵を差し込み、ギシギシと不吉な音を立てて扉が開いた。

「立ち合いを外すわけにはいかないからこのまま話してもらう必要があるからな」

 彼の声には警戒と不安が混ざり合っていた。

 アーベンは静かに頷き、暗く狭い牢獄へと一歩踏み入れた。かび臭い空気が鼻をつき、耳をすませば水滴の落ちる音が聞こえる。薄暗い牢の奥に、一人の囚人の姿があった。

 初老の顔に刻まれた無数の傷。かつては逞しかったであろう体は今や痩せ衰え、騎士の誇りだけが残っているようだった。それがライカン・スクリームだった。彼の目は松明から映し出された光の中でも鋭く輝いていた。

 ライカンが来訪者に気づき驚きの声を上げようとした瞬間、アーベンは丁寧な口調で先手を打った。 

「ベンと申します。ライカン・スクリーム殿、かつての七騎士の同胞よりことづけを頼まれています」

 ライカンはわずかな間を置いて、じっとアーベンとロスティンを見つめた。その眼差しには長年の戦場で培われた人を見抜く鋭さがあった。牢獄に閉じ込められても失われていない威厳が部屋に満ちていた。

  「それは…手間を。ベン殿、感謝しよう」彼の声は枯れていたが、騎士としての誇りは失われていなかった。

「して、何を?」

 アーベンは僅かに頭を下げ、落ち着いた声で続けた。

  「状況が大分変わりましたが、貴方が今は亡きケイオス王より任された他国の協力支援はどのような進みだったのか」

 ライカンはちらりとオステリィアの監視者を見やり、再びアーベンを見た。その目には警戒と共に、何かを見抜こうとする鋭さがあった。


 アーベンは小さく頷き、理解を示した。ライカンは少し体を前に乗り出し、声を落として話し始めた。 

「…オステリィアに関しては今の私を見てご存知の通り」

 彼は自らの囚われの身を指し示した。

「パルテナスに関しては、ベイルガルドとの戦いには表立っての協力はできない旨でしたが、見返り次第では傭兵として一部を貸し出しする算段でした」

 彼は過去を思い出すように目を細めた。「その他辺境伯の方々は…」

 そこでライカンの表情が険しくなり、憎悪に満ちた目で虚空を睨みつけた。 

「王への忠誠で兵を出すのを誓っておりました」

 その声には怒りと失望が込められていた。

 アーベンは溜息まじりに、重い現実を告げた。 

「ライカン殿、貴方がここに来てどれくらい経つかは分かりかねますが、オーデントはいまやケイオス王に忠誠を誓った騎士の大半は倒れ、辺境伯や公爵の一部はいまの王サイスルに忠誠を誓っています」

 その言葉を聞いたライカンの顔に怒りの炎が燃え上がった。彼は鎖を引きずりながら前に踏み出し、声を張り上げた。

「知っておりますとも…聞いた時に腸が煮えかえる思いでした」

 彼の両手は拳を作り、爪が掌に食い込んでいる。

「サイスルに対してではない、あの裏切り者共にです!忠誠を誓いながら裏切ったのだ、更にはベイルガルド…敵国の力を借りた男の下についた」

 叫ぶライカンに監視者の男はアーベンを見て懇願するように言った。 

「声を落として会話するようにしてくれ!」

 彼の顔には不安と恐怖が浮かんでいた。

 アーベンは申し訳なさそうに謝り、ライカンの方に向き直った。老騎士はアーベンをまっすぐ見つめ、突然声のトーンを変えて言った。 

「商人よ、頼みがある」

 アーベンがライカンを見ると、彼の目には決意の光が宿っていた。 

「アーベン王子を探し出し、国を取り戻してくれるよう伝えてほしい」

 アーベンは溜息まじりに答えようとした。 「それは…」

 しかしアーベンの声を遮るように、ロスティンが一歩前に出て鋭く言った。 

「それで? いまや神様の加護を受けて平和になった国をどうするんだ?」

 彼の声には皮肉と挑発が含まれていた。

 ライカンは眉をひそめロスティンを見つめ、それからアーベンに視線を移した。疑問と警戒心が彼の顔に浮かんでいた。

 アーベンは軽く頭を下げ、説明した。

  「彼はロスティン。もと梟の夜会の仲間です」

 その言葉を聞いた瞬間、ライカンの顔から血の気が引き、怒りに目を見開いた。彼は鎖を鳴らしながら体を起こし、憎悪の眼差しでロスティンを見据えた。

  「薄汚い盗賊か、オーデントをあのようにした奴の手先だった奴らですぞ」

 その声は低く、獣のうなり声のようだった。

 アーベンは「怒りはもっともだが口調だけは気をつけてくれよ」と目配せしライカンを見ていたが、ライカンはロスティンを睨みつけ、ロスティンもあろうことかライカンを睨み返していた。二人の間には言葉では表せない敵意が流れていた。

「否定はしないさ」

 ロスティンは冷ややかに言った。

「だがあんた達も褒められた行いをしてきたわけじゃないだろう? だから貴族の中にも裏切りが生まれたんだ」

 彼の言葉は毒を含んでいた。

 アーベンはロスティンを手で制し、ライカンに向き直った。彼の声は落ち着きを取り戻していた。 

「アーベン王子に会う機会があれば伝えておきましょう。しかしもし貴方が望む国の脱却でしたら、可能性があるのは生きていればその弟君レグラス王子でしょう」

 ライカンはアーベンを見つめ、信念に満ちた声で言った。 

「ケイオス王はご兄弟。そしてオーデントで倒れたのは、忠義を誓った民達です」彼の目には涙が浮かんでいた。

「必ずやアーベン王子は立ち向かうはずでしょう、今のオーデント…見せかけの平和の為に散った命を考えれば」

 アーベンは深く息を吸い、静かに答えた。 「…伝えておきましょう」

 そう言い、アーベンは監視者を見て部屋を後にした。重い扉が閉まる音が、ライカンの希望も閉ざしたかのようだった。

「複雑そうだな」 狭い廊下を歩きながら、監視者の男が言った。アーベンは肩をすくめ、後に続きながら声を落としロスティンに向かって尋ねた。 

「なんだい? さっきのは」

 ロスティンは答える気がないとばかりに無視を決め込み、前方だけを見つめていた。彼の顔には珍しく感情の色が浮かんでいた。

 アーベンは諦めたように言った。 

「恨みなのか何なのかは聞かないが、取り乱して空気を読まないのは君の良さを失うよ」

 するとロスティンは足を止め、アーベンを見つめながら言った。 

「他人の良さを見極めるのは、他人の悪い所を理解してるからだ」彼の目は冷たく輝いていた。

「あんたの悪いところは、いまの発言だな」

 アーベンは何も答えず、ただ肩をすくめた。重い沈黙が二人の間に広がった。

 監視者の後に続きながら上階に差し掛かる時、突如として地下まで響く轟音が辺りを揺るがした。壁から砂埃が落ち、松明の火がゆらめいた。

 監視者は足を止め、恐怖に顔を引きつらせた。 

「な、なんだ!?」

 外から響く音にロスティンとアーベンは顔を見合わせた。二人の表情には同じ思いが浮かんでいた。ロスティンが眉をひそめて言った。 

「おいおい…考えてる事は同じか?」

 アーベンは静かに頷き、冷静な声で言った。

  「だろうね…どう考えてもこの音は彼女の件だろうね」

 二人は足早に階段を駆け上がり始めた。外から漏れる光に向かって。

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