『伝統』という名の集団暴行。テニサーに洗脳され「団結こそ愛」と俺を捨てた彼女が、全国報道で破滅し泣きついてくるまで

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第四話 祭りのあと、孤独な電話

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日本中がそのニュースで持ちきりだった。
テレビをつければ、どこのチャンネルも同じ話題を報じている。朝のワイドショー、昼のニュース、夜の報道番組。コメンテーターたちは神妙な面持ちで、しかしどこか嬉々として「名門大学の闇」を糾弾していた。

『逮捕されたのは、テニスサークル『キングス』代表の須藤健人容疑者(22)ほか、同大学の男子学生八名。さらに、当時のサークル幹部だったOBで、大手商社社員の男ら五名も、準強制性交等の疑いで逮捕状が出ています』
『被害者は数十名に及ぶと見られ、警察は押収したパソコンから数百本に及ぶ動画データを発見……』
『彼らは暴行を「伝統」や「儀式」と呼び、組織的に隠蔽工作を行っていました。大学側の管理責任も厳しく問われることになりそうです』

画面には、ブルーシートに囲まれて警察署へ移送される須藤の姿が映し出されている。かつては自信に満ち溢れ、高級ブランドで身を固めていた彼は、今はジャージ姿で深くフードを被り、フラッシュの光から逃げるように小さくなっていた。その姿は「選ばれたエリート」などではなく、ただの卑怯な性犯罪者そのものだった。

俺、相沢翔太は、引っ越し作業を終えたばかりのガランとした部屋で、スマホのワンセグ放送を眺めていた。
あの夜、俺と真壁さんが放った一撃は、想定以上の破壊力で『キングス』という王国を粉砕した。須藤の父親である大学評議員は辞任に追い込まれ、関与していたOBたちの勤める企業も謝罪会見に追われている。まさに、日本中を巻き込んだ大炎上だった。

だが、俺が最も関心を寄せていたのは、逮捕された彼らだけではない。
逮捕は免れたものの、参考人として事情聴取を受け、そして社会という名の牢獄に放り出された、あの一人の女性の末路だった。

          * * *

川口優奈は、警察署の裏口から出てきたところを、待ち構えていたマスコミのカメラに囲まれた。

「川口さん! あなたも儀式に参加していたんですか!?」
「被害者なんですか? それとも加害者としての自覚はあるんですか?」
「あの『巫女』の動画について一言!」
「ご両親には連絡したんですか!?」

無数のマイクが突きつけられ、フラッシュが視界を白く焼き尽くす。優奈は「やめて、やめて!」と叫びながら、頭を抱えてタクシーに飛び乗った。
震える手で自宅マンションの鍵を開け、部屋に逃げ込む。カーテンを閉め切り、布団に潜り込んでも、耳の奥でシャッター音が鳴り響いていた。

「なんで……どうしてこんなことに……」

優奈は混乱していた。
昨日の夜まで、彼女は『キングス』の姫だった。選ばれた人間だけが参加できる高貴な儀式の中心で、みんなから愛され、崇められていたはずだった。須藤先輩は「俺たちがこの大学のルールだ」と言っていた。OBの先輩たちは「社会に出ても俺たちが守ってやる」と約束してくれた。
それが、たった一夜にして崩れ去った。

恐る恐るスマホの電源を入れると、通知音が鳴り止まないほどの勢いで着信とメッセージが押し寄せてきた。
友人たちからの『大丈夫?』という心配のLINEではない。
SNSの通知欄は、罵詈雑言で埋め尽くされていた。

『お前があの動画の女か』
『被害者ぶってるけどノリノリじゃん』
『ヤリマン乙』
『大学の恥さらし。早く退学しろ』
『親の顔が見てみたいわ』

ネット特定班の手によって、優奈の本名、学部、出身高校、さらには実家の住所までもが晒されていた。あの別荘で、薬と雰囲気に酔って恍惚とした表情を浮かべている自分の顔写真が、デジタルタトゥーとして永遠にネットの海に刻まれてしまったのだ。

「嘘よ……こんなの嘘……」

あれは「愛の儀式」だったはずだ。団結の証だったはずだ。
そう信じていなければ、心が壊れてしまいそうだった。
その時、実家の母親から着信が入った。優奈は縋るような思いで通話ボタンを押した。

「もしもし、お母さん!? 私、怖くて……」
『あんた、一体何したのよ!!』

受話器の向こうから聞こえてきたのは、聞いたこともない母親の金切り声だった。

『今朝から家に嫌がらせの電話が鳴り止まないのよ! 近所の人も白い目で見てくるし、お父さんなんて会社にいられなくなって、辞表出す羽目になったのよ! どうしてくれるの!』
「えっ……お父さんが……?」
『テレビ見たわよ。あんた、あんな……あんな恥ずかしい格好して……何がサークルよ! 何が東京の大学よ! こんなことになるなら、行かせるんじゃなかった! 二度と敷居を跨げると思わないで!』

プツリ、と通話が切れた。
ツーツーという電子音が、優奈の心臓を冷たく突き刺す。
勘当。絶縁。
田舎の両親にとって、娘が全国ニュースになるような、しかもあんな恥ずかしい事件に関わったということは、社会的な死を意味していた。

「あ……ああ……」

優奈はスマホを握りしめたまま、床に崩れ落ちた。
須藤先輩に助けを求めようとしても、彼は逮捕されている。サークルの仲間たちも、自分の保身に必死で連絡がつかない。
信じていた「絆」も「団結」も、陽の光を浴びた瞬間に消え去る霧のようなものだった。残ったのは、犯罪に加担したという事実と、世間からの冷ややかな軽蔑だけ。

その時、インターホンが鳴った。
ビクッと体を震わせる。マスコミだろうか。それとも警察か。
恐る恐る覗き穴を見ると、そこに立っていたのは大家さんと、スーツ姿の男たちだった。

「川口さん、いますか? 大学の学生課の者です」

ドアチェーンをかけたまま、少しだけドアを開ける。

「……なんですか」
「先日、学部長会議が行われましてね。今回の事件に関するあなたの処分が決まりました」

男は無表情に、一枚の書類を隙間から差し出した。
『退学処分通知書』。
その文字を見た瞬間、優奈の目の前が真っ暗になった。

「本学の名誉を著しく傷つけ、公序良俗に反する行為を行ったため、本日付で除籍処分とします。また、このアパートは大学の指定寮扱いになっていますので、今週中に退去してください」
「そ、そんな……待ってください! 私は騙されてたんです! 先輩たちに言われて……」
「弁明は聞き飽きました。被害届を出している他の女子学生とは違い、あなたは積極的に勧誘や儀式に関与していたという証言も出ています。これ以上、大学に迷惑をかけないでください」

事務的な通告と共に、ドアは閉ざされた。
優奈はその場に座り込んだまま、通知書を握りしめて泣いた。
大学も、将来も、住む場所も、家族も、すべて失った。
あの華やかなサークルに入れば、特別な自分になれると思っていた。田舎者の自分でも、お姫様になれると思っていた。
でも、その代償はあまりにも大きすぎた。

「寒い……」

六月だというのに、体が凍えるように寒い。
誰か。誰か温めてくれる人はいないの。
誰でもいいから、私を「優奈」として見てくれる人は。

その時、脳裏に浮かんだのは、ただ一人の男の顔だった。
相沢翔太。
幼馴染で、誰よりも優しくて、どんな時も私の味方をしてくれた彼。
私がサークルに夢中になって酷いことを言っても、心配して忠告してくれた彼。
あの日、路上で「重い」と突き放し、「あなたとの行為なんて退屈だ」と罵った彼。

「翔太……」

そうだ、翔太なら。
翔太なら、きっと許してくれる。
彼は昔からお人好しだから。私が泣いて謝れば、「しょうがないな」って笑って頭を撫でてくれるはず。
今の私には、もう翔太しかいない。あの退屈だと思っていた穏やかな日常こそが、本当の幸せだったんだ。

優奈は震える指で連絡先を開き、翔太の名前をタップした。
コール音が鳴るのを待つ。
早く出て。早く「優奈?」って優しい声を聞かせて。
私、もう一度やり直したいの。東京が怖いなら、一緒に田舎に帰ってもいい。
二人で静かに暮らそうよ。ねえ、翔太。

『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』

無機質な機械音声が、鼓膜を叩いた。
優奈は呆然としたまま、もう一度かけ直す。

『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』

何度かけても同じだった。
パニックになりながらLINEを開く。
『翔太、助けて! 私が悪かったの! 会いたい!』
送信ボタンを押す。
しかし、メッセージの横に「既読」の文字がつくことはなかった。
それどころか、送信エラーを示すマークすら出ない。
アカウントごと、削除されているのだ。

「嘘……いやだ……翔太ぁ!!」

優奈は叫びながら、サンダル履きのまま部屋を飛び出した。
彼の住んでいたアパートまでは走って十分ほどの距離だ。
髪はボサボサで、化粧も落ち、パジャマのような部屋着姿だったが、気にする余裕もなかった。
通りすがりの人々が、奇異の目で彼女を見る。中にはスマホを向けてくる者もいた。
「あれ、あの動画の女じゃね?」「うわ、マジで?」という囁き声が聞こえる。

それでも優奈は走った。
翔太の部屋に行けば、彼がいるはずだ。
きっと部屋で、私のことを心配して待ってくれているはずだ。

息を切らしてアパートに辿り着く。
彼の部屋、203号室の前まで駆け上がり、ドアを叩いた。

「翔太! 開けて! 私よ、優奈よ!」

返事はない。
ドアノブを回すが、鍵がかかっている。
郵便受けを覗き込む。
そこには、何もなかった。
チラシ一枚入っていない。表札も外されている。

「……え?」

隣の部屋のドアが開き、住人の主婦が顔を出した。

「あの、うるさいんですけど……」
「す、すみません! ここの相沢くん、いますか!?」
「相沢さん? ああ、彼なら先週引っ越しましたよ」
「ひっ……こし……?」
「ええ。なんでも、新しい仕事が決まったとかで。『お世話になりました』って挨拶に来てくれましたけど。行き先までは知りませんよ」

主婦は不審そうに優奈の荒れた姿を一瞥し、バタンとドアを閉めた。

優奈はその場に崩れ落ちた。
膝から力が抜け、コンクリートの冷たさが伝わってくる。
先週。
私がまだサークルのパーティーに向けて浮かれていた頃。
私が「翔太なんていらない」と笑っていた頃。
彼は既に、私を捨てる準備を終えていたのだ。

「あぁ……あぁぁぁ……」

喉の奥から、言葉にならない嗚咽が漏れた。
もう遅い。何もかもが遅すぎた。
彼は怒ってすらいなかったのかもしれない。ただ静かに、ゴミを捨てるように私との関係を断ち切り、新しい人生へと進んでしまった。
その事実が、どんな罵倒よりも重く、鋭く、優奈の心を切り裂いた。

誰もいないアパートの廊下で、優奈は幼児のように泣きじゃくった。
だが、その涙を拭ってくれる手は、もう二度と差し伸べられることはない。
彼女が信じた「伝統」という名の悪夢は、彼女の全てを食い尽くし、最後には抜け殻だけを残したのだった。

          * * *

それから、三ヶ月が過ぎた。

俺は新しい街の、新しいアパートで目を覚ました。
窓を開けると、九月の爽やかな風が吹き込んでくる。あの湿っぽくて息苦しかった梅雨の空気は、もうどこにもない。

「今日もいい天気だな」

トーストを焼き、コーヒーを淹れる。
テレビをつけると、芸能ニュースが流れていたが、あの『キングス』の話題はもうほとんど出てこない。世間の関心は既に次のスキャンダルへと移っていた。
だが、ネットの深層では、まだ彼らへの断罪は続いているらしい。
須藤たちには実刑判決が確実視されているし、優奈に関しては……風の噂では、実家に連れ戻されたものの居場所がなく、精神を病んで療養施設に入ったとか、夜の街に沈んでいったとか、様々な憶測が飛び交っているが、真偽は定かではない。

正直なところ、俺にはもうどうでもいいことだった。
恨みも、怒りも、そして愛情も。すべてはあの街に置いてきた。今の俺にとって彼らは、遠い昔に見た不快な映画の登場人物くらいの認識でしかない。

『おはよう、相沢くん。調子はどう?』

スマホに、真壁さんからのメッセージが届いた。

『おはようございます。最高ですよ。こっちのインターン、すごくやりがいがあります。正社員登用の話ももらえました』
『それはよかった。君の執念深さと行動力なら、どこの世界でもやっていけるわよ(笑)』
『褒め言葉として受け取っておきます。……あの件については、本当にありがとうございました』
『礼には及ばないわ。私も最高のスクープが書けたし、妹も少しだけ胸のつかえが取れたみたいだから。Win-Winってやつね』

真壁さんとのやり取りを終え、俺はスーツに袖を通した。
鏡に映る自分を見る。
四月の頃のような、劣等感に塗れた自信のない顔はもうない。
巨悪に立ち向かい、自分の手で決着をつけた経験は、俺に確かな自信を与えてくれていた。

「行ってきます」

誰もいない部屋に声をかけ、俺はドアを開けた。
外には、澄み渡るような青空が広がっている。
新しい仲間が、新しい仕事が、そして新しい出会いが俺を待っている。
過去を振り返る必要はない。
俺の人生は、ようやく俺自身のものとして、ここからまた始まるのだ。

駅へと向かう足取りは軽く、俺は一度も後ろを振り返ることなく歩き出した。
その背中には、もう何の重荷も背負ってはいなかった。
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