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第六章 王都テルフレイラ
飛び出した先
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アレクは大きく息を吐き出した。
椅子に座り込んでしまいたいのを堪える。
目の前に国王がいる以上、勝手に座るのも、リィカを追い掛けていくことも、失礼に当たる。
それが頭をよぎって、動けない。
軍議の前に、自分が考えた余程の馬鹿な事態。それが、目の前の国王によって引き起こされると予想するなど不可能だった。
アレクも、マルマデューク国王の事は知っている。民のことを考えて公正な政治を行う、そんな国王だったはずだ。だから、問題ないと思い込んでしまった。
(――リィカ、本当にすまない)
守りたいと思うのに、なかなか上手くいかない。傷つけてばかりだ。
兄の事を思い出す。兄は自分のせいで長い間苦しんだ。
(結局、俺は自分の大切な人を守るなんて、できないんだろうか)
乗り越えたはずの昔の傷が、また痛む気がした。
※ ※ ※
リィカは、走っていた。
どこをどう走ったかなど覚えていない。
足がもつれた。
転ぶことだけは何とか避けたが、その場でうずくまる。
体の奥がひどく冷えるような気がして、体を抱きしめる。
「――やっぱり、だめだ」
つぶやいたつもりで、しかしほとんど声にならない。
貴族の、王族の、目が怖い。怒鳴る声が、平民だと蔑む声が怖い。
どうしても、勝手に体が震えてしまう。
故郷の、クレールム村にいたときから、苦手だった。
税の取り立てに来ていた男爵の目が怖かった。
それでも、ここまでひどくなかったはずなのに、モルタナでの王太子らのせいで、悪化した。
「――ん? そこにいるのは、勇者一行の……平民の娘か?」
声をかけられて振り向いて……リィカは悲鳴を上げようとして、しかし声にならない。
男爵と、モルタナの王太子らと、同じ目をした貴族の男達が、そこにいた。
※ ※ ※
リィカがいない。
部屋に行ったかと思ったが、そちらにはいなかった。
「リィカ様、どこに行かれたんでしょう」
テオドアが不安そうに言った。
カトレナも不安を隠せない。
勇者一行を探して出た旅路で、護衛をしてくれた女性二人(騎士団員がダリア、魔法師団員がカリスタと言う)に出会い捜索を頼んだが、見つかったという報告はない。
「……あっ。ワズワースだ」
テオドアが視線を向けた先にいたのは、老騎士だ。
国王の側近というか相談役のような事を行っている。ゲーテ公爵家の当主だったが、今は引退して息子に家督を譲った。そのため、国王の身近にいながらも、公の場に出ようとはしない人物だ。
テオドアやカトレナにとっては、国王よりも甘えやすい祖父といった感覚だ。
「おや、お二人揃ってどうなさったのですか?」
ワズワースの目も、まるで孫を見るかのように穏やかな目だ。
「人を探しているの。リィカさんという、勇者様のご一行のお一人なのだけど。見なかったかしら?」
ワズワースが意表を突かれた顔をした。
「見ましたよ。軍議の途中で走って出て行かれて、様子がおかしかったので追い掛けようかと悩んでおったところです」
「――ほんと!?」
「どこに行かれたの!?」
カトレナとテオドアの、必死な様子にワズワースがわずかに目を細める。
「こちらです。一緒に参りましょう。――ところで、何かあったのですかな?」
さりげなさを装ったワズワースの問いに、カトレナとテオドアが交互に話をした。
曰く、国王がいきなり軍議の場に現れた。
曰く、勇者様に対して、横柄な態度を取った。
曰く、リィカに対して、平民は出て行けと怒鳴った。
曰く、ウォルターが国王に抗議したが、リィカ自身が謝罪して出て行ってしまった。
「なるほど。――っとに、あの国王。魔王が誕生して弱気になっただけじゃなく、最低限の礼儀まで忘れおったのか」
小声でつぶやかれた言葉は、カトレナとテオドアの耳には届かなかった。
代わりに聞こえたのは、ひどく慌てた声だった。
「姫様! 王子殿下! 大変で……ワズワース様!?」
その声は、捜索を頼んでいた騎士団員のダリアだった。
ワズワースの姿を認めて、慌てて礼を取る。
「礼なんぞいらん。ワシは引退した身だぞ。それよりどうしたのだ?」
「あ、そうでした! 姫様、大変です! リィカさんが……」
言いかけて止まる。カトレナとテオドアの顔が、不安に染まる。
「リィカさんが、どうされたの? 答えなさい!」
「……その、ライト侯爵の子息と、その取り巻きの子爵家の子息達に……襲われています」
カトレナが両手を口元に当てて、テオドアが息を呑んだ。
「カリスタが、何とか止めようとしているのですが、相手の爵位が高く、強く出られなくて……それでどなたかに助けを……」
ワズワースが舌打ちした。
襲われると言っても、意味は色々だ。だがこの場合、一つのことしか浮かばない。
カトレナとテオドアを見る。
「お二方は、この事を王太子殿下へお伝えして下され。その後は決してこちらには来ぬこと。部屋で待機していなさい。よろしいですね?」
強い口調で、二人に有無を言わさない。
「ダリア、案内して下され。急がねば、カリスタすらも犠牲になりかねない」
「――はい、こちらです!」
ダリアの案内に従ってワズワースが駆けていく。
残されたカトレナとテオドアは、どちらからともなく、父のいる軍議が行われている場所へと、走り出していた。
椅子に座り込んでしまいたいのを堪える。
目の前に国王がいる以上、勝手に座るのも、リィカを追い掛けていくことも、失礼に当たる。
それが頭をよぎって、動けない。
軍議の前に、自分が考えた余程の馬鹿な事態。それが、目の前の国王によって引き起こされると予想するなど不可能だった。
アレクも、マルマデューク国王の事は知っている。民のことを考えて公正な政治を行う、そんな国王だったはずだ。だから、問題ないと思い込んでしまった。
(――リィカ、本当にすまない)
守りたいと思うのに、なかなか上手くいかない。傷つけてばかりだ。
兄の事を思い出す。兄は自分のせいで長い間苦しんだ。
(結局、俺は自分の大切な人を守るなんて、できないんだろうか)
乗り越えたはずの昔の傷が、また痛む気がした。
※ ※ ※
リィカは、走っていた。
どこをどう走ったかなど覚えていない。
足がもつれた。
転ぶことだけは何とか避けたが、その場でうずくまる。
体の奥がひどく冷えるような気がして、体を抱きしめる。
「――やっぱり、だめだ」
つぶやいたつもりで、しかしほとんど声にならない。
貴族の、王族の、目が怖い。怒鳴る声が、平民だと蔑む声が怖い。
どうしても、勝手に体が震えてしまう。
故郷の、クレールム村にいたときから、苦手だった。
税の取り立てに来ていた男爵の目が怖かった。
それでも、ここまでひどくなかったはずなのに、モルタナでの王太子らのせいで、悪化した。
「――ん? そこにいるのは、勇者一行の……平民の娘か?」
声をかけられて振り向いて……リィカは悲鳴を上げようとして、しかし声にならない。
男爵と、モルタナの王太子らと、同じ目をした貴族の男達が、そこにいた。
※ ※ ※
リィカがいない。
部屋に行ったかと思ったが、そちらにはいなかった。
「リィカ様、どこに行かれたんでしょう」
テオドアが不安そうに言った。
カトレナも不安を隠せない。
勇者一行を探して出た旅路で、護衛をしてくれた女性二人(騎士団員がダリア、魔法師団員がカリスタと言う)に出会い捜索を頼んだが、見つかったという報告はない。
「……あっ。ワズワースだ」
テオドアが視線を向けた先にいたのは、老騎士だ。
国王の側近というか相談役のような事を行っている。ゲーテ公爵家の当主だったが、今は引退して息子に家督を譲った。そのため、国王の身近にいながらも、公の場に出ようとはしない人物だ。
テオドアやカトレナにとっては、国王よりも甘えやすい祖父といった感覚だ。
「おや、お二人揃ってどうなさったのですか?」
ワズワースの目も、まるで孫を見るかのように穏やかな目だ。
「人を探しているの。リィカさんという、勇者様のご一行のお一人なのだけど。見なかったかしら?」
ワズワースが意表を突かれた顔をした。
「見ましたよ。軍議の途中で走って出て行かれて、様子がおかしかったので追い掛けようかと悩んでおったところです」
「――ほんと!?」
「どこに行かれたの!?」
カトレナとテオドアの、必死な様子にワズワースがわずかに目を細める。
「こちらです。一緒に参りましょう。――ところで、何かあったのですかな?」
さりげなさを装ったワズワースの問いに、カトレナとテオドアが交互に話をした。
曰く、国王がいきなり軍議の場に現れた。
曰く、勇者様に対して、横柄な態度を取った。
曰く、リィカに対して、平民は出て行けと怒鳴った。
曰く、ウォルターが国王に抗議したが、リィカ自身が謝罪して出て行ってしまった。
「なるほど。――っとに、あの国王。魔王が誕生して弱気になっただけじゃなく、最低限の礼儀まで忘れおったのか」
小声でつぶやかれた言葉は、カトレナとテオドアの耳には届かなかった。
代わりに聞こえたのは、ひどく慌てた声だった。
「姫様! 王子殿下! 大変で……ワズワース様!?」
その声は、捜索を頼んでいた騎士団員のダリアだった。
ワズワースの姿を認めて、慌てて礼を取る。
「礼なんぞいらん。ワシは引退した身だぞ。それよりどうしたのだ?」
「あ、そうでした! 姫様、大変です! リィカさんが……」
言いかけて止まる。カトレナとテオドアの顔が、不安に染まる。
「リィカさんが、どうされたの? 答えなさい!」
「……その、ライト侯爵の子息と、その取り巻きの子爵家の子息達に……襲われています」
カトレナが両手を口元に当てて、テオドアが息を呑んだ。
「カリスタが、何とか止めようとしているのですが、相手の爵位が高く、強く出られなくて……それでどなたかに助けを……」
ワズワースが舌打ちした。
襲われると言っても、意味は色々だ。だがこの場合、一つのことしか浮かばない。
カトレナとテオドアを見る。
「お二方は、この事を王太子殿下へお伝えして下され。その後は決してこちらには来ぬこと。部屋で待機していなさい。よろしいですね?」
強い口調で、二人に有無を言わさない。
「ダリア、案内して下され。急がねば、カリスタすらも犠牲になりかねない」
「――はい、こちらです!」
ダリアの案内に従ってワズワースが駆けていく。
残されたカトレナとテオドアは、どちらからともなく、父のいる軍議が行われている場所へと、走り出していた。
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