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3・2 見逃していた契約
叙勲式が終わると、そのまま祝賀会が始まった。
ランベルト様は近衛騎士団長として、沢山の人に挨拶をしたり、受けたりした。そしてその間ずっと、私をとなりに立たせていた。
私は『邪魔だろうから離れて待っている』とお伝えしたのだけど、彼はまたも『問題ない』とだけ言ったのだ。
彼がなにを考えているのか、よくわからない。祝賀会が終わるまで、それ以外の言葉を私に投げかけることも、私を見ることもなかった。そのくせ、婚約を祝われるとお礼の言葉を口にしていた。感情が読み取れない、冷めた口調ではあったけど。
やっぱり婚約が成立してしまった以上、だくだくと従うということなのかな。それで、従う以上は私をきちんと婚約者として扱う、とか?
とにかく今日は多くのことが起こりすぎだ。疲れてしまって、考えがまとまらない。
早く休みたい。
――だけど、待って? 私はどこに泊まるのだろう。タウンハウスはない。
陛下に呼ばれて来たことを考えると、王宮?
でも、それは考えただけでぐったりしてしまう。できれば前回泊まったホテルがいい。ダメなら、せめてウルスラ叔母さまのタンビーニ男爵家にお邪魔させてほしい。
祝賀会が終わると、ランベルト様は私を連れて、王宮で最初に訪れた陛下のお部屋に行った。王妃様とともにいた陛下はとてもご機嫌で、
「良い婚約発表だった」と自画自賛。そして、
「言い忘れていたが、ミレーナ嬢、君は今日からランベルトの屋敷で生活をしてくれ」と言った。
「なぜです!」
と、間髪入れずに鋭い口調で疑問をぶつけたのは、私ではなくランベルト様。
「結婚もしていないのに、同じ屋敷に住めというのですか!」
「仕方ないではないか」と陛下。「オフィーノ家はタウンハウスを持っていない」
「王宮に――」
「お前に縁談を断られた女性がわんさか出入りしている王宮に、彼女を住まわせるのか?」
「そうですよ」と王妃様。「私だって陛下との婚約が決まったあとには、ひどい嫌がらせをうけたものです」
「それならば縁戚の屋敷に!」
ランベルト様が食い下がり、それを陛下が論破する。合間に、私はタンビーニ男爵家でお世話になりたいと主張したけれど、陛下に却下されてしまった。
そして最終的にはランベルト様が折れた。ものすごく、嫌そうに……。
◇◇
王宮からストラーニ公爵邸へ向かう馬車の中は、気まずいものだった。向かいにすわるランベルト様はずっと顔を窓に向けて、一言も喋らない。表情はなく、なにを考えているのかまったくわからない。私はこれ以上ランベルト様を不快にさせないよう、息をひそめていた。
このぶんだと、公爵邸でもきっと歓迎されない――そう思ったのだけど、そんなことはなかった。大歓迎だった。私がお世話になることはすでに知らされていたらしい。執事長たちは長旅をしてきた私がゆっくり休めるようにと、あらゆる準備をしてくれていた。
ランベルト様にご挨拶をして(彼の返事は、無言のうなずきだけだった)、用意していただいた部屋に入る。とても美しい部屋だったけど、案内してくれた執事長は
「ミレーナ様のお気に召さなければ、他のお部屋に変えることも、調度品を新調することも可能です」だなんて言う。
「とんでもない。とても気に入りました」
「それはようございました」と執事長は微笑んだ。「我々使用人一同、ミレーナ様には快適に過ごしていただきとうございます。ご不満がございましたら、いくらでも申しつけください」
彼が部屋を出ていくと、先に屋敷に到着していたエマが、
「ミレーナ様! 使用人たちに女神さまだと崇められていますよ!」と言い出した。
「どういうこと?」
長椅子にすわりながら尋ねる。
「女性嫌いの氷結王子に恋をさせたうえ、結婚してくれる女神様です!」
「まったく恋なんてされていないけど!?」
ろくに会話もなければ、視線も合わない。彼は全身全霊で、私を嫌がっている。
「でも、みなさん大喜びなんですよね」
「とてもありがたいけど、勘違いよね。申し訳ないわ。でも、もう後戻りはできなさそう」
「がんばりましょう!」
ふと、卓上に上等な紙ばさみがあることに気がついた。
「あ、それは婚姻に関する契約書だそうです。どこにしまいましょうか」
契約書は婚約証明書と違って、ちゃんと自分でサインをした。叙勲式前のお支度中に、侍女さんがわざわざ持って来たのだ。
それを手に取り、開く。
エマがのぞき込み、
「うわあ、ミレーナ様にとって都合のいいことばかりですね。面倒なのは離婚の件くらいじゃないですか」と言った。
「そうなのよね。でもかえって心配になってきたわ」
領地を発つ前のこと。ノエルとアダルベルトに私は、『ひとの言葉を鵜呑みにしがちだから騙されないように』、と散々言い聞かされた。『うかつに契約書にサインしてはだめだ』とも。
「契約相手は天下の国王陛下なんですから、なにも問題ないでしょう」と、エマが笑う。「――でもこれ、署名が条項より上にあるだなんて、珍しい形式ですね。実は裏になにか書いてあったりして」
「確かに……」
言われてみれば、署名は一番下のことが多いような気がする。契約書を取り出し、裏返す。
「なにか書いてあるわ!」
そこには私の条件の続きが一行だけ書かれていた。
『ミレーナ・オフィーノはランベルト・ストラーニの素手に決して触れないこと』
「一体どういうこと……?」
思い返してみれば、今日のランベルト様は、白い手袋をしていた。契約に反していないことにほっとしつつも――
「もしかして触れるのも我慢ならないほどの、女性嫌いということ?」
だとしたら、どうして結婚なんてものを陛下は勧めるの?
女性嫌いを克服しろという兄心なのだろうか……。
ランベルト様は近衛騎士団長として、沢山の人に挨拶をしたり、受けたりした。そしてその間ずっと、私をとなりに立たせていた。
私は『邪魔だろうから離れて待っている』とお伝えしたのだけど、彼はまたも『問題ない』とだけ言ったのだ。
彼がなにを考えているのか、よくわからない。祝賀会が終わるまで、それ以外の言葉を私に投げかけることも、私を見ることもなかった。そのくせ、婚約を祝われるとお礼の言葉を口にしていた。感情が読み取れない、冷めた口調ではあったけど。
やっぱり婚約が成立してしまった以上、だくだくと従うということなのかな。それで、従う以上は私をきちんと婚約者として扱う、とか?
とにかく今日は多くのことが起こりすぎだ。疲れてしまって、考えがまとまらない。
早く休みたい。
――だけど、待って? 私はどこに泊まるのだろう。タウンハウスはない。
陛下に呼ばれて来たことを考えると、王宮?
でも、それは考えただけでぐったりしてしまう。できれば前回泊まったホテルがいい。ダメなら、せめてウルスラ叔母さまのタンビーニ男爵家にお邪魔させてほしい。
祝賀会が終わると、ランベルト様は私を連れて、王宮で最初に訪れた陛下のお部屋に行った。王妃様とともにいた陛下はとてもご機嫌で、
「良い婚約発表だった」と自画自賛。そして、
「言い忘れていたが、ミレーナ嬢、君は今日からランベルトの屋敷で生活をしてくれ」と言った。
「なぜです!」
と、間髪入れずに鋭い口調で疑問をぶつけたのは、私ではなくランベルト様。
「結婚もしていないのに、同じ屋敷に住めというのですか!」
「仕方ないではないか」と陛下。「オフィーノ家はタウンハウスを持っていない」
「王宮に――」
「お前に縁談を断られた女性がわんさか出入りしている王宮に、彼女を住まわせるのか?」
「そうですよ」と王妃様。「私だって陛下との婚約が決まったあとには、ひどい嫌がらせをうけたものです」
「それならば縁戚の屋敷に!」
ランベルト様が食い下がり、それを陛下が論破する。合間に、私はタンビーニ男爵家でお世話になりたいと主張したけれど、陛下に却下されてしまった。
そして最終的にはランベルト様が折れた。ものすごく、嫌そうに……。
◇◇
王宮からストラーニ公爵邸へ向かう馬車の中は、気まずいものだった。向かいにすわるランベルト様はずっと顔を窓に向けて、一言も喋らない。表情はなく、なにを考えているのかまったくわからない。私はこれ以上ランベルト様を不快にさせないよう、息をひそめていた。
このぶんだと、公爵邸でもきっと歓迎されない――そう思ったのだけど、そんなことはなかった。大歓迎だった。私がお世話になることはすでに知らされていたらしい。執事長たちは長旅をしてきた私がゆっくり休めるようにと、あらゆる準備をしてくれていた。
ランベルト様にご挨拶をして(彼の返事は、無言のうなずきだけだった)、用意していただいた部屋に入る。とても美しい部屋だったけど、案内してくれた執事長は
「ミレーナ様のお気に召さなければ、他のお部屋に変えることも、調度品を新調することも可能です」だなんて言う。
「とんでもない。とても気に入りました」
「それはようございました」と執事長は微笑んだ。「我々使用人一同、ミレーナ様には快適に過ごしていただきとうございます。ご不満がございましたら、いくらでも申しつけください」
彼が部屋を出ていくと、先に屋敷に到着していたエマが、
「ミレーナ様! 使用人たちに女神さまだと崇められていますよ!」と言い出した。
「どういうこと?」
長椅子にすわりながら尋ねる。
「女性嫌いの氷結王子に恋をさせたうえ、結婚してくれる女神様です!」
「まったく恋なんてされていないけど!?」
ろくに会話もなければ、視線も合わない。彼は全身全霊で、私を嫌がっている。
「でも、みなさん大喜びなんですよね」
「とてもありがたいけど、勘違いよね。申し訳ないわ。でも、もう後戻りはできなさそう」
「がんばりましょう!」
ふと、卓上に上等な紙ばさみがあることに気がついた。
「あ、それは婚姻に関する契約書だそうです。どこにしまいましょうか」
契約書は婚約証明書と違って、ちゃんと自分でサインをした。叙勲式前のお支度中に、侍女さんがわざわざ持って来たのだ。
それを手に取り、開く。
エマがのぞき込み、
「うわあ、ミレーナ様にとって都合のいいことばかりですね。面倒なのは離婚の件くらいじゃないですか」と言った。
「そうなのよね。でもかえって心配になってきたわ」
領地を発つ前のこと。ノエルとアダルベルトに私は、『ひとの言葉を鵜呑みにしがちだから騙されないように』、と散々言い聞かされた。『うかつに契約書にサインしてはだめだ』とも。
「契約相手は天下の国王陛下なんですから、なにも問題ないでしょう」と、エマが笑う。「――でもこれ、署名が条項より上にあるだなんて、珍しい形式ですね。実は裏になにか書いてあったりして」
「確かに……」
言われてみれば、署名は一番下のことが多いような気がする。契約書を取り出し、裏返す。
「なにか書いてあるわ!」
そこには私の条件の続きが一行だけ書かれていた。
『ミレーナ・オフィーノはランベルト・ストラーニの素手に決して触れないこと』
「一体どういうこと……?」
思い返してみれば、今日のランベルト様は、白い手袋をしていた。契約に反していないことにほっとしつつも――
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