463 / 681
第十三章 魔国への道
アレク、バルVSヤクシャ、ヤクシニー⑤
しおりを挟む「………………っ……」
ヤクシニーは悲鳴すら上げなかった。だが、その顔には脂汗が浮いて、相当に痛いのだろうという事が想像がつく。
左手で支えるように触れている右の拳は、指が五本ともあらぬ方向に曲がっているし、その拳も出血し、手首から力なく垂れ下がっている。
もう右手は使えないだろう。
「さあ、どうする」
それでも油断することなく、バルは剣を構える。
ヤクシニーは悔しそうに唇を噛みしめている。
「……ったく、アシュラの奴。敵にこんな剣を渡すんじゃないわよ」
「…………………」
そう言いたくなる気持ちは分からなくはないが、この場では何の意味もない。
再びバルは、剣技の発動準備に入る。
それを見たヤクシニーは、なぜか構えを解いた。
「……何の真似だ」
「左手だけじゃ対抗できないもの。降参するつもりはないから、トドメを刺して頂戴」
「…………………」
バルは目を細めた。
(何を企んでやがる? それとも、本当に諦めたってのか?)
相手の意図するところが分からない。
判断がつかず、バルの動きが完全に止まる。
――それが、失敗だった。
「今よ、ヤクシャ!」
「うらあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その声と同時に、バルの背中にドンっと強い衝撃が走る。
「――なっ!?」
アレクの剣に貫かれたはずのヤクシャが、体を起こしている。その腹部は大きく傷がつき、出血したままだ。
(あの状態で、攻撃してきたってのか?)
バルが、目を見開く。
それだけしか、反応ができない。
「ヤクシニー! やれ……がっ!?」
叫んだヤクシャだが、そこで大きく血を吐いた。
そのまま倒れる。
「……ええ。見てて、ヤクシャ」
応えるヤクシニーの左拳に、魔力が集まっている。
先ほどよりずっと強い。
「くらえっ!」
バルがハッとしたときには遅かった。
心臓に向かって、真っ直ぐに拳が放たれる。
「くっ……!」
辛うじて体を少し横にずらし、心臓への直撃は避けた。だが、それでも胸を強打され、息が詰まる。呼吸ができない。
ヤクシニーの拳に、もう一度魔力が集まる。
(くそ、どうなってやがる。しっかりしろ、呼吸しろ。じゃねぇと、おれだけじゃねぇ、アレクまで……)
必死に言い聞かせても、呼吸は回復しない。
「無駄なあがきね。でも、次でお終いよ」
ヤクシニーの言葉が、バルの耳に届く。どうにか顔を上げた。それが限界だった。
しかし、同時にバルの耳に声が届く。
聞き慣れた声。しかし、聞き慣れない言葉。
「か……を………と成せ。――《火球》」
「え? って、えっ!?」
「は?」
突然ヤクシニーに向かって、火の初級魔法が放たれた。ヤクシニーが驚きながらも、それを避ける。バルは、呆然と魔法が飛んできた方に視線を向ける。
「バル……! 今の、うちに……!」
「アレ、ク……?」
アレクが腹部を押さえながら、体を起こしている。先ほどは、アレクの魔法詠唱だったのだ。どうりで聞き慣れないはずだ。
「無茶、しやがって……」
バルがつぶやいて、つぶやいたことで呼吸が復活していることに気付く。
「邪魔、するな! 死ねっ!」
ヤクシニーが再び拳を振るってきた。左手には、強い魔力の光が見て取れる。
もう、魔法も剣技も間に合わない。であるならば、残った手段は一つだ。
「フォルテュード!」
再びその銘を叫ぶ。そして、魔剣は拳を避けて、ヤクシニーの体をたたき割ったのだった。
※ ※ ※
「……悔しいわね、もう」
ヤクシニーが小さくつぶやいて、目だけ動かす。その視線の先、アレクは何とか体を起こしたものの座り込んでいる。
そしてヤクシャは……すでに事切れていた。ヤクシニーを援護した攻撃が、文字通り最期の力だったのだろう。
「進みなさい、先へ。……進める、ものならね」
嘲笑するように、ヤクシニーは己を倒したバルへと告げる。
そして、目を閉じた。
黒い結界に罅が入り、壊れた。
「どういう意味だよ」
バルは、ヤクシニーの最期の言葉に言い返すが、返答があるはずもない。
ふう、と息を吐く。
胸の辺りがズキズキして痛い。アレクも心配だ。そう思って、アレクの方へと足を一歩進めたときだった。
「リィカに近づくな、ダラン!」
響いたのは暁斗の声。
暁斗とダランを囲んでいたはずの、魔族の結界がない。
なぜかリィカが地面に倒れ、暁斗とダランが対峙していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
最強種族のケモ耳族は実はポンコツでした!
ninjin
ファンタジー
家でビスケットを作っていた女性は、突然異世界に転移していた。しかも、いきなり魔獣に襲われる危機的状況に見舞われる。死を覚悟した女性を救ってくれたのは、けものの耳を持つ美しい少女であった。けもの耳を持つ少女が異世界に転移した女性を助けたのは、重大な理由があった。その理由を知った女性は・・・。これは異世界に転移した女性と伝説の最強種族のケモ耳族の少女をとの、心温まる異世界ファンタジー・・・でなく、ポンコツ種族のケモ耳族の少女に振り回させる女性との、ドタバタファンタジーである。
慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
ファンタジー
物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。
薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ
柚木 潤
ファンタジー
実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。
そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。
舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。
そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。
500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。
それは舞と関係のある人物であった。
その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。
しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。
そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。
ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。
そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。
そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。
その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。
戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。
舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。
何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。
舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。
そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。
*第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編
第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。
第5章 闇の遺跡編に続きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる