氷結王子と呼ばれる騎士団長と契約結婚をすることになったのですが、どうやら一目惚れされているらしいです?

新 星緒

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プロローグ・近衛騎士団長は氷結王子

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 初めて訪れた都は、なにもかもが領地の街と違う。通りの広さに、建物の高さ、お店の軒数、そして人の多さ! 街は複雑なうえに見通しも悪くて、目的地に行くのも大変だ。

「ミレーナ様ぁ。時間までに無事に着きますかね」
 メイドのエマが情けない声を出す。
「遅刻するわけにはいかないもの。がんばるわ」
 そう答えて、手にした地図に目を落とす。ホテルの支配人が書いてくれたものだ。

 昨日、チェックインのときに教会への道順を尋ねた。すると、お金を出せば案内人を雇えると教えてくれたのだけど、生憎私には余計な出費をする余裕はなかった。
 困ったなと思いながらすごすご部屋に引き下がったところ、しばらくしてこの地図が届いたのだ。支配人、優しい!

「あ、ほら、ここが中央広場じゃないかしら」  路地を抜けたら突然、目の前に広い円形の広場が現れた。右手には大きなドームを持つ教会がある。
 よし、多少迷ったけど目的地の教会に近づいている!

 これから私は結婚式に参列する。招待されたのは伯爵であるお父様だ。でも病床についているから、私が代わりに出る。

 花嫁は亡きお母様の姪で、そのうえ彼女の両親には、お母様が亡くなったときにお父様がとてもお世話になったらしい。だから欠席するわけにはいかないみたいだ。そして、うちの次期当主である弟ノエルはまだ十二歳。

 それで私に白羽の矢が立った。
 成人したばかりの娘が伯爵の代理というのは、いささか分不相応だけれど仕方ない。招待主様にもご理解いただいている。

 問題は、挙式の開始時間までに無事にたどり着けるかということ!

「えっと……この広場を横切って、あの通りに入る、と」
 地図を見ながら確認していると、突然歓声が上がった。なにごとだろうと顔を上げれば、周りの人たちがみんな興奮した面持ちで同じ方向を向いている。

 その先には騎馬兵が数人いた。見たことのない煌びやかな制服をまとっている。全国に配備されている王立騎士団でも憲兵でもなさそうだ。
「なんだかわからないけど、ステキですねえ」とエマが言う。
 すると、すぐそばにいた町娘さんが振り返った。

「知らないの? 近衛騎士団よ!」
「ああ! 名称だけなら聞いたことがあるわ。見るのは初めて」
「それならよく目に焼きつけておいたほうがいいわ。城下になんて滅多に現れないの。ほら!」と、親切な彼女は先頭の近衛騎士を指さした。「あの方が団長よ! 誰よりも強く美しいランベルト様!」
「あれが……?」

 思わず疑うような言葉が出てしまい、慌てて手で口をふさぐ。近衛騎士団団長のランベルト様は国王陛下の末弟で、現在は公爵位にある。それくらいは田舎者の私でも知っている。下手なことを言ったら、不敬罪になるかもしれない。

 でも疑問に思ったことは、許してほしい。先頭の近衛騎士は、後続の誰よりも華奢だった。そして若い。
 さらに、とてつもなく美しい。後頭部では、ひとつ結びにした長い銀髪が揺れている。
 あんなに綺麗な人は見たことがない。 

 エマが、
「おとぎの国の王子様みたい」と、うっとりとした表情になる。
「でしょう? 貴族社会にも私たち町娘の間にも、ファンクラブがあるのよ」
「ええっ! 私も入りたい!」顔を輝かせるエマ。

 確かに遠目に見てもランベルト団長は美しい。でも――
「お顔が怖いわ。怒っているのかしら」
 私がそう言うと、町娘さんが立てた人差し指を左右に振った。
「違うの。あれがランベルト様の通常の表情なのよ。自分にも他人にも厳しく常に冷静で、感情的になることは皆無。そして、誰に対しても驚くほど冷淡な態度をとる。彼に睨まれた人は凍りつくとまで言われているわ」

 彼は確かに髪も肌も色素が薄くて、冷ややかなイメージがする。

「そしてついたあだ名が『氷結王子』よ!」と、なぜな誇らしげな表情の町娘さん。
 氷結……?
 なんだか、あまりありがたくないあだ名のような。気のせいかな?

 そうこうするうちにランベルト団長率いる近衛騎士たちが、私たちのほうへやって来た。
「こんな近くで氷結王子のご尊顔を見られるなんて!」
 町娘さんが、感極まっている。

 喜びのあまり硬直してしまった彼女をエマと引っ張り、騎士たちのために道を開ける。
 それからちょっと迷ったけれど、かしこまり頭を下げた。この態度が近衛騎士にふさわしいかどうかは、わからない。でも王弟殿下にはこうしたほうがいいと思うのだ。

 そんな私たちの前を、近衛騎士たちが通り過ぎる――
 と思ったら、先頭の馬が私の前で止まった。
 どうしたのだろう?
 ものすごく見られているような気がする。
 緊張と不安で鼓動が早まる。

「団長。この娘がどうかなさいましたか?」
 騎士らしき男性の声がした。
『この娘』って私かしら? 顔を伏したまま視線だけでとなりのエマを見る。彼女も不安そうな顔で私を見ていた。

「娘、顔をあげなさい」と、先ほどの声。
 恐る恐る顔をあげる。すぐさま氷結王子とバッチリ目があった。
 やっぱり、凝視されている~~!!
 どうして? 私、なにかした?
 咎められるの? 
 怖くて気が遠くなりそうだ。

 そう思ったのはほんの束の間のことだった。
 団長様はふいと顔をそらせると、なにも言わずに馬を進めた。しかも早足で。
「団長?」
 近衛騎士たちが慌てて付き従う。
 一体何なの!?
 
 呆然としている間に、騎士たちはどんどん遠ざかる。
「うわああん、ラッキーすぎる!」
 町娘さんが嬉しそうな声をあげた。
「こういうことは、よくあるの?」と尋ねる。
「ないわよ! 彼を見かけること自体がレアだもの。人違いでもしたのかもね」

 そうか。私はとりたてて特徴のない外見だ。きっと知り合いに似ていたのだろう。
 ――うん、深く考えると怖いから、そういうことにしよう!

「見た? あのアイスブルーの瞳! 噂どおりの冷ややかな目だったわ!」と、うっとりしている町娘さん。
「そうね。綺麗だったわ」
 瞳もお顔も。
「あの瞳に映るなら、氷結してもいいわ!」
 確かに、私も氷結しそうだったわ。やましいことなんてなにもないのに、心臓が。恐怖で。

 小さく深呼吸する。
 気持ちをさっさと切り替えなくては。のんびりしている余裕なんてないのだから。

「私たちはもう行くわね」と、町娘さんに声をかける。「色々と教えてくれて、ありがとう。あなたのおかげで弟へのいい土産話ができたわ」
「あ、じゃあ、最後に」と、町娘さんは去りかけた私たちを引き留めた。「『氷結』の由来は、もうひとつあるのよ。彼は氷魔法の使い手なの。ありとあらゆる物を、凍らせることができるらしいわ。もちろん、人もね」

 ええ? 氷結って比喩だけじゃなかったの? 物理? しかも魔力を持っていること自体だ稀だというのに、そんな魔法が使えるなんて――
「魔術師並みの腕前じゃない?」
「そうなのよ! 氷結王子は本当にすごいの!」我が事のように誇らしげな町娘さん。「ファンクラブに入りたくなったら、ぜひいらっしゃいな」

 ありがとう、とお礼を言って彼女と別れる。
「都って、すごいわね。なにもかもが想像を超えているわ。私は田舎で十分。早く領地へ帰りたい」
「本当ですねえ。刺激的だけど、疲れます」とエマ。

 なんとはなしに、ランベルト団長たちが去った方向に目を向ける。もう姿は見えない。
 王子だとか近衛騎士だとかは、私とは世界が違いすぎる。
 どうして彼が私に注目したのかはわからないけど、二度と関わることはないだろう。
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