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ルイン
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それからは、まあ何というか好きなように過ごした。
起こしてくれと言われたのは、半年に一回だ。時間はたっぷり過ぎるくらいにある。まあ今回に限っては、次の冬までは短いけれど、それでも一ヶ月以上はある。
面倒なのは魔物の襲来か。それなりに多いから油断できない。とはいっても、本当にヤバい奴じゃなければ、そんなに焦る必要もない。
あまりに暇なときは、砂で城を作り始めたときもあったが、なぜか完成間近になると魔物が来て潰していく。いやまぁ別にいいんだけど。
「穏やかだなぁ」
この世界に来て、心からそう思ったのは初めてかもしれない。時々仲間たちとのことを思い出すことはあっても、そこに辛さが伴わなくなった。
このまま世捨て人のように暮らしていくのもいいなと思いつつ、冬の初めにイビーを起こした。
大変だった。夜、月が昇ったから起こそうとしても起きない。まだ昼間の方が起きるんだろうかと思って、陽が昇るのを待ってから起こした。俺よりもグラムがキレていた。
『おはようー、キクチー、グラムー』
「……ああ、おはよう」
疲れた俺が力なく挨拶を返す側で、聖剣の低い声が耳から聞こえた。
『次からはさっさと起きろ。起きないなら、刺すのと切るの、どちらか好きな方を選んでおけ』
『切っただけのお肉もいいけど、串に刺さったお肉もいいよねー』
『…………』
無言のまま怒りを俺に伝えるのは止めてくれ。イビーに通じるはずないんだから。剣で刺したり切ったりして、それで本当に起きてくれるのかすら疑問に思ってきている。
相変わらず、雨を降らせるときのイビーの姿は神々しい。そんなイビーと話をしつつ一ヶ月が過ぎれば、またイビーは眠る。
冬が過ぎて春も過ぎて、夏。また苦戦しながらイビーを起こす。そして一ヶ月、またイビーと過ごして、俺が砂漠に来て一年になろうかという頃。
――砂漠に人の姿がチラホラと見られるようになった。
最初は何も思わなかったが、それが続けば気になる。
いきなり話しかけたら怪しまれるかと思っていた頃、ちょうど魔物に襲われていた人たちを助けたことで、俺は事情を聞くことができたんだが。
「戦争、か」
怒ればいいのか呆れればいいのか、いっそ笑ってしまえばいいのか。
魔族との戦いが終わったと思ったら、今度は人同士での戦争を始めたらしい。それで、巻き込まれないように逃げてきたらしいのだ。
内紛をどうにかするには外敵がいればいい、なんていうのを日本にいたときに聞いた気がするけれど、その逆パターンが起きたのか。どこの世界も人は変わらないんだなと思い、そしてこれでもう本当に俺の世捨て人生は決定だなと思う。
下手に仲間たちのところに顔を出して、勇者としての力を当てにされて戦争に駆り出されちゃたまらない。身勝手と言われようと、俺は知らない振りをしていたい。
「なぁ、キクチって強いの?」
俺の思考を遮ったのは、子どもの声。もちろんイビーじゃなく、普通に人間の子どもだ。俺が魔物から助けた一団の中にいた、子ども。答えたのは、俺じゃなかった。
「ええ、お強いですよ。バシリスクを一撃で倒せる方など、そうそうおりません」
「へーそうなんだなぁ」
バシリスクってのは、デカいトカゲだ。毒を吐いて、視線が合ったものを石化させてしまう、砂漠にいる最強の魔物。
子どもはその答えを聞いて、俺にキラキラと輝く目を向けてきた。……嫌な予感しかしない。
「キクチ、僕に剣を教えて!」
「嫌だ」
やっぱりと思いながら即答する。人と関わって、戦争に巻き込まれたくない。だが、子どもは姿勢をまっすぐにして、表情を改めた。
「僕はルインと申します。キクチ様、僕に剣を教えてくれないでしょうか」
「丁寧に言えばいいってものじゃない」
というか、ますます嫌になった。
おそらく十歳かもうちょっと上くらいだろうが、その年齢のガキができる言葉遣いじゃない。それに、右手を左胸に当てて頭を下げる動作は、貴族男性が行う正式な作法だ。周囲の大人の言葉遣いも丁寧だったし、つまりどこかの貴族の子息というわけだ。
俺が勇者だということを知ってるのかどうかは分からないが、あまり近づきたい人物じゃない。
「教えてよ。キクチがずっと一緒にいて、魔物から守ってくれるんならいいけどさ。いないときに僕たちが魔物に殺されたら、後味悪いでしょ?」
「……こんのガキが」
ムチャクチャ腹は立つが、その通りだ。だが、それでも正直嫌だ。
「言っとくが、バシリスクは砂漠で一番強い魔物だ。ちょっと習った程度で倒せる相手でもない。遭遇したら諦めろ」
「なら、僕が倒せるようになるまで教えて」
「…………」
嫌だ、と言いたかったが、言えなかった。ルインの目に、何かの覚悟が宿っているからだ。関わりたくないと思いつつも、その目を突っぱねられる自信はなかった。
「……分かった」
「やったーっ!」
渋々頷いた俺に、ルインは両手を挙げて喜んだのだった。
※ ※ ※
『何をやっているのだ、キクチ』
「断り切れなかったんだよ」
とりあえず俺にも都合があるからと言って、あの場を離れてイビーのところに戻ってきた。相変わらずスピースピーと気持ちよさそうに寝ている。
グラムに文句を言われたが、だったらどうしたら良かったのか。アドバイスでもくれればいいものを、ダンマリだったのは聖剣の方だ。
「さて、どうするかな」
俺がルインのところに行くしかない。まさか、ここに連れてくるわけにはいかないだろう。この砂漠に雨を降らせているイビーは、砂漠に住む人たちにとっての生命線だ。むやみやたらに存在を知らせたら、どうなるか分からない。
けれど俺がいない間、イビーのところに魔物が来たらどうするかという話になってしまうのだが。
「……まぁいいか」
その一言で俺は結論づけた。魔物が近づいていけば俺には分かる。そもそも、イビーに傷を付けられる魔物はほとんどいない。注意が必要なのは、バシリスクが複数同時に現れたときくらいだ。そうなったら戻ればいいだけ。何も問題はない。
それよりも問題なのは、貴族らしいルインに関わって、厄介なことが起きないかどうか、だった。
起こしてくれと言われたのは、半年に一回だ。時間はたっぷり過ぎるくらいにある。まあ今回に限っては、次の冬までは短いけれど、それでも一ヶ月以上はある。
面倒なのは魔物の襲来か。それなりに多いから油断できない。とはいっても、本当にヤバい奴じゃなければ、そんなに焦る必要もない。
あまりに暇なときは、砂で城を作り始めたときもあったが、なぜか完成間近になると魔物が来て潰していく。いやまぁ別にいいんだけど。
「穏やかだなぁ」
この世界に来て、心からそう思ったのは初めてかもしれない。時々仲間たちとのことを思い出すことはあっても、そこに辛さが伴わなくなった。
このまま世捨て人のように暮らしていくのもいいなと思いつつ、冬の初めにイビーを起こした。
大変だった。夜、月が昇ったから起こそうとしても起きない。まだ昼間の方が起きるんだろうかと思って、陽が昇るのを待ってから起こした。俺よりもグラムがキレていた。
『おはようー、キクチー、グラムー』
「……ああ、おはよう」
疲れた俺が力なく挨拶を返す側で、聖剣の低い声が耳から聞こえた。
『次からはさっさと起きろ。起きないなら、刺すのと切るの、どちらか好きな方を選んでおけ』
『切っただけのお肉もいいけど、串に刺さったお肉もいいよねー』
『…………』
無言のまま怒りを俺に伝えるのは止めてくれ。イビーに通じるはずないんだから。剣で刺したり切ったりして、それで本当に起きてくれるのかすら疑問に思ってきている。
相変わらず、雨を降らせるときのイビーの姿は神々しい。そんなイビーと話をしつつ一ヶ月が過ぎれば、またイビーは眠る。
冬が過ぎて春も過ぎて、夏。また苦戦しながらイビーを起こす。そして一ヶ月、またイビーと過ごして、俺が砂漠に来て一年になろうかという頃。
――砂漠に人の姿がチラホラと見られるようになった。
最初は何も思わなかったが、それが続けば気になる。
いきなり話しかけたら怪しまれるかと思っていた頃、ちょうど魔物に襲われていた人たちを助けたことで、俺は事情を聞くことができたんだが。
「戦争、か」
怒ればいいのか呆れればいいのか、いっそ笑ってしまえばいいのか。
魔族との戦いが終わったと思ったら、今度は人同士での戦争を始めたらしい。それで、巻き込まれないように逃げてきたらしいのだ。
内紛をどうにかするには外敵がいればいい、なんていうのを日本にいたときに聞いた気がするけれど、その逆パターンが起きたのか。どこの世界も人は変わらないんだなと思い、そしてこれでもう本当に俺の世捨て人生は決定だなと思う。
下手に仲間たちのところに顔を出して、勇者としての力を当てにされて戦争に駆り出されちゃたまらない。身勝手と言われようと、俺は知らない振りをしていたい。
「なぁ、キクチって強いの?」
俺の思考を遮ったのは、子どもの声。もちろんイビーじゃなく、普通に人間の子どもだ。俺が魔物から助けた一団の中にいた、子ども。答えたのは、俺じゃなかった。
「ええ、お強いですよ。バシリスクを一撃で倒せる方など、そうそうおりません」
「へーそうなんだなぁ」
バシリスクってのは、デカいトカゲだ。毒を吐いて、視線が合ったものを石化させてしまう、砂漠にいる最強の魔物。
子どもはその答えを聞いて、俺にキラキラと輝く目を向けてきた。……嫌な予感しかしない。
「キクチ、僕に剣を教えて!」
「嫌だ」
やっぱりと思いながら即答する。人と関わって、戦争に巻き込まれたくない。だが、子どもは姿勢をまっすぐにして、表情を改めた。
「僕はルインと申します。キクチ様、僕に剣を教えてくれないでしょうか」
「丁寧に言えばいいってものじゃない」
というか、ますます嫌になった。
おそらく十歳かもうちょっと上くらいだろうが、その年齢のガキができる言葉遣いじゃない。それに、右手を左胸に当てて頭を下げる動作は、貴族男性が行う正式な作法だ。周囲の大人の言葉遣いも丁寧だったし、つまりどこかの貴族の子息というわけだ。
俺が勇者だということを知ってるのかどうかは分からないが、あまり近づきたい人物じゃない。
「教えてよ。キクチがずっと一緒にいて、魔物から守ってくれるんならいいけどさ。いないときに僕たちが魔物に殺されたら、後味悪いでしょ?」
「……こんのガキが」
ムチャクチャ腹は立つが、その通りだ。だが、それでも正直嫌だ。
「言っとくが、バシリスクは砂漠で一番強い魔物だ。ちょっと習った程度で倒せる相手でもない。遭遇したら諦めろ」
「なら、僕が倒せるようになるまで教えて」
「…………」
嫌だ、と言いたかったが、言えなかった。ルインの目に、何かの覚悟が宿っているからだ。関わりたくないと思いつつも、その目を突っぱねられる自信はなかった。
「……分かった」
「やったーっ!」
渋々頷いた俺に、ルインは両手を挙げて喜んだのだった。
※ ※ ※
『何をやっているのだ、キクチ』
「断り切れなかったんだよ」
とりあえず俺にも都合があるからと言って、あの場を離れてイビーのところに戻ってきた。相変わらずスピースピーと気持ちよさそうに寝ている。
グラムに文句を言われたが、だったらどうしたら良かったのか。アドバイスでもくれればいいものを、ダンマリだったのは聖剣の方だ。
「さて、どうするかな」
俺がルインのところに行くしかない。まさか、ここに連れてくるわけにはいかないだろう。この砂漠に雨を降らせているイビーは、砂漠に住む人たちにとっての生命線だ。むやみやたらに存在を知らせたら、どうなるか分からない。
けれど俺がいない間、イビーのところに魔物が来たらどうするかという話になってしまうのだが。
「……まぁいいか」
その一言で俺は結論づけた。魔物が近づいていけば俺には分かる。そもそも、イビーに傷を付けられる魔物はほとんどいない。注意が必要なのは、バシリスクが複数同時に現れたときくらいだ。そうなったら戻ればいいだけ。何も問題はない。
それよりも問題なのは、貴族らしいルインに関わって、厄介なことが起きないかどうか、だった。
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