【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第九章 聖地イエルザム

百年前の事件

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ドタドタと派手な足音を立てて、一人の男が入ってきた。

「お待たせ致しました、勇者様。光の教会の神官長、レイフェルと申します」

挨拶されたが、暁斗は顔をしかめないようにすることで精一杯だった。


年齢は五十代ほどに見える。その頭頂部に髪はない。

それだけで顔をしかめたら失礼この上ないが、顔は丸く、体はでっぷり、腹が飛び出ているのが、ゆったりした神官服の上からでも分かる。

挨拶する声も、「偉そう」としか感じない。

リィカに向ける視線が、どこかイヤらしい。
それだけで暁斗の評価はダダ下がりだった。


「レイフェル。百年前の事件、光の教会で起こった事件について、勇者様方にお話ししろ」

「…………は……」

イグナシオの命令に、レイフェルは嫌そうに顔をしかめる。

まだ若いイグナシオに命令されることが面白くないのか。あるいは、事件を、失態の話をしなければいけないのが嫌なのか。あるいは、その両方かもしれないが。

だが、話さないわけにはいかないと、分かっているのだろう。

渋々口を開いた。


※ ※ ※


事件は、光の祝福を受けて神官になったばかりの少年から始まった。

少年は優秀だった。

短期間で中級魔法まで取得し、その威力も強い。上級魔法習得もさほど時間をかけずにできるだろう。

周囲はそう噂し、実際それだけの実力を見せていた。
周囲は少年を褒めそやした。そして……少年は増長した。


増長し、天狗になった少年は、見識ある大人たちがいくら諫めようとしてもそれに耳を貸すことはなかった。

自分勝手で、我が儘し放題の少年は、あるとき失敗を犯した。


Dランクの魔物、ヘルハウンド。黒く紅い目をした黒妖犬。その討伐依頼を勝手に引き受けて一人で討伐しようとして、失敗したのだ。

失敗して取り逃がしたヘルハウンドを、しかし少年は報告せずに隠した。


発覚したのは、依頼主からだった。少年の「討伐した」と報告してきた時の態度に違和感があり、教会に念のために確認に来た。

そこからは大騒ぎだった。

少年が討伐依頼を勝手に受けたこと。報告せず隠したこと。依頼人に嘘の報告をしたこと。

どれも大問題であり、少年の行動に非難が集まったが、まずしなければならないのは、取り逃がしたヘルハウンドの行方の確認だった。


その確認に、一ヶ月以上の時間を費やした。

そして分かったのは、聖地の中心から歩いて二日ほどの、聖地の端にある小さな村。
その村で木こりをしている老人が、ヘルハウンドと思われる魔物と遭遇し、倒した、という報告だった。

すでに倒されていた事に安堵した教会だが、喜んでばかりもいられなかった。

老人がヘルハウンドの交戦した際、深い傷を負い、それ以降まったく体を動かすことができなくなった、という報告も同時に上がったからだ。



当時の光の教会の神官長は、少し考えたが、すぐ決断した。

少年を呼び寄せ、一緒に老人の元に謝罪に行くぞ、と言った。

少年は明らかに不満そうな様子だった。その様子に神官長は眉をひそめた。命令だと言って、不満そうな少年を連れて、老人の元へと向かった。


その木こりをしていたという老人は、ベッドに横になっていた。全くベッドから動けないらしい。

面倒は娘が見ていた。他にも、老人のたくさんいる弟子が、しょっちゅう見舞いに来ては色々手伝ってくれているそうだ。

「誠に申し訳ございませんでした」

まず神官長が頭を下げて謝罪する。

「……すいませんでした」

一応、少年も謝った。ふて腐れているような、不満そうなその謝罪に、共に来た神官長は怒鳴りつけたくなる。

老人の返答は、素っ気なかった。

「帰れ」

たった一言だった。
その言葉に、少年がいきり立った。

「なんだよ!? 人が謝ってるのに……いだっ!」

神官長は、たまらず拳骨を喰らわせる。
再度、老人に頭を下げた。

「本当に、申し訳ありません。せめて、回復魔法をかけさせては頂けませんか?」

「今さら動けるようになるとは思えん。いらんわ。帰れ」

怪我をしてから、すでに二ヶ月近く経っている。

動けなくなった理由がどこにあるかは分からないが、そうした怪我は、負ってできるだけ早く回復魔法を掛けてもらえれば治ると言われている。だが、時間が経ってしまえば、もう魔法でも治らない。

それは、神官長が誰よりも知っていた。


それ以上は何も言わず、ただ黙って頭を下げて、老人の側を辞する。

最後に、娘に回復魔法の魔石を差し出した。

「謝罪にもならない事は分かっていますが、受け取って頂けませんか?」

娘は、黙ってそれを受け取ってくれた。



その後も、少年は変わらなかった。

神官長は少年に知って欲しかった。
自らの勝手な行動がどんな結果を引き起こしたのか。それを目で見て知って欲しかった。

純粋に謝罪だけが目的ではなかった。実際に目で見て、自分の行動を振り返って反省して欲しかった。

自分の考えを話して、何が悪かったのかも話した。何度も話をした。
けれど、少年は何も変わらなかった。


驕った考えさえなくなれば、少年は神官として大成できる。
その想いがあっただけに、神官長の落胆も大きかった。

もう無理だと、どうしようもないと、諦めてしまった頃、その事件は起きた。


教会に、不死アンデッドと思しき存在が、二体が現れた。

一体は、紅い目をした黒く大きい犬のような不死アンデッド
もう一体は、同じく紅い目をして斧を持った、老人のような不死アンデッド

大騒ぎになる教会。
そして、少年が老人のような不死アンデッドに殺された。


たまたま教会から離れていた神官長は、知らせを受けて慌てて教会に帰還する。
そして老人を見て、すぐに悟った。あの木こりの老人だと。

犬のような不死アンデッドは、ヘルハウンドに似ているような感じがある。
老人の紅い目はヘルハウンドの目とそっくりだ。

何が起こったかは分からない。だが、何らかの原因で、老人とヘルハウンドが結びついてしまったのだと、神官長は判断した。


神官長は人を集めて、老人と犬に浄化の魔法を掛けた。

それで終わるはずだった。

それなのに、浄化されない。いや、まったく効果がないわけではなかった。少しずつは浄化されている。


神官長は、二体を結界で囲った。
そして、外から浄化魔法をかけ続ける事になった。


その教会は放棄せざるを得なかった。
新しい教会を建てた。


浄化の魔法をかけ続け、やがて二体は動かなくなる。
それでも念のため、しばらくは魔法をかけ続けたが、動くことはなかった。

そして、その教会はその二体の墓標代わりとなったのだ。


※ ※ ※


「女の人の幽霊は?」

話を聞き終わって、まず暁斗はそれを尋ねる。
話に出てこなかった。

「浄化魔法を掛け続けている時に、教会の中に入っていった、そのような存在が目撃されました。ですが、それ以降目撃されることもなく、今に至っております」

「そうですか……」

それだけ暁斗はつぶやく。
他に疑問は出てこない。

リィカにも聞きたかったが、このレイフェルという神官長の前で、あまりリィカを表に出したくなかった。

そう思った暁斗だったが、代わりにイグナシオがリィカに声をかけた。

「リィカ様は、何かご質問はございませんか?」

気遣うような、丁寧な口調。
そのイグナシオの口調に、レイフェルがどこか驚いている。

話を振られたリィカは、おずおずと口を開いた。

「……あの、おじいさんとヘルハウンドが結びついたって……理由は分からないままですか?」

「当時の神官長がそう判断した、というだけの話だ。本当にヘルハウンドだという証拠もない。普通に考えて、魔物と人間がどのようにして結びつくというのだ?」

そんな事も分からないのかと、蔑んだ言い方のレイフェルに、リィカの手が震える。

「……申し訳……」

「レイフェル、勇者様方に対して失礼だぞ。大体、伝聞だけで当時を知らないのに、その当時の神官長が判断した事項を、どんな理由があって切り捨てるのだ?」

謝りかけたリィカの言葉を消すように、イグナシオが少し声を大きくする。

レイフェルが鼻白むが、構わずイグナシオは続けた。

「光の教会で起きた事ゆえ、私も詳しく知らないのでお前を呼んだのだ。きちんと対応しろ。
 私からも質問だ。不死アンデッドに浄化魔法をかけた場合、動かなくなるだけなのか? 浄化されて、何も残らないと思ったのだが」

イグナシオからも質問が来るとは思ってなかったのか、レイフェルがやや慌てたように答えた。

「無論、普通の不死アンデッドであればそうです。ですが、そうでない事例も稀にあります。何が違うのかは分かっていません」

「そうか、分かった。――ご苦労だった。戻っていいぞ」

「…………は?」

用は済んだとばかりのイグナシオに、レイフェルは呆けた声を出す。
言われた事を理解して、慌てて言い募った。

「お、お待ち下さい。せっかくですから、勇者様ともう少しお話しを……」

「何を話す? 我々が、光の教会の神官たちが対処できないことを、対処して下さっているのだ。他にまだ情報でもあるのか?」

イグナシオの眼光は、冷たく鋭い。
レイフェルはそれに怯んだ。

「……いえ、何もありません」

それでもどこか不満そうなレイフェルだったが、イグナシオは冷たく一言言い放った。

「戻れ」

「……は」

レイフェルは不承不承頷きかけ、何を思ったか、まくし立てるように暁斗に話しかけた。

「勇者様、これは今回の件とは別なのですが、この件が解決された後で構いませんので、その女を……」

「リィカが、なに?」

暁斗がレイフェルの言葉を断ち切って、睨み付けた。

暁斗の表情が変わっている。殺気も感じるくらいなのだが、レイフェルは気付かない。

イグナシオよりも年下に見える勇者に、何となく怯むものは感じても、気のせいと断じて言葉を続ける。

「その女を一晩……」

だが、やはり最後まで言えなかった。

「リィカに指一本でも触れたら、許さないよ。リィカはオレの大切な人だ」

「…………ひっ……」

まるで喉元に剣を突きつけられているかのような、そんな圧迫感を感じてレイフェルは小さく悲鳴を上げた。

「……も、申し訳、ありません……。しつれい、します」

レイフェルは、転がるようにその場を辞していった。



ウリックが、疑問の表情を浮かべている。

風の手紙エア・レターからは、アレクの声が届いた。

『アキト、よく言った。だけどな、リィカは俺の大切な人だからな。お前じゃない!』

目の前にイグナシオやウリックがいる手前、言い返せないが、暁斗は思った。

(褒めたいのか、文句を言いたいのか、どっちかにしてよ)

それに、暁斗は別に嘘を言ったつもりはない。
リィカが大切な人なのは、本当のことだ。

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