【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

文字の大きさ
659 / 683
第十九章 婚約者として過ごす日々

乗っ取りの説明

しおりを挟む
 魔法師団への指南終了後、アレクはリィカを目の前にして難しい顔をしていた。

「あーえーと、つまり乗っ取りというのはな」

 アレクがリィカに説明をしようとしているのは、指南の前にレイズクルス公爵の息子であるヴィンスが言い放った「ベネット公爵家がウッド公爵家に乗っ取られる」という話である。

「クリフの執事をしているコーニリアスは、ウッド公爵家の当主だ。……いや、今は息子に譲ったと言っていたから、前当主だが」
「うん」

 リィカは頷く。それは分かっている。

「クリフは平民として育ったから、貴族社会の諸々のことが分からない。それを、コーニリアスに教わりながら、ベネット公爵家の当主をやっている」
「うん」

 それも分かっている。

「つまり、人から見るとクリフはコーニリアスの操り人形、傀儡かいらいだと、そういう風に見ることもできる、というわけだ」
「うーん……」

 リィカは首を傾げた。何となくは分かるが、それでも納得いかない。

「コーニリアスさん、そんな風には見えなかったけど。お兄……様に丁寧に接してたし、わたしにも。見た目通りに優しいだけじゃないっていうのは、何となく分かるけど」

 うっかりお兄ちゃんと言いそうになったのは堪えた。ここでその呼び方は絶対に厳禁である。

彼奴あやつの見た目、優しいか?」

 ボソッと嫌そうに言ったのは、国王である。現役だった頃のコーニリアスに直接会ったことがあるのは、国王だけである。

 というか、リィカが「コーニリアスさん」という呼び方をした時点で、"さん"はいらんだろとボソッと言っていた。
 だが、アークバルトに睨まれて気まずそうに黙り、アレクが話を続けた。

「俺も、コーニリアスがそんなことを企んでいない、というのは同感だ。あいつは本気でクリフに仕えていたからな。大体、乗っ取りを企むなら、勇者一行の名を持つリィカの存在はかえって邪魔になる」

「じゃあ、なんでそんな話になるの?」

 元ベネット公爵が自白して、それを元にリィカと母に声をかけてきたのは、モントルビア王国側だ。そしてリィカとの面会を望み、一員になるように言ってきたのも、あちら側なのだ。

「リィカはアルカトルに来てしまっているから、コーニリアスが何か企んだとしても気付けない。そもそも何を企んだとしても、平民育ちのクリフやリィカが気付くのは無理。自分の都合のいいようにクリフを教えているんだから、疑うという考えを持ちさえしない」

「あ、確かに」

「確かにじゃない。そう見ようと思えば見えるということだ。人というのは、自分の見たいものしか見えないものだからな」

 ふーん、とリィカは思った。そういう意味では自分も同じかもしれない。コーニリアスが乗っ取りを企む可能性など、考えすらしていなかったのだから。

 クスクスと笑う声が聞こえて、リィカの思考はそこで止まる。笑ったのはレーナニアだ。そして、パチパチと拍手をしたのはアークバルトと国王だ。

「リィカも納得したようですし、一応合格の圏内ですかね、父上」
「そうだな。旅の間に、ずいぶん説明の仕方も上達したようだ」

 二人の言葉に、アレクが顔をしかめた。

「勘弁して下さい。なぜ俺が説明しなければいけないんですか」

 お前説明してみろ、の一言で、リィカに説明する羽目になったアレクは嫌そうにした。国王、アークバルト、レーナニア、その誰でもいい。自分よりも頭の回転が速いし、分かりやすく説明できたはずだ。

「お主の成長を見たかったのだよ」

 国王に優しくそう言われたところで、アレクは嬉しくない。そんな方面での成長など、国王たちからしたら、足元からちょっと草が出てきた、程度の成長でしかないはずだ。

「やっぱり義理の妹になるのが、リィカさんのような方で嬉しいです」
「そうだね」

 レーナニアはアークバルトと笑顔で頷き合うと、リィカに目を向けた。

「先ほど、アレクシス殿下が『人は自分の見たいものしか見えない』と仰いましたが、つまりは『相手が自分と違う考え方をするはずがない』と思っているということです」

 アレクの説明に付け足すように、説明を始めた。

「つまり、レイズクルス公爵閣下方は、自分ならそうすると思っているということですね。教えているのが自分しかいなくて、他に止める者がいないのだから、いくらでも騙して、都合のいいように操ることができると」

「は、はい」

「わたくしもベネット公爵家の内情を知るわけではありませんから、そういう可能性があることを否定はしません。……リィカさん、もしも本当に、ウッド公爵家が乗っ取りを企んでいたとしたら、どうなさいますか?」

 いや、説明で終わらせる気はないらしい。された質問にリィカは言葉に詰まる。模範解答っぽいものを考えてみるが、しっくりこない。結局リィカが選んだのは、自分が思ったことを素直に答えることだった。

「……えっと、ご自由にどうぞ?」
「ぶ」

 リィカの返答が想定外だったのか、レーナニアが堪えられず吹き出して、慌てて手で口元を押さえている。いや、アレクだけは「いや、それはな」と呆れているが、アークバルトも国王もレーナニアと似たり寄ったりの反応だ。

「なるほど。家に興味がないと、こういう反応になるのですね」
「乗っ取られたところで、何も困らない。そういうことだね」
「この調子じゃ、クリフとやらも同じようなことを言いそうだな。端から見ている分には面白いが、乗っ取ろうとする相手からしたら、面白くないだろうな」

 口々に言われても、リィカは困るだけだ。一人笑えなかったアレクは、リィカ以上に困惑している。

「笑い事じゃないですよ」

 突っ込むアレクに、国王はニヤッと笑った。

「十分笑い事だ。良いか、家の乗っ取りを企む場合、その理由は二つある。一つは、当主がとんでもないクズで、こいつは駄目だと思われた場合」

 この場合、大体兄弟間や親子間など、親族同士の争いになることが多い。

「二つ目が、相手の家に恨みがある場合だ。家を乗っ取って相手を苦しませて見下したい場合だ」

 ヒッとリィカは喉の奥で呻いた。なんだそれ、怖すぎる。
 国王はそんなリィカの反応を楽しそうに見たが、フォローするように言った。

「ウッド公爵家がそんなことを考える必要はない。そもそも、コーニリアスが追い落とされたことで、自分たちから引っ込んでしまった家だ。まあ、フェルドランド国王から要請もしておるだろうし、そろそろ表舞台に戻ってくるのではないかと思うがな」

「そうなんですか?」

 リィカの疑問に国王が頷いて答える。

「モントルビア王国の公爵家は、ルイス、ベネット、ウッドの三つ。ルイス公爵はフェルドランド国王が掛け持ちしている状態だ。ベネット公爵は味方ではあっても、国政の中心で頼るにはまだまだ危ういだろう。となると、残ったウッド公爵家に出てきてもらって、支えてほしいと考えるだろうからな」

 そうなんだ、と思って、リィカは手を握る。やっぱり今のままでは駄目だと思う。

「あの、そういうことって、わたしも分かっていなければいけないことですよね。やっぱり、きちんと勉強をしたいです」

 後回しでいいと言われて、ここまでほとんど勉強していないが、アレクと結婚するからにはやはりそれでいいとは思えない。軍の強化が大切なのは分かるが、自分自身だって成長しなければならない。

 リィカの発言に、国王は顎をさすりつつ意味ありげにアレクを見た。

「だそうだが、アレク、お前は?」
「……いや、知らなくても特には困らないですし、そういうのは兄上に……」
「え?」
「――全く」

 アレクが視線を逸らせつつ言ったことにリィカは疑問を発し、国王は大きくため息をつく。

「リィカ、そういうことだ。肝心の第二王子がこの調子だからな。難しいことを任せるつもりはないから、そう気負わんでいい。適材適所だと思っておるよ。アークやレーナに軍の強化を頼んだところで、欠片も役に立たんしな」

「悪かったですね」

 アークバルトはギロッと国王を睨むが、飄々と受け流される。そして、まだなお不安そうな顔をしているリィカを見て、何かを考えるように首を傾げた。

「それでも勉強したい?」
「……はい。その、知らないことが多いのが怖くて」
「そうか。でも本当に、問題ないと思っているんだけどね」

 うーんと唸る。そこにレーナニアがパンと手を叩いた。

「アーク様、リィカさんに本を読んでもらうのはどうでしょうか。わたくしたちが最初に勉強した本。あれならそんなに難しくないですし、一通り必要なことが書かれています。空き時間に少しずつでも読み進めてもらえれば」

「なるほど。いいかもね」

「でしょう? 分からないことがあれば、その都度質問して頂ければいいわけですし。せっかく勉強したいと言っているんですもの。やりたいと思うときにやるべきです」

「確かにそうだ。――じゃあ、今から図書館に行こうか、リィカ」

 アークバルトが立ち上がって、手を差し出した。それに驚くリィカに、アークバルトは催促するように指先を動かす。
 いいのかなとレーナニアを見ると、笑顔だ。それならと思って手を出したら、アークバルトに届く前にアレクが握ってきた。

「こら、アレク」
「兄上の手を煩わせることではありませんから」
「そういう問題じゃないだろう?」

 少しアークバルトの声が厳しくなると、アレクが気まずそうな顔をした。リィカは意味が分からず、レーナニアがクスクス笑いながら手を出すと、その手をアークバルトが取った。

「リィカさん、男性から手を差し出されたら、気にせず受けて下さいな。それが礼儀ですから」
「そうなんですか?」
「ええ」

 リィカの疑問に、レーナニアは頷いて説明を続ける。

「男性の手を取らないと、相手に恥をかかせてしまうことになりますから。とは言いましても、今回のようにパートナーの男性が側にいるのに手を出すのは、基本的には御法度なので、リィカさんの対応が間違っているわけではありませんが」

「同じ状況になったとき、断りを入れるのはパートナーの男性……つまり今回の場合だと、アレクが言わなきゃならないんだ。分かっているね、アレク?」

「駄目だと分かっているのに、なぜやるんですか」

 気まずそうな顔で、やや言い訳するようにアレクが言うと、アークバルトは何てことなく答えた。

「普通にリィカに教えようと思っただけなんだけどね。こういう礼儀作法は、書物では身につかない。実践が一番だ。だというのに、アレクがマナー違反するとは思わなかった」
「……事前にそうだと言われなければ、分かりません」

 単に相手が兄だから、そんなマナーだの何だのが浮かばなかっただけだ。……リィカの手を無言で取った辺りで、「もしかして」と思いはしたものの。

「やれやれ」

 アークバルトは苦笑して、手を引く。それに合わせるレーナニアの動きがなめらかで、リィカが見惚れてしまうくらいだ。

「行くぞ、リィカ」
「う、うん」

 国王に一礼するレーナニアに習ってリィカも一礼しつつ、不機嫌なアレクに手を引かれて歩く。その横顔を見ながら、先ほどまでの会話を思い出す。

 王宮内での色々なことは、兄のアークバルトが断然アレクより上なのだろう。そして、アレクは勉強嫌いだという通りに、知らないことも多いらしい。

(旅の間、あんなに色々解説してくれてたのになぁ)

 テストのときも思ったが、また思う。アレクは別に頭が悪いわけじゃないと思う。――ただ、やる気って大事なんだな、と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。 しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。 「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。 書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。 だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。 高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。 本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。 その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~

イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。 ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。 兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。 (だって飛べないから) そんなある日、気がつけば巣の外にいた。 …人間に攫われました(?)

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

異世界から元の世界に派遣された僕は他の勇者たちとは別にのんびり暮らします【DNAの改修者ー外伝】

kujibiki
ファンタジー
異世界で第二の人生の大往生を迎えた僕は再びあの場所へ飛ばされていた。 ※これは『DNAの改修者』のアフターストーリーとなります。 『DNAの改修者』を読まなくても大丈夫だとは思いますが、気になる方はご覧ください。 ※表紙は生成AIで作ってみたイメージです。(シャルルが難しい…)

役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい
ファンタジー
貧しい辺境伯の三女として生まれたリゼット。魔力も持たず、華やかさもない彼女は、王都の社交界で「出来損ない」と嘲笑われ、挙句の果てには食い扶持減らしのために辺境のさらに奥地、忘れられた土地へと追いやられてしまう。 しかし、彼女には秘密があった。前世は、地方の伝承や風習を研究する地味な民俗学者だったのだ。 誰も見向きもしない古びた祠、意味不明とされる奇妙な祭り、ガラクタ扱いの古文書。それらが、失われた古代の技術や強力な神々の加護を得るための重要な儀式であることを、リゼットの知識は見抜いてしまう。 「この石ころ、古代の神様への捧げものだったんだ。あっちの変な踊りは、雨乞いの儀式の簡略化された形……!」 ただ、前世の知識欲と少しでもマシな食生活への渇望から、忘れられた神々を祀り、古の儀式を復活させていくだけだったのに。寂れた土地はみるみる豊かになり、枯れた泉からは水が湧き、なぜかリゼットの言葉は神託として扱われるようになってしまった。 本人は美味しい干し肉と温かいスープが手に入れば満足なのに、周囲の勘違いは加速していく。

処理中です...